クローン異次元へ
一難さってまた、一難の気配……
メインデッキでは、クローン・ライルが唇を噛み締めながら次々と映し出される被害データと侵入者を告げる各ポイントの監視モニターを見ていたが、やがて、皮肉な笑みを浮かべ、次いで低く笑い出した。
しかし、コンソールの前で、立ち竦んでいるミーナを振り返った彼の眼は寂しそうだった。
「君は彼を選んだわけだ。でも、僕は君を責めるつもりはない」
彼はミーナにブラスター銃を投げ与えて言った。
「君のおかげで、僕は一時、生きていてもいいのだと思った。感謝しているんだ。さあ、それで僕を撃ってくれ。君になら撃たれてもいい。早く! 彼が姿を見せたら、僕はきっと彼を撃つだろう。チャンスは今しかないんだ」
ミーナは彼に銃を向けた。持つ手が震えて定まらない。彼が側に来て、彼女の手を取り銃口を自分の胸に当てがう。そのまま彼女を抱きしめ、唇を重ねた。
「さあ、撃ちなさい」
彼が囁く。
ミーナは、彼の澄んだ静かな眼を見つめているうちに、視界がぼやけてきた。ぼろぼろと涙があふれてきて、銃を床に落とす。
彼女は泣きながら、彼の胸の中で激しく首を横に振った。
そこへ、勇が現れた。直ぐ続いてチャーリィ。
クローンはとっさにミーナを突き飛ばし、ブラスター銃を拾って構えた。
二人は彼を見てあっと釘付けになる。髪の色こそ違うが、ライルそのものだった。
クローンの銃が一瞬我を忘れて棒立ちになった二人を襲う。
訓練された反射神経のおかげで、辛うじて身をかわしたが、勇は服を焦がし、チャーリィは左腕に火傷を負った。
二人は多重扉から転がり出て、それぞれ技師の頑丈な椅子を盾にする。クローンは主パイロット席の向こう側に隠れた。
チャーリィ達が二人同時に飛び出して掛かれば、倒せない相手ではなかった。
だが、チャーリィはためらっていた。まるで、ライル本人を相手にしていうようで、とかくすると殺意が鈍りそうなのだ。一瞬で生死が決まる銃撃戦に、これはまずい。
クローン・ライルはじりじりと主パイロット席から、副パイロット席のほうへと回りこんでいく。勇の前に出て、一人ずつ倒していくつもりだ。
彼は横っとびに飛びながら、勇に狙いをつけた。同じくチャーリィがむき出した彼の心臓に銃を向ける。
瞬時、ためらった。
「撃て! チャーリィ!」
声がして、クローンが声のほうに向けて引き金を引くのと、扉の前に立ったライルが銃を撃ったのが同時だった。
だが、二人のビームは、両者の間に突然割って入った空間の歪みに屈折して、あらぬ方向へ突き刺さった。
その歪みの中に、何か得たいの知れぬ蠢く影が揺れている。
クローンとライルは、その蠢く影から放射される思考を感じた。
『われのところへこい。おまえがひつようだ。つれもくるがよい』
ライルとクローンの視線がぶつかり合う。クローンはミーナを見た。彼女ははっとして、その視線を受け止める。が、彼はそのまま歪んだ空間の中に飛び込んで行った。
瞬間、陽炎のように揺れていた歪みが消え、クローン・ライルの姿も消えてしまった。
ライルは修復された空間を茫然と見つめていた。他の三人も金縛りにでもあったかのように、目の前に起こった出来事が信じられなくて、呆然と凍り付いていた。
ライルの構えていた腕がゆっくり下りて行き、手の力が緩んでいくにつれするりと銃が抜け落ちる。床に当たって、カシン! と金属音を響かせた。
それで我に返ったチャーリィが囁くように言った。声が微かに震える。
「あれは……、何なんだ? 奴は何処へ行ったんだ?」
「奴らだ。……奴らの手にクローンが……最悪だ」
ぽつりと、ライルが独り言のように答えた。
「奴らって? 誰なんだ? ライル、お前、知っているのか?」
畳み込むようにチャーリィが聞いてくる。彼は自慢じゃないが、霊現象の類が苦手だ。得たいの知れないものは対処のしようがない。正体さえ割れてしまえば、どんな怪物でも怖くないと思う。
「異次元の生命体だ。例の変異攻撃を仕掛けている張本人だよ」
「なんだって?」
勇とチャーリィが異口同音に叫んだ。
――そして、奴らの背後にはあれが存在している……。
ライルは心の中で続けた。クローンが彼らの側についたなると……。
深刻な表情で考えに沈んでいると、勇の元気な声がそれを中断した。
「ミーナ! 無事だったかい? 良かったなあ」
ライルが顔を上げると、青い顔をしたミーナがチャーリィに付き添われて来るろころだった。ライルの胸に言いようのない安堵感と喜びが湧き上がった。だが、彼はそれを表現する術を知らず、黙って見ている。
ミーナは喜びよりも悲しみのほうが大きかった。クローンのライルをも愛していたのに、彼を裏切ったのだ。ミーナは彼の寂しそうな瞳が忘れられない。
彼女はライルの前に来て立ち止まった。チャーリィと勇は気を利かせて二人を残して、先に『シルビアン』に戻ってしまう。
すがりついていきたい思いで、ミーナはライルを見つめた。彼の胸の中で思いっきり泣きたいのに、彼は彼女を抱きしめようともしない。穏やかな海のように、紫の瞳が静かに見つめるだけなのだ。
ミーナは悟った。
彼は私を愛していない。誰も愛していないのだ。自分すらも。
私が彼を捨てて選んだ人は、愛を知らない機械だった。
胸に飛び込んで行くこともできずに彼を見続けていると、ライルが踝を返しながら言った。
「さあ、戻ろう。チャーリィ達も待っている」
ミーナの限界だった。彼女は近づくと、美しい頬を音高くひっぱたいた。
「あなたは、感情もない機械よ。大っ嫌い!」
そして、『シルビアン』へ駆け去った。
残されたライルは叩かれて赤くなった頬を押さえながら、訳もわからずただびっくりしていた。
ミーナは無性に腹が立ってしょうがなかった。
――何がバリヌール人よ! 普遍的な偉大な愛なんて真っ平よ! 私が欲しいのは、そんなのじゃないわ。私だけを見つめてくれるそんな愛が欲しいのよ。有性種族の愛よ。性の愛だわ。
彼のクローンがその愛を与えてくれただけに、今のミーナにはライルの無性種振りが、たまらなかった。
操縦系統のざっとした点検を終えて、ラウンジでコーヒーを入れていたチャーリィは、ミーナに気づくと陽気に声を掛けた。
「やあ、ミーナ。コーヒーが入ったよ」
「ありがとう。チャーリィ。いただくわ」
ミーナの様子に元気がないので、彼は眉をひそめた。
「どうしたんだ? ライルは? 喧嘩でもしたかい?」
「違うわ。後からくるでしょ」
突き放すような言い方に、チャーリィはまさかと思いながら訊いてみた。
「ライルが何かしたのか?」
ミーナはますますぷりぷりする。
「何もしないから、怒ってるんじゃない。馬鹿ね」
「ライルにそれを期待するほうが、間違ってるよ。君も承知だろうに」
チャーリィは呆れたように肩を竦めた。
そこへライルが戻ってきた。まだ、手の痕がくっきりと赤く残っている頬を見て、チャーリィは噴き出すまいと口を押さえる。
バリヌール人を遠慮なくひっぱたくのは、宇宙広しと言えど、ミーナしかいないだろう。
「できる限りガルド星へ戻る」
ライルは頬の手の痕も忘れて、厳しい表情でいきなり言い出した。
「どうしてそんなに急ぐんだ?」
チャーリィは不満げに口を尖らせる。やっとコーヒーでも飲んで寛ごうと思ったのに。
「時間がないんだ」
動力部の点検から戻ってきた勇が、油で汚れた顔のままライルの説明を聞く。
「クローンが敵の手に渡った。これまでの変異攻撃には、今頃ガルドを中心とする諸国が、対処法を着々と進めているだろう。まもなく、銀河はその脅威から逃れることができるはずだ。しかし、敵となったクローンがそれに対抗する手段を開発する。或いは、もっとありえることだが、更に効果的な新たな攻略法を考え出すに違いない。彼は既知の知識に加え、新たな異質の知識を得て、それを最大限に活用してくるだろう。しかも、それは我々のまだ知ることのない異次元の知識だ。我々がそれを発見し対抗手段を開発する頃には、手遅れとなる可能性が高い」
三人はぞっとして顔を見合わせた。ライルが敵に回った時の恐ろしさは身に染みている。
「彼は脅威的な存在だ。彼は手段を選ばない。最も残酷で効果的な方法を講じてくるだろう」
ライルの顔色が悪いのは、身体が辛い所為ばかりではないのかもしれない。
「では、どうしたらいいというんだ? とても俺達には太刀打ちできそうもない」
チャーリィが二人の気持ちを代弁して訊ねた。
「だから、僕達にできることは、その前に彼らの世界に乗り込んで、彼らの計画を打ち砕くしかない」
チャーリィ達はあっと言ったきり言葉を失った。
「でも、そんなこと……できるのか?」
気を取り直して、勇が聞く。
「できる」
彼は確信をもって答えた。
「そもそも変異攻撃は、異次元とこちらの次元との位相指数の差を利用したものなんだ。彼らが、向こうから干渉してくるのなら、こちらからも干渉し、侵入することができるのが道理。最後の疑問だった相手の正確な位置も、ケグルの衛星で観測できた。突風でやられる前に、僕を誘き寄せた罠が、逆に僕に教えてくれたんだ」
「なるほど。確かにバリヌール人を敵に回すものじゃない」
チャーリィは溜息をつきつつ感心する。
「彼らの世界は異質だ。時間すらも異なる。こうしている間にも、向こうでは一年ぐらい過ぎているかもしれない」
「まさか……」
と、彼らは思ったが、それでもそそくさとコクピットの席に着き、メイン駆動を発動させる。たちまち推進噴射口から、夥しいイオン流が噴き出した。
再び、五万年光年近い気の遠くなるような距離を走破しなければならないのだが、ここで障害が生じた。
ジェネレーターを始めとするほとんどの駆動機関が、先の強引に飛ばした無理な負担と戦闘の為、疲労損傷が激しく、航行に相当なセーブがかかることが判明し、さらに、動燃の備蓄も残り少なくなっていたのである。
ガルドへ短時間で帰港するためには、何処かの星に立ち寄って、動燃を補充し修理を受けたほうが早かった。
亜空間通信装置がクローンの攻撃で、駄目になっているのが悔しい。
そのうえまずいことに、今までの無理が祟ってライルが寝込んでしまったのである。あの身体で、今まで良く持っていたと不思議なくらいだったのだから、仕方ない。
彼は必死に起きていようとするのだが、疲労し衰弱しきった身体は、なんとしても思うようにならなかった。
彼はついに諦め、しばらく考えていたが、やがて言った。
「十七光月先のKJ35RE、シーラ星に行こう。あの世界の住人は極めて閉鎖的だったが、異次元界に対し、古くから研究が進められていた」
チャーリィの片眉が持ち上げられたが、『シルビアン』は、十七光月先の人付き合いの悪い星へと向かった。




