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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第1部 母なる大地はポリマーでいっぱい
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ライルへの疑惑

どんどん恐ろしい事態になってきました(・ω・;)

 カリフォルニアに住むスーザンは一歳になったテリー・ジュニアを乳母車に乗せて、スーパーマーケットに買い物に来ていた。恐ろしい伝染病の話は聞いていたが、自分には関係ないと無意識に思い込んでいた。

 何しろ、まだ若いし健康なのだ。彼女の目下の悩みは、二人目の赤ちゃんのことと、アパートを変えようかということだった。夫の給料はなかなか上がらないし、自分のレジのバイトもたかが知れている。でも二人目を考えるなら、アパートを移るべきだと思う。


 食料品棚からコーンフレークの箱を手に取った。カルシウム入りのほうがいいかしら、と考えた時、突然息ができなくなった。

 箱を落とし胸を押さえる。頭の中でごーっと列車が走り、冷や汗が噴き出した。激しいパニックを覚えながら、最後の意識で、テリー・ジュニアを助けなきゃ、と考えていた。


 隣で食料品を選んでいた主婦は、若い母親が突然蹲ったので、ぎょっとした。一日中繰り返しているテレビのニュースを思い出し、恐怖に引きつった叫びを上げた。

 すると、向こうの棚の隅でも年配の男が倒れるのが見えた。

 女は叫びを上げながら、走り出した。


 乳母車の赤ん坊が激しく泣き出したが、店内の人々はレジ係りさえも、一刻も早く外へ逃げることに夢中だった。スーパーから人々が波のように溢れ出て道路に押し出し、人も車も狂ったようにスーパーから遠ざかろうと、大混乱になった。


 誰かが逃げるさいに触れて、乳母車は広い店内を走り出した。そのあちこちに人が倒れている。赤ん坊の泣き声は、いつしか止んでいた。


 ***


 ライルはネバダの地下にある宇宙病理学研究所で、先輩の医学者達と立ち混じり、ほとんど休みも取らずに研究を続けていた。

 彼は感染者の可能性が高いので、他の研究者達のように感染予防のための極度に偏執狂的な予防や防御の必要はなかった。彼には直接患者と接することができる利点があったのである。


 収容された患者は、初めは一緒に火星へ実習訓練に行った仲間達だった。しかし、間もなく次々と新しい患者が送り込まれて来た。

 隔離処置は既に遅かったのだ。二次三次感染と思われる患者が、広範な範囲に亘って確認され始めていた。


 赤ん坊と母親の患者がたった今送り込まれてきたところ。発症後十二時間が経過している。何もしなければ二日後には存命していない。

 彼は悩んだ。

 間近に死の宣告を受けた彼らの命を救う手立てを彼は持っていた。しかし、それは一時的な延命に過ぎず、なお個体によっては危険であり、量的にも限られていた。


 だが、現実に目の前で患者が死に瀕しているのを見ると、きりが無いのを承知で例の赤い液体の入った注射器を手に取った。



 その使用を躊躇うもう一つの理由。

 果たして、宇宙服に似た防護服を着た同僚の一人、ブライアンが気づいて近づいてきた。黒髪の三十台の研究者で、この研究所の中では若手になる。自分よりさらに若いライルに、ブライアンは苛立った調子を隠さなかった。


「それが何なのか、そろそろ教えてくれたっていいだろう? とにかく、その薬が絶大な効果を上げる事は、この目で見ているんだ」


 強引にでも奪ってやろうと手を伸ばすブライアンから、ライルはさっと注射器を隠した。


「なぜ、隠す? それでみんなが助かるんじゃないか! 渡せよ!」


 ブライアンの怒声に、臨床隔離室に居合わせていた他の二人も集まってきた。


「これは、駄目なんだ」


 表情の無い端整な顔が静かに断った。だが、それはブライアンの怒りを増長させただけだった。

 

「ちょっとばかり天才だって騒がれていい気になってるんじゃねえのか? ええ? 綺麗な顔したお嬢さん?」


 しかし、ライルは挑発には乗らず、冷ややかに告げる。


「何度も言っているように、これは量産できない。そのうえ、根本的治療にもならない。だから、これでは解決にならない。病原体を突き止めるのが、先決のはず」

「だからって、それが何なのか、調べるのは構わないんじゃないか。案外、それから今度の原因がわかるかもしれないじゃないか」

「すまない」


 ライルは一言残して、足早にそこを去った。

 ブライアンはその後姿に忌々しそうに吐き捨てた。


「何考えてんだか、わかんねえ野郎だ。まだ、餓鬼のくせして、やたら落ち着きやがって!」

「それに、彼だけがまだ発症していないってこともある。一緒に火星へ行って来たアカデミーの連中が、みんな発症しているっていうのに」


 スタッフの一人がマイク越しに言ってきた。


「おおかた、例の薬を独り占めしてるのさ。てめえだけは助かりたいのさ。友達を見殺しにしてもな」


 ブライアンの口調には毒がある。そこには、ライルに対してだけではなく、未だに手がかり一つ掴めていない現状への苛立ちがこめられていた。


「でも、その薬ってなんなんだ? どうして、彼がそれを?」


 もう一人のスタッフがぼそっと疑問を口にした。二人はぎくりとする。誰の胸にも沸き起こっていて、それでも口に出してしまうには憚れるもの。


「まさか……な。いくら奴が天才だからって、そんなことできるはずがない」

「ないとは言い切れないぞ」


 否定したブライアンの背中に声が掛けられて、彼は飛び上がった。


 振り向くと、所長のギフォード博士がいつの間にかそばに来ていた。まだ五十台半ばだが、細長い身体を屈めて歩く癖があるので、防護服を着ていてもすぐに彼とわかった。

 ギフォードは銀縁のメガネの奥の青い目を細めて言葉を続けた。


「何しろ、再生治療法を確立した頭脳だからな」

「ええっ! あれを? 彼が?」

「フォンベルトって、彼だったのか」


 ブライアン達は驚愕の声を放った。


「彼の博士論文だったんだよ。なぜか、そのことは殆ど知られていないがね。でなければ、彼がインターンの身でここにいるわけがない」

「それじゃ……」


 ブライアン達は改めてぞっとした顔で、ライルが去った方を見遣った。


 ***


 特A級隔離の発令二日後、月やルナステーションも、ほぼ絶望的と判った。閉ざされている環境なだけに、疾病が蔓延するのが早い。地球上でも、疾病は爆発的な勢いでひろがりつつある。

 閣僚も医療関係者達も極力集まることを避け、協議は双方向性ネットテレビを使って行うようにしている。感染を避けるためである。


「これは、空気感染だ」


 テレビネットワークを駆使しての医療会議で、ドイツのグロッテン博士がこれまでの意見を総括して断言した。

 空港、ターミナル等、人の流動の活発な地点から、網目上に広がり伸びる道路を中心にして、汚染地帯は放射状に拡散されていく。それは、同時に風の動きや風力とも深い関係を示していた。そして、人々の動きは全世界すべてに途切れがないのである。


 潜伏期間は約二日。空気感染。発症後、一日ないし二日で死亡。その間、意識の回復は無し。


 解っているのは、これだけだった。世界中の機関が研究しているのだが、まだ、病原菌さえ発見されていない。これが現段階での厳しい現状だった。




 CIA長官室で、アレックスは部下達が提出した報告書を睨んでいた。それは疾病の感染の恐怖に慄きながらも、関係者の殆どは発病もしくは死亡という極めて困難な状況下で作成されたものだった。

 レポートをスワイプする。


 疾病は世界の何れも大きなエアターミナルで始まっている。だが、それ自体は別に異常でもなんでもなかった。最も人々が流動し、接触する機会の多い所である。

 しかし、初期感染の分布を見ると、それはアメリカにかなり集中していた。とりわけアカデミー周辺に。それを火星実習帰りの候補生の足取りと比較させると、関連性がより顕著になる。


 アレックスはTELのキイを押し、NASAを呼び出した。受像画面にハリスの顔が映る。前任長官のスレンダーが疾病で倒れたので、副長官の彼が昇任したのだ。すました狐に似ていると思った。

 狐顔のハリスは冷ややかに質問に答えた。


『彼らの実習計画は、年初めに計画されたものです。もちろん、その時点では誰が参加するまでは解っていません。過去二年間と今年前期の成績で選抜されるのですから。選抜の責任者? 担当教官と私です』


 アカデミー訓練生の日程と火星が発端とみられる疾病の感染経路のレポートを、もう一度難しい顔で睨みつける。それから、ネバダの研究所の報告に目をやった。


 おもむろに、彼は、専用回線のTELのスイッチを入れ、部下に身元調査を命じた。


「ライル・フォンベルト。……、そう、その男だ。徹底的に洗ってみろ」

ライルの正体は・・・

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