我、臨検ヲ敢行ス!
水雷士…水雷士ノ任務ハ水雷長ノ命ヲ承ケ服務シ共ノ業務ヲ分擔(分担)シ補助スルニアリ。
尚水雷士ハ水雷長所掌ノ業務ヲ補助分擔スルノミナラズ、水雷長事故アレバ之ニ代リテ共ノ職務ヲ継承シ得ルノ自信ト覺悟トヲ有セザルベカラズ。
(水雷士勤務参考より抜粋)
〝貨客船らしき船舶、更に接近!〟
見張りから不審船の報告を受けたのは、上海まであと40海里程度に迫った時だった。
入出港の報告にない貨物船が一隻、こちらに向かってきたのだ。報告漏れの可能性が捨てきれない以上、下手に攻撃を加えるわけもいかない。
ここで攻撃を上申しようものなら、高雄の艦橋は更なる混乱を招き、収拾がつかなくなるだろう。
〝現在、距離6000!更に近付く模様!!〟
更に近付く不審船は、秋雲に接近するような針路を取っていた。
「とりあえず、貨客船に転針せよと伝えろ。発光信号打て」
カシャカシャ、という投光機のシャッターが動く音。
電鍵を打つか迷う距離であるが、高雄との通信が飛び交っている最中に邪魔をしたくなかったのだろう。
〝送信終了!〟
「返信が来たら直ぐに知らせろ」
だが、一向に返信が来ない。それどころか、段々と近付いて来る。
「どうなっている!」
〝まだ分かりません!〟
次第にざわめき出す艦橋。
源三郎は、通信室に顔を出してみた。どうやら旗艦の高雄では貨物船をめぐって混乱が起きているようだ。とりあえず、持ち場に戻ろう…
そんな艦内でも水雷科は静かだった。
「うーん…おやっさん!ちょっといいかな?」
源三郎は、水雷科の皆がおやっさんの愛称で慣れ親しんでる現場叩き上げの古参水雷班員を呼ぶ。
「なんだい若頭?」
魚雷を磨いていた、程よく日焼けをしている初老の兵曹長が振り向く。
「若頭っていい加減やめてくれないですかね」
水雷長の下である水雷士とは言え、若頭は流石にないでしょ。
そんなことを嘆きつつも、不審船の船尾あたりに指を指した。
「もしあの貨客船が特設巡洋艦だった時、スクリューを魚雷でぶち壊したいんだけど出来るかな」
特設巡洋艦とは仮装巡洋艦に相当する軍籍船舶で、見た目は何処でもいそうな民間船舶なのだが砲や機銃を巧妙な偽装で隠し持っており、交戦国籍の民間船舶を襲撃して回るれっきとした通商破壊工作艦である。但し、装甲などはお察しして頂きたい。
「難しいけど出来るよ」
「おやっさんが出来るって言うなら出来るね。じゃあ皆!準備準備!」
「「「おお!」」」
川内との演習から着々と実力が着きはじめて、水雷科の班員の士気は盛り上がっていた。
だが、独断で魚雷発射準備をするのも中々大胆である。
「とりあえず、信管を一番鈍くして…」
〝貨客船より発砲!!〟
カンカンカン!と、魚雷発射管の盾に銃弾が掠めて行った。
「…おやっさん」
「…やっちまうか?」
言われるまでもねぇ。
水雷科の班員全員が目の色を変えた。それはもう光っていた。怒りが燃えるの如く…
〝魚雷発射管!被害はないか!?〟
「被害は盾に銃弾が走りました。機能に問題なし。…報復していいっすか?」
〝…ん?最後がよく分からんのだが…〟
艦長は、源三郎が言った言葉を聞き直す。
「いえ、攻撃しても…」
〝ま、待て!〟
伝声管から騒がしい声が聞こえてくるが、水雷科員はお構いなしに魚雷戦の準備をしている。
「艦長、聞いて下さい。旗艦である高雄の司令部は混乱しております。このまま待っていては、時間だけが過ぎていくでしょう。実質的な攻撃側である我々にとって、時間の経過は喜ばしいものではありません」
〝それはそうだが…〟
「敵艦は小口径の銃弾とはいえ、既に本艦に向けて発砲しました。反撃する理由は成立しておりますよ?」
だいぶ割引したが、やられたまま黙っていられるか!という水雷科員の本音が見え隠れしていた。
〝しかしここで攻撃をすれば、予想できない援軍をおびき寄せる結果になるかもしれんぞ?高雄の混乱にも拍車をかけるだろうし…〟
「上海40海里内ですよ。黙視でもギリギリで見える範囲です。援軍が到着する前に片付けることができます。上の混乱は艦長が納めといて下さい」
ま、まてっ!今は状況が…という艦長の焦る声を無視して伝令管を閉じた。
「魚雷戦用意!1番射角90!信管設定は…」
どうするべきか?
一番に鈍く設定すれば、特設巡洋艦程度の装甲で起爆しないであろう。即席不発魚雷の完成だ。
しかしそれでは効果が薄い。大きな被害を与えず、かつ威嚇の効果を発揮するには…
「若が…水雷士、あえて信管を過敏にしてはどうかね?」
「過敏に?」
「やったことはないが、一番鋭くしたら艦の起こす波で反応してくれると思うんだが…」
その言葉を聞いた瞬間、ふと源三郎の頭に浮かんだことがあった。
どこの海戦かは忘れたが、信管設定を過敏にし過ぎたおかげで航跡に反応して早爆を起こした例があった気がするな。
出来るかもしれない。いや、おそらく可能だ。
「やってみよう」
「うまくいく可能性はありませんがね」
「問題ない。恐らく貨物船の横を通過するように撃てば、ちょうど舷側で爆発してくれるだろう」
「言い切れる水雷士の頭はどうかしてるんですかな?」
ニヤニヤと笑うおやっさん。
「時間が無駄にならないうちにとっととやる」
「了解っ!」
ウイーンと唸るモータ。そして、水雷科員が信管を次々と過敏に設定していく。
「雷速50!調停深度5に設定!信管調停は一番過敏にしろ!」
訓練通りに動いて直ぐに調整が終わる。猛訓練の賜物だ。
「魚雷1番、準備良し!」
準備が整った。形式だけでも艦長に命令をもらおうと、伝令管のふたを開ける。
「魚雷発射準備完了!」
〝…どうせ言っても聞かないんだろ?〟
「聞かないといったらどうするおつもりですか?」
〝…1番、魚雷発射〟
呆れたような艦長の声。
しかし命令は受け取った。
「魚雷発射!」
艦長の命令を復唱しつつ、発射ボタンを押す。
バシュッ!という圧縮空気の排出音と共に4本の酸素魚雷が飛び出していった。
「魚雷発射よし!到達まで2分16秒!」
左手で時間計測用の時計をスタートさせた。
魚雷たちは瞬く間に50ノットという速度に到達し、不審船改め特設巡洋艦へと突進してゆく。だが、今回は実戦で初の実弾頭酸素魚雷を使うのだ。
水雷科全員に緊張が走る。
〝貨客船更に発砲!〟
伝声管から貨客船の状況が聞こえて来た。内容と迫力から見張員だろう。
砲弾が魚雷発射管の目の前で弾着して水柱を上げた。
見れば甲板上に、簡易式の単装砲が乗っている。
「うおっとと…ちと危ないね」
言葉とは裏腹に笑いがこぼれる。
だが、伝声管から聞こえる内容と迫力は源三郎とは対照的だった。
〝主砲は敵特設巡洋艦に対し、威嚇射撃始め!〟
艦橋からは艦長が砲術科に対して命令を下している。
〝危険です!射撃を放棄し回避行動に移ります!〟
かと思えば、副長がそれを制して回避行動を進言している。
まあ、艦長は艦長だからな。心配なのだろう。
〝旗艦高雄より入電!秋雲、現状ヲ報告セヨ!〟
今度は通信室まで流れ込んできた。あ、俺が元凶だってバレたらまずいな。これは…
直ぐ目の前で、もう一つ水柱が上がった。秋雲が揺れる。
大丈夫だよ。こいつは沈まんさ。
「魚雷命中の予定時刻まで、あと5秒!」
秒針が2分16秒へ差し掛かりつつあった。
「3…2…1…今!」
仮装巡洋艦の船尾に水柱が立った。それは秋雲の艦橋よりも高いものだ。
「敵特設巡洋艦に一発見舞いしましたね」
「流石に懲りるだろう」
源三郎とおやっさんは、仮装巡洋艦の動向を警戒する。
数十分後、高雄が現場に到着して特設巡洋艦へ降伏勧告を伝える。特設巡洋艦は沈黙したままだが、各艦から臨検隊を派遣する事が決定した。そして、秋雲からも百合子率いる遊撃分隊と源三郎が〝秋雲臨検隊〟として送り出される。
「全員乗艇しました!」
「よし、出してくれ」
駆逐艦秋雲から作業艇が離れる。空気が押し出されるような排気音を立てつつ、ゆっくりと進む。
今日はうねりが強いな。作業艇の先っちょが上下にゆっくりと動いている。
「早く行けんか…」
遊撃分隊の女性軍曹が呟く。苛立ちからくるのだろうか。作業艇を操縦している水兵は、スロットルと舵を操ってうねりが弱いところを狙いつつ特設巡洋艦に向けて作業艇を進ませている。
しかし、今日は本当にうねりが強い。もっとも、強かった時は乗艇時点で全身びしょ濡れだったが…
「きゃっ」
百合子がうねりの強さあまりに後ろに倒れこんできた。
「松本少尉、大丈夫ですか?」
無事後ろで支える俺。
「大丈夫だ、問題ない」
離れて姿勢をただしてる百合子を見ると…問題しかないです。顔面はもちろん、鉄帽からはみ出している髪は濡れて光を反射させる。あと、胸元もラインがくっきりと見えるほど濡れてますぜ。
やがてうねりが収まって船の側面にある窓から中が窺える距離に近付いた。高雄・愛宕から派遣された臨検隊の乗る作業艇が集まっていた。更に、川内が特設巡洋艦に横付けして臨検隊を送り込んでいた。
一旦川内に移乗という形で、特設巡洋艦に乗り込んだ秋雲臨検隊。
そこで、川内の臨検隊が特設巡洋艦の船長らしき人物と話し合っていた。言い争い…ではなさそうだ。だが、船長らしき人物はむしろ臨検隊に対して説得を試みているようにも見えた。
〝愛宕隊報告!救助艇から迫撃砲を発見!〟
後ろから大声が聞こえた。迫撃砲か…海賊船を追っ払うには良いな。まあ、この時代に居るかだけど…
〝高雄隊!野砲を発見!露助(ソ連)のです!〟
姿を隠していたシートが剥がされた。その姿はどう言い訳しようとも通じない、ピカピカのソ連製の野砲だった。
〝川内隊!高射砲を見つけました!!〟
ここまで来たら何でも有りだな、探せば探す程どんどん出てきそうだ。完全に貨客船と偽装した特設巡洋艦ですね、本当にありがとうございました。
ここで抱いていた不審感は払拭されたが、新たにある疑問が脳裏に浮かんだ。
特設巡洋艦とは日本側の呼称で、仮装巡洋艦を指す。仮装巡洋艦は、交戦国籍の民間船舶を襲撃して回るれっきとした通商破壊工作艦だ。ならば、その定義を当てはめると駆逐艦秋雲に接近することは、この定義に反することになる。
もし、自分が仮装巡洋艦の運用責任者ならばそういうことは絶対にしない。相手は民間船舶ではなく、ガチガチに武装を施されている上、その武装を自在に操る程度の錬度を誇る人材が揃っている戦闘艦だからだ。正面きっても、奇襲的な先制攻撃しても、反撃されれば勝ち目なんてほとんどない。
そんな危険を顧みずに接近してくるとは正気とも思えない。もしくは、危険と引換にして何かを得ようとしているのでは?…と考える。
「松本少尉、少しよろしいですか?」
「何かな?山塚少尉」
名字で言われると新鮮味があるな。…じゃなくて。
「特設巡洋艦は、民間船舶に狙いを絞って襲撃するのが常套手段なんです。それなに、完全武装した駆逐艦に接近して攻撃を仕掛けるのは不合理としか思えないのです」
「つまり、行動が怪しいから何かあると?」
「そうです。杞憂であればいいんですが…」
杞憂じゃないと勘が言ってきてるんだけどね。
「なるほど…海軍に関しては貴官が詳しい」
微かだが、百合子の口元が緩んだ。楽しんでいるのか?それとも…
「では、我遊撃分隊は船内を捜索するとしよう」
え?やっちゃうの?百合子の言葉に、並々ならぬ危機感を覚えた。
「でも、他の臨検隊は甲板しかやってない。川内隊はまだ船長さんみたいな人と交渉中だが…」
幾ら臨検とは言え、船内を強行的に捜索するなど、独断専行をしていいのだろうか?
「そこの船員!ちょっと尋ねたいことがある」
って聞いてねぇ!だめだこりゃ!!
百合子は、ぶらぶらしていた船員を掴んで情報を聞きだそうとしている。
船員は、かなりおどおどしてて挙動不審だ。だが、百合子が笑顔を見せるとその挙動不審もなくなっていった。
「…なるほど、分かった。これはお礼だ、受け取れ」
百合子は、ポケットから紙包みを取り出して船員に渡す。船員は中身を見ると、百合子に話し掛ける。
日本語ではないから詳細は分からないが、雰囲気的に報酬が思いの外良かったのか更に情報を伝えているようだ。
船員は走り去って、百合子が目の前に近付く。
「山塚少尉、貴官の疑問は杞憂ではないのかもしれない」
え?どういうこと?
百合子の意味深長な言葉に、思わず考え込んでしまう。
「見取り図を貰った。あと、船内の中央部に位置する倉庫室に中華共産党が武装をしてて、四六時中ずっと倉庫室を見張っているようだ」
中華共産党…ますます現実味を帯びてきた。政治が絡むと、軍事的判断よりも政治的判断が優先されて、軍事的常識を逸脱する行動に出る。良い例が、この特設巡洋艦の不合理な行動が良い例だ。
「では、行動を始めよう。山塚少尉も来るでしょ?」
雲のように無限に広がる疑問を払拭したい。
「勿論だ」
なら、着いていくしかないな。
遊撃分隊は、船内へ通じる入り口に集まった。
「着剣及び装填」
技研から押し付けられたという、〝試製自動小銃〟に銃剣を着けて、コッキングハンドルを引く。ハンドルから手を離すと、内部にあるリコイルスプリングでハンドルが元の位置に押し戻される。その時に、弾倉に収まっていた弾薬がボルトにより薬室へ押し込まれる。そして、銃口の直ぐ下に銃剣を装着する。
どっからどう見ても、アサルトライフルの概念を取り入れた歩兵銃だった。ドイツが開発・実戦投入したStG44を模した形で、銃床を曲線から直線に変えたり、弾倉も曲線から直線に変えたりと日本で出来る範囲を基準として作られていた。
「山塚少尉、君の得物は?なかったら私の拳銃を貸すが…」
「大丈夫です。拳銃ならありますよ」
そう。ガンルームで百合子が渡してくれた、木箱の中身がこの拳銃だった。
脇に装着するショルダー型ガンホルダから取り出した拳銃は、日本軍が制式採用している拳銃とは明らかに違っていた。
「変わった拳銃だな?」
百合子は、この拳銃に興味を示したがそれも当然のことだ。このM92はこの時代に存在しない。
「静巴さんからくれたもので、まともだったものってないですよ」
いやこれ、ある意味まともと言えばまともだが、流石にこれを説明するのは気が引けるので、静巴さんというキーワードを繰り出して追求を断念させようと試みる。
「それもそうか」
案の定、あっさりと引いてくれた。
本当なら制式採用の拳銃を使うべきだし、源三郎もそれが良いと思っていた。だが、送り主が静巴である。大方、技研と大国の主を行き来している時にこのM92を拝借して来たのだろう。
こいつの仕様は、マガジンに弾薬残量確認用の覗き穴や各部品チタン合金使用というスペシャル仕様、らしい。実はあの木箱に銃と一緒に入っていたメモにそう書いてあったのだ。全く、あの人は本当に考えても無いことを平然としでかすから困ったものだ。
溜め息を吐きつつ、スライドを手前に引いてオープン状態にする。スライドストッパーを解除して、リコイルスプリングの力によりスライドが戻る。同時に、弾薬が薬室へ装填される。
「山塚少尉は私の後ろに着いてくれ」
「分かりました」
銃の使い方は横須賀士官学校の時に習ったが、近接戦闘(いわゆるCQB)の訓練はやったことがない。正に、ぶっつけ本番である。
「突入用意」
百合子の号令で分隊の三人がドアの前に立つ。一人は、ドアノブに手を掛けて開く準備をした。あとの二人は、銃を構えて突入できる態勢を整える。
「では、突入」
百合子の合図に、ドアノブに手を掛けている兵士が頷く。そして、銃を構えている二人にも頷きをかけてドアノブを回して1/3ぐらいまで開く。
銃を構えた一人がドアの先にある状況を目視する。銃口を左右に振って安全を確認する。
すると、左手を目の高さまで上げて前に倒して中へ入って行った。
もう一人は、銃を構えたままドア直前まで近付いて先行する兵士を援護する。
「続け」
百合子は分隊に突入の指示を出した。ドアは、既に完全開放されていた。
「ここからは手信号を使う。着いて来いよ」
「おうよ」
雰囲気だけで読むのは慣れている方だ。
「(敵影なし)」
「(進め)」
ハンドサインで部下とのやり取りを行っている。
廊下には中は人気が無かった。不気味に思いつつ、周囲を警戒しながら等間隔で吊るされている白熱灯を頼りに進む。昼間にも関らず、船内は暗い印象を受けた。
見取り図を再度確認する。どうやら、この先にある階段を下れば倉庫室の階に着くそうだ。
「(行って来い)」
「(了解)」
斥候役を二人選んで送り出していた。流石、専門的に訓練を積んでいるだけあって動きに無駄が無い。
「(敵影なし)」
「(前進)」
安全と確認して斥候役に続く。足音を立てずに、壁に沿って階段を下りて行く。
「敵だー!」
ん!?あ!!
最悪だ。中華共産党の戦闘員と鉢合わせした。
百合子は気付いて自動小銃の銃口を戦闘員に向けた。だが、その前に戦闘員が引鉄を引くのが早い。
「百合子!」
気付けば身体が勝手に動いていた。左肩で押し出すように百合子へ突っ込んだ。
右肩に何か違和感を感じたが知ったことか!
「このやろう!」
半ば怒り任せにトリガーを引いて反撃する。
反動と共に銃口が上に向いた感覚が伝わってきた。銃弾が戦闘員に向かって行った証拠だ。
目の前で戦闘員が倒れこんだ。まるで、糸が切れた操り人形が力なく崩れ落ちるそのものに。とりあえず、俺はあんな風に人生終わりたくないな。
「そこどけぇ!」 更に、増援として来た戦闘員三人。だが、振り向き様に銃弾を送り付ける。この際、全部額に照準を合わせた。
今度は銃口が上下した。戦闘員ら三人は、銃口からフラッシュがたかれた一瞬を置いて糸が切れた人形みたく全員崩れ倒れた。「源三郎!」
後ろから百合子が駆けつけて来た。心配そうな顔をしている。「ああ、百合子か。急ごう、時間があまり無い」
M92の弾倉を抜いて残弾を確認する。残り九発か…「源三郎待ってくれ!怪我をしているじゃないか!」
ん?傷口?…あ、右肩の違和感ってこれか。「そンな言ってられっか。それより、この船には必ず何かがあるはずなンだ」「何って…それは何だ!」 それを確かめる為に俺はここに居るんだ! 百合子の腕を強引に引っ張って連れて歩き出す。頭の中に叩き込んでいる見取り図を頼りに倉庫室を目指す。
3つ目の角を右に曲がって次の角を左に回れば直ぐに着く。途中何回か銃撃音が聞こえたがそれも無視だ。「待て!この先は倉庫室だが、警備が厳重かもしれん!」
そんなことを言う百合子を横にそのまま飛び出して突っ込もうとする俺。
だが、最後の角を曲がろうとしたら百合子に腕を引っ張られた。
小声でもう一度警告してきた。流石に好き勝手やったので従うことにしよう。「ここは私に任せろ」「分かった」 ここで、先頭が百合子になって慎重に進む。
「日本軍はどうした?」「分からん。銃撃戦が発生したとしか分からん」
案の定、百合子の言うとおり倉庫室前には警備役の戦闘員が居た。二人だけのようだ。左に背の低い男。右に少し小太りした男だ。
「…左やる」
「…分かった。じゃあ右を私がやるわ」
せ~の!
二発の発砲音が木霊した。
その直後に、人間の姿をした物体が二体倒れた。
百合子と共に前後を警戒しつつ倉庫室へと近付く。
「無事辿り着いたわね」
「今の銃撃音に反応して増援が来る可能性もある。周囲を警戒してるから、倉庫室を開けてくれ」
「分かったわ」
百合子は、倒れている二人のうち背の低い戦闘員の腰に着けていた鍵を強引に取り外して、倉庫室のドアの鍵を開ける。
「開いたわ」
「よし!中を確認しよう」
M92をホルダに収めて、倉庫室のドアノブを動かす。
扉が開いた。だが、目の前に広がった光景は驚くべきものだった。
ここに居るのは、全員欧米人だ。乗船してから感じていた数々の疑問がすべて一瞬でわかった。恐らく国際共同租界地在住だろう。欧米人の目は、怯えているような雰囲気を感じた。
「皆さん、大丈夫です。私らは大日本帝國軍人です。あなた達を助けに来ました」
とりあえず、英語で敵ではないことを伝える。全員が全員分かるはずない。だが、少なくとも安心させなければ混乱を招くだろう。
「隊長!ご無事でしたか!!」
丁度、分隊の皆が到着した。
「ああ、とりあえず、皆聞いてくれ。倉庫室に閉じ込められた欧米人の警護をしてくれ。訓練は受けてるな?」
〝了解!〟
やれやれ、共産党がやる手は汚いな。
貨客船(特設巡洋艦)を沈没させて、遺体は欧米人と判明させる。そして、沈没原因は日本海軍からの攻撃と訴えれば、世界中が対日戦線の幕上げになりかねんからな。
その後、保護した欧米人は高雄・愛宕・川内に分乗した。