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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第1部 母なる大地はポリマーでいっぱい
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バリヌール人

ライルの過去が解ります

第三章

 

 チャーリィはアカデミー付属病院の特別隔離病棟へライルを見舞いに訪れた。院長のモリス博士が直々に応対に出て、ちょっとチャーリィは驚いた。


「彼の件については、誰にも介さず、私自身で管理してるのだよ。彼を知る者は少ないに越したことはないからね。もちろん、誰にも会わせたりしない。面会謝絶なのだよ」


 病室に向かいながら、モリスが打ち明けた。手を認証センサーにかざして、3つ目のドアを開く。三重のセキュリティで厳重に保護されていた。


「ああ、君はいいんだよ。私もLICチームの事は聞いている。彼に会わせて良い人間は、たぶん、地球上では君達以外にいないだろう」


 やっと病室のドアが開いた。ここもセンサーで認証ロックされていた。モリスがチャーリィに説明する。


「意識が混濁している。会っても解らないだろう。生死の境にあるのだ。我々には殆ど何もできない。輸血もできない。リンゲルを点滴して見守るしかないのだよ」


 何もないひたすら清潔な白い部屋にベッドが一つ。

 調和を乱すのは、過剰な程のモニター装置だけ。これらの全ての情報は、モリス博士の個人専用オフィスに送られている。

 彼はこの貴重な患者を他の誰にも任せたくなかったようだ。それは、決して秘密厳守の為ばかりではなかったろう。


 ベッドには血の気の失われた青白い顔の、それでも夢のように美しい青年。まるで象牙細工の人形のようだと思った。


「しばらくここに居てもいいですか?」


 チャーリィが遠慮がちにモリスに訊いた。頷いた院長は、帰る時にはベッドについている呼び出しフォンで連絡してくれと言いおいて、出て行った。



 ドアの向こうに消える後姿を見送って、チャーリィはライルのベッドの横に椅子を運んで座った。

 ライルを見つめる彼の心は複雑だった。

 今でも、あの時のショッキングな情景が脳裏に甦る。



 UWCスキャンのPC処理された鮮明な映像。

 それは、彼の骨格だった。


 全体のバランスは似ている。重力がほぼ同じなのだろう。だが、胸骨の代わりに、デリケートな薄い盤状の覆いが拡がっていた。

 四肢の骨は棒状ではなく鎖状に編みこまれている。


 かつて、ガニメデでの訓練の時、彼が軽々と驚くべき跳躍をやってのけていたことを思い出す。この柔軟そうな形状がそれを可能にしていたのだと、納得する。


 主要な関節の数は、殆ど地球人と同じ。だが、その背骨は何本もの複雑な網目となっており、発生段階から異質な環境なのだと思い知らされる。

 全体的に、地球人よりずっと華奢な感じである。骨の組成も違うのだろう。


 内臓はもっと違っていた。

 もともと配置が違うものを、無理やり地球人型の形に押し込んでいる気がする。


 消化器官は、透視できない複雑な盲管。腸らしきものはなく、肛門も地球人の外観を得るために作られた狭道に過ぎない。

 肺は大きく拡がった網目状の膜だった。その左右に心臓に相当するものが二つ、複雑に脈打っている。


 ――異星人。


 信じられない事実が、現実となって彼の目の前にあった。この目で、何よりも雄弁な証拠を見ているにも拘わらず、未だに認識を拒む。

 だが、理性は、これまでの彼の不可解な言動に納得したりもしている。




 あの時、気絶したメアリ博士以外は、みんな呆けたように茫然としていた。

 ライルがスキャン装置から出て来た。


 真っ先に動いたのは、FBIのランフォード。

 生理的な衝動だったのだろう。いきなり銃をぶっぱなした。

 ライルがとっさに身を投げた。

 ランフォードの狙いが定まっていなかったのが幸いして、弾は壁に埋まった。


 ランフォードに勇が飛び掛って、――チャーリィも混ざっていって……。


 決着をつけたのは、CIAのアレックス。

 自分の銃を天井に向けて撃って、全員の動きを止めた。

 それから、ランフォード、勇、チャーリィと順番に銃を向けて、冷ややかに告げた。


「全員、手を挙げて立て! そのまま、動くな! ランフォード、銃を捨てろ!」


 ギアソンは終始硬い顔のまま、動かなかった。


 ミーナがヒステリックな声を上げて、座り込んでいるライルに駆け寄り、ハリス長官が引きつった顔でぶつぶつ言いながら、彼に銃口を向けていた。



 そう、みんな正気じゃなかったんだと、チャーリィは思う。自分自身、あの時、何を感じ、何を考えていたかという事さえ、定かでない。


 結局、ライルの他人事のような冷静な態度が、あの事態を収拾したと言えるだろう。


 みんなが極度に緊張した状態の中、ライルはゆっくりと立ち上がった。

 ハリスの銃口などまったく気にもしないで、彼らの凝視に応えるように、両の手のひらを上に向けて軽く腕を開いて見せた。


「これで、僕が説明した事が事実であると、信じてもらえたでしょうか。分裂ポリマーは実在のものなのです。僕が地球の人間ではない事と同じように」


 まったく、あいつは物事に動じるということを知らないのか。パニックを起こした彼には、まだ一度もお目にかかったことがない。


 あの時の記憶は何もかもごちゃごちゃと混乱しているが、ハリスの胸ポケットから顔を出していた黄色い猿に似たネズミのことは奇妙に鮮明に記憶に残っている。


 頭痛を訴えて退出するハリスを見送った時に、ふと目にした。やけに人間染みた仕草で振り返ろうとしているその動物に、チャーリィは強烈な嫌悪感を覚えたものだった。




 チャーリィは昏睡を続けるライルをじっと見つめる。

 見慣れた美貌は、驚くほど無防備で幼く見えた。そして、なぜかチャーリィには、どうしてもライルが女の性にみえてしまう。


 外見は確かに男に違いなく、女っぽいわけでもない。しかも、異星人なのだ。

 そういう相手に、そんな気持ちになるのはどうかと思うのではあるが。それでも、見つめていると夢のような美女に見えてくる。


 こいつは俺達をずっと騙していたんだ、と言い聞かせても、本人を前にしては説得力がなかった。

 異質感は覚えても、違和感や嫌悪は沸いてこない。そんなことなど気にならないほどに、彼を身近に受け入れてしまっていた。


 ――俺達だけでも信じてやらなくては。


 チャーリィは眠るライルの唇にそっと唇を近づけた。


 ***


 決して消えることのない核の炎の洗礼を受けるバリヌールの世界。庭園のように調和と均整の取れた美しい大地は、暴力の前に崩壊していこうとしている。



 昏睡しているライルは夢の中にあった。忘れることがなく、分裂素基の遺伝子に記憶を記録するバリヌール人の夢は、過去の記憶を再生させるものだった。彼は今、七歳の自分に戻っていた。



 見知らぬ巨大な戦艦が何十隻も飛来し、穏やかなバリヌールの惑星に、突然核攻撃を仕掛けてきた。

 無数の核爆弾が空から地上へ注がれる。

 大地を破壊し巨大な穴をうがち、さらにその奥深くへと撃ち込まれる。マグマが空へ向かって吹き上がり、コアが引き裂かれていく。


 しかし、バリヌールの人々は落ち着いていた。そもそも混乱する種族ではなかった。常に泰然自若として運命を受け入れる性質だった。


 絶え間なく揺れる大地の中で、世界中のバリヌール人は、今、一つの目標の為に力を合わせている。

 老リザヌールが、七歳のライルに告げた。


「全てが間に合わなくなる前に、船は完成するだろう。君は生き延び、そして、種族として完成されねばならない。それが、君に課された次代のリザヌールとしての使命だ」


 ***


 ライルは形成手術を受けた。体の構造まで作り変える時間の余裕はなかった。外見だけでも変えられれば良しとしなくてはならない。幸い、バリヌール人と地球人は大筋において良く似ているらしい。


 髪に触れた。有機セラミック質の細くさらさらとした紫の髪が、蛋白質の栗色の髪に変わっていた。

 左右の側頭部に一対あった呼吸器官と発声を兼ねた、ひだのあるデリケートなひれ状の器官は、小さな肉質の耳となって固まっていた。

 代わりに、顔の中央部に穴が開いた突起物がついた。鼻という。これからは、ここからも、呼気を取り入れることができるように、肺盤に繋がれていた。


 食物を取り入れる口には、白く硬い歯が並んでいた。これでものを噛むらしい。

 歯を指で触れてみる。ガルド人の牙ほど大きくないが、幼いライルにはなんだか楽しかった。


 しげしげと手を見る。硬い質感の有機セラミックではなく、柔らかい皮膚がついていた。

 指には爪がある。伸びたり引っ込んだりはできないけれど、セラミックの表皮のように唯一固い部分だった。指の関節は3個。少ない。不便だが慣れるしかない。


「蛋白質の表皮です。一番苦労しました。我々にはないものですから。地球人の遺伝子からモデルを再構成しましたので、これで大丈夫だと思うのですが。地球人の見本は一体だけですし、しかも損傷の激しいひどい状態でしたから、万全というわけにはいかなかったんですよ」


 担当した外科医ヒューニヒルトが説明する。

 腹部に小さな窪みがあった。臍というものらしい。


「それは、どうやら、母体の中で成長する時に栄養を受ける器官の名残りらしいです。地球人は我々と違って、両性種族なんですよ」

「ガルドの人達と同じなんですね」


 口を使って話すのが馴れないので、ぎこちなく音声を乗せた。


「そうですね。むしろ、雌雄2性ある種族のほうが、銀河全体的には多いですしね。ラサン人のように、5性種じゃなくて良かったですよ。あの種族は、年齢を重ねるに従って性が変わっていくんで、そうなると、形成しようがなかったですから」


 さらに下に付加された器官を眺める。


「これは、何です?」

「地球人の生殖器官です。一応、遺伝子モデルに準じて、ほかと調和が取れるよう形成しました。機械的な反射反応は備わっていますが、本来、我々には無い器官ですから、機能面では不完全です。外見の保証も全くありません」


 なるほど。地球人の目には触れさせないでおく方が安全かもしれない。


 ***


「ライル・リザヌール。準備が完了した」


 老リザヌールが穏やかに告げた。

 大きな地震がまた起きた。地殻が分断されようとしている。


「地上ジャンプするのですか?」

「核反応と地殻変動で、ジャンプ時の構造振動は探知される心配はない」


 口を開こうとした時、リザヌールが先回りして続けた。


「我々への心配は無意味だ。どのみち、間もなくこの世界は崩壊するのだ。ライル、我々は滅びることに悔いはない。君を世に送り出すことができたことを、我々は誇りに思っている。君は、おそらく、かつてどのバリヌール人も経験したことがないような多くの悩みや苦しみに出会うだろう。それは、君が完成するための試練なのだ。

 恐れてはならない。逃げてはならない。

 立ち向かうのだ。自分を信じるのだ。

その手伝いができないことだけが、私の心残りだ」


 ――老リザヌールの目には何が見えていたのだろう。もう、決して訊くことはできない。


 わけの解らぬ衝動が、ライルの中にふいに突きあげて来た。気が付いたら、リザヌールの胸に飛び込んでいた。

 老いたバリヌール人の手が彼の背を暖かく包み、励ますように力を込めてくれた。リザヌールが――バリヌール人が、ライルをこうして包み込んでくれたのは初めてだった。きっと、老リザヌールも初めてだったに違いない。


 最初で、最後の抱擁だった。


 ライルの目から熱い液体が急にあふれ出て流れ出す。タンパク質の皮膜で覆われた頬が濡れていくのを感じた。


「さあ、行きなさい。ライル」


 ライルはもう一度、リザヌールとバリヌールの人々を見つめた。

 そして、彼らに背を向けると船に入る。小さな細長い卵型の船だった。攻撃を続ける艦隊の目を避けて、辛うじてここまで作れたのだ。


 滑らかなコントロールプレートの上に指を滑らせる。動きに従って船が命を得、様々な機関が動き出しエネルギーが力強く満たされていく。

 この船が始動すると亜空間ジャンプの収縮作用で、船の周囲を中心に脆い地質は一瞬で崩壊してしまう。


 複数の分裂素基の提供者の一人である老リザヌールは最も多くの遺伝子をライルに与えてくれた。彼は彼らの記憶と知識を引き継いでいくのだ。


 空間の振動が始まった。 

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