混乱するガルド星
ガルド全域わたり、いきなり大規模な電磁パルスが発生した。一瞬で、電子機器の全回路が吹っ飛び、全ての通信・交通・コンピューターそして宇宙船がいかれた。
激しい混乱が星系中に起こり、それに追い打ちを掛けるようにして、主要中枢機関が爆発し始めた。
大会議場、公安局、宇宙局、中央宇宙空港、各大工場、云々……。多くの人命が失われ、人々は恐慌に陥った。
保安局や宇宙局が必死で爆発物を割り出そうとしているのだが、まだ何の成果もでていない。爆発物を仕掛けられた形跡もないのである。それでも、次々に公的機関や主要な生産工場、商業施設などが破壊されていく。
保安局には建物が吹っ飛ぶのを防ぐ手立ては何も無かった。各機関の技師達も懸命の修復作業を行っているが、その努力を嘲笑うように、嵐のような撹乱波が、彼らの電子回路を狂わせ続けた。
その中を、チャーリィと勇が手動に切り替えた飛行車で、ライルの所へ駆けつけてきた。彼が居る病院が、混乱も無く静謐であることに驚く。
それが、バリヌール人ライルの落ち着いた存在の所為であることに、間もなく気づいた。バリヌール人の存在は、彼らにとってそれほどに大きいのだ。いち早く病院を対パルス処置下に置いたのも彼の指示である。
チャーリィがドアを開けると、彼はベッドに身を起こし例の異次元界からのフィールド攻撃に対しての対策法の作成に集中していた。
一連の爆破と混乱の影響を受けて、チャーリィですらもいささかパニックにとらわれていたのだが、彼の変わりない静かな顔を見ると、不思議に心が落ち着いてきた。
「だいぶ良いようだな」
そんな言葉さえ出てくる。
「やっと、歩き回っていいと、許可が出たよ」
「少しだけよ。無理してはだめなんだから」
ミーナがライルをたしなめる。うっかりすると、直ぐ仕事に夢中になって根を詰めるので、この頃のミーナは駄々っ子を叱りつける母親の心境だった。
「今、起こっている事件なんだが……。ライル、どう思う?」
「ああ、ずいぶんひどいようだね」
「トゥール・ラン達は、事態の収拾に走り回ってるよ。それでも、事件の展開に追いつけないんだ」
「うむ……」
ライルは何処まで本気で聞いているのだか、作業の手を休めない。それで意地悪く出た。
「ライル。この事件の犯人を知っているか?」
「いや。しかし、非常によく計算された工作だ。頭のいい奴の仕業だろう」
チャーリィは端末に向かう均整の取れた美貌を眺めながら言った。
「お前なら、よく知っているんじゃないかと思ったんだけどね」
ライルが怪訝そうに見上げてきた。
「俺は、ある関係筋から仕入れたんだが……。ライル。お前がガルド星をやっつけてやろうと考えたら、何処から手をつける?」
「変なことを聞くな。そんな事、考えるはずもないけれど……」
沈思する彼に、怪訝の色が深まった。
「ふむ。これは……。面白い。まるで、僕がやっているみたいだ。それなら、全ての符号が合う」
ライルは資料と言うには余りに疑問符と不明の記述の多いデータを眺めた。
「犯人は、鉄と銅の原子核を開放しているのだな。これなら、思いのままに望む場所を攻撃できる。たいていの建物には、必ずといっていいほどこれが含まれているから。電磁パルスや撹乱波に乗せて、量子反応誘発力場を狙った物件に発生させるだけでいい。遠隔コントロール装置には、出力に大きなエネルギーが必要だが、それさえ確保できれば、実に効果的だ。だが、この技術を知っている者というと……、宇宙広しと言えども……。いったい……?」
語尾を濁す彼の代わりに、チャーリィが言った。
「バリヌール人しかいない。そうだな? いいさ。弁解しなくったって。これで、確信したよ。まさかと思ったけれど。まさか、よりによって、お前のクローンが……」
「なに? クローンだって?」
ライルがチャーリィの言葉を遮った。それほど、彼は驚愕したのである。そのまま、深い憂色に顔を曇らせたまま黙考する。
「クローン? 何のことなの?」
ミーナが不思議そうに聞いた。
「ヒポクラス人がライルにクローン再生手術をしたろ。その時、連中、どうやら秘密裏に、ライルのクローンを作ったらしい。それが先日発覚したもので、委員会が特別喚問を開こうとした矢先に、この騒ぎが始まったのさ」
チャーリィの説明に、ミーナは目を丸くした。
「まあ! チャーリィって、本当に地獄耳ね!」
口下手の勇も頷いて相槌を打つ。
「チャーリィ、君の推察通りだ。僕の……バリヌール人のクローンなら、このくらいのことはやりかねない」
ぽつりとライルが言う。
「バリヌール人のならって、どういうことだ?」
勇が聞き返したが、彼は眉間にしわを寄せ答えない。
そして、いきなりベッドから滑り出ると、服を身に着け始める。
「トゥール・ランのところへ連れてってくれ」
ミーナが驚いて止めようとするのを、チャーリィが遮って聞く。
「ライル。この事態の収め方が解ったんだな?」
「奴のやりそうな事は、僕になら解る。だが、早く手を打たないと手遅れになってしまう。それでなくたって、奴は先手を打っているのだから。どうして、もっと早くその事を知らせてくれなかったんだ」
そこへ医師団が駆けつけてきて、彼の外出を止めようとした。
「リザヌール! 無茶です! その身体で、まだ、外出は無理です!」
だが、その手をにべもなくはね退けて、彼は勇の操縦する車に乗り込んでしまう。その様子に急かされて、ミーナ達も無駄口を叩かず急いで飛び乗り、病室のポーチからガルドの空へとたちまち離れて行った。
混乱しパニックの広がる中をぬって、参謀本部へと飛ぶ。爆破を免れた刑吏局に設けた臨時の作戦本部室に、人員を集めた。
彼は前置きなしで。対電磁パルス処置の方法を指示した。
「事は緊急を要する。直ぐに取り掛かってほしい」
パルスを遮断すれば、爆破の恐れも一応なくなる。そして、発信源を突き止め、これを破壊するよう命じた。指示を受けた技師や保安局員達が、急いで飛び出して行く。
バリヌール人が急げと言ったからには、それは、掛け値なしの緊急事態なのだ。
集められた人員がみんな飛び出して行くと、彼はただ一人残って待ち構えているトゥール・ランを見た。
「さあ、それでは、僕達は第八衛星へ飛ぼう。間に合えばよいが……」
提督も無駄口を叩かず、彼を抱き抱えると変わらぬ速さで走った。転送機を使う危険を避け、単純なコントロールだけ残して手動に切り替えた『シルビアン』に乗り込む。
撹乱波がレーダーを狂わせ、船の方位距離計測を奪った。だが、歩くコンピューター・ライルが、『シルビアン』のコンピューターと観測セクションの代わりに、次々と航路軌道修正を計算してくれるので、ミーナは操縦に不自由を感じない。
ライルが計算機に齧りついているので、トゥール・ランは、彼に何も聞きだすことができない。
代わりに、チャーリィが病院での経緯を伝えたが、彼等同様、なぜ彼のクローンがガルド星を壊滅させようとするのか、解らなかった。
ミーナが『シルビアン』を第八衛星の宙航ポートに着陸させると、ライルが指示する。
「病理研究センターだ」
第八衛星は、ガルド星系第七惑星の最縁衛星でかなり大きい。衛星ではなく小規模の惑星であったものが何かの理由で、第七惑星の引力圏に捕まったのではないかというのが、有力な説である。大気があったので、居住可能な世界に変え、おもに生活圏ではできないような設備を置いている。
病理研究センターもその一つで、宇宙中の病原体を保管していた。万が一漏れたら恐ろしい事態になる病原菌も少なくない。
ミーナには『シルビアン』で待機してもらい、彼らは破壊された宇宙港の瓦礫の間を走り抜けて、センターへ急いだ。
ここでも破壊の嵐は容赦なく襲い掛かり、無残な爪跡がまだ生々しく煙を上げている。
トゥール・ランは、やっと質問する機会を得た。
「なぜ、研究センターへ?」
「奴の次の目的だから。相手は、僕のクローン。奴がやりそうな事は、僕にも解るのです。彼はおそらく、ガルド星全域を疾病で汚染させ、二度と再建できぬまでに壊滅させようとするはずです」
「まさか……」
トゥール・ランは衝撃に絶句した。疑問はまだ一つも解決されていない。
***
病理研究センターに着いた彼らは、つい、忍び足になり、息を殺して辺りを探りながら進んだ。
ガラス器具が並んだ実験室。実験用動物がひしめく飼育室。大型機材が並ぶ作業室。解剖室や標本室。
設備の整った部屋が並ぶ横を通り過ぎていく足音が、冷たく白い無機質の清潔な壁に虚ろに響く。
静まりかえった建物には、人の気配がなく、薄気味悪い。この奥に、死の恐怖を撒き散らす小さな脅威が蓄えられているのだ。
その病理研究部が、次の角の先にあるという所まで来た時、急に前方から、獣声と多数の重なり合う物音が聞こえてきた。
四人は、顔を見合わせる。更に、後方からも、物騒な唸り声が近づいてきた。実験用の猛獣たちの檻が開け放たれたらしい。
ミーナを残してきて良かったと思いながら、チャーリィは銃を取る。勇とトゥール・ランもライルを中に守って、前後に構える。
最初の巨大白猿――分類は猿ではない――が姿を現したと同時に、チャーリィの銃が火を吹く。一撃で頭をぶち抜かれた獣の上を乗り越えて、第二、第三の怪物達が現れる。
血の匂いを嗅いだそれらは、一層凶暴化して襲い掛かってきた。
銃撃よりも格闘技を得意とする勇は、短刀を手に野獣の中に踊り込む。通路の狭い空間は、勇に取り有利に働く。獣達は大勢で一度に襲い掛かることができず、彼は周りの壁を攻撃に利用できた。
勇の鍛え抜かれた体は、全身これ武器となる。さしもの怪物どもも、本能的にたじろぐほどの威力である。ある意味では、勇のほうがよっぽど猛獣なのかもしれない。
勇が巨大ナメクジを壁にたたき付けて、ひしゃげた体から体液を根こそぎ搾り出すと、チャーリィのビームに首を吹き飛ばされた手足が十二対の熊の胴が、軟体質の肉塊にめり込んだ。
後方でも、トゥール・ランが暴れていた。ガルド人は生来の豪力振りを遺憾なく発揮していた。十二メートルの硬い鱗が光るトカゲの体に、猫科のそれに似た鋭い爪を食い込ませると、腕の筋肉を盛り上げて真っ二つに切り裂く。巨大猛禽族の野太い首に、触手まで裂けた口裂をかっと開き、頑丈な牙を突きたてて噛み千切った。
ガルド人の艶やかな美しい毛並みは、血に濡れて逆立ち、切れ上がった金色の目はらんらんと輝いていた。
最後の一頭が倒されて、通路一帯に肉の焼け焦げる匂いと、吹き出る血と体液の吐き気を催す生臭さが満ち満ちる頃、ライルは一人、白く輝く通路を渡り、病理研究室の中に入っていた。
そこに、全く同じ顔が彼を見つめて立っていた。違いは、僅か髪の色だけの、同じ瞳、同じ美貌、同じ体を持つ二人は、しかし、激しい敵意を込めて睨みあっていた。
クローンの手にある小さなカプセルを一瞥したライルは、ほっと肩の緊張を解いた。彼は、まだ病原菌を取り出した所で、培養にはかかっていない。
「ゲラド壊疽死病だな」
看破してみせると、クローンの顔が一瞬はっとした。
「増殖が早く効果的だ。ひとたび汚染されると、もう抑えようが無い。感染した生物は、たちまち細胞に壊疽を生じ、高熱のうちに焼け爛れて死に至る。そして、一つの惑星が死滅するまで容赦なく菌の繁殖が続く。銀河のワースト三に入る恐るべき病原菌だ」
クローンはふふふと低く笑い出す。
「なるほど、遺伝子が同じとなれば、考えることも同じというわけか。ワースト三の中で、これはだけはバリヌール人のみが解毒法を知っているものだからな」
「そうだ。だから、それで僕を攻撃しても無駄なことは判っているはず。さあ、おとなしく元の場所に戻すんだ」
クローンは手の中のカプセルを見た。もう少し時間があれば、これを培養して従来の処方も効かぬ菌に改良できたのに。彼はほっそりした指先でカプセルを弄びながら聞いた。
「これをおとなしく戻したら、次はどうするつもりだ?」
ライルは顔色も変えずに答えた。
「もちろん、お前を処分する」
クローンはいきなり手の中のカプセルを始め、保管されている病原菌のカプセルをなぎ倒し、ケースごとライルに投げつけた。
彼が顔を手で庇い、怯んだすきにクローンは高らかに笑いながら、向こうのドアから出て行ってしまった。
ライルは、だが、直ぐに追いかけるわけにはいかなかった。
即座に非常用スイッチを押して、この部屋を完全に隔離させると、保安処置装置に駆け寄って、保管されている菌を無効にする消毒殺菌を始めとするありとあらゆる処置を取らねばならなかった。
消毒薬でぐっしょりと濡れ、有毒ガスを幾種類も吸い込んで咳き込み、ぴりぴりと皮膚に焼け付く痛みに眉をしかめ、意識も半分朦朧となりながら彼は足を引き摺るようにして、隣の気密ドック室に足を運ぶ。
服を処分してスイッチを押すと、新鮮な空気が吹き出しシャワーが薬品を洗い流した。次いで、口径投与、血液投与、紫外線照射、噴霧式薬品シャワーなど身体にかかった病原菌を一分子残らず排除する情け容赦ない処置を受けた。
通常この処置の後、隔離室に移り、必要期間を過ごさねばならないのだが、バリヌール人は既知の疾病に対し、既に遺伝子に抗体生成の情報が伝えられており、彼らの体内は事実上無菌状態に保たれるよう配慮されていた。
これは、彼らが様々な天体を訪問するに当たって、必要な処置だったのである。
このことは、同時に彼らの寿命を延ばすこととなった。普通、五百年を生きるが、これは、バリヌール人がこれ以上の生存は無意味と自ら生きることを止めるからで、実際はもっと長いと思われる。
他の大部分の世界の生物は、驚くほど雑菌が住み着き、不衛生極まりない。そして、宿主の抵抗力が衰えてくると途端に増殖し、結果宿主を死に至らしめるのである。
バリヌールの母星が強い紫外線を振りまいていたことも関係があるかもしれないが、彼らには雑菌さえ住み着かず、体内に入った途端速やかに殺菌浄化されるシステムが出来上がっていた。
それでも、彼らにも細胞の自然崩壊は訪れ、諸器官が摩滅し、再生能力が衰え、やはり老いて死に至ることは確認されている。肉体という物質に依存する以上、恒星さえやがて死に、膨張しつくした宇宙が最後を迎えるように、それは避けられぬ理だった。
ライルの場合、体外に取り付いた病原菌を排除しさえすれば、長居は無用だった。新しい服を着て、気密ドックから飛び出す。
走りながら、クローンが慎重にも隔離服を着用し、病原菌を撒き散らした時は頭部もしっかり閉ざしていたことを思い出した。奴は服を処理シューターへ投げ込むだけでいい。
彼が部屋を消毒したり、自身を殺菌したりしている間に、奴は楽々と逃げおおせたのだ。
だいたい、害を為す及ぼす病原菌をケースごと壊してまき散らすなどと言う言語同断な事をやってのけようなど、予想できようか。奴はやはり狂っている。早く処理せねばならない。
クローンを向こうの扉に見失ってすぐ連絡しておいた仲間達が、うまく奴を追ってくれているといいのだが、と、彼は歯を食い縛って願った。
研究センターから出ると、クローンの姿は無論、トゥール・ラン達の車もなかった。少し希望を持って宙航ポートに向かう。奴が行く先は宇宙しかない。
彼が宙航ポートに着いた時、『シルビアン』からチャーリィ達が飛び出してきた。ひどく慌てており、物に動じない勇でさえも取り乱している。眉をしかめるライルに、勇が気づいて叫んだ。
「やられた! クローンの奴、ミーナをさらってったんだ!」




