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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第3部 異次元界は侵略者でいっぱい
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序章 (ケグルの異変)

 序章


 どっしりと重い大気の中、青紫の棒状の背の高い植物が密に生い茂る。枝々からはぬかるみの地面に向かって、細くしなやかな鞭のように伸びた葉が長く垂れ下がっていた。


 その青っぽいどろどろした沼地を一面に覆い隠すように、様々な下生えの植物が密生している。

 幾重にも重なった葉の間には、泥地がとろけてそのまま水になったような底の知れない大きな沼が、あちらこちらに口を開けていた。


 鉄分の多い赤茶けた水面に長い跡を引いて、灰色の細長い生き物が岸へ向かってきた。

 湿地の上にずるりと身を乗り出してきたそれは、十メートルほどもあった。

 鱗の無いなめし革のような皮膚は青みがかかった灰色で、生い茂る大木の中でじっと動かないでいると、すっかり辺りの色調に溶け込んでしまう。


 一年中霧が濃くかかっている大気の中に、僅かな間でも長い身体を晒していると、まるく尖った頭部からくねくね曲がった足のない丸太のような長い胴と先細りの尾の先端まで、しっとりと濡れて湿気が露となって滴り落ちていった。



 地球のヘビに似ていなくもない――ただし、金色の瞼のない三つの目と、大きく裂けた牙のある口と、その下にもう一つ長い髭上の食管が密生している尖った口を持つヘビがいるとしてだが――頭部の目の辺りと、頭と胴の境にそれぞれ四本生えている長い触手がするすると伸びて、案外器用に枝の一本を折り取って、二つの口を使って長い葉を食べた。


 それから黄みがかった青色の枝を注意深く折り取って集め始めた。別に急ぐでもなく、長い身体をくねらせて折り取った枝を尾に巻き込みながら、のんびりと集めていく。


 尾に巻き込むに十分なほどに集まると、彼は木々の間を縫うように這い進んで行った。

 途中、葉をむしり食べながら行くうちに、鬱蒼と生えた木々が一本もない場所に出た。



 そこには、見知らぬ物質でできた小さな多面体の山が幾つかあり、その中にちっぽけななりをした『交易者』が居る。

 連中は全く馬鹿げたことに、自分達のテリトリーをいつも草木が伸びないように焼き払っているのだ。


 しかし、彼らが時々空から降りて持ってくる『シロップ』は、非常に美味で常時食べている葉よりも遥かに甘く、それを舐めると言い様のない恍惚感を味わえる。


 既に先客が居て、シロップの入った壷に夢中で頭を突っ込んでいた。もうその身体は赤みが差して興奮に身をくねらせている。

 彼はシロップの味を思い浮かべて浮き浮きしながら、持って来た枝の束をどさりと落とした。


 『交易者』が数人走り出てきて枝を選り分けている間、尾と頭をゆらゆらさせて待っていた。

 黄みがかかった青い枝の中から適さない枝を取り除いて目方を量り、それに見合った量のシロップを目の前に置いてくれる。


 こういう取り決めが、いつ頃から始まったものか解らない。

 しかし、彼の親も、そのまた前の世代も、シロップを舐めに枝を折って来た。枝はふんだんにあり植物は成長が早いので、彼らが枝を集めるには何の苦労もなかった。




 そう、彼らケグル達は、その見掛けを裏切って草食の実におとなしい種族だった。

 彼が嬉々としてシロップの壷に頭を突っ込もうとした時、三番目の目の端に、ついそこの森の中を動く影を見た。

 あれは『はぐれ』だな、と脳裏を認識が横切ったが、次の瞬間には全てを忘れてシロップに夢中になっていた。


 『はぐれ』は、何らかの理由で一人前のケグルとして扱われないはみ出し者だった。

 ケグル族にも自然発生的に生まれた不文律があって、それを破った者は快適な湿った土地を追われ、その一生を乾いた山地で細々と暮らさねばならない。

 それは、種族の存続のための淘汰の掟かもしれない。『はぐれ』は子孫を残すこともできなかった。




 その『はぐれ』が禁断の密林の中をゆらゆらと歩き回っていた。

 しかし、密かに食料を求めて忍び込んでくる『はぐれ』とは様子が違っていた。目の前にふんだんにある美味しい葉に目もくれず、視線の定まらぬ目を虚ろに彷徨わせたまま這い回っている。


 一体のケグルが彼を発見し、甲高い周波数を発して仲間に報せた。まだ若い彼は、『はぐれ』の側に近づいて行った。好奇心は身の破滅という古くからの警告を、軽率にもつい忘れてしまったのだ。


 確かに、その『はぐれ』の様子は異常だった。

 なめし革のように艶やかであるはずの皮膚が、干からびがさがさと硬くなって幾重にも反り返っている。焦点の定まらぬ目はどんよりと濁って緑色に腐っていた。頭部や、体中に深い亀裂が走り、緑色の銅を含んだ体液が流れ落ちていた。

 なにより不審なのは、そのケグルの周りに薄緑色のもやがベールのように掛かっていることであった。


 そのもやに触れた時、若いケグルは急に空気が変わった事に気づいた。息が詰まり、心臓が破裂し、体中の体液が沸騰する。

 ごおっという滝が流れ落ちるような音を聞きながら倒れていくケグルの横に『はぐれ』が立った。



『はぐれ』の体から発する薄緑色のもやは、さらに倍に拡大した。やがて、二体となった異常なケグルは、ケグル達が最も集まっている湿地へと入っていった。


 ケグル達は抵抗もできず、次々ともやに包まれて倒れていった。苦悶にのたうちまわった挙句、おぞましい変化を遂げて立ち上がる。穏やかな彼らは理性を失った暴徒と化し、暖めていた卵を壊し快適な巣をばらばらにして暴れまわった。

 薄緑色のもやは更に大きく拡大し、組成の変化した空気が惑星の大気を犯していった。


 ***


 ケグルの惑星に産する香料は非常に品質が良く、多くの種族に愛好されていた。それは、この惑星独自の固有植物で、香料を抽出する枝はちょうど黄みがかった若枝でなくてはならず、市場では高価で貴重なものとされていたので、多くの商人がここを訪れた。


 しかし、高温多湿の気候と惑星の八十%が湿地と沼で占められ、見掛けはいかにも恐ろしげなケグル族の存在のため、ずっと成功する者がいなかった。


 そのうち、レクタ星のビラ人達がどういう方法でどんな経過があったか知らないが、ケグル達と意志交換することに成功した。一説には、バリヌール人の援助があったとも聞く。それ以来、彼らの独占市場となっていた。


 これまで、決められた契約をきちんと守っていたので、何の問題も困難もなく香料の若枝を集積してきたが、今、彼らは次第に不安な思いを募らせていた。



 二日前から、毎日必ず数体は姿をみせていたケグル達が、一体も現れなくなったのである。観測機からは、惑星のあちこちに異常なガスが広がりつつあると報告してきた。


 ビラ人の商船隊長が退去命令を出すべきか迷っているうちに、基地の近辺の空気が変化してきた。

 変化を遂げたケグルの集団が基地の方へ向かってきつつあった。


 ビラ人は惑星にわんさといる有害な微生物や昆虫を避けるために、宇宙服を着用して戸外に出る。しかし、ケグル達が近づくにつれ、それらを取り巻く不可思議なフィールドが絶縁された宇宙服の中に、基地の中に、そして宇宙船にと浸透していった。


 危機を悟った商人達は大慌てで、宇宙船で離脱した。

 無人となった商人の基地にケグルらは攻撃を加えた。頑丈な巨体が体当たりすると、薄い合金製の建築物はたちまちひしゃげて潰れた。

 彼らの大好物のシロップが何百トンと流れ出したが、ケグル達は見向きもしない。ただ、無残な破壊を繰り返していた。



 そして、辛うじて逃れることができたビラ人にもまた、避けることのできない恐ろしい運命が待っていた。

これは、ゾンビなのでしょうか・・・

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