~…入れるんですかね?~
「あの頃の士官学校の入試は、本当に士官不足で募集しているのかと思うぐらいギャップを感じた」*横須賀士官学校OBのブログより抜粋
*尚、この章は諸事情により私が骨子を作成して天城孝幸殿が執筆しました。御承知の上で御覧頂けると幸いです。
“バサバサ”
「わっ!静巴さん、本を投げないでくだs」
「これを見るんだ源三郎君!ジュトランド沖海戦の記録があったんだぞ!」
やれやれと、思いっきり投げつけられた本に目を落とす。
(軍艦霧島、戦闘詳報…)
ここは鬼河の書斎。…というより雑務部屋だ。
なんでこんなものがあるのかと、不審に思いつつもページをめくった。
「えーと…〝1550砲撃命令受電、1552敵先頭艦目標ニテ射撃開始ス〟…か。」
「ドイツ巡洋戦艦部隊との貴重な記録だ!こっちには比叡のもあるぞ!」
どうやら、金剛型はイギリス巡洋戦艦部隊に混じっていたらしい。こまめに針路を変更する命令が文章の上を飛び交っていたが…
〝ガチャ〟
「なんだお前ら、まだここで遊んでいたのか。」
「遊んでいるわけではないですよ。鬼河さんが何にも教えてくれないからです。」
不満そうな顔を鬼河に向けた。
「こまごまと説明してる暇なんぞなかろうが。それより、ホラッ。」
茶封筒を放り投げる鬼河。
「ととと…。なんですかコレ?」
「受験票だ。それから身分証明もオマケしてやったぞ。」
中には『横須賀士官学校入学試験受験票』と、うやうやしく書かれた紙。それから戸籍謄本らしきものが入っていた。
「おお!私たちの愛の巣の在り処を示した、モゴモゴ…」
「ありがたく、頂戴しておきます。…それよりも、」
静巴の口を押さえてつつ、霧島の戦闘詳報へと視線を向けた。
「なんでこんなものがここに?戦闘詳報なんて、そうそう手に入るものではないでしょう。」
「それは写しだ。まあ、それでも苦労は尽きなかったがな。」
他にもあるぞ。金剛の戦闘詳報とか、掠め取ってきた長官の日記まで何でもござれだ。
「おおっ!源三郎君、これを見るんだ!」
「なんですか?〝7月16日、天気は晴れ。旅館で接待。隣の女性士官の胸が…〟」
「あ゛ーあ゛ー!それは俺の日記だ!勝手に見るんじゃないっ!」
「源三郎君、君もこういう日記をつけて…」
「見ませんよ。とりあえず、必要な物はお借りしますよ。」
金剛型巡洋戦艦の戦闘詳報をまとめた源三郎。
「他にはっと…」
「そうだ、コレは持ってくといいぞ。」
ホイっと渡された本は…
「士官学校過去問題…」
そして、士官学校の入試当日…
試験会場は、横須賀港にある士官学校内であった。窓に目を向ければ、停泊中の巡洋艦を見ることもできる。
(うー…)
が、源三郎にそんな余裕はなかった。
(そりゃこんな問題内容じゃあ、士官が集まるはずもありませんて…)
『敵戦艦隊との予期せぬ衝突において、貴君が水雷戦隊指揮官である時、敵艦隊を撃滅する最善の策を考案せよ。なお編成は敵艦隊が…』
(戦艦隊に水雷戦隊がって、どうしろと言うんだ…)
現代のように情報が溢れているわけでもない時代、水雷戦隊が何なのかすら理解できていない者も多いはずである。
(いくら選抜試験とて…)
と、時計を見れば残り10分。
(ちょ、まだ半分も終わってないっ!)
隣で寝息をたてている静巴を横目に、慌てて鉛筆を走らせる源三郎。
〝キーン…コーン…カーン…コーン…〟
「どうだ源三郎君!なかなか骨のある問題だったな!…源三郎君?どうしたのだ?」
「ううっ…今だけは話しかけないでクダサイ…」
終了間際など、鉛筆を窓から落っことすほどの慌てっぷりを披露した源三郎。
「この後は…どうやら実技らしいな!」
「まあそのようですが…うん?」
廊下に受験者が集まり始めている。
「源三郎君!私たちも行くぞ!」
「え、ちょっ…わっ!」
思いっきり手を引かれ廊下へと連れ出される。
どうやら大判の紙が貼ってある。早くも合格者の発表だろうか。
『うわっ!あった!』
『ああ~ない。』
喜びと悲しみの声が交じる中、もみくちゃにされながら自分の名前を探す。
「えーっと…」
ないな、もっと下の方か…。
「…あれ?あれれ…?」
二・三度確認した。あるはずの源三郎の名前がない。
「うわ…やってしまった…。」
「源三郎君!あれを見るのだ!」
「はいはい、静巴さんはあってよかったですね…。」
悲しいというより恥ずかしいというか、鬼河さんに何て言えば…
「そうではない!見るのだ!」
グイッと首を上に向けられた。目に入ったのは『筆記試験〝不合格者〟一覧』
「あ、そですか…」
なんだかドッキリを仕掛けられたようで、腰が抜けてしまう源三郎。
「というか、不合格者多すぎません?」
人ごみから抜け出し、名前の多さに驚く源三郎。
「選抜試験というからには、これくらいやってもらわないとな!」
「静巴さん、ドヤ顔してないで行きましょう。」
時間に遅れて落とされては困ると、実技試験の会場へと向かった。
そしてその夜…
「いててっ!」
「我慢しろ。今日やらないと、明日動かなくなるぞ。」
実技試験でアチコチ痛め、鬼河の(自称)痛み軽減マッサージを受けているところだった。
「それくらいで身体を痛めるとは、源三郎君もまだまだだな!」
「静巴さんは、私をなんだと思ってるんですか。普通の人間です…いてっ!」
(まあ実技試験はキツイからな)
現代の体力テストを魔改造した実技試験。持久走は20キロを超える装備で走るとか、正気の沙汰じゃない。
「これが士官不足の理由でしょうね。」
「何回か改善を打診したんだがな、特に筆記試験。」
「何であんな問題ばかりなんですか…」
「上はどんな状況にも物怖じしないエリートを求めてるってこった。つまり…」
鬼河は静巴を見た。
「アレみたいな変態を欲しがってるというわけだ。」
「なるほど、納得しました。」
「へ、変態とは失礼な!私は一人前のレディだぞ!」
どうやら怒っているようだ。
「ところでオッサン、結果発表はいつなのだ?」
「オッサンは余計だ。…明日には出る。」
まるで選挙の開票速報だなと源三郎は思った。
それから二週間、二人は再び横須賀士官学校に姿を現すこととなった。
『至誠に悖る勿かりしか、言行に恥ずる勿かりしか、気力に…』
帝国海軍の訓戒、五省の唱和である。
静巴は講堂の中央列、かなり前の方で面倒くさそうに声を出している。対して源三郎は左側の列だ。いつも行動を共にしている二人が、なぜ分かれているのか。
答えは単純。静巴は最高位の「甲種合格生」、源三郎は「乙種合格生」、つまり合格者内にも「ランク付け」が存在するのである。
『以上をもって、横須賀士官学校入学式を閉式する。』
入学式が終わると同時に、静巴は急いで源三郎のところへと駆け寄る。
「ちゃんと唱和してないでしょう?静巴さん。」
「な、なぜわかったのだ!?」
「静巴さんのことぐらい、だいたいわかります。」
静巴が反論しようとした時、
「あら、その方があなたの恋人なの?」
不意に声をかけられ、二人は振り返った。