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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第1部 母なる大地はポリマーでいっぱい
19/109

ペンタゴンのネズミ

 アレックスは突然チャーリィと勇の訪問を受け、びっくりした。


「君達はまだ宇宙だと思っていたよ」

「ええ、予定ではね。しかし、地球の情勢を知って、急遽、俺達だけ突入カプセルに乗り換えて、一日早く戻ったんです。重要な報告があります。ネルソン司令官はホワイトハウスへ直行し、報告を行っているはずです」


 そして、彼等は火星で知った驚くべき事実を語った。


 アレックスは直ぐFBIの協力を要請し、黄色いネズミの狩り出しを開始した。各国に散らばっている部下たちにも同様の指示を与える。そして、彼自身はペンタゴンに乗り込むために腰を上げた。


 同じ頃、大統領は、各国首脳陣に緊急国際会議の開催を国連を介して要請した。プライドを捨て、各国を驚かせる低姿勢で参加を呼びかけたのである。

 事情を知った今、彼はひたすら誤解を解き、戦争を回避する為に努力を惜しまなかった。


 ***


 ペンタゴンは戦争開始に向けて、着々と準備を整えていた。ネズミは三匹いて、二匹が陸・空・海の参謀長を掌握している。

 もう一匹は司令室にいて、要員のコントロールに集中していた。完全な掌握は不可能であったが、情緒面に干渉して参謀長達の命令に逆らわないよう操作している。



 時間がなかった。火星で真実に気づいた地球人達が戻ってきて彼らの正体を暴露したら、彼らの地球での作戦は失敗となる。

 密かに潜伏するには格好の肉体的な特徴が、逆に大きなハンデとなるのだ。彼らのネズミに似た身体は、地球人の暴力の前には余りにも脆かった。


 ネズミ達は緊急警戒発令を出させ、指令室に詰める人員を除く全ての職員、関係者をペンタゴンから追い出した。膨大な人数を管理することも、殺害などで無力化することも、今の彼らにはその手間と時間が惜しかった。


 とにかく戦争を始めてしまわなければならない。必要とあれば、アメリカが保持している全ての核爆弾を開放させてでも。

 今、世界中にどれだけの核爆弾があるか、ネズミ達は知っていた。そのうちのどれだけを使えば、地球の状態が自分達の要求に叶う形になるか、既に計算してある。


 分裂ポリマーで大多数を死滅させたのちに隷属化させ、且つ労働力として足る数まで絞り込むことは頓挫したが、核による手段がまだ残っている。

 放射能の後処理と、放射能照射による人類の劣化と絶滅が免れ得なくなるが、それでも、当座の要求を凌ぐことができるだろう。


 ネズミ達にはこの仕事をどうしてもやり遂げなければならぬ理由があった。だから、必死の思いで核ミサイルの準備を急がせていた。




 そこへ、アレックスがやってきた。ギアソンの表情が動く。ネズミは彼に視線を走らせたが、目下の問題に神経を戻した。

 核ミサイルを打ち出してしまえば、もう事態は止まらなくなる。他の核保有国が対戦を拒んだとしても、その時はアメリカの核だけで何とかやれるだろうという見通しがあった。アメリカの核保有量は、今現在も世界最大なのである。

 しかし、その心配は無いといっていい。その為に他の国の首脳部にも数少ない『兄弟』を潜り込ませているのだ。



 ギアソンはネズミの集中的な圧迫を免れたので、自身の意思によってある程度選択できるようになった。彼は席を立つと、アレックスを迎えるために出て行く。

 ペンタゴンの異常な興奮状態に漠然といぶかしく思いながらも、それ以上の追求をしようとすると、条件化された頭痛が襲ってくるので、無意識に思考を避ける。


 アレックスCIA長官を応接室に迎えて、彼は一緒に居るチャーリィと勇に驚いた。


「いつ戻ってきたんだね? 連絡は受けていなかったが。ま、とにかくご苦労だった。たいへんな仕事だったからな」


 ギアソンは親しく握手を求める。その様子には何処にも異常を示すものはなかった。


「自分達にできることをやったまでです」


 チャーリィは握手の為に右手を差し出した。ギアソンがその手を取ろうとした隙をついて、チャーリィは左の拳を相手の腹に叩き込んだ。身体を二つに折ったところを、勇の手が首の後ろに当てられ、ギアソンは昏倒した。




 アレックス達がペンタゴンに着いた時、封鎖はされていたが妙に警備が手薄でチャーリィはいぶかし気に眉を上げた。人の気配がない。嫌な予感に背筋にぞっと悪寒が走る。


 ゲートの通話でギアソンへの面会を要請してみた。受付に居るはずの警備の者も係員の姿もない。

 それでも、ギアソンが会うことを承知してくれ、中へと入った。指定された応接室へ進むうちにも、誰にも出会わない。まるでゴーストタウンのようだった。


 あたりに血生臭い痕跡もないことから、おそらく数多の人員を外に出してしまったのだろうと結論する。

 どのような方法を使ったのかは知らないが、今ここにいるのはギアソンを始めとする最小限度の人数しかいないのだろう。黄色いネズミ達が掌握できる人数に絞ったのだ。


 それはすなわち、もうこれ以上の時間をかけないということだ。目的の遂行を果たせば、その後の事などもはや関係のない事態となること。

 それだけネズミは焦っており、手段を選んでいる暇もないということ。


 事態は切迫していた。




 チャーリィが外の様子をうかがっているうちに、勇がギアソンの背に活を入れて気づかせる。

 苦痛に顔を歪ませて気がついたギアソンは、そこにチャーリィ達の顔を見て驚いた。頭に手をやり、首を振る。頭痛がまだ鈍く残っていた。


「大丈夫ですか?」


 勇はまだ警戒を解かずに訊ねた。


「ああ……。わたしはどうしていたんだね? 君達はいつ帰ってきたんだ?」


 目をぱちぱちとさせる彼を見て、勇はほっとした。


「黄色いネズミを見なかったかね?」


 アレックスが訊いてきた。


「黄色いネズミ? さあ……、見ていないな」


 首を傾げるギアソンに、アレックスが重ねて訊いた。


「ハリスから何か受け取らなかったか?」

「ハリス?」


 記憶が脳髄の底のほうから、ゆっくりと浮かび上がって来た。


「ああ、そういえば、何か届けられていたな。確かめなかったが。すっかり忘れておったわ」


 アレックスと勇は目を合わせた。


「じゃあ、あなたが何をやっていたか、記憶にないと?」


 アレックスの言葉にギアソンは当惑した。


「何か、わたしがしたのか? そうだ。今までわたしは何をしていたのだ?」

「全く同じですよ。俺と。完全な記憶喪失。ネズミはここにいますよ」


 チャーリィがドアの所から言ってきた。


「ネズミ? いったい、それがどうしたというんだね?」

「しかし、今、ギアソンの側には居ないようだ。どこにいるんだ?」


 アレックスが不安げに視線を走らせる。

 チャーリィ達の報告の実証を目の当たりにして、彼は心底ぞっとしたのだ。人の心を操る敵。そんな敵とどうやって戦ったらいい?


「ペンタゴンを掌握するのに、国防長官一人の反乱では無理だ。統合参謀本部も抱き込まなくては。連中、参謀長も手に入れています。彼等が集まっているのは?」


 チャーリィがギアソンに訊く。


「有事の場合、それは作戦会議室か司令部だ。だが……まさか……」


 しかし、答えるより早く、チャーリィ達は通路を駆け出していた。




 司令室の要員のコントロールを受け持っていたネズミは、ふと、ギアソンとの接触を失った事に気づいて、ぎょっとした。『兄弟』の二体に警告を出す。

 自分は今場所を離れることはできない。要員の干渉から手を抜いたら、彼等は指令を遂行しないかもしれない。


 陸軍参謀長は服の下から銃を取り出すと、部屋の外へ出て行った。


 司令室では、空軍の参謀長が指令を飛ばし、各軍司令官に進行を急がせていた。指示を受ける司令官達は、上官の命令に従わざるを得ない。有事の不服従は反乱と見なされる。矢継ぎ早の進行で、抵抗を組織する間もない。


「移動完了、八十%!」

「目標確認!」

「N-12ポイント確認完了!」

「E-33ポイント確認完了!」

「各衛星効率百%到達!」


 次々と報告の入ってくる中で、司令官達は脇腹にじっとりと汗を流していた。解放されようとしている威力の恐ろしさは、現場を務める彼等が良く知っている。

 ペンタゴンは本気でやる気なのか?

 核弾頭を装備した弾道ミサイルが、前線基地で、潜水艦で、宇宙衛星で頭をもたげ、壊滅的な恐ろしい死を招くスマートな姿をせせりだしていく様を思い浮かべることができた。



 同様に、ミサイルを向けられた各国でも準備を進めているはず。もう、秒読みに入っているかもしれない。


 参謀長が怒鳴った。


「早期警戒態勢を完備しろ!」


 本当にこのまま突入するのか? どう転んでも、死と荒廃しかもたらさないと知っているのに。

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