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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第7部 静かな宇宙は悲しみでいっぱい
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新たな問題

 チャーリィと勇は、ライルとともに贅沢な控え室に戻った。広々としたその部屋には、寛ぐ者を快適にすると思われるものが全て整えられてある。

 そのバーのカウンターにトゥール・ラン総帥が待っていた。

 彼も会議場に参列する権利を有してはいるが、被告の二名とは余りに親しい間柄であったので遠慮したのである。


 彼は両の腕を大きく広げて友を迎え、秘伝のカクテルを勧めた。

 勇はそれを一気に飲み干し、チャーリィは慎重に二口啜る。トゥール・ランのカクテルは、喉に炎を、胃に硫酸を、心臓に核ミサイルをぶち込むような代物なのだ。


「良かったな。君達はもう無罪と決まったも同じだよ」


 老総帥は眼に優しい慈愛を込めて、二人を見つめた。勇猛で猛々しいガルド人は、こんなにも優しいのだ。


「本来なら、あそこに立つのは私のはずだった。私がやらねばばらなかったのだ。だが、私にはできなかった。私は……私達はそれほどに気が挫け、弱くなってしまっていたのだ。若い君達に全てを押し付け、苦境に立たせた。済まない。君達は重い責任を、本当によく果たしてくれたのに、あの連中にはそれが解らんのだ。昔の私なら、あそこへ出て行き叱りつけた上で、この星の上から叩き出してやるのだが、今は、そんな事もできん。政治とは面倒なものだな」


「総帥、あんたは酔っ払っているんだ。愚痴を言うなんて、あんたらしくもない。さあ、これを飲んでしゃんとしてくれ。我等のライルも帰って来たんだ。笑われるぞ」


 勇が日本酒を大きなコップいっぱいになみなみと注いで、トゥール・ランの前に置いた。ガルド人にとって、日本酒は水のようなものだ。自分の二倍近くはある大きなトゥール・ランの肩に手を回して、心配げに顔を覗き込む。

 勇とトゥール・ランは生まれも姿形も違うのだが、気性が良く似ている。両者の間には、いつしか親子のような感情の絆が生まれ、勇が父を亡くして以来その絆はいっそう深まっていた。

 青と水色の長い縦毛を走らせた毛深くワシのような爪のある手で勇の肩を叩くと、トゥール・ランはコップの酒を煽った。


「私も年だな。だが、こんな大きな事件に遭ったのだからと、大目に見てもらいたい。さて、ライル・リザヌール。要請を受けていた情報を、できる限り集めましたぞ」


 彼はテーブルの上に置いてあるケースを開き、中にぎっしり詰まっているデータ端末やファイルやディスクを見せた。

 頷いたライルは早速それを持って、コンピューター端末機に行き作業に没頭した。


 勇達が頭越しにディスプレイを見ていたが、ライルのスピードが速すぎ、画面に現れる数字を読み取るどころか、捉えるのも困難だったので、諦めてまたカウンターに引き返した。


「あれは何です? トゥール・ラン」


 チャーリィが聞く。この十一日間のライルの行動に関係があるらしい。


「彼の最後の言葉を聴いたろう? あれは、銀河内の調べ得る限りの世界中の子供達の調査だよ。何しろ、範囲は膨大で、調査にはきりがないので、やっと間に合ったというわけだ。それでも、取りこぼしのほうが多いだろう。今、この瞬間にも、シャルル・マーシンは宇宙中を飛び回って、調査を続けているよ」

「だから、姿を見せないんだな。なんて薄情な奴だと思っていたよ」


 と、チャーリィ。

 トゥール・ランが笑った。久々の笑いだった。


「シャルルほど情報を集める事ができる者はいない。彼にはそれが存在する所が解るんだな。彼は『匂う』と言っているがね。私には未だに不思議だよ、シャルルの能力は。それに、彼なら銀河中、行けないところはないからね。そして、彼のパラ通信を受けて、私に解る形に直して伝えてくれるのが、ミーナ・ブルーだ。あの二人は、今、最も多忙なソル人だろう」


 それは、このライルの為だった。

 トゥール・ランは端末機に齧り付いている美しい青年を見た。歳を取ることを忘れたようなバリヌールの形見。

 バリヌール人はそもそも均整の取れた端整な種族であるが、トゥール・ランはライルに出会って初めて魂を奪われる美しさというものを知った。

 バリヌール人の時も、ソル人の姿に変わってからも、種族の既成概念を超えてライルを美しいと思った。


 どの種族に聞いても――例えメタンを呼吸する種族でも、のたりくねる無脊椎の種族でも、不定形の種族でさえ、みんな声を揃えてライルを美しいと賛嘆した。

 彼を見ているだけで陶然となり、魂が惹かれ、愛してやまない。


 だから、それはライルの外見ばかりではないのだ。彼の存在が美しく尊いのだろう。

 宇宙を駆け回っているシャルルも、その仕事に命をかけているのは、任務だからではない。ライルが頼んだ仕事だからだ。


 勇もチャーリィも、宇宙中の生物達が、ライルの為なら命を惜しむまい。かくいうトゥール・ランとても、彼の為とあらば自分の大事な子供の首を刎ねる事さえ躊躇わないだろう。


 そんな事までを、人にさせてしまう存在。

 そのような魅力はバリヌール人にはなかった。ライルだけである。これをリザヌール――調整官と呼んで良いものだろうか?


 トゥール・ランは思考を進める。

 彼はリザヌールではない。それより遥かに優れたものだ。彼は銀河の為に闘う戦士であり、至高を目指す賢者なのだと彼は思った。


***


 予告された十時間が経ち、審議が再開された。全議席ボックスは再び欠ける事無く満たされたが、彼らの顔は緊張していた。ざわめきも少なく、重苦しい沈黙が支配していた。


 今度は、ライルも中央の一画に出廷しており、トゥール・ランもその横に同席している。

 既に、裁判官には様々な情報が伝えられていたとみえ、再開を申し渡すと、直ちに告げた。


「では、これより審議に移るわけだが、その前に、ソル人チャーリィ・オーエン、近藤勇の両被告の審議の続行について伺いたい」


 アルデバランのナハージャ評議委員が意見を表明した。


「私は、もはや、両氏の嫌疑は晴れたものと考え告訴を取り下げたい」


 続く十数名も同意見だった。そこで、再度、裁判官が問う。


「では、告訴を取り下げることに、同意の者は意志を表明して頂きたい」


 会議中央に浮かぶ掲示筒ランプが一斉にグリーンに点った。反対を示す赤もなければ、保留の白もない。裁判官のデスク上にある評決集計ボードも、全部グリーンに輝いた。


「全員一致で、ここに、両名の審議が取り下げられた事を表明します。裁判は閉廷します。近藤勇全銀河宇宙艦隊総司令官、チャーリィ・オーエン銀河連盟常任委員長の両名は被告席を降り、直ちに所定の席に着いてください。これより、銀河間問題の討議に移ります」


 そこで、アンドロイド氏は、ライル・フォンベルトを見た。


「これよりの討議の議長に、ライル・フォンベルト・リザヌールを推薦したいと思うのですが」


 会議場から一斉に賛同の声が上がり、掲示ランプがぱっとグリーン一色に点った。


「待ってくれ。僕は立場上、それは望ましくない。最も相応しい人物がいる。連盟委員長チャーリィ・オーエン評議委員を推薦する」


 チャーリィ・オーエンが立った。


「私は現議長、ゼデルデのM202(アンドロイド識別番号)を推薦する。最も冷静、かつ総合的判断に基づく議長を任じてくれるだろう。私は、連盟常任委員長として、一議席を任じたい」


 アンドロイドはライルとチャーリィの顔を見比べ、逡巡した。――ここが、並みのポジトロニクスと違うところだ。殆ど有機生物的反応を示す。だが、一秒間に数十万テラの情報処理をする彼は、もちろん、疾うに結論を出していた。


「あらゆる情報と可能性を検討した結果、現問題は、様々な問題点と多様性を含み、かつ、過去において全く例のない事例であることから、私のようなポジトロニクス回路の者には不適格であると判断する。これには、数理学的論理性を超える飛躍と、有機的直感が必要とされるからである。よって、本議長には、チャーリィ・オーエン連盟委員長が最適任であると結論する。……チャーリィ・オーエン議長、こちらへどうぞ」



 そこで、アンドロイドとチャーリィが交代し、彼が議長席に着いた。そして、直ぐに、討議に入った。

 まず、各国の代表者達が次々と立って、十時間の休廷時間の間に収集した事柄を報告した。


 中央大コンピューター直結のメインコンソールに座るライルは、そのデータを数値に置き換えて入力し、議場中央の空間に巨大ホログラフィーで示していく。

 報告が進むにつれ、多次元グラフが少しずつ作成されていった。

 銀河のレンズ状の三次元地図には赤や黄色の点が増え、緑色の地域が広がっていく。



 しかし、七万余りの報告も、広大な銀河の中では幾ばくもない。情報は少なく、グラフとも言えないもので、そこから全体の情勢を判断するには無理があった。


 だが、そこにライルが集めさせておいたデータを加えると、グラフと地図は一変した。それでもまだ、グラフの63%、地図の42%を満たしたに過ぎない。

 しかしながら、そこから推論されることは明白だった。


「子供達がいない! 世界から、みな、消えてしまった!」


 イェララルの友が叫んだ。イェララルの者には、この事実は恐怖であった。


(メタンを呼吸する彼らは皆イェラルルであり、子供…幼生は皆ゾェララルである。個体の認識がどうやって為されるかは不明)


「あの後、子供が一人も生まれていない点にも、留意しなくては」


 メデューサ人が付け加えた。


「ヨミのメシラの世界もか? あそこでは、一秒間に百万体の割合で、次々に親木から分離しているのに」


 そして、一秒間に七十万体の割りで食われ、三十万体の割りで土に帰る。


 ライルはそのデータを抽出し、投影した。シャルルが収集したデータである。

 出芽率はゼロになり、個体数は急激に減少していた。

 地表の映像をホログラフィーに映す。


 年老いた枯れかかった親木達が悲しげに腕を振り上げて泣いていた。巨大なハサミ虫のような飢えたベーナが、二本のはさみで弱々しくあがく親木に襲い掛かっている。


 メシラとベーナの残酷といっても良いほどのこの厳しい関係は、ヨミの生態体系状必要不可欠のものであった。

 乾燥したヨミの世界には、食べられる者としてメシラが、食べる者としてベーナの二生物しか存在していないのである。ベーナがメシラをどんどん食べなければ、メシラの数が増えすぎて、結局、土養を食いつくしメシラは滅びてしまう。

 一方、ベーナの寿命は短く、生きている間は食べ続けなければならなかった。その排泄物と、自身の死骸が土壌を肥やし、メシラの唯一の食糧となるのである。


 視野がその地表を巡るうちに、枯れ果てた動物樹の間に、餓死したベーナの死体があちこちで見られた。そして、何処にも元気な可愛い羽のある幼木の姿はなかった。



 会場の方々から、呻く声が上がった。ヨミのメシラは物静かで、その運命上、卓越した哲学者であり、みんなから愛されていたのである。

 そして、ヨミの世界の姿は、近い将来の自分達の世界の姿でもあった。


「いったいどうしたことだ! 何が原因なんだ?」


 酸素呼吸の一人、リデアの☆☆☆(文字として表現するのが困難な名前もしくは記号)が叫んだ。


「我々の世界は呪われているんだ!」


 叫びや怒りが湧き起こり、緊張が極度に高まる。

 チャーリィは、議長ボックスのライトを点滅させ、議員達の注意を引いた。


「感情的な発言は控えて頂きたい。そうです、リデアの☆☆☆氏の発言にもあるように、全てに必ず起因、或いは原因があり、その必然的結果として事実がある。我々の目の前にあるものが、まさにその事実なのだ。しかも、これは全てではなく、ほんの一端。結果ではなく、経過の初期段階ではないかとさえ考えられる。今、ここには、銀河を代表する優れた方々が、一堂に会してしているのだ。さあ、活発で実りある論議を始めよう。まずは……」


 チャーリィに議題の糸口を与えられ、我に返った議員達は、真剣に討議を行った。熱を帯び、何度も論点がずれていく度に、チャーリィは彼らの頭を冷やし、方向を正し、彼らの立場を思い出させた。

 会議は小休止を間に入れて、二十時間にも渡って続けられた。

 しかし、事実はまだ少なく、仮説は解決に結ぶことはなく、多くの調査と不安と緊張を携えて、人々は自分達の世界へと戻って行った。




「なぜ、お前は自分の考えを言わなかったんだ? みんな、誰もがそれを待っていただろうに」


 会議が終わって、チャーリィはライルに聞いた。今でもライルをお前呼ばわりするのは、このチャーリィと勇ぐらいだろう。

 ライルはついに、完全な事実しか述べず、仮説の一片すら漏らさなかったのだ。チャーリィに語り、仄めかした危惧の片鱗さえ、語ろうとしなかった。


「チャーリィ。僕にも解らないものを、どうして説明できると思う? 僕はあの『意志』ではない。連中がどんな手を打つか、知りようはないんだ」


 そう答えるライルの澄んだ紫の瞳が深い悲しみに沈んでいたので、チャーリィはそれ以上言葉を続けることができなかった。

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