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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第3部 異次元界は侵略者でいっぱい
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ライルのクローン

クローンが大暴れ

 四の章


 どろどろと身体にまとわりつく粥のような半透明の液の中で、彼はゆっくりと瞳を開いた。

 自我が混沌の深みの中から浮かび上がり、分離し、おぼろげな影が次第に形を整え、自らの意識を自覚し始めた時から、彼は既に自分が何者であるかを知っていた。


 意識が形作られる前から、多分、遺伝子が細胞や組織を決定し構成していくその過程の中で、遺伝子の中に蓄えられている記憶が開放され、常にささやき続けていた。


 だから、彼が目覚めた時には、既にその頭脳は驚異的な豊富な知識によって活動を始めており、紫の瞳が外界の像を結ぶ前に、祖先から受け継がれ自ずと保たれる気高い誇りに満ちていた。


 次第に鮮明になっていく視界の中。自分を包み、育て保護している溶液を認める。それを保つ透明な特殊ガラスの壁を見、その向こうに立ち並ぶ様々な機器や装置を眺めた。

 そして、その間で立ち働いている禿頭ののっぺりと長い顔と同じくひょろ長い八本の手足を持つヒポクラス人医師団を無感動に見回した。



 紫の瞳。美しく整った容貌。均整の取れた肢体。

 それは、ライル・フォンベルト・リザヌールの鏡に映したような姿だった。

 彼はライルのクローンだった。


 しかし、クローンなれば全く同一に成長すべきはずの姿に、幾つかの違いが生じていた。

 液の中に揺れる髪はさらさらした紫色の細い有機セラミック質だった。

 その一方、鼻や耳、口など、バリヌール人のものではない地球人の特徴が造形されていた。

 見た目において今のライルとほとんど変わりなく成長したのは、皮肉な偶然と言える。


 それは、バリヌール人の体細胞遺伝子の特異性に原因がある。

 発生から成長の過程で、各部分を形成していく組織細胞の遺伝子に強制選択が現れるのである。これは、遺伝子が祖先からの知識を記憶する機能と深く関係があった。


 そして、ついには、各々の器官部品に成るべく遺伝子が限定され、選択を受けて変化していく。最終的に体細胞の遺伝子は、もともとの生殖細胞である分裂素基による胚の遺伝子とは異なるものとなる。

 その結果、その体細胞の遺伝子を使ってクローンの作成をすれば、当然、元の原型とは異なる個体ができてしまうわけである。


 しかも、ライルの場合、後付け改造で、体細胞に地球人の遺伝子を意識的に活性化させている。クローンに地球人的要素が多く現れるのはしごく当然であった。



 かつてずっと遥かな昔、バリヌールでクローン作製の実験を行ったことが一度だけあった。バイオ科学者が自分の体細胞遺伝子を使用して行った。

 しかし、生まれたのはバリヌール人の姿をした怪物だった。それは、バリヌールの世界を破壊しようとし、惑星の一つを粉砕してのけた。そのおかげで、体細胞と生殖複合細胞の遺伝子間の違いが発見されたわけだが、その代償は大きく、彼らは二度と自らのクローンを作ろうとはしなかった。


 ***


 クローンは、ヒポクラス人医師が彼を人工子宮から出してくれるまで待つ気はなかった。もう十分に成長したのである。

 ガラスの壁を叩いて強度を確かめると、いきなり足でそれを蹴破り、流れ出る溶液とともに外界に踏み出した。

 ヒポクラス人は溶液の滴り落ちるクローンを見つめ、驚きのあまり声も出ない。普通、羊水を抜き取り、人工子宮から出して活性処置を与えてやらなければ、クローンは目覚めることができないのだ。


 だが、このクローンは、まだ驚愕から覚めない彼らに向かい、


「シャワーを浴びたい。何処か?」


 と、高飛車な態度で訊き、医師の一人に案内させて出て行った。


 残された医師達がまだ、喧々囂々《けんけんごうごう》とやりあっているうちに、クローンは用意された服を着て戻ってきた。医師の一人が、慎重に訊ねる。


「君は自分が誰なのか、解っているのかね?」


 クローンは尊大な態度を隠しもせずに答えた。


「僕はライル・フォンベルト・リザヌールのクローンだ」

「君は、ライル自身の記憶をどの程度持っているのかね?」

「彼自身の記憶を、僕が持っているはずがない。彼の後天的な記憶知識は、彼の生殖用分裂素基の遺伝子にのみバックアップされる。一方、僕は体細胞から作られたクローンだからね。しかし、バリヌール人として蓄積されてきた知識は持っている。僕は、彼以上にライル・リザヌールであってみせるよ」


 自信に満ちて言い切るクローンを見つめながら、ヒポクラス人は何かとんでもない者を生み出してしまったのではないかという、悪い予感に脅えた。



 数日も経つうちに、彼はヒポクラス人の頭痛の種になってきていた。

 彼らの居住区の一室に閉じ込めておこうとする願いも命令も空しく、彼は自由気儘にうろつき回り、ヒポクラス人をはらはらさせていた。


 その一方で、彼らの目論見どおり、彼は早くもヒポクラス人の医療設備や技術の欠陥を指摘し、複数のコンピューターを統合して巨大集積頭脳に改造し、彼らの技術水準を著しく高めた。さらに、動燃に手を加え、彼らの理解を超えて飛躍的に増大させた。それは、ガルド人の持つそれよりも遥かに高能力であった。


 多分ライルだったら、こんな無茶な改革はしないに違いない。不自然に技術が先走ると、必ずと言っていいほどその種族は自滅するからである。


 警告も脅しも無意味なクローンは――この辺りは実に原型そっくりである――堂々と外区域まで出歩くのだから、当然、他の連中の目にも留まらない筈がなかった。たちまち、騒ぎが大きくなってきた。



 青くなったヒポクラス人はクローンを捕まえて詰る。しかし、これも、馬の耳に念仏、蛙のつらに水である。


「例えクローンといえど、ライル・リザヌールが何故、人目を忍ばねばならないのだ?」


 相手は涼しい顔でのたまった。


 やがて、彼らが恐れていた通り、委員会の審問に引っかかることとなった。顔色を変えて右往左往する彼らを、クローン・ライルは冷ややかな笑みを浮かべて眺めている。


 遂に、ヒポクラス大使館の総責任者が彼を呼びつけ、強い口調で責め立てた。


「君のおかげで、我々はここを追放されることになるだろうし、委員会からも締め出されるに違いない。そうなったら、今までの全ての星間取引も何もかも失って、我々は大打撃を被るだろう。君は知らんだろうが……ふむ?知っている? では、なお、悪い! 我々は、医術の技術輸出と星間貿易に頼っている。それを閉ざされたら、我々の世界は大々的な経済的危機に陥り、例を見ないほどの後退を強いられる破目になるだろう」

「そもそもは、僕を作ったあなた方の野心が招いたことだ」


 さらりと、クローン・ライルは指摘した。急所を突かれて、総責任者は二の句が告げず、金魚のように口をぱくぱくさせていた。が、ついに、眉間に青筋を立てて怒鳴りだした。


「我々は、お前を作り出してやったのだぞ! 我々がいなければ、お前はここにこうして居られなかったのだ! たかがクローンの分際で、好き勝手放題して、我々を窮地に陥れたばかりか、その上、こんな暴言を……!」


 机をばんばん叩いて興奮しきってまくしたてるのを、彼は呆れたように眺め、冷笑を浮かべて口を挟んだ。


「あなたの言うことは、何一つ筋が通っていない。政府もよくあなたのような無能力な者をこんなポストに選んだものだ。僕を作ったのはあなた方のミスだが、僕としては現状を維持し続けるしかない。自殺する気はないのだ。バリヌールの科学を代表する僕がいるのだから、ガルドや、銀河諸国連合推進員会に固執し、不安定な経済機構を続けることは止めることだ。他の種族に頼る必要のない、永久に保証された自給的な経済システムに切り替えてあげよう」


 総責任者は目を丸くして彼を見つめた。クローン・ライルは部屋を歩き回りながら、なおも続けた。


「銀河推進委員会が怖いのか? あんな組織、構わない、壊してしまいなさい。あなた方にできなければ、僕がやってあげよう。たかが、烏合の衆。蹴散らすことなど、造作もないこと。今に、あなた方の世界を銀河で最も優れた世界にしてあげよう。それが望みなのだろう? むろん、今のままのヒポクラス人では当然ながら、役不足だ。大幅な人種改革を行わないと……」


 そう言って彼を見るクローンの目を見て、総責任者は震え上がった。


「き、君は、我々がこれまで苦労して築き上げてきたもの全てをぶち壊すつもりか! 委員会の諸国を敵に回すだと? な、何と言うことを!」


 クローン・ライルの目が曇り、残念そうに言う。


「今まで、何を築いたと言うのだ? 君達の停滞した文化など、見たくもないね。協力しなければ、それでも結構。僕一人で充分だ。まず、初めは委員会だ。では」


 クローン・ライルは、憤死せんばかりの総責任者を残して立ち去ってしまった。呼吸困難となり、チアノーゼを来たした彼は、全力をあげてクローンを捕らえるように命じた。


「そうだ! すぐに捕まえろ! 必要ならば、殺しても構わん!」


 クローン・ライルの言ったことが張ったりではなく、全てその通りに実行するつもりであることを、彼は疑う気はなかった。クローンでもバリヌール人である。彼らはいつも真実しか語らない。いつでも本気の種族であった。

 今ここで、ガルドを始めとする委員会を敵に回したら、ヒポクラス人は後退どころではない。破滅だ!


 ところで、その相手は、ほかでもないバリヌール人なのである。現在文明では最高最古の頭脳者。そして、それが、情け容赦の無い冷酷な殺人鬼であったならば……。

 ヒポクラス人が作り出し、相手にしようとしている存在は、まさにそういう人物だった。



 ヒポクラス人は総力を挙げて彼を捕らえようと人員を繰り出したが、そのことごとくが敗退した。逆に、自らのシステムコンピューターによって、室内に監禁されてしまった。

 クローン・ライルは中枢コンピューターに指令を与えるだけでよかったのだ。中枢部は回線を通じて、全コンピューターと自動システムの制御を瞬時に配下に収めた。


 今にして、コンピューターの中枢連結を、クローンが真っ先に進めた理由を悟っても、もう、後の祭りである。閉じ込められ、抵抗力を失ったヒポクラス人達が、苦しむことなく瞬時の死を迎えたことだけが、せめてもの救いだった。

 こうして、邪魔なものを一つ片付けた彼は、落ち着いて次の仕事に取り掛かる。



 まず、このうっとうしくも愚かしい銀河種族連合推進委員会なる茶番を、二度と再起できぬまでに叩き潰すこと。

 クローン・ライルの美しい顔に冷酷な微笑が浮かんだ。



 手始めに、ガルド星系全域を覆っている緻密な通信網だ。ちょっとした電磁パルスの発生と撹乱波の介入で、連中は目と耳を失う。混乱に乗じて主要な機関を潰す。居住惑星には致死率百%の病原菌でも広めようか。

 これだけでも、委員会は疑心暗鬼に囚われ、自然瓦解してしまうだろう。ついでに、僕の原型も消そう。ライル・リザヌールは二人も要らぬ。



 クローン・ライルは、自分が許されぬ存在であることを知っていた。原型ライルを筆頭に、宇宙の全てが自分の存在を否定し抹殺するために動くのだ。


 彼には強い自己保存願望がある。かつてのクローンと同じように。

 バリヌール人の体細胞が、どんな状況にも対応し、最大限に自己を保護し補修し生き延びるよう調整されているように。

 自己保存願望は、体細胞遺伝子に特に与えられた特質だった。


 それを持つクローンが自己を破壊しようとする敵に対し、容赦なく攻撃していくのは、或る意味で当然といえる。


 だが、過ぎる自己保存願望は危険である。そして、その当然の帰結をクローンが良く承知しているように、またライルも良く承知しているのだ。


 だからこそ、ライルが自分のクローンの存在を知ったら、一刻も早く処置しようとするだろうし、クローンは気づかれる前に先手を打とうとするのである。


 クローン・ライルは生まれながらに犯罪者となる運命を持っていた。


 ***


「きれいね」


 若いガルド人のカップルが、宇宙局正面の壮麗な建物を見上げていた。地方出身の彼らは、結婚した記念旅行に、中央惑星である第六惑星を訪れていた。体格の良いガルド人からみても大きい真珠色に輝く柱に支えられるホールは圧巻だった。


 宇宙局を見学したあと、彼らはレジャードームへ行く予定である。第六惑星に7つあるこの施設は、本来ガルドの環境に不適応を起こす異星人用として設けられた。完璧な環境調整機能がついており、全館、もしくは一部の部屋を、望みの環境に調えることができるのである。

 ガルドに居ながらにして様々な天体の環境を実体験できるこの施設は、しかし、観光スポットとも利用され、観光客なら一度は訪れる場所だった。



 突然、ぱーんと弾けるような音がして、全ての照明が消えた。

 宇宙局前の大きな噴水を回ろうと走っていた車体が噴水の基部に激突する。


 人々の叫びや怒号が辺りを埋め尽くし、カップルは恐怖で互いを抱きしめて立ちすくむ。

 あたりの全ての車体が制御を失い、建物や植え込みに突っ込んでいった。



 頭上でごおおおっと爆音が響く。見上げた二人は恐怖のあまり声さえでなかった。


 巨大な宇宙船が落ちてくる。彼らが見守る中、船は官庁ビルの一つに船体を斜めに傾いだまま墜落した。大きな破壊音とともに爆風が起こり、衝撃が響く。炎が上がった。


 この世の終わりではないかと、二人は震えた。

 その時、背後の宇宙局が爆発し、若いガルド人カップルの姿は吹き出す炎と粉塵や瓦礫の中に消えた。

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