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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第2部 ミルキーウェイは宇宙船でいっぱい
28/109

銀河種族会議 *

いよいよ銀河は大きく動き始めます

そして、チャーリィ氏の悩みも続きます

若干BL的性記述あります。苦手な方は、お気をつけください

 第二章


 チャーリィは、居心地の悪い思いで姿勢を変えた。

 椅子の座り心地が悪いわけではなかった。椅子は可能な限り快適だった。軽食や飲み物のサービスも付いている。酒類だって用意されているのだ。

 問題は、彼が今居るボックスがガルドの大会議室の一席だということだった。


 ――素面でなんかいられるか!


 何度も酒のほうへ手がさまよっては、慌てて引っ込めた。あの晩以来、酒は自粛している。


 ――俺にはこんな席に座る器量はない。まだ、もう少しは。そのうち、ここに座るに相応しくなってやるけれど。あの中央の議長席にだって座って見せる。しかし、今はまだ、早い。


 自分がここの圧倒されるような雰囲気に呑まれていることを、チャーリィは嫌々認めていた。


 真珠色の陶質に似た素材の太い柱が支えるように立つ会議場は広かった。

 ぐるりとその会議場を見下ろすように、議席が階段式に並んでいる。各議席はチャーリィが居るようなボックスになっていて、各世界の代表者達が快適に寛げるよう環境調整機能がついている。そのボックスに居る限り、議員達は故郷に居るのと同じだった。


 ――いったいどのくらい有るのだろう。百? 二百? 

 

 その殆どのボックスが埋まっているように見えた。ガルド人は、銀河中の種族を呼び集めたのだろうか?



 斜め隣の薄緑色の霧で覆われているボックスの主は何を呼吸しているのだろう。正面向こうのボックスの中は銀色に輝く液体だった。水銀だろうか? 中の生物の姿が反射して見えないことを、彼は感謝した。


 まだ、彼の右隣のボックスの住人のほうがずっと親しみやすかった。海水に満たされたその中には、鰓とひれを持った水棲人が哲学者のような顔で蹲っていた。

 彼はボックスについている多機能翻訳装置を通して、彼女とおしゃべりもしている。地球の海の事を話したら、とても興味をもったようだ。イルカ族の啓蒙を試みたいらしい。



 この数日で、顔馴染みになった幾人かも見つけることができた。あの連中も、ボックスの中で待っているはずだ。


 そう、ある人物の登場を。


 その人物が、どれ程の人々に何を期待されているのか、果たして解っているのかどうか、心もとないものだと、チャーリィは思う。

 彼は科学技術局に詰めっきりで、頭の中は物理の問題で一杯のようだった。

 昨日だって、遅く帰ってきた挙句に、チャーリィが明日会議だと言っても、上の空の返事を返すばかりだったのである。




 中央の議長席に、メイラ△△△博士が現れた。ガルド人は賢明にも自ら議長を辞退し、物静かなクルンクリスト人にその栄誉を譲ったのである。


 黒い絹毛のほっそりした姿を包む銀色の布の一端が、そっと上げられた。

 ざわざわしていた会場が、しんと静まり返る。

 会議が開かれたのだ。


 クルンクリスト人の風のような声が、穏やかに響き渡った。


「今、ここに斯くも大勢の方々が、同胞としてお集まりくださった事に、私は喜びとともに感動を覚えております。ここにお集まり戴いた理由の発端は、そもそも十一年前、我等が偉大な賢人バリヌールの方々をみすみす失ってしまった事でした」


 チャーリィのオープンになっている通話機から、幾多の言語が嘆きを伝えてきた。


「そして、今日、バリヌールのライル・リザヌールが銀河の危機を我等に報せるべく、私たちのもとへ帰ってきたのです」


 メイラは声を張り上げたり、やたらに強調したりはしない。風のような声で物静かに語る。

 しかし、人々はどんな演説家が言葉巧みに名調子で叫ぶよりも感動した。大きなどよめきが通信機を通さなくとも伝わってくる。



 議長席の後ろ側のどっしりした扉が開き、ライルが出てきた。

 彼の姿が現れると、会議場がウワーンと唸りを上げるほどの歓声が沸き起こった。


 ライルはびっくりして立ち止まった。トゥール・ランに囁かれて、遠慮がちに手を挙げる。

 すると、さらに大きな歓声が彼を襲った。

 ライルは一歩後退る。トゥール・ランにぶつかり、その背を優しく押し出された。


 議長席の横の席に落ち着く彼を見ながら、チャーリィはにやにやした。


 ――あいつでも怖気づくことがあるんだ。ここの連中とうまくやれそうな気がしてくる。全く、連中ときたら、お祭り好きな奴等が揃っていやがる。



 トゥール・ランが現況の概略を報告し、次いで地球が指名された。


 ――来た!


 チャーリィは心臓がどきんっと大きく鳴って止まるのではないかと思った。そうそうたる宇宙種族の大勢の視線の集中を身に感じる。全身からどっと汗が吹き出てきた。


 ――俺は未熟だ!


 チャーリィは生まれて初めて謙虚になった。

 頭が真っ白になって、本気で逃げ出そうかと考えた時、チャーリィはライルの視線を感じた。


 ――彼が真っ直ぐ、俺を見ている。俺だけを見ていてくれる。

 

 彼の顔に表情はなかったが、紫の瞳がチャーリィを励ますように暖かく見守っていた。




 昨夜、議席に着くように言われて怖気づいてしまったチャーリィを、ライルは黙って抱き締めてキスしてくれた。

 勇が呑気に鼾を掻きながら眠ってしまった後のことである。


 チャーリィは眠れずに悩んだ挙句、ライルのベッドに忍んで行ったのだ。拒絶されるかと覚悟していたが、彼はなんの拘りもなく迎えてくれた。


 もちろん、何かしようとするほど彼も厚顔ではない。ただ一緒にいるだけで良かった。

 ライルの暖かい温もりを感じているうちに、昂った神経が癒されぐっすり眠ることができたのだ。




 チャーリィは、彼の花のような香りと肌の温もりが、今も自分と共にあるような気がした。


 ――やれる!


 宇宙種族が何百と集まろうと、恐れることなどない。ライルが居てくれさえすれば。

 チャーリィは息を一つ吸い込んだ。


「初めまして、銀河種族の方々。私は、ソル星系地球のチャーリィ・オーエンです」


 ガルドの大会議場に、豊かなバリトンがゆるぎない力強さで響いた。これより長きにわたって銀河種族を相手取っていく彼の第一声であった。


「私がここへ参りましたのは、まさに『至上者』の脅威を悟ったからにほかなりません……」




「素晴らしい演説でしたよ。お若いの」


 左隣の目が十本あるアルファン人が無数にある触手をひらひらさせて、親しげに呟いてきた。

 彼の音域は超音波で、フッ素を呼吸していたが、非常に知的で思いやりの深い種族だった。彼と話したのは僅かな時間だったけれど、チャーリィは彼が好きになっていたのでこの称賛を嬉しく受け留めた。


 地球が侵略を受けたこと、『至上者』に対し来るべき戦いへの準備を進めていることを、チャーリィは簡潔に澱みなく語った。

 彼らに恩を受けてはならないし、恩を着せても拙かった。地球が絶望的な状況にある事を悟らせず、チャーリィは戦う意志のみを強調したのである。




 その後、証人として、プリトー人とゲルログ人が喚問された。両種族の代表者らは会議場に連なった面々に圧倒され、脅えきっていた。

 彼らは『至上者』の冷酷な恐ろしさを主張し、自らもまた、犠牲者であることを必死に訴えたが、加害者としての責任を厳しく追及される事は避けられなかった。


 しかし、プリトー人とゲルログ人を責め上げても、『至上者』について得た情報は僅かだった。


 彼らに課せられたプラントは、『至上者』が持ってきた設備だった。彼らは製品が滞りなく生産され、遅滞なく納入されるよう管理すれば良かった。膨大な量の製造品は大量の鉱物資源を消費するが、製品は部分に細分化されていて、彼らに推測を許さなかった。


 命令伝達は一方的に行われ、ささやかな抗議すら許されない。命令を守らなかったら彼らの世界を消す。それが『至上者』の遣り方だった。

 彼らは『至上者』の姿も知らない。何を呼吸し、どこから来るのかさえも。




 敵の冷酷と狡猾さに居並ぶ人々は沈黙した。『至上者』が着々と進めている計画は、彼らに背筋も凍るような恐ろしい危機を予感させた。


 ――この不気味な強大な敵に対し、我々はどうしたらいい?


 議員達に凄まじいパニック感が広まっていくのを察して、チャーリィはまずいと感じた。このままでは銀河規模のパニックが生じるばかり。




 その時、ライルが立ち上がった。全員の目が、その美しく華奢な姿に注がれた。


「『至上者』は、まだ私達の銀河に表立った行動を起こしてはいません。しかし、動きを悟った時には、最早、遅いでしょう。バリヌールの時のように。私達の知る情報は、如何にも些少ですが、彼らの行動の目的を推測できぬほど僅かではありません。彼らは既に、遥か以前より準備を進めてきたのです。バリヌールの破壊はその一つにすぎない。そして、『至上者』は、地球を標的に選びました。私が第二の故郷と考えている世界です。私は、『至上者』を黙認する事はできない」


 次の言葉を告げるには、努力が要った。決心した今ですら、彼の体を汗が濡らす。


「私は、『至上者』の野望を抹殺するために、戦います」



 大きなどよめきが大会議場を揺るがした。


 会議に連なる人々はバリヌール人をよく知っていた。

 彼らは何より争いを嫌っていた。相手と戦い、傷つけるくらいなら、自らの死を選ぶ種族だった。

 そして、彼らは偽証しない。常に真実しか語らない。


 会議場を覆い尽しているのは、彼らの驚き? 喜び? そして、紛れもない興奮の高まりだった。

 ガルドのトゥール・ラン提督が巨体を立ち上がらせて叫んだ。


「諸君! この言葉こそ、我々が待ち望んでいたものだ! 今こそ、決意を固め、心を一つにする時だ。さあ、立ち上がれ。盃を酒で満たせ。我等が連合艦隊の誕生を祝って、乾杯だ!」


 ***


 チャーリィですら酔っていた。静かな部屋に帰り着いても、まだ興奮は収まっていなかった。


 トゥール・ランが興奮して連合艦隊設立を宣言した後、会議はまだまだ続いたが、興奮し熱狂し切った人々は誰一人正気に戻りそうもなかった。


 連合艦隊の大雑把な構想と、今後の方針を打ち出すだけで精一杯だった。もっと詳しく実際的な細々とした問題は、明日からの会議で討議されるだろう。



 会議がお開きになると、誰もがバリヌール人と歓談したくて特別控え室に殺到したが、既に彼の姿はなかった。

 それで、人々は有り余る熱意を、互いの世界の代表者達と親交を深めることに注いだ。彼らの共通の大義名分がお互いの溝を埋め、史上かつてなかったほどの親密な交流が行われた。



 だから、チャーリィが部屋に戻ったのは、かなり遅い時刻だった。皆が彼を放してくれなかったのだ。地球は宇宙に乗り出す前に、宇宙中に友人を持ってしまったようだった。


 勇はまた、トゥール・ランと今後の作戦を立てる会議に出ている。ひょっとすると、そのまま宇宙に出掛けるかもしれないと言っていた。




 しんと静まり返った部屋に入ったチャーリィは、ライルもまだ帰っていないのだろうと思った。会議が終わった足で、きっと科学技術局に行ったのだと考えたのだ。


 熱めの湯で疲れを取った後、まだ興奮気味の心を持て余したチャーリィは酒を手にベッドに腰かけた。

 氷の一杯入った強い酒を慎重に舐めているところへライルが現れた時、だから、チャーリィは仰天してしまった。


 ライルはひどく元気がないように見えた。紫の目の周りが赤くなっている。


 ――泣いていたのか? まさか? 彼が泣くなんて? そんな地球人的なことを、彼がするはずがない!


 チャーリィがぽかんと口を開けたまま見ているうちに、ライルは傍らに来てベッドに腰かけた。


 彼はじっとチャーリィのグラスを見ていたが、横から手を出してそれを奪うと口に運んだ。喉仏もないほっそりした白い喉がこくんと動く。

 そこでやっと、チャーリィは彼の手からグラスを取り返した。


「何をするんだ! こいつは酒だぞ! しかも、ウイスキーなんかより、ずっと強いんだ!」

「君達はいつも飲んでるじゃないか。僕は、酔ってしまいたいんだ」


 ライルはもう顔をぼーっと真っ赤に上気させていた。体がゆっくり揺れだしている。


「それを僕に……。飲んでみたい」


 重たげに首を傾かせながら、ゆらりと手を伸ばす。ぞくぞくするほどの色っぽさだった。


「駄目だよ。しっかりしろよ。お前は酒は飲まないって自分で言ってたろう? バリヌール人は飲まないんだって」


 チャーリィはグラスを手が届かない所まで遠ざけながら咎めた。


「僕はバリヌール人なんかじゃない。あの人達は、みんなを戦争になんか駆り出したりしない。僕は、いったい、何者なんだ?」


 ライルは震える手で顔を覆った。


「たまらない。たまらないんだ。チャーリィ、僕を助けてくれ!」


 ――ライルが俺に助けを求めている。あのライルが!


 いつも冷ややかなほどに泰然としていて、自信に溢れ、どこまでも論理的なライルが! 決断を下した自分自身に恐れおののいて。



 チャーリィは彼を抱き締めた。ほかに、どうしたらいいって言うんだ?

 ライルも彼に体を投げ出すようにして預けてきた。

 唇が重なる。ガルドの大きすぎるベッドが二人の体を柔らかく受け止めた。




 彼の身体を強く抱きしめる。首に、胸に、キスを落としながら、チャーリィはライルの肌の滑らかな感触を楽しんでいた。

 人はこうやって互いに慰め、慈しみ合うんだと説得しながら。


 彼は女ではなかった。だが、男でもなかった。確かに、無性に違いなかった。

 無性ゆえに、彼は余りに無防備だった。


「ん……、チャーリィ……」


 ライルが甘く声を漏らす。


 彼の表皮の下には、様々な環境の変化に即座に対応できるよう、鋭敏な感覚網が張り巡らされている。多様な天体で単独行動をすることが日常的な彼らには、必要不可欠な機能だった。


 親子とか家族とかいう関係が一切ないその種族は、幼い頃から対等に独立し、身体の接触の必要も習慣も機会もなかった。


 だが、地球人の中で暮らそうとしたら、その機能はけっこう危ない気がする。


 つまり。

 彼の身体は、すごく感じやすいのだ。

 性感帯はないが、逆にどこに触れても刺激を与えることになった。


「ん……、あ……ああ!」


 声がだんだん遠慮のない叫びになってきた。


 性がないから、恥も知らない。

 ライルは皮膚が受ける刺激を何の抵抗もなく堪能していた。

 初めて覚える『気持ちいい』感覚に、夢中になっているのがわかる。


 ――このまま、抱いてしまおう。


 今度こそ、と、チャーリィは決意した。

 ベッドの上に身を起こし、彼を組み敷こうと脚に手をかけた。

 無抵抗に脱力している脚に気づいて、ライルの顔を覗き込む。


 チャーリィはがっくりと首を落とした。

 さっき飲んだ一口の酒がいけなかった。


 ライルはぐっすりと気持ちよさそうに眠り込んでいた。



 悩みから解放されて穏やかに眠る親友に、ふわりと柔らかい上掛けをかけてやる。

 さらりとした栗色の髪を指ですき、少し上気した頬にキスをする。


 チャーリィを信頼して無防備に眠る彼は、年よりもずっと幼くさえ見える。こうしていると偉大なるバリヌール人だなんて、冗談のようだった。


 ――愛しい。

 

 ふと、胸に熱い思いが沸き上がる。

 理屈じゃない。理由なんかない。ただ、愛しかった。

 男でも女でもないし、地球人でもないけれど、どうしようもなく惹かれてしまっていた。


 ――だが、こいつの方は、どうなんだろうな? 俺を愛するようになることなんて、あるのだろうか?

ソル人:銀河種族の人々は、地球人のことを、ソル人という形でよく表現しているが、正しくは太陽ソル系種族の意味である。発祥は地球テラであった地球人も、火星をはじめ、地球以外の世界に根を下ろし始めたため、地球という限定的な呼び方が相応しくなくなり、たいていの銀河種族が自分達を彼らの母なる太陽の名にちなんだ形で表現していることに倣ったものである。

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