ミーナとクローン
五の章
生暖かくかったるいぼんやりした眠気からようやっと抜け出て、ミーナはうっすらと目を開いた。
柔らかい光や天井がぐるぐる回転して気持ちが悪い。身体を横たえているベッドを通して、リズミカルな振動をかすかに感じる。
――ああ、船の中にいたんだわ。
そう思ってはっとした。
――船? 私は……確か、そうだわ。確か、船を出て、宇宙ポートを調べてみようと思いついたのよ。クローンが用意した船が、きっとあるはずだと考えて。そして、そう、私は見つけた、と思った。
でも、それから? ……それから、私、どうしたのかしら?
また、吐き気が襲ってきた。頭も割れそうに痛い。寝返りを打とうとしても、身体がまだ眠りから覚めてないのか、自由にならず自分のものではないようだった。
かちゃかちゃとガラスの触れ合う音がして、足音が近づいてきた。規則正しい柔らかい足音で、ミーナはなんとなくほっとした。
「これを飲みなさい」
果たして、甘みを帯びたテノールが透明な液の入ったコップを差し出してきた。
それを飲み干すと、胸のむかむかも頭痛も嘘のように取れてたちまちすっきりしてくる。
「ありがとう。助かったわ。いったい、私……」
顔を上げたミーナは、ぎくりとして言葉を途切らせた。
「ライル。その髪……」
彼の髪はさらさらと流れる、絹糸のように細い紫だった。
「髪がどうしたって?」
彼は妙に酷薄な感じのする冷ややかな笑みを浮かべた。
ミーナはぞっとする。こんなライルは見たことがない。それに、髪……。ミーナは、激しいショックを覚えた。
――では……この目の前の彼が!
ミーナはじりじりと後退る。
「クローンね! そうよ。あの人にそっくりだけど、でも、私の知ってる彼じゃない! 私には判るわ!」
紫の髪を持つライルは興味をそそられたようだった。
「原則として、クローンとオリジナルは、まず、見分けがつかないものなのだがね」
「でも、私には判るのよ!」
ミーナは言い張った。
「髪の色が違うわ。きっと、それはバリヌール人のものなのね。今の彼は栗色よ。でも、そっくり同じにしたって、私にはきっと判るわ」
「ふーん、何か、僕の気づかない理由があるのかな?」
彼は深い紫の瞳で、じっと彼女の青い目の中を覗き込んだ。ミーナは一瞬、ライル本人と錯覚しそうになったが、頬を紅潮させながらも敢然として言い切った。
「私が彼を愛しているからよ」
「ふむ。それで奴は応えてくれているのか?」
ミーナの頬が更に赤くなった。
「そんな事、あなたの知ったことじゃないでしょ!」
彼はミーナの顔をじっと見つめている。ミーナが愛する美貌と全く同じ端整な顔は、やはり無表情で、その奥にどんな考えが去来しているのか、推し量ることはできなかった。
***
一瞬、その場に立ち尽くしたライルは、我に返ると直ちに行動に移った。宙航ポートに静かに着床している『シルビアン』のコンピューターの狂いを目を見張るスピードで直し、駆動制御システムも完全同調させ亜空間航行可能にしてしまう。
その間に、勇は動燃を調べ、動力系統を点検する。チャーリィは補助機関や予備エネルギーの補充、それにミサイルなどの武器を積み込んだ。
トゥール・ランの驚きは、彼らのそういった一連の作業に誰も指示を出すでもなく、暗黙の了解のうちに、てきぱきと自分の分担を果たしていく事であった。LICと呼ばれるチームワークを垣間見た思いがした。
トゥール・ランは、彼らの要求にでき得る限りの援助と協力を惜しまなかったが、いざ出発の準備ができた時、彼はライルにあっさりと乗船を拒否されてしまった。
腹を立てた提督が食って掛かろうとすると、ライルがやんわりと説明した。
「提督、あなたの仕事は別にある。この混乱したガルドの収拾に当たらねばならぬはず。問題のクローンは船で逃げてしまい、もうこれ以上の被害は与えないだろう。磁気嵐や電磁パルスも治まったようだ。病原菌の汚染の心配もなくなった今、あなたがここでぐずぐずしている理由はない」
「しかし……」
「変異フィールドの対策も、既に提出してある。あなたの仕事はこれからなのですよ」
ライルにそう言われ、さらに、
「たいして役には立たないかもそれませんが、私達も彼に同行します。提督、私達に任せてください」
と、チャーリィにダメ押しをされたので、トゥール・ランもこれ以上押し切ることができなくなった。
「判った。私は残るよ。くれぐれも、無理はなさらぬように。怪我もまだ治っていないのですから。いいですね」
ライルを未練一杯に見つめながら渋い顔で言うと、チャーリィと勇の手を熱心に取って、
「なにぶんにも、頼む」
と、心から頭を下げた。
銀河種族間でもトップの地位にいる一人の、この猛々しくも勇猛な男の真剣な言葉を受けて、勇達は深く感動を覚えた。改めて、彼がどれほどライルを大切に思っているかを悟る。
トゥール・ランの憂い顔に見送られて出発した三人は、航路追跡装置の示す方角に焦点を定めると、最大スピードで飛ばした。
ライルは構造振動探知セクションを食い入るように見つめる。彼は船のスピードが遅い、と初めて感じた。相手の船はガルド艦。『シルビアン』は最新の設備を誇っているが、規模から言ってもガルド艦の速力以上は出せないのだ。
やがて、彼はこの苛立ちがクローンに出し抜かれたことよりも、ミーナをさらわれた事に発しているのに気づいた。
なぜ? これほどまでに心が乱されるのだ? 理解不能。
構造振動探知に反応が出た。ライルの指が反射的に動き、座標と質量、放出エネルギー、ステラジアンベクトルを弾き出す。
質量がクローンのガルド艦であることを示す。かれはデータを直ぐに、勇へ回す。
勇はクローンの遷移点よりも二光時離れて居ても、即座に遷移に入った。そして、亜空間内で加速を続ける。
これは異例の航法で、通常、亜空間を突き破らない為に、慣性航行に移るのが原則だった。
亜空間航法は空間の歪みを利用した次元と次元の狭間を縫っていく航法である。亜空間に突入する光速度を超える超高速度のドップラー効果を利用し、空間が収縮する襞に切り込んでいくような形で現次空間から転移する。この時、空間のストレスによる大きな次元震が生じる。
突入時の船の速度によって、亜空間での移動速度は決定された。突入時のテンソル値に応じて、通常空間に出るまでの走破する距離と時間も当然ながら決定される。
がぜん忙しくなったライルは、それでも勇のために次々と変化する状況の中で亜空間方程式の臨界値を打ち出してやる。
クローンの船が二光時先のポイントでドロップアウトし、再び方位を変えて、遷移に入った。
しかし、勇はそのまま亜空間航行をを続行する。亜空間内で方位ベクトルを変え、船を旋回させて、クローンの船の方向に焦点を移す。
亜空間がエネルギー摩擦で悲鳴を上げた。同時に船内の温度が上昇し、動力ケーブルがエネルギー過多で白熱する。
ついに、チャーリィが警告した。
「勇! 負荷オーバーだ。これ以上無理を続けると、動力ユニットが溶け出すぞ! 駆動装置が暴走しちまう!」
勇は歯を食い縛った。しかし、今、エネルギーの出力を落としたら、船はドロップアウトしてしまう。そして、相手の船との差が取り返しのつかないほどに開いてしまうだろう。
「チャーリィ。これからしばらく、目をつぶっていろ。何とか切り抜けて見せる。船内の余分な装置のスイッチを切る。動力部に出力が集中できるように。生命維持装置もぎりぎりのラインに落とす」
チャーリィが椅子の中から振り返ってライルを気遣う。
「大丈夫か? ずっと休んでいないし。顔色も悪いな」
やっとフォリオが取れたばかりの、回復には程遠い身体だったのだ。
「大丈夫だ。それに、僕の身体を心配している場合じゃない。勇、慣性装置も切ってくれ。船の加速吸収構造だけでも耐えられる」
勇はちらっと心配げにライルを見たが、もとより願ってもない申し出なので、このさい遠慮はしない。
勇がスイッチを切っていくにつれ、船内は暗くなっていき、常時聞こえていた様々な装置の唸りが止んでしんと静まりかえった。その中で、後方からのリズミカルな駆動機関の振動音が響き渡ってくる。
同時に増してきた加速圧が、三人の体をシートに押さえつけた。彼らはシートから伸びてきた酸素マスクを黙々と着ける。これからは船内の空気も当てにできないのだ。
発熱したジェネレーターや動力コイルを冷却する冷たい風が一瞬、吹き付けてきたが、直ぐに室温もじわじわと上がりだした。
勇は、しかし、既にそれらも念頭になかった。彼の細胞の一つ一つが船内の機関との一つ一つと同調しており、彼自身が船の機構そのものと化していた。
彼の視界はレーダーと探査装置であり、エネルギーの炎が燃え上がる動力炉は、彼の心臓だった。凝縮されたエネルギーが彼の血管を流れ、組織とそれを構成する個々の細胞に浸透していく。小さなギアから大きなギアへと回転が伝道され、シリンダーが押し上げられるのを感じていた。
末端子がエネルギーを迸らせ、薄い磁気膜が電気を帯びて震えるとき、彼の細胞も震える。推進装置の噴射口から流出するイオン流は、彼の熱い血潮だった。
「右ジェネレーター。まだだ。辛抱しろ。そう、それでいい。左反応炉、熱すぎる。静まれ」
「ああ、そこ、熔けるな。その熱、迂回させろ。サブ回路、休んでるんじゃねえ! 左コンバーター、ちっと我慢」
無意識なのだろう。勇はぶつぶつと独り言を漏らしながら、全神経を集中して操作している。
動力炉の限界を彼は自分の体内で感じ取り、反射的に神経がそれを回避する。船は、人の動きのように滑らかに疾走していった。
ライルはこのような状況にもかかわらず、思わず感心して勇の操縦に見惚れた。バリヌールの完璧なコントロール技術をもってしても、勇が今行っているような操縦はとてもできない。それは、理論や数値で示すことの決してできないものだった。
白熱し、熔けて燃え上がろうとしているユニットやラジエーターを、勇は意思の力で宥め押さえつけながら、五万光年近い大遷移を、数十時間でやってのけようとしていた。
***
クローンは緻密に計算された遷移を繰り返した。さらに空間の曲率を計算しつくして、亜空間遷移に入ると同時に空間位相値で同期した座標へ移相遷移させる位相ジャンプも併用した。
結果、既に五万光年を隔て、銀河の外縁部を疾走していた。いくらオリジナルと言えど、ここまで追ってくる事は無理だ。
仮に航跡を見失っていなくとも、最初の二光時の開きは、既に少なくとも、五百光日になっているはず。オリジナルが追いつく頃には、奴を迎え撃つ準備がすっかり整い待つばかりとなっているだろう。
クローンが推力を切り、着陸に適当な惑星を探していると、背後にミーナが立った。
「いったい、私をどうするつもりなの? クロ……あなた」
「僕がクローンである事実は変わらないのだから、そう呼んで一向に差し支えない」
「そうだったわね。ライルもそうだわ。冷静な観察者として、バリヌール人ほどの適任者をほかに知らないわ」
「当然だ。でなければ、いわゆるバリヌール人は在り得なかった」
「で、私をどうするつもり? 冷静な科学者さん」
ミーナはクローンの横にあるガルド製の頑丈で大きな椅子の腕に腰をもたせて、もう一度聞いた。
形のいい小首をちょっと傾げ、意志の強い目は臆することなくきらきらとし、愛らしい口の端には笑みすら浮かんでいる。
クローンは、美しいなと素直に賛美する。そもそも彼女を連れてくるはめになったのは、準備しておいた船を彼女が嗅ぎつけた為だった。その時は一秒も惜しんでいたので、とっさにパラライザー(麻痺銃)で眠らせたのだ。
だが、そのまま彼女を捨て置いても良かったのに、どうして連れてきてしまったのだろう。ソル人の女など、船の噴射熱で焼け死んだってどうってことはないはずのに。
クローンは、しかし、既にその答えを知っていた。
遺伝子の微妙な欠落と変調は、本来生じるはずのバリヌール人と地球人の相違からくる葛藤も覚えない。両者のアンバランスな上に混在する彼の心は、かえって何の迷いもなく己の心理分析を可能にしていた。
ライルがあくまでもバリヌール人であるのに対し、彼がずっと地球人により近かったことも、影響が大きい。
ミーナは、自分を見つめる深い紫の瞳に浮かんだ静かな想いに気づいて、どきんと胸が大きく打つのを感じた。
ライルと同じ澄んだ瞳には、彼女が彼に見たいと望み続けてきたものがあった。
彼女は身を翻して逃げ出した。彼と同じ声で、その答えを聞くことはとてもできなかった。
キャビンに戻りベッドに腰を下ろしたミーナは、まだ自分の胸が早鐘のように高鳴っているのを感じてうろたえた。
――彼は、私の愛しているライルじゃないのよ。
自分の心に必死で言い聞かせる。当然ながら、あまりにそっくりで、そして違うライルとクローン。彼はライルではない。ライルは、決して、あんな目で自分を見たりしない。でも、やっぱり彼もライルなのだ。
ミーナは、次第にライルとクローンの区別ができなくなってしまうのではないかと、不安になった。
強引に拉致されてきたが、彼の邪魔をしない限りは、行動も自由だったし、彼の扱いも始終親切で優しく、その態度は紳士的だった。皮肉にも、ライル本人には、望もうとしても望み得ない。
少しクローンの爪の垢でも飲んだらいいのよ、とミーナは思う。
そこへ、クローンがキャビンの中に入ってきた。ミーナははっとして振り返る。彼が部屋に入ってきたのは初めてだった。
冷ややかな笑みを浮かべた彼の瞳に何か燃え上がるような光を見て、ぎくりと腰を浮かす。
その彼女を制するように、彼が立ち塞がった。ライルと同じ端整な美貌が、じっと顔を覗き込んでくる。ミーナは紫の瞳に引き込まれ、どうしても目を逸らすことができない。
「君がさらわれたと知った時、奴がどんな顔をしたか、見てやりたかった。君が二度と奴の手に戻らないとわかったら、どんなにショックを受けるだろうね」
ミーナはそれでも、にっと可笑しそうに笑って見せる。
「当てが外れてよ。彼はそんな事に動じやしないわ。彼は愛だの、恋だのは知らない種族よ。例え、私が死んだって、悲しむこともないわ」
言いながら、心の中ではそうあって欲しくないと願う自分を知って、胸が締め付けられるような寂しさを感じた。
「それは違うな」
クローンの確信のこもった言葉に、ミーナは顔を上げた。
「奴にも、僕と同じ地球人の遺伝子がある。僕が君を望むように、奴にもそういう感情を持つ可能性は高い。奴は頑迷だから気づかないだけだ」
本当かしら? 信じられない。ぱっと頬を染めて輝きだす彼女を好ましいと眺めながら、クローンは嫉妬を覚えてくる。
押さえ切れなくなった衝動が彼の中で湧き上がり、ミーナの手首を掴むとベッドに押し倒した。強く押さえつけたままミーナの唇を求めていく。
唇が触れると、ミーナは力が抜けていくのを感じ目を閉じた。その唇は紛れもなくライルのものだった。
彼の均整の取れた幾分華奢な体が重なり、彼の腕が背に回された。彼の仄かな甘い花の香りが彼女を包み込んでいく。
唇が首筋へ落ちて、ミーナはうっとりと呟いた。
「ライル……。」
声に出して、はっと我に返った。
――彼は私のライルじゃない!
「いや! やめて!」
叫ぶと同時に、満身の力を込めて彼の手を振りほどくと、自由な足を使って投げ飛ばす。くるっと起き直って身構えると、ベッドの向こうの壁に叩きつけられた背を庇いながら、クローンが呆れた顔で見ている。
「驚いたな。強いんだね」
「私も士官候補生よ。アカデミーで訓練も受けているわ。お望みなら、もう一度投げ飛ばしてあげましょうか?」
クローンは立ち上がりながら、ふふふと含み、ついには楽しそうに笑い出した。身体を硬くして怪訝そうに身構えるミーナの肩をポンと叩いて言う。
「実に気に入ったよ。ミーナ。君は本当に素晴らしい女性だ。安心したまえ。嫌がる女性には手を出さない。だが……」
クローン・ライルの目がきらりと底光りを放つ。ミーナはその冷たさにぞくりとした。
「オリジナルは殺す。ライル・リザヌールを名乗るのは、僕一人で十分だ。そして、奴の持つ全てを僕が手に入れる。罠を整えて、待っていてやる。来るがいい。真の勝者が誰か教えてやろう」
そして、青ざめるミーナを振り返る。
「奴が居なくなったら、ミーナ、君も僕を愛さないわけにはいくまい?」
クローンは言い捨てると、身を震わせて立ち竦むミーナを残して、笑いながら出て行った。
***
ミーナはメインデッキに足を運んだ。そこで、クローンは粘り続けているのだ。
メインデッキは、通常、ガルド人住人で勤務するよう設計されており、彼らの身体に合った大きく頑丈な主パイロット席と副パイロット席が中央に、一段下がって後方半円状に副機関士や技術長の席、側面にぎっしりと埋められている各種機関装置やコンピューターの前に専門技師達の席が並んでいた。
それらの全てを彼が一人で何もかも為し遂げねばならない。各種装置をリレーさせ、中央副パイロットのコンソールに統合式集積回路を設置して連携する事で解決していた。
それは、『シルビアン』にライルが設計した事と原理的には同じである。この船は、最低要員三十五名、通常乗組員六十名、最大収容人数百余名の航宙艦なのだ。
彼がこれを選ぶとき、当然それで、必要ならば宇宙の果てまでも航行し、一星系ぐらい征服できるようにとの考えがあったからである。ガルドの航宙艦のうち、このクラスが彼一人で掌握できるぎりぎりの規模なのだ。
全艦の機関装置類を自動システムに切り替え、状況情報伝達とシステム作動状況のデータ及びコントロールの全てを統合集積回路を通して、メインデッキのメインコンソールへと連結させた。
その結果、巨大な船体中から送られてくる膨大な量のデータがここに日夜集積されていく。このデータの山を、コンピューターにも劣らぬ速さで処理していける者は、生まれながらの情報統括総合者であるバリヌール人のほかに多くはいまい。
「食事よ」
ミーナが言う。クローンはちょっと目を見張ったようだった。
「あなたは平気でしょうけれど、私はお腹が空いたわ。せっかくですから、あなたもどうぞ」
――ライルにそっくりなのに、餓死させるわけにもいかないじゃない。
クローンは黙ってついてきた。ガルド高級士官の食堂である。
「お口に合うかしら?」
バリヌール人の好みが地球人と違うことを、散々思い知った後である。
しかし、クローンは湯気の立つ料理を黙々と口に運ぶ。なるべく肉類を減らしたつもりだったが、ガルドの厨房である。メニューに限界があった。
だが、彼は肉類にさほど抵抗はないと見え、たちまち空にしていく。
――お腹が空いていたのね。食事する暇もなかったんだわ。
生まれた時から、彼はずっと緊張して過ごしてきたのだ。彼は自分で望んで生まれた訳ではないのに。彼が取った手段の是非はともかく、追い立てられ、命を狙われ続けて……。
ライルにそっくりな男は静かに食事を進める。ミーナは複雑な思いでそれを眺めた。
ご飯を取り上げられた小さな子供。そんな連想が浮かぶ。こうしていると、ライルそのものなのに……。
「ありがとう」
クローンはミーナに礼を言うと、またメインデッキへ戻って行った。
――クローンの方が人間らしいなんて、不合理だわ。
ミーナはそう思った。