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ー東雲・予言ー

 覚えているのはただ数字をいい当てる日々。暗く狭い部屋の中でずっと一人。枠に囲まれた数字を塗りつぶす。それだけの日々だった。

 例え下位であっても当たれば喜ばれ、外れれば叩かれる。ご飯を食べさてももらえなかった。何のためにこの名前にしたと思っているんだと理不尽に殴られた。どれだけ叩かれようと怒鳴られようとご飯を与えられなくてもわからないものはわからなかった。どれだけ数字を見ても、考えても想像しても夢を見てもどの数字が当りかなんてわからなかった。

 数字をたいして当てられないとわかると次は馬がたくさんいるところに連れて行かれた。どの馬が一番早くゴールするのかを当てろと言われた。

 たまたまだった。よく分からないまま、名前のかっこいい馬を選んだらそれがよかったらしく、しばらくの間は数字を当てることも、馬を見に行くこともなくなった。

 その間の父と母は優しくて、いつもおいしいご飯が食べられた。外に遊びに行ってもいいと言われた。そんな事を言われるのは初めてだった。

 わくわくしながら家の外に出た。一人で出た事なんてなかったからとてもドキドキした。家に帰れないなんてことにならないように、少しだけ歩くことにした。何回も後ろを振り返って家を確認しながら歩いた。歩いた先には公園があった。昔一度だけ父と母と遊んだ記憶があった。一番、父と母が優しい顔をしていたからおぼろげだけど覚えていた。

 公園は本当に小さくあるのは鉄棒とベンチと滑り台が一つ。ベンチに座って息をついた。少ししか歩いていないけれどとても疲れた。

 突然足に何かふわふわしたものが当たって飛び上がった。

「ニャー」

 猫だった。三毛猫と言うのだろうか、白と黒と茶色の三色の模様がついた猫だった。

 どうやらベンチの下で昼寝でもしていたらしくここに座った事によって起こしてしまったみたいだった。

「ごめんね」

 許してほしかったら撫でろとでも言わんばかりに無防備にお腹をこちらに見せてきた。ふわふわと柔らかい毛並、熱いと思うほどの高い体温を感じる。撫でられた時に見せる一つ一つの表情が可愛い。もっと、もっとと言うようにこちらを見続けるからずっと、ずっと猫と戯れた。

 どれくらい時間がたったのか。本当はあまり時間は経っていないのかもしれないが、一人で外にいるという事に疲れと、少しの不安を覚え家に帰る事にした。すっと立ち上がると、猫は、もう撫でないならお前に興味はないと言うように公園のフェンスの隙間を抜けて道に出ようとしていた。

 その時、猫に何か黒い霧のようなものがまとわりついている様に見えた。初めはゴミか何かついたのかと思ったがそうではなかった。猫はその霧に視界を遮られでもしているのか、スピードの乗った車が走ってくる道路に自らの意志でぴょんと飛び出した。


 あまり大きな音はしなかった。車を運転している人も気づいていないようにそのまま過ぎ去って行った。吹き飛ばされた猫は道路の端の方でぴくぴくと血を流して倒れていた。

「はぁはぁはぁ」

 必死になって走った。そこまで遠くには行っていない。なんなら公園から家が確認できるぐらい近くだった。それでも長い距離をずっと全力疾走していたように呼吸をするのが辛かった。何とか家について玄関を開けるとそこには、待っていたかのように父がいた。

「猫が、猫が!!」

 息がうまくできずに苦しい中でも必死に伝えようとした。ニコニコしたままの父は、そのまま引きずるように息を切らしたボクを家の中に引っ張って行った。

「これを見ろ!!」

 見せられたのはパソコンの画面だった。

「これの結果をすべて当てられたら俺たちはもう億万長者にでもなれる。さあ早く言え、さあ、さあ、さあ、」

 お金なんてどうでもよかった。ただただあの猫をどうにかしてあげたかった。

「猫が、猫が」

 けれど何をどう言っていいのかわからずに猫がとしか言えなかった。

「うるせぇ!!」

 怒鳴られた。髪の毛を引っ張られた。

「猫が欲しけりゃいくらでも買ってやるからそのためにもさっさと結果を教えろ」

「ちが、違う……」

「いいからさっさと言いやがれこのクズが!!あぁ?ちょっと優しくしてやったら口答えとは偉くなったもんだなおい」

 やめて、痛い痛い痛い痛い。髪の毛を引っ張らないでお父さん。

 助けを求めて母の方を向くとめんどくさそうな顔でただ見ているだけだった。目で訴えても全く反応をしてくれず、目の前に並んだ宝石を眺めているだけだった。

「早くしろ!!」

 わかんないよ、そんな事言われてもわかんないよ。


 その日はその程度で何もされずただいつもの様に狭い部屋に入れられるだけで済んだ。ああ多分何日かは満足にご飯を食べられないんだろうなと部屋を出ようとする父の背中を眺めていた。ガチャリと部屋の鍵がしまった。

 僕は笑いが止まらなくなった。うるさくすると怒鳴られるし、殴られるのがわかっていた。けれど笑わずにはいられなかった。あの猫にまとわりついていたあの黒い靄が父の背中にも見えたからだ。夜、水を与えに一度ドアから顔をのぞかせた母にも同じ靄が見えた。

 ああそうだったのかとその時初めて思った。ボクのこの名前は、『死』を予言するものだったのだと。







 僕は木々が生い茂る狭い道を車で走っていた。

 そう。もう一度彼に会うために。先輩はあまり良い顔をしなかったけれど、前回は目撃者の話を聞きに行くとこになったので、あまりゆっくり話が出来なかったので、もう少し話を聞きたかった。というのと事件解決のために手を貸してもらうために。

 正直に言って完全に手詰まりの状態だ。

 それどころかすでに二人目の被害者が出てしまった。しかも今度は学校の屋上で。

 殺害方法は先の事件とは違い、鋭利なもので背中に一刺しと、ちょうど肋骨と肋骨の間のど真ん中に一刺し。

 同じ女性だというのにも関わらず顔に傷は一切なかった。とは言え同じ学校の女子生徒が相次いで亡くなったのだ、署内では同一犯としてふたつの事件を追っているが、一人目の被害者の方は場所が場所だけに、夜遅い時間だとみんな家の中にいて、人通りがほとんどないからこの間の話以上の手がかりは掴めていない。

 彼女自身、高校生にしては少し夜遊びが過ぎる子だったようなので、そちらの方でなにかトラブルに巻き込まれたのではと調査を進めているがやはりほとんど進展はないようだった。


 二人目の被害者についても同じだ。学校内とはいえ放課後、大した防犯設備もない学校ではその気になれば外部から誰かが入ることも難しくない。何もかもが不明。こんな時こそ彼の力を頼るべきなのだと思う。警察の面子とかそんなものより、今はこれ以上誰かの命が消えない事を一番に考えるべきだと思う。

 前回よりは少し時間がかかってようやく着いた。今回は僕が勝手に来ているから何の連絡もしていないし、そもそも彼は先輩としか話をしないと有名である。果たして僕が来た所で会ってくれるのかどうかもわからない。不安なまま車を走らせていたからである。

 車を止めて恐る恐る呼び鈴を鳴らした。ビーっという呼び鈴の音が家の中から微かに聞こえる。返事がないどころか物音すら聞こえない。出掛けているのだろうか。いや、それはあり得ない。彼の行動は我々警察によって制限されている。だからこそ彼はこんな山奥にひっそりと一人で住んでいるのだ。

もう一度呼び鈴を鳴らした。ビーっという音がまた聞こえた。

「はい」

 機嫌の悪そうな声がモニターごしに聞こえた。

「お、お久しぶりです!!わた、私は参上正義(みかみせいぎ)です!!そのこの間早乙女先輩とお邪魔したのですが……」

「あぁ正義さんですねお久しぶりです」

 幾分かはましになった気がするが、やはりあまり歓迎されるような雰囲気ではなさそうだった。

「何しに来たかは何となくはわかりますが、今日の所は帰って下さい。あまり楽しくない夢を見たのでできれば誰にも会いたくないので」

 よくない夢とはまさか事件に関する予言を!!と言いかけて口を塞いだ。本人が望んでいない能力(ちから)だ。喜んで聞くようなものじゃない。

「あぁ正義さん的には残念でしょうけれど事件に関するとか、何かしらの予言を見たという事ではないので。少し昔の夢を見ただけです」

「は、はひ!!」

 心を読まれたかのようにピンポイントでの返事に変な声が出てしまった。

「ははははは、やはり正義さんは面白いです。また後日にでも来てください。その時は喜んで歓迎しますから」

「よ、よろしくお願いします」

 頭を下げたら呼び鈴に思いっ切り頭をぶつけてしまった。またしても東雲さんの楽しそうな笑い声が聞こえた。よかった。こんなことで、だけど少し機嫌もよくなったみたいだ。もう一度、家に向かって頭を下げてから車のドアを開けた。










 ピリピリピリと何の面白みもない着信音が聞こえる。正義に言わせりゃあ、もっと楽しい音楽にしたらいいのに。好きな歌手とかいないんですか?なんて面倒くさい事言いやがる。こちとらずっと仕事人間で音楽なんざあ聞かねえっての。

 鳴り止まない着信音。悪いが今日は仕事する気がないんでな。何の進展もなけりゃあこっちに情報が回ってくるのは後の方。最後の最後までわからなかった時に特殊事件としてこっちに丸投げ。やってられっかての。それに今日はあの仕事しないとうるさい正義がいないんだ。ちょっとぐらい休んでも罰は当たらねえさ。

 ようやく音が止まった。止まったと思ったらまた携帯が音を鳴らしだした。

 ああ面倒くせえ。仕方なく携帯を手に取ると映し出されていたのは東雲の文字だった。

「はいよ。正義が何かしたのか」

「これだけ鳴らしても出ないなんて冬眠でもしていたんですか。ああ冬眠ではないですね春眠ですね。では早乙女さん一年中寝ているという事になりますね」

「冬眠もしなけりゃあ春眠もしねえよ。こちとら仕事がいろいろあんだよ。すぐに電話を取れなかったぐらいでいちいち人をイライラさせるような事言うんじゃねえよ」

 もちろん嘘だ。こいつの言うとおりぐーたらとしていただけだ。

「…………………ではそういう事にしておきましょう」

「沈黙がなげえよ。それでなんだよわざわざお前が電話をして。何か用事なら正義にかけさせりゃあいいじゃねえか」

「正義さんには会っていません」

「ん?なんだまだ着いてないのかよ……いや、それにしては正義が来るのを解ってるみたいな口ぶりだな。確かなんの連絡もしてなかったはずだが」

「正確には直接はあっていません。モニターごしに会話をしただけで」

「どういう事だ」

「正義さんに会わなかったのはただ単にボクの調子が良くなかったからです。ある意味では調子が良かったんですけどね。っと、今はそんな事はどうでもいいんです。とりあえず、正義さんをこの事件から手を引かせてください」

「はぁ?」

 こいつのいう事は大概が意味不明だが今回のは………

「おいおいおい、まさかお前」

「そうです。窓越しに正義さんが車に乗る後姿が見えたのですが、うっすらとですが見えたような気がしました」

「気がしましたってお前」

「とにかくこの事件にかかわらせるのはやめさして下さい。そうすればおそらく大丈夫だと思います」

 まだうっすらと見えたぐらいか。それならこいつの言う通りこの事件から手を引かせるのが一番だが、あの正義に手を引かせるのは容易ではない。どんな些細な事でも自分が関わった事には最後まで関わり、解決するのがあいつが、正義が『正義』と言う名であるという事だ。

「わかった、とりあえず何とかして見せる。なんだったら無理やりふんじばってでも家から出ない様にしておく」

「うわぁ拉致監禁ですね。誰か警察を呼んでください」

「俺が!警察だ!!」

「さて、とりあえず頼みましたよ。流石にこうなってはボクもあまり悠長に構えてはられませんね。何か情報があり次第ボクの方にもまわしてください」

「ああわかった」

 それだけ言って電話は切れた。

 俺は少しニヤリとした。正義は正義だが、東雲の野郎も自分と関わったものを見捨てはしないやつだ。どこか似ているからこそ正義の事を気に入ったのかもしれないな。

「さて」

 とにかく俺が今すべき事は、事件の解決はもちろん正義をこの事件から遠ざける事だ。理由は一つ。

 正義を死なせたりさせないために。





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