~遠洋航海~
経由地:横須賀→基隆→パラオ→トラック→サイパン→硫黄島→横須賀
時は過ぎて、桜の花びらが舞い踊る季節―
横須賀士官学校の講堂入り口に掲げられた〝第十一回卒業証書授与式〟の看板。
「以上を持ちまして、第十一回横須賀士官学校卒業式を閉会する」
閉会の言葉を述べた教官。
そのままマイクを退けると、講堂中が震えるくらい声を張り上げた。
「候補生諸君!卒業おめでとう!」
『ウオオオオ!』
教官に負けないくらいの大声を出しながら、候補生たちが講堂の出口へと殺到する。
卒業式日和の外へ出た候補生たちは、被っていた制帽を力いっぱい太陽へと投げつけた。
「無事に卒業出来たな!」
「はい。かなりギリギリでしたけどね…」
静巴が暴走したり、源三郎が止めに入ったり、更には危うく大事になりかけたりと色々あったが(別の意味で)無事に卒業することができた二人。勿論、依子や百合子、千里も普通に卒業となった。
「でも、まだまだ私達の付き合いは続きそうね」
そこへ追いついて来た依子と合流する。
「むしろ本当の付き合いはこれから、といったところですかね」
ここで出会った仲間達は、社交辞令抜きで接することの出来る「同期」となっていく。士官になっていく彼らにとって、貴重な横の繋がりなのだ。
「でも、松本や朝倉も海軍に来れば良かったのにな~」
「静巴さん、あの二人は自分の志す道を選んだんですから」
半年間、交流の深かった百合子と千里。
源三郎と静巴、依子は海軍を志し、一方で百合子は陸軍を、千里は空軍を志して道を進んだ。
志願書を提出した時の真剣な目、今でも覚えている。彼女らも考えた末の結論だったのだろう。
「陸軍空軍間で、気軽に話せる同期がいる。要は、意思疎通の出来る相手が居ると思えば、悪いことではないでしょう」
「まあ、それもそうか」
互いの連携が密になるからな。ふむふむ…と一人納得する静巴。
ま、考え方は合っているから問題ないか。
「それより、着任式の数日後に早速練習遠洋航海に出るって知ってますか?」
「…え?それ本当か?」 静巴は、源三郎の言葉に耳を疑う。
「はい(そういえば、海軍志願組への説明会の時に、遠洋航海の紹介があったんだけど…静巴さん、グッスリと寝ていたもんなぁ)」
その後、依子に連れられてた静巴は九七式爆薬で無理矢理起こされたのだ。あれは、忘れようにも忘れられない思い出の一つ…
「よぉし!練習遠洋航海でイ」
「残念だけど男女別よ」
「な、何だと…」
依子が放った現実は、静巴を容易く撃沈へと誘う。
「で、でも私はめげないぞ!」
「寧ろめげて訓練に専念しましょうよ…」
静巴の謎の執念さに、源三郎は呆れて溜息を吐く。
海軍の入隊式が終わるなり、さっそく三人(正確には一人と二人)は練習遠洋航海へと出発した。
乗艦は源三郎が香取、静巴と依子が鹿島。いずれも鬼瓦工業造船所で生まれた練習巡洋艦である。史実よりも4年「早生まれ」での竣工である。
香取の露天甲板― 毎朝の日課である甲板清掃をする為、甲板に出る候補生達。「…」
源三郎は、デッキブラシを使って一人煙突と通信室の間を清掃していた。「…ん?誰だ」
だが、背にしている煙突から視線を感じたのか、煙突の方へ振り向く。「あら?私が見えるようですね」 第一種軍装を着用した女性が立っていた。黒髪で肩までの短髪は、潮風に揺らされて威風堂々という印象を受ける。「あ、失礼し」「敬礼は良いですよ。何せ、私は本来見えない存在ですから」 女性は、源三郎の敬礼を抑える。
「え?」
源三郎は、女性が何者なのか理解が進まない。第一種軍装を着用しているので、上官には違いないのだが…
「おい、山塚。手ぇ止まってるぞ」
「あ、はい!」
そこへ、見回りをしている教官に声を掛けられた。
「潮風に当たっていたい気持ちは、分からんでもないがサボるなよ?」
「了解しました。以後気を付けます」
源三郎は、教官に敬礼をして教官が立ち去るのを見届けた。
だが、この間の教官の動きは女性に対して一切声を掛けず…まるで、見えてないかのような動きをとった。普通、声を掛けるのが自然な動きであろう。
「あなたは一体…」
「ふふふっ。それはまだ秘密です♪」
女性は、ウインクをしてお預けを宣言した。
一方、鹿島に乗っている静巴と依子も甲板清掃をやっていた。
鹿島の露天甲板―
「静巴、早くしてって」
「う~ん…船酔いしてるから医務室に…」
「船酔いなんてしたことないでしょ?」
ソーフ(雑巾)を右手に、グダグダになっている静巴を左手にした依子が水密扉から顔を出した。
「もう、潮風にでも当たってなさいな」
依子は、グダグダしている静巴を潮風に当てる。
「あ~潮風が気持ち良い…んんっ? お、おおおっ!」
「な、何? どうしたのいきなり?」
グイッと袖を引っ張り出す静巴。依子は、危うくソーフを落とすところだった。
「あれ、あんな人乗ってたっけ?」
静巴の目線は一人の女性に向けられていた。
第一種軍装を綺麗に着こなし長い黒髪は潮風でたなびいていた。腰には長めの直刀(反りのない真っ直ぐな刀)が差されていた。
見慣れない人だな―
「これはおいしそうだな…食べ」
「ダメよ静巴、教官だったらどうする気?」
「いや、あれは教官じゃないよ。この艦の主だ」
「主?でも艦長はあの人じゃあ…」
「艦長ではないよ。―今にわかるさ」
いつの間にか、暴走寸前モードから真剣な目つきに変わっていた静巴。言われたことがサッパリわからず、静巴と共に謎の女性へと視線を向けた。
艦舷で水平線を見つめる女性。そこに艦首方向から候補生が歩いてきた。
「あれっ?敬礼しない?」
第一種軍装は士官しか着用しない。そして依子を含む候補生は士官の中では最低階級である。
つまり第一種軍装を着用した者がいれば、それは間違いなく上官である。必ず敬礼をすることになっているのだが―
「どういうことなの?」
「これは艦魂ってやつだ。第一軍装なのは軍艦だからと思われる」
艦魂とは一体何者であるか。依子には、まだ理解出来なかった。だが、一つだけ分かることがある。
「じゃあ何で私達には見えるの?」
「相性とかそんな感じだと思う。何せ、こういった霊的要素は解明できてないことが多いんだから」
「そんなもの?」
「そんなものさ。だから…」
再び暴走モードの目になりつつある静巴。息が荒くなりかけている。
これは飛び掛かるつもりだと悟った依子は、とりあえず静巴の右腕をしっかりと掴んでおいた。
「ダメよ静巴。やるなら夜にしなさい」
「夜戦ならいいということだな!」
「あのねえ…」
いつもの静巴に呆れる依子。
〝トントン〟
「旭日宮さん、起きてください」
「う~ん…」
ナフタリンの匂いがする毛布から、もぞもぞと顔を出す依子。
廊下につけられている赤灯をバックに、黒い人影が自分を起こしにきたらしい。
「そうか…寝てしまったようね…」
「夜間見張りの時間です。露天甲板へお願いします」
赤灯の僅かな光で帽子を被り、手探りならぬ足探りで靴を履いた。
若干ふらつきながら立ち上がり三段ベッドの中段(最上段は未使用)を手で探る。
「あれ?」
いない。いつもであれば「あと5日~」とか言って出てこない静巴がいないのだ。
「山口さんなら、5分ほど前には露天甲板にいましたが…」
「5分前?どういうこと…」
あっと思い、起こしに来た同期候補生を突き飛ばして部屋を出る。
自分が昼に言った、「やるなら夜にしなさい」という言葉が頭の中に響いていた。
「ハッ…ハッ…」
息を荒げながら露天甲板についた。バーンと開け放った水密扉から見えたのは―
「ギャアアア!姉さーん!」
「ほれほれ〜よいではないか〜よいではないか~」
まさに予想的中。
悲鳴を上げる女性。女性が着ていた第一種軍装を、息荒げに剥いでいる静巴の姿がそこにあった。絶賛暴走中である。
「おお依子!依子も入りたいのか!?」
「そんなわけないでしょ…源三郎に怒られるわよ?」
「大丈夫だ!そんなことある訳」
「静巴サーン…何ヤッテンッスカー…」
突然、背後から源三郎の声が聞こえた。
まさかと思って振り向いた先には―
「ヒィィィィィィィィィ!」
「そんなにびっくりしないでくださいよ依子さん。終わったらすぐ帰りますから」
突然現れた源三郎。腰を抜かしている依子をよそに、持っていた縄で静巴を縛り始めた。
「いいい、一体どどどうやって!?」
「香取の艦魂を通じてですね、鹿島の艦魂が襲われていると知ったのですよ。それで静巴さんを止めに連れてきてもらったわけです」
いつの間にいたのか、もう一人第一種軍装の女性が立っていた。
「鹿島、もう大丈夫よ。」
「ね゛え゛さ~ん!」
鹿島の艦魂が、もう一人の女性へと半泣きしながら飛びついた。
こちらは黒髪でも肩までの短髪だ。夜だからよく見えないが、顔立ちは非常に似ているようだ。それから腰に刀ではなく円盤状のものを吊る下げていた。
「初めまして。私は香取の艦魂です。妹がお世話になっております。」
「あ…いえ…」
まだ腰が立たない依子に深々とお辞儀をする香取(の艦魂)。
一方、源三郎は静巴のちまきを完成させていた。
「鹿島、貴女を助けて下さった源三郎さんにお礼を申し上げなさい」
「はい!私は香取型練習巡洋艦、二番艦の鹿島です!お助けいただき、ありがとうございます!」
元気よくお辞儀する鹿島。
ここへ来て、ようやく依子は状況を悟り始めた。
おそらく鹿島が静巴に襲われていることを香取が知り、助けるために源三郎を連れてきたのだろう。
艦魂―彼女らは一体何者なのだろうか…
「やっぱり鹿島の艦魂だったんだな!ところで源三郎君、この縄解いてく」
「ダメです。明日まではちまきになっててください」
「デスヨネ~」
ちまきの状態から器用に起き上がった静巴。どうやらこの格好で見張りをするらしい。
「なかなか面白い人ね」
「姉さんもそう思います?」
竣工して以来、新兵から司令官まで様々な人物を見てきた香取。
この人物たちには何かを感じる。言葉にすることはできないが、未来を変える力があるように思える。
たった小一時間で、香取にはそんな感情を彼女らに抱いた。




