ライルの罠
十の章
『意志』は、オリオン大星雲へと真っ直ぐに進んできた。おのが最大の、そして運命の敵がそこにいることを知っていたのだ。死を撒き散らしながら、『意志』は、巨大な触手を拡げ、覆い尽そうと迫ってきた。
対するは、バリヌール人のライル。『生命』が育て、守ってきた戦士。
彼はチャーリィから去ると、直ぐに自分を分解した。有機セラミック化した彼の身体は、幾万、幾億、幾兆もの細胞塊に分かれ、ケーブルごと装置の中を走っていく。
彼の細胞は、ダズトのシャラン遺伝子改造により、個々の独立と共有意識を保っていた。その細胞は、エネルギー体に転換され、巨大な機構を支配した。
今、彼の腕は何千億キロと伸びた構造物の柱針であり、その指は何パーセクにも達した。そして、彼の意識はその隅々までもを被っていた。
ライルは待っていた。『意志』が彼を滅ぼそうとやってくるのを。
彼が伸ばした触手と指針の中に入ってくるのを。
『意志』はオリオン大星雲の中に侵入すると、貪欲に貪り始めた、そこには若々しい星々と荒々しい渦肢流が渦を巻き、なによりライルの『生命』が溢れていた。
喰いつくすのだ。何もかも。全てを。絶対的な熱量死をもたらすまで。
『意志』は、一つの飢えである。『生命』を喰らう飢餓である。その意識は、『死』を望む欲望以上に発達するものではなかった。だから、貪欲に貪る『意志』は、ライルの触手が静かに閉じつつあることに、気づかなかった。
結晶した超伝導体の柱から、夥しいエネルギーがオリオンの空間に吸い込まれていった。
今ではオリオン星雲の宙域そのものとなったライルの意識が、その膨大なエネルギーを捻り、回転させる。
素粒子が夥しい量で生まれ、励起と消滅を繰り返す。その数が爆発的な勢いで累乗的に増加していく。
オリオンをそっくり含む広大な宙域に、新たな宇宙が誕生しつつあった。大星雲の中に存在していた全ての物質は、この新たな創造のために消費された。
宇宙の中に宇宙は存在し得ない。
創造された宇宙は次元と空間を破り、存在できる場所を求めて滑り込んでいく。
『意志』を閉じ込めたまま。ライルの意識とともに。
『死』の『意志』は宇宙に属する宇宙そのものであるから、今、自分が閉じ込められた宇宙が、新たな創造物であることを知らない。それが自分の全てであると認識する。
『意志』は狂喜していた。宇宙の全てを熱量死できる。完全な静寂と『死』が支配するのだ。もう、『生命』はない。
だが、その宇宙はライルが仕掛けた罠なのだ。激しい次元震を残して、新しく生まれ出た宇宙は消えた。
同時に、ライルは触手を閉じた。
『意志』の宇宙は、ゼロに縮小された。『死』の『意志』は、別宇宙の中で閉ざされたのである。
まだ、その宇宙が存在しているのか、その中で『意志』がまだ存在しているのか、それは、誰にも解りようのないことであった。
しかし、この一点だけは明確に理解された。
もはや、この宇宙では、『死』を恐れる必要がなくなったということ。
『意志』は去ったのである。これからは、『生命』が、果てしなき輪廻を重ねながら、進化し続ける事ができるのだ。




