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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第1部 母なる大地はポリマーでいっぱい
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メディアへの漏洩

正体がばれた侵略者が焦りだしました

 ハリス長官はぼんやりと机の上にいる黄色いネズミを見ていた。ネズミは小さな機器に向かって、盛んにキイキイと喋っている。


 ――こいつらは何なんだ? 俺は何をしている?


 深い霧の中から、おぼろげな意識がもがき浮かんできた。途端にぎりぎりと激しい頭痛が襲ってくる。出掛かった意識は、再び忘却の彼方へと沈んでしまった。

 ネズミがハリスを振り向いた。冷たい視線でじっと見る。ハリスはTELに手を伸ばした。


 ***


 ギアソンの所へ、アレックスからTELが掛かってきた。画面から血相を変えた彼の顔が飛び出してきそうだった。


『ニュースを見たか!』

「ああ、今、見ているところだ」


 ギアソンがテレビに心を奪われながら、返事を返す。


『すっぱ抜かれた! 情報を漏らした奴を調査中だ。とんでもないことになるぞ!』


 テレビでは、興奮したキャスターがセンセーショナルな言葉を並べ立てながら喚いている。カメラがアカデミー付属病院を色々なアングルで捉えていた。病院の警備員と報道関係者達の間で、いざこざを起こしているのも映っていいた。


『問題は、この情報が軍事機密として流されている点だ。各国で殆ど同時に流れている。アメリカが異星人の優れた科学力を独占し、世界に対して圧倒的優位に立とうとしているとね』

「信じられんな。よくもこんな途方もない話をどこも本気で捉えるとは」


 報道員の一部が、ガードを破って病院内に入った。後続も続こうと強引に押し上げている。


『時期が悪かった。例の疾病が世界中を震え上がらせていた。アメリカの実験ミスだったと言う声まで、もう出ているんだ。もっと悪い憶測も出回っている。それに、ここだけの話だが、ライル君のUWCスキャン映像データが、インターネットで公開されているらしい』

「何だって! そんな馬鹿な!」


 ギアソンは飛び上がった。

 テレビからガラスの派手に割れる音がして、歓声とともに報道陣が病院内へ雪崩れ込む様子が見えた。



 大統領から国家安全保障会議(NSC)の召集がかかる。三十分後、ギアソンはホワイトハウスの会議室に着席していた。


 大統領は前置きなしで直ぐ議題に入った。ギアソンは出席者の顔ぶれを見た。副大統領、国務長官、大統領補佐官等定例メンバーが全員揃っている上に、ハリスNASA長官やアレックスまで顔を揃えていた。


「事態は一刻も猶予ならん」


 国務大臣が大統領の気持ちを代弁するかのように口を切った。


「何よりまずいのは、全世界的に報道が流され、誰もがそれを聞いたことだ。一般大衆の多くは、報道されたことをすっかり鵜呑みにしてしまうだろう。この瞬間にも、様々な団体や機関から抗議のメッセージや問い合わせが殺到している」

「既に、大小のデモが起こっています」


 と、補佐官が補った。


「ライル・フォンベルトが、軍の最高機密として保護され、その科学力を使ってアメリカが世界に対し、独裁権を行使しようとしていると言う誤情報が、実にまことしやかに報道され、しかもかなりの割合で信じられているのです。どうやら、その情報の出所が非常に信頼できる筋から流れ出た為であるらしいと、推測されます。すでに、ヨーロッパ各国政府、および中国政府からは、非公開の姿勢に対し強く抗議する声明が出されております。国連でも真偽を糾弾する強い姿勢を正式に決定しました」

「我々にとって、非常に不利であることは、例の疾病の一件があるからです」


 ハリスがここぞとばかりに身を乗り出してきた。


「疾病が、これまで地球上で発見されたことのないものであり、しかも既知の病気と比べて、恐るべき速さで拡がり、効率的に人を死に至らしめました。事実、酵素体の完成がもう少し遅れていたら、世界は壊滅的な打撃を受けたことでしょう。もちろん、我々はそれが地球外の病原体であることは知っているわけですが……。そして、いかにも我が国が最初に罹病したかのように疑われる感染の現状。更にまずいことに、ライル博士のいた我が国の病理研究所で、酵素体を完成する前から、罹病患者を治癒させていた事実があることです。これは、CIAも承知のことですが、今回の疾病の一件は、我が国の生物兵器の漏出に因るものではないかという考えがかなり根強く広まっています」


 ハリスが視線を向けると、アレックスはむっつりと首肯した。それは、深刻な事態にまでその種の流布が広まっているということを裏書きしていた。


「そして、その開発に例の異星人が絡んでいるというのかね? ひどい誤解だ」


 副大統領が渋い顔をした。


「その誤解で、過去、戦争が始まった事例もある。今回、世界中を取り巻くメディアがそれを増長させているのだ」


 と、補佐官。


「彼が報道機関に捕まっていればよかったんだ。そうすれば、人々の関心は彼一人に集中する。ところが、彼は病院から逃げ出していた。どうやら、院長のモリスが彼を逃がしたらしい」


 と、アレックスも苦い顔。指でテーブルをコツコツ叩いている。できるなら、葉巻をふかしたいところだった。


「おかげで、我が国はますます立場を悪くした。彼を政府機関で隠したと思われている。そして、各国の情報機関が、彼を捕らえ自国へ拉致しようと、続々と集まっている」

「火星へ発った調査隊からは、何か報告はきていないのか?」

「疾病の凄まじい有様の報告だけですな。一つ、朗報が。ヘラスシティで赤ん坊の生存者が発見されました。地球には、三日後に帰還予定です」


 ギアソンが答える。大統領が言った。


「我々としては、誤解を解くべく最善を尽くさねばならない。私も早急に声明を出すが、諸君も積極的に活動してもらいたい。事態の緊迫度は、どうかね? アレックス」

「予断は許しません。最大級で緊張度が高まっています。いくら世界的に誤報が流れたとはいえ、普通、ここまで政治情勢が緊迫することはないのですが……」


 アレックスの言葉に、ハリスが甲高い声で主張した。


「何者かの工作だとでも言うのかね? いるかどうかも分からない侵略者のせいだと? わが国家の安全を守るためには、一刻も早く異星人を捕らえ、そして殺すことです」


 ハリスの言葉に、ギアソンは腰を浮かせた。


「彼の存在が、各国の神経を逆撫でしているのですよ。地球の軍事力など稚戯にも等しくなってしまう科学力。それを我々が手にしつつあると思っている。軍事関係者達はぴりぴりしてますよ。各国政府だって力のバランスが大きく片寄る事を心配している。そのくせ、その技術力を自分達が手にしたいと思っているのです。もし、彼が他の政府の手に渡ったらと考えてみてください。或る国に渡ったら、どれほど危険なことになるか。世界を征服しようと考えている国が、或いは団体がないとは、言い切れますまい」

「彼は、本当にそういう技術力を持っているのかね?」

「分かりません。しかし、彼のこれまでの活躍を見る限りにおいては、かなりの知識を持っていると言って差し支えないでしょう。彼の存在は、我々にとっても、危険なのです。そして、世界中を疑心暗鬼に巻き込む要因なのです」

「しかし……。あの青年には、悪意は全く無い。国家の為に、罪のない個人を犠牲にして良いのだろうか。彼の持つ知識が失われることも、いかにも惜しい」


 ギアソンが言うと、ハリスは彼に冷たい視線を送った。


「ギアソン国防長官、あなたはやけに彼の肩を持つのですね。国家の為に、個人を犠牲にすることは良くあることです。まして、奴は人間じゃないんですよ。躊躇うことはないのです。それとも、格別な理由でもあるのですか? ひょっとしたら、情報を流しているのは、あなたなんじゃないのですか? あの異星人とつるんで、何を企んでいるのです?」


 ギアソンは怒りで真っ赤になった。


「侮辱ですぞ!」


 ハリスに掴みかかろうとするのを、アレックスに押さえられる。ギアソンはその手を振り払って、憮然とした表情で椅子に腰かけた。


「私の評価は、これまでの私の経歴と行動の事実が証明してくれることでしょう」


 と、ハリスを敵意のこもった目で睨みつけた。


 ***


 ライルが体調整能力を使って自らを治療しているところへ、モリス院長が顔色を変えて駆け込んできた。

 彼は一瞬、用件を忘れ目の前の光景に陶然となってしまった。


 紫の光輝が陶器のような硬質を帯びた身体を包んでいる。光の中の青年は静かに目を閉じて動かない。

 この輝きは何かの反応の結果に違いないと、彼は思った。

 あの光の周波数を是非とも測定せねばならん。紫外線領域に掛かっているかもしれん。


 そして、はっと飛び込んできた理由を思い出した。


「ライル君! ここを急いで出るんだ!」


 ライルは体調整をさっと解除し、半身を起こした。それを見て医師が目を剥く。


「起き上がれるのか?」

「ええ、なんとか。どうしたのです?」

「テレビのニュースで、君の正体をばらしている。すぐに、報道の連中がどっと押しかけるぞ。野次馬もわんさと来て、君はぼろっきれにされちまうだろう。動けるんなら丁度いい。早く逃げるんだ」

「逃げろと言っても……何処へ?」


 ライルは途方にくれた。突然言われても、当てなどない。モリスはじれったそうに身を捩った。


「何処だっていい! 私が連れて行ってやる。貴重なサンプルを訳も解らぬ無能な連中に横取りされてたまるか!」


 つい、本音が出てしまう。ライルはにっこりした。その気持ちは彼にもよく解るものだった。


 治療服の上に白衣を羽織り、彼はモリス博士の肩を借りながら、裏手の非常口へ急いだ。

 彼の背後で、非常口の重いドアが閉まったのと、テレビ局ら報道関係者の群れが駆けつけて来たのが、同時だった。

読んでくださってありがとうございます

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