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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第2部 ミルキーウェイは宇宙船でいっぱい
26/109

チャーリィ酒に呑まれる *

 チャーリィが部屋に戻るとライルも勇もいなかった。たぶん、勇は今日は帰ってこれないだろう。

宇宙士官の外交用制服の上着のファスナーをおろしながら、ソファにダイブする。

 ガルドのソファはやたらと大きい。ガルド人の体格を思えば仕方がないところ。起き上がるのもおっくうになって埋もれるようにゴロゴロしていると、ライルが戻ってきた。


「今日は参ったよ。明日も続くのかと思うとうんざりする」


 頭だけあげてライルに愚痴る。彼はちらっと視線を投げてきただけで取り合ってくれない。


「楽しんだようにみえる。君の本領発揮じゃないか」


 上着を脱ぎながら寝室の一つに消えた。開け放したドアからシャワーの音が聞こえてきた。


「食事は?」


 起き上がりながらドアに向かって怒鳴る。水音に混じって『済ませてきた』と返事が返ってきた。

 チャーリィはローテーブルにも置いてあるフロントサービス直通フォンに軽い食事を頼んだ。


 様々な連中と、いわゆる歓談をしながら色々摘んでいたが、どれが食用でどれが毒なのか、たびたび解らなくなったので食べた気がしないのだ。




 軽食が届く間に、自分もシャワーを浴びておこうと他の寝室に入る。

 湯の温度を高めにして頭から浴びると、身体中の疲れが出て行くようでほっとした。

 

 神経が疲れているのだ。

 当然だ。

 いきなり地球代表として、宇宙航行種族の真っ只中に引っ張り出されたのだ。

 まるで、自分がまだ樹上生活を営んでいる猿のような気がした


 ――くそっ。地球は、百歩も二百歩も遅れを取っている。


 地球の連中、大丈夫なんだろうか? ライルがもたらした技術の革新で自滅してはいないだろうな?

 チャーリィは不安になった。



 彼が地球に与えたものは突拍子もないものではなかった。殆どが既に地球に在るものだった。

 だが、その効率たるや驚くべきものだった。


 二ヶ月以上たった今でも地球上の科学者達は、夜も寝ないで取り組んでいるに違いない。科学知識と技術の前代未聞の飛躍を成さねばならないのだから。


 それによって引き起こされる経済的緊張は、彼等が地球を発つ時にももう始まっていた。

 だが、チャーリィ達は地球の同胞の良識と柔軟力を信じるしかない。




 チャーリィがバスローブを巻き付けて出てくると、もう料理が届いていた。昨日の忌々しいガルドのボーイはライルが帰したらしい。

 まだ湯気で上気した顔をチャーリィに向けて、ライルがにっこりする。


「少し、摘ませてもらってるよ。君はたいした詐欺師だ」


 輝くような笑みに我知らず焦りながらも、チャーリィは聞きとがめた。


「聞き捨てならないじゃないか。どういうことだ?」


 ライルのほっそりした指が小さなサンドイッチのようなものを摘んだ。サンドイッチなのかも知れない。


「◎◎◎(聞き取れない)に、聞いたよ。君はうまくやっているよ。彼&彼女(雌雄同体の種族であった)は、ぜひ地球に通商を開きたいと非常に熱心だ。いったい、どんな夢物語を吹き込んだんだ?」


 チャーリィはライルの向かいに座り、料理に手を伸ばしながら顔色をうかがった。別に非難している様子でもない。


「事実を言っただけだよ。もちろん、ちょっとばかり希望的展望にたっての脚色はしたけどね」


 チャーリィはバーボンを五倍も強くしたような酒に氷を落とし、炭酸で割った奴を啜りながらライルの様子を観察した。


 彼にだってこの気違いじみた騒ぎが何を意味しているか、解っているだろうに、昨夜のように悩んでいる様子は見られなかった。

 それとも、気づいていないのだろうか? 時としてライルは驚くほど鈍くなるのだ。



 チャーリィは白いバスローブを軽く羽織ったライルを見ていた。

 ほっそりした首。ローブを割って何気に伸ばされた足は、無毛ですらりとしている。


 バリヌール人の形成医者は、体毛の存在には気がつかなかったらしい。おそらく彼ら自身がそもそも無毛だったのだろう。

 

 ――どうして奴が女じゃないんだろう? 女だったら、悩むことも、ためらうこともないだろうに。いや、それでも、やっぱりためらうだろう。


 彼は異星人なのだから。単性種族なのだ。

 性の衝動を理解できない者に、性行為を強要することは危険に思われた。



 チャーリィは手の中のグラスを傾けた。

 頭の中がぐらぐらする。

 なぜか、ガルドに着いてからイライラが収まらない。あの虎を思い出すと無性に腹が立つ。不当だとはわかっている。


 ――あの虎はいい奴だ。たいした虎だ。イライラする俺が変なのだ。



「飲みすぎだよ。チャーリィ」


 ライルが非難がましく言ってきた。


(ふん、俺の勝手だ。一々指図される覚えはない)


 ――俺は声に出して言ったのだろうか?

 

 ライルの目が険しくなったような気がした。まさか、彼がそんな感情を見せるはずがない。


 ふと、もう一度触りたいと思った。キスしたいと願った。


 ――はは……、馬鹿な。奴にそんな事を思うなんて。俺はどうかしている。



 強い酒をあおる。

 飲まずにいられない。


 目を上げれば、美しい女神が無防備に座っている。

 チャーリィは彼を見つめながら、さらに酒をあおった。

 グラスを空にした。


 ライルが立ち上がってこっちへ来る。彼は斜めに傾いていた。


「お前、おかしいぞ。真っ直ぐ、立って、歩けよ」

「チャーリィ、酔ってしまったんだな」

「俺は、酔って、ない、ぞ」


 呂律の回らない声で抗議する。

 ライルの顔がチャーリィの間近にあった。


 ソファからだらしなくずり落ちている友を元に戻そうと、非力な彼は頑張っていた。

 ライルの華奢な腕が彼の体に回され、形の良い唇が彼の口のすぐ側にあった。


 チャーリィが酒臭い口をその唇に押し付けて、彼を抱き締めにいったので、彼はバランスを崩して床に倒れた。


 チャーリィは彼を組み敷く形で、一緒に転がった。

 厚い絨毯の上にライルを抑え込んで、見つめる。


 酔いに呑まれたチャーリィの目には、ライルは無防備な美女にしか見えない。

 制御できない激しい欲望に、突然、飲み込まれる。


 抱きたい! 彼の中には、これしかなかった。

 

 ライルは何をされるか、まるで解っていなかった。裸に剥かれ、厚い絨毯の上に押さえつけられても、


「チャーリィ、何をする気だ?」


 と、不思議そうに聞いてくる。


 凶暴な欲情に突き動かされるまま、脚を抱え腰を進めようとした。

 その濁った獣の眼を、ライルの紫の瞳が無邪気に見上げた。



 はっと、冷水を浴びたように正気に戻った。

 組み敷かれたあられもない姿の友を見る。

 慌てて身を起こす。

 身体が震えた。


 ――俺は、とんでもないことをしでかすところだった……。


 ふと、寝転がったままのライルの視線に気づく。


 ――どこ、見てるんだ!


 チャーリィは焦って脱ぎ捨てたバスローブを拾って前を隠す。ライルが残念そうな顔をした。


「チャーリィ、今の君の行為なんだけど。ひょっとしたら、性行為をしようとしたのか? 君の性器は準備ができているみたいに見える。」


 ライルはゆるゆると起き上がりながら、首を傾げた。


「でも、わからない。僕とでは生殖できないはず。僕の形態は一応雄だし、種族も違い過ぎる。地球人は時々、ひどく衝動的になる。その理由のほとんどは、僕には理解できない。きっと、バリヌール人にはない、地球人の生殖に関係するのだろう。実は、キスの意味も良く分からないんだ。キスは楽しいけれど、それだけでは行為の理由としては不十分な気がする」


 そして真っすぐにチャーリィをみつめてきた。


「君は、僕と子供を作りたかったのか?」


 チャーリィは真っ赤になった。


 ――やっぱり、こいつ、全然解ってない。


 こんなとんでもない生物に、雄の性衝動とか、愛とか、倒錯的な性行為を説明しなきゃならないのだろうか? 



***


 翌朝、チャーリィが起きてみると、もう、ライルは出掛けてしまった後だった。

 あの後、悶々としてなかなか寝付けなかった彼は、睡眠不足の頭を抱えて、宇宙局へ向かった。


 天空には赤いダールが輝き、東の空からは、性急なガールがダールを追いかけるように昇ってくるところ。

 ガールの強い光輝は、既に空の半分を白っぽく染め上げていた。天空の辺りは赤紫に彩られ始め、あともう少ししたらダールの輝きはガールの前にくすんでしまうだろう。そして、地上は眩いばかりの光と熱に満ちるのだ。



 チャーリィが指令室のドアを開けると、その活気に足を止めた。

 まるで喧嘩腰に人々が怒鳴りあっている。ガルド人は夜も寝ないんじゃないかと思った。あの色彩豊かな短い黄昏が夜だとして。


 すっかり顔馴染みになった局員が、チャーリィの方へ走ってきた。その迫力に、思わず後退ったほど。


「プリトー人の母船を接収したんですよ。今、こちらに向かっています。それに、もっとニュースがあるんです。『至上者』が支配下に置いているのは、プリトー人だけじゃないだろうと言うご意見でしたね。その通りでした。トゥール・ラン提督が率いる作戦部隊が、他の犠牲になった世界を発見したのです。『至上者』に資源を提供している世界は、かなりの数になるだろうという予想です。提督が帰還次第、会議が開かれるでしょう」


 局員は興奮に金色の目をぎらぎらさせて、早口に捲くし立てると、殆ど飛び跳ねるようにして駆け去った。ガルド人は、確かにエネルギッシュで活動的な興奮しやすい種族だった。



 政府高官が彼を捜しにやってきた。各国政府の大臣や代表者達も、興奮しているようだった。

 スポークスマンタワーと言ってもいいようなこの施設のあちこちで、ひそひそ話を交わしたり、ガルド人のように大声で討論していたり、或いは無数にありそうな快適な部屋に引きこもって母星と連絡を取り合ったりしている。


 柱や壁で幾つにも仕切られているひどく広いホールには、昨日のようなのんびりした社交ムードは、すっかり影を潜めていた。


「やあ、ソル星の方、話は聞いておられるかね?」


 発音できない種族の出身の議員が、体をのたくらせながら近づいてきた。

 彼が…性別不明…非常に上品な種族だとは知っているのだが、チャーリィとしては側に近寄って来て欲しくなかった。できることなら、百メートルくらい離れて完全に視界から追い出してしまいたかった。


 造化の神は宇宙中に自分の創造力の限界を試そうとしたのだろうか。


 しかし、その議員は、チャーリィが必死で吐き気を堪えているとは思ってもいなかった。彼は自分の世界で最も美しい容貌の持ち主だったし、粘着質の体から糸を引いて漂う匂いはセクシーで、宇宙の中でもこれほど素晴らしい香りはないと信じていた。


 首とも胴とも言えない所に掛けている翻訳装置から、滑らかなガルド語が話しかけてくる。


「驚いたことだね。この静かな宇宙の中で、恐ろしい陰謀が進められているとは」


 彼は本当に心を痛めているのだ。

 宇宙は、ひょっとしたらライルやガルド人や彼のような心の優しい種族に満ちているのかもしれない。


「バリヌール星は破壊されたのですよ」


 チャーリィは彼に思いださせた。


「おお! そうだった。忘れられない出来事だ。何とも痛ましいことだった。わたしは、今でも信じられないよ。あの優しい人々が、もう存在していないなんて。暫く、あの方達の姿をお見かけしないと思っていたのだよ」


 ――十一年(地球時間で)と言う年月は、彼らにとってどれ程の長さなのだろう。



 鎧を身に着けているような印象の真四角な体型の生物が、床を踏み鳴らしつつやってきた。

 チャーリィと話していた蛞蝓なめくじ型軟体生物は、首と目を引っ込めてそそっと遠ざかって行った。


 パワーシャベルのような腕の一本が、彼に向かって勢いよく振り下ろされてきたので、チャーリィはさっと避けた。


「わははは…。すまない。力が入りすぎた。がはははは」


 将軍は頭をぼりぼり掻いて笑った。頭部からコンクリートのような破片がぼろぼろ落ちる。


 冗談じゃない。こいつの不注意の所為で、昨日も、か細い糸杉のような大臣が入院するはめになったのだ。

 将軍はひとしきり笑い終えると、秘密結社の同志のような親密さで耳打ちしてきた。


「なあ、オーエン氏。俺は一晩、じっくり考えたんだが、地球と言う所はきっと素晴らしいに違いない」


(あんたは、一生考えたってまともな事など考えつきやしないさ)


 チャーリィは腹の中で思ったが、口に出してはこう言った。


「どうしてそう思うのです? 是非、貴方の素晴らしい考えを聞かせて欲しいですね」


 これが社交術というものだ。将軍は目に見えて得意そうだった。


「あんたは話が判る。どうしてかというと、たった一人のバリヌール人が地球を選んだからだ。思うに、あんた達はわざと、俺達に気づかれないようにこっそりとやってきたに違いない。バリヌール人だけが知っていたのさ。あの連中は何でも知っているからな」


 うんうんと腕組みをして一人納得している。そして、やにわに力拳を上に突き上げた。


「しかし、遂に、その秘密のベールを脱いだのさ。我等が銀河のために! バリヌール人が見込んだんだ。そうこなくっちゃいけない!」


 勝手に陶酔していてくれ。チャーリィは頭が痛くなった。



 油断のならない爬虫類族の一団が、こちらを窺う様にじっと見ている。

 あの連中は、隙あればこちらを蹴落としてでも、バリヌール人を自分の国に連れていきたいと思っている。彼を誘拐しようとするかもしれない。本当に遣りかねない感じだ。


 他にもライルを喉から手が出るほどに欲しがっている連中が多く居ることに、チャーリィは気づいていた。

 バリヌール人と言うのは、それほどに価値のある種族なのだろうか。ただの頑固な変わり者じゃないのか?

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