序章
第4部 終着行きは麻薬がいっぱい のスタートです
なぜか、またもや、うっそうとした密林から始まります><
序章
葉のうっそうと茂った枝やツタが絡み合い、すき間もなく鱗木質の大木がよじれあった大地。広い葉の下草や背の高いシダ植物がぎっしりと生い蔓延る地面は、絶え間なく降り続く雨で泥土と化している。
その泥に足を取られて、彼はまた転んだ。ぬらぬらと滑る苔むした幹に手を伸ばしやっと身を起こす。
じっとりと肌に染み込んでくる針のように細かな雨を吸い、泥にまみれた服のポケットからシガレットケースを引っ張り出す。しかし、煙草がすっかり湿っているのに気づくと、苛立たしげに投げ捨て泥のブーツで踏み潰した。
この惑星に降りてから、まだ一度も旨い煙草を吸えないでいる。忌々しいこの気候では無理というもの。
溜息をついて男は緑がかった灰色の眼を凝らし、木々の間を透かし見た。
重なり合った木々の向こう、雨にけぶる中、ようやっと灰色の建物がぼんやりと見えた。五百メートルもない距離だが彼には十キロも先のように思える。
彼の口から、親友への悪態が漏れる。何の因果で、この俺がこんな惨めな思いをせねばならんのだ?
奴でなければ、こんな所まで追っていこうという気にはならなかったろうし、そもそも奴でなかったら、こんな事件も起こらなかったのだ。
彼は再び、木々の隙間を探しながら、慎重に進み始めた。シダ類に混じって、鋭く硬い肉厚のパイナップル状の種子植物がぎっしりと生えている。
彼のスマートなパイロットスーツはずたずたに裂かれ、顔や手は無数の引っかき傷ができていた。毒消しを服用しているにもかかわらず、アルカロイドを含む有毒性の汁でその傷が腫れ上がり、ずきずきと痛む。
きちんと櫛を入れていた髪も、ハンサムな顔も、今は苔や藻や泥でまだら模様となっている。彼を知る連中には決して見せられた様じゃない、と苦々しく思った。
自他共に認める赤毛の伊達男、チャーリィ・オーエンともあろう者が……!
その彼が追っているライル・フォンベルトが、あの建物の中に居るはずなのだ。
突如、天の底が抜け、大規模な滝が彼を襲った。この星特有の豪雨は全てを地に叩きつけ、緩くなっている泥土は川のように流れ出す。膨れ上がった水流は、地上の何もかもを一挙に押し流そうとした。
下草が根こそぎ濁流の中に巻き込まれ、木が周りの枝やらツタやらをなぎ払いながら倒れていく。
木々があげる悲鳴や呻きの中で、チャーリィは必死で大木にしがみつこうとした。
が、如何せん、苔と藻に被われた木は、ぬるぬると滑ってはなはだ非協力的だった。
ついに、情け容赦なく押し寄せてきた濁流に飲み込まれる。
豪雨は始まったと同様に、いきなり終わった。
濁流から逃れ、豪雨に耐えた木々は一斉に枝を打ち伸ばして葉を広げ、再び飽くことのない成長を続ける。
鉄砲水の流れはたちまち地中に吸い込まれ、運ばれてきた種子や胞子から新たな新芽が吹き出して、膨れ澱んだ泥土から次々と伸びていく。
強い光輝の太陽は、厚い雲を通してなおも光を木々に届け、火山性の大地はたゆまぬ温もりを与えてくれる。
ここ、エプカトル第四惑星エプテ四は、水と植物の戦う世界だった。
無数にある川は長年の浸食で深い峡谷となり、今なお激しい流れが大地を抉り、幾つもの滝に落ちていく。
轟々と轟き流れる渓流へと落ちる崖の縁、辛うじて滑り残った泥土の一部が動き出し、中からひどい有様のチャーリィが現れた。泥を掻き分け身を起こした彼は、足下遥かに白く泡立ち流れる川を見下ろして、ぞくっと身震いした。
チャーリィは濁流に押し流された距離を見て、うんざりと頭を振る。もう一度、泥土と苔の生えた木と毒性の鋭い葉との格闘を繰り返さねばならない。
じとじとと間断なく降り続く雨滴が、身に痛い。滴り落ちる小さな雫も、長い時の果てには硬い石に穴を穿つ。木々や葉を打ち、彼の体を打つ雨の音が彼の耳の中で反響、爆鳴のように感じてきた。彼の全身を流れ落ちる不快な雨水は、彼の理性まで洗い流していくかのようだった。
チャーリィはこの星の雨の恐ろしさを嫌というほど味わっているところ。
それはやがて、彼から正気を一片残らず奪ってしまうに違いない。その前に野垂れ死にしていなければ。
先ほどちらりと認めた灰色の建物が、無性に恋しくなってくる。あの中に捕らえられているライルは、今、どんな目に遭っているかしれないが、少なくともそこは乾いている。
くそっと歯噛みすると、彼は雨に濡れつやつやと輝く草木の中へ、再び歩き始めた。




