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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第3部 異次元界は侵略者でいっぱい
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異次元からの脱出

 そして、奇跡が起こった。多分、奇跡と言っても良いだろう。


 彼が解放させた感情が、ミーナの意識を揺さぶった。

 存在を激しく打ちのめされ、崩壊しかかっていた彼女は、まるで乾ききった大地が水を得たように、ライルの感情にあふれたエネルギーを飲み干し、目覚めた。


 意識を取り戻した彼女は、瞬時に状況を把握していた。ライルから受けた意志エネルギーで、情報も伝達されていた。


 彼女はライルが諦めてしまったコンソールに飛びつくと、船の出力を全開させた。

 同時に、彼女の意識を鋭敏な針金のように張り巡らせ、絶妙なバランスの上に脆く伸びる一本のルートの上に進路を取る。

 収縮を始めた次元のために、次元の狭間は歪みたわめられている。彼らの世界に通じる開口部は、閉じ始めていた。



 ミーナは『シルビアン』自体の質量エネルギーも解放させる。

 船自ら削られ、放出される出力は、輝く帯となって爆縮に向かう奈落へと落ちていく。それでも、必死で収縮する次元から逃れようともがいた。


 これはバリヌールの科学を超えたものだった。論理的技術では測り知れない。

 動燃機関を宥め宥め、亜空間で無茶な航行を果たした勇の操船とはまた違う。

 船質量など本質的な性質にかかわってくる感覚的な能力だった。


 遠く彼方に開いた次元の閉じかけた脱出口は、一向に近づく気配もなく、むしろ、遠ざかるようにさえ見えた。しかも、みるみる閉じて消え失せようとしている。


 だが、ミーナは諦めない。決して諦める気はなかった。最後の最後まで全力を尽くすのだ。

 見かけの遠近感は、次元間のポテンシャル勾配のせいで、実体ではないことを知っている。彼女の存在体から放出されるエネルギー指針は、まっすぐ開口部を捕らえていた。



 ついに、次元不連続面に負のエネルギーの亀裂を残して、原子よりも小さく、ソレの次元空間であったエネルギーが凝縮された。

 それよりさらに早く、多重次元に開いた危なげな開口が閉じられた。


 ***


 『シルビアン』は彼らの宇宙の中で、静かに満身創痍の身を漂わせていた。


 恒星が次々とノヴァ化し異次元に吸い込まれて、今は空虚な空間が拡がるばかりの闇の世界に、全ての推力を失って浮かんでいた。生命維持装置や非常灯すら作動できないほどに、『シルビアン』はもてる力の全てを出し切っていた。


 ライルを始め彼らは、再びの次元転換の苦痛に身を捩り意識を失っていた。だが、幸いなことに、ノヴァ発生緊急警戒宙域として、ガルド艦隊がその一帯を監視していた。

 事実上、恒星消失は銀河の住人にとって重大な脅威となっていたのである。


 空間に激震が生じた瞬間、何も無かった宙域に小型のクルーザーが突然現れたのだ。

 ガルド艦はすぐに交信を求めたが応答がない。


 たまたま近くへ来ていたトゥール・ラン提督は報せを受けて、不審な小型艇の映像を見た。彼はそれをひと目見るなり飛び上がった。

 直ぐに救援隊を組織して、自ら『シルビアン』の回収に向かう。ガルド艦が彼らを船ごと収容した時には、チャーリィ達の意識も戻っていた。



 チャーリィと勇は、心身ともにぼろきれのように疲れ果てていたが、それでも気力を振り絞り、地球艦隊宇宙士官候補生として恥ずかしくない態度をとろうと、涙ぐましい努力を払っていた。

 彼らの極度の疲労困憊振りに目を見張ったトゥール・ランは、挨拶もそこそこに、直ぐ彼らを割り当てた部屋に引き取らせた。

 それでも二人は頭をそびやかし、とかくするともつれそうな足並みをどうにかこうにかきちんと歩こうと頑張った。


 それで、部屋のドアが背後で閉じた途端そこで伸びてしまい、健康状態を調べに医師が来ても気づかなかった。二人がベッドで自己嫌悪に陥りながら目を覚ましたのは、それからずいぶん時間が経ってのことだった。


 ミーナのほうは神経をすり減らしきっていたので、そんな体裁を気にするゆとりはなく、ガルドの士官の腕の中に倒れ込むと、再び意識を失った。


 彼女は、直ぐに医局へと運ばれ、手厚い看護を受けた。

 ガルドの大きなベッドの中で、ミーナはこっそりと涙を拭っていた。


 クローン・ライルが最後に見せた微笑みは、彼女の心に焼き付いて、二度と消えることはないだろう。

 彼を選びながら、またしても、彼女は彼を裏切ったのだ。

 ライルの為に。


 その一方で、あの絶望的な次元の狭間の船の中で、ライルから受け取った感情のほとばしりを覚えている。あの暖かい心が、彼女を蘇らせたのだ。


「ライル……」


 彼女の涙は、なかなか止まらなかった。




 トゥール・ラン提督の私室の長椅子にゆったりと寝かされたライルは、一部始終を淡々と語った。語りながら、その世界がもはや存在していない事実を噛み締めていた。


 またしても、彼は一つの世界を、そこに存在する命とともに滅ぼしてしまったのだと痛感する。

 いったい、自分は何者なのだろう。バリヌール人でありながら、かくも恐るべき破壊を行う自分は……?

 これからも執行者として破壊と殺戮を繰り返していかねばならないのだろうか?

 図らずもクローンが、彼の前で冷酷な破壊者を任じて見せたように?


『結局、お前も僕と同じことをやっているんじゃないか』


 何処かで、クローンがせせら笑っているような気がした。


 急に黙してしまったライルを、提督は気遣わしげに見守る。

 『至上者』の事件の時、彼が自分を嫌悪するあまり自分で自分を殺しそうになったことは、まだ、提督の記憶にまざまざと鮮明であった。


 同じことをバリヌール人の彼が繰り返すとは思えないが、それだけにいっそう根の深い傷痕を残すのではないかと案じていた。

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