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水雷屋へ

 水雷…水中で爆発する兵器。魚雷の他、機雷や爆雷等がそれにあたる。

〝このタンクが酸化剤タンクであり…〟

 えっと、魚雷の構造は大体分かったな。とりあえず、次の講義の予習でもするか。

〝山塚、明日の講義の予習をするんじゃない。こっちが泣きを見るじゃないか〟

「アッハイ…」

 とりあえず、準備は止めておこう。教官の顔がないからな。

〝あと田村、お前も羊羹作りの本を隠し読みしない。山塚より酷いぞ〟

「アッハイ」

 菊蔵は、悪びれもなく羊羹作りの本を鞄にしまう。

 …あいつ、俺よりもやりよる。

 まあ、俺と一緒に勉強しただけなんだがな。

 源三郎と菊蔵は、水雷学校始まって以来の高成績を弾き出していた。その為、授業が詰まらなくなったので別の講義の予習や副読本を読んで授業の余剰時間を持て余していた。

〝山塚、バツとしてこれを説明してみろ〟

 教官は、溜め息を吐きながらチョークを滑らして黒板に書き込む。

 やはりそうきたか。

 教官から説明を要求された要項を確認する。

 黒板には、「九〇式」・「九三式」と書かれた文字に、上手いとは言えない絵心で魚雷の構造図が描かれていた。

 九三式魚雷と九〇式魚雷の違いか…

「はい。九三式魚雷は、前九〇式魚雷を元にして改良されてます。ですが、大きく違うところがあり、第一ではなく第二空気を使用するところです。これにより、出力・航続距離が飛躍的に向上・延長し、高速・長射程、更には搭載量増加が可能となります」

 九三式魚雷とは酸素魚雷のことであり、従来の空気を使った魚雷では高速・長射程・搭載量をバランスよく向上させることが難しかった。勿論、魚雷の口径を大型化するという手もあるがそれも限界に達しつつあった。

 そこで、空気を酸素に置き換えることで燃焼を向上させて高速・長射程・搭載量をバランスよく向上させることに成功。勿論、空気より支燃作用が強力な酸素の為、燃焼事故の確率が飛躍的高くなる難点がある。

 まあ、分かっていることなんだが…

〝その通りだ。そんなに九三式魚雷の説明してないのに、よく分かったな〟

 …あ、教科書先読みし過ぎた。まだ九三式魚雷の初期講義だったじゃん…

〝田村、お前も罰として今度は…じゃあこれ答えてみろ〟

「はい」

 今度は菊蔵が当てられた。

 教官は、九三式と書かれた下に「注意点」と書いた。

 九三式魚雷の注意点か…

「はい。九三式魚雷の注意点としては、配管内の油分を一滴残らず取り除くことです。第二空気は第一空気と比べて支燃作用が強く、最悪の場合は爆発に到る恐れがあります」

 田村は、源三郎に負けず劣らずの解答を示す。

〝お前等私の面子を潰す気か?〟

 教官の目が泣きたそうに見えたが、多分気のせいだろう。多分…

 知らんがな。



 源三郎が水雷学校で勉学に励んでいる頃、アメリカ合衆国のホワイトハウスでは秘密会議が行われた。

「我々は正義ある意志を掲げ、正義ある行動を取ることを誓う」

 時の大統領ルーズベルトは、右手を肩まで上げて宣誓を誓う。

〝我々は正義ある意志を掲げ、正義ある行動を取ることを誓う〟

 ルーズベルトに続いて、集まった一部の閣僚が宣誓を誓った。

「諸君、我々はその正義ある行動を取らなければならない。欧州の方は、やっとイギリス・フランスがドイツに対決姿勢を見せてくれた。これは好機だ」

 実際、欧州は嵐の前の静けさを呈している。数ヶ月前、ドイツがドイツ・ポーランド不可侵条約を一方的な破棄を高らかに宣言したのだ。

「しかし大統領。我々には中立法という邪魔物があります。我々に、何らかの損害が無ければこれを失効することは叶いません」

「分かっている」

 戦争によって自身の尊厳と繁栄を勝ち得たアメリカ。そのアメリカが掲げた中立法は、平和をモチーフにした金看板に過ぎない。だが、この中立法により辛うじて、議会から欧州不関与の論調を堅持しているのも事実だ。

「大統領、それについて発言よろしいですか?」

 メガネをかけた閣僚が発言を求めた。

「何かあるのかね?」

「はい、勿論ございます」

 閣僚は、大いなる自信を持って答えた。

「予想としてナチスは、あと二ヶ月でポーランドへ侵攻すると思われます」

「それだけでは、対岸の火事と扱われて中立法は突破できんぞ?」

 別の閣僚がドイツの予想行動に懐疑的な発言をした。確かに、オーストリアやチェコスロバキアの併合はナチスの強気やイギリス・フランスの弱気から産み出された物である。だからと言って何だと言わんばかりに、アメリカは無関心に近い反応しか無かった。

「それにもう一手を加えます」

 閣僚がその言葉を口にした瞬間、ルーズベルトや他の閣僚が閣僚への関心が高まった。

「我々は、海外に多くの邦人や有志を持っております。そして、我々は中国の市場獲得に向けて秘密裏に工作をしております」

「確かに中国5億人の市場は魅力的だ。だから、アジアのジャップを払い除けて八ヶ国条約を結び、米中通商条約を更新したのだ」

 八ヶ国条約とは、史実の九ヶ国から日本を抜きアメリカに都合の良い内容の国際条約である。

 ここで、史実にあった九ヶ国条約を簡単ながら説明する。

 九ヶ国条約は、アメリカ・イギリス・フランス・オランダ・イタリア・ベルギー・ポルトガル・日本・中華民国の九ヶ国が署名・施行した条約であり、内容は中国での門戸開放・機会均等・主権尊重を原則として中国権益の保護を図るものだった。だが、これは日本の中国進出抑制だったり、国境や独立権の問題がくすぶったままだったりと色々問題を残した条約でもあった。

 尚、払い除けてと言っているが、それは日本がアメリカの思惑を察知して参加しなかったことを表に出したくないという表れであろう。

「実は、ドイツ系ユダヤ人が日本の通過ビザを大量発行してドイツから日本経由で我が合衆国へ流入しておるのですが、一部は上海へ流れております」

 更に、閣僚が話を続ける。フィンランド公使館から出向した外交官が大量に通過ビザを発行している為だ。

「上海には国際共同租界があり、我が国も持っております。実は、そこに目を付けたのがドイツでありまして、近々行動を起こすという情報を得ました」

 会議は騒めく。これを口実にすれば、上海に軍隊を送れる大義名分が出来る。等々…

「これを口実にすれば、中国の市場独占の一歩が築けるでしょう」

 会議は拍手喝采。アメリカは、尊厳と繁栄を手に入れる為にはあらゆる手段を取る。それを行い易くする為には、己の掲げる正義が必要である。本当の正義等、彼らは必要としないのだ。



「校長、軍令部より緊急電報です」

 残暑真っ盛りな9月1日、蝉の鳴き声と共にその知らせはやって来た。

「うむ…」

 木村校長は、渡された電文を一読する。

「…分かった」

 渡された電文をポケットに入れる。

「明日卒業試験結果を決済しなければならなかったな」

 術科学校では、卒業試験があってそれに合格しないと単位不足となってしまい、単位不足を三回受けると術科学校を退学しなければならない。

「…全員、合格にするべきかもしれない」

 木村校長の独り言は、報告して来た教官に聞こえないぐらい小さかった。


「これ信管鈍くした方が良いぜ?」

「でも、爆発しなかったら意味無いよ?」

 いや、敏感にして早爆したらそれこそ意味無いぞ。

 源三郎は、田村と一緒に魚雷の構造について議論していた。

 九三式魚雷は、酸素を用いている上で高速・長射程・大搭載量を可能とした。だが、それ故の欠点があった。

 高速化により信管の種類が制限されてしまったことだ。高速で水中を走行する為、磁気信管が使えない。時限信管も設定を誤ると敵艦の前後で爆発する恐れがある。

 結局、衝突信管しかないのだが、信管調節で敏感にし過ぎると早爆してしまうという欠点がある。

 二人は、それをどうするべきか議論していた。

 その時、ドアからノックが掛かってきた。

「はい」

 誰だろう?

「少しよろしいかな?」

「木村校長!」

 何で校長が来るの!?

 源三郎は、驚きつつも条件反射で敬礼をする。

 田村も木村校長と気付いた瞬間に敬礼をする。

「そんなに堅くならなくても良い。話したいことがあるが、時間をくれるかな?」

 はい!喜んで!!

 源三郎と田村は、慌ただしくお茶と羊羹を準備し始める。

 その間、木村校長はテキトーに椅子を寄せて座って待っていた。

「ふむ…二人は熱心だな」

 九三式魚雷の信管についてか…

「お茶です」

「羊羹です」

 木村校長の前に差し出される。

「ありがとう。一緒に食べよう」

 はい!喜んで!!…え?

 うん、羊羹がおいしいな。これは何処で売っているのだ?

 はい!実家の羊羹であります!

 ほう、実家は和菓子屋をやっているのか。家内の土産に注文しようかな。

 本当ですか!ありがとうございます!!

 さてと…

 木村校長がお茶を一口飲んで一咳を入れた。

「水雷学校初まって以来の異彩の生徒だ。何故、水雷学校へ進んだのか興味を持った」

 あ、これ「何なりと聞いてください」って言わなきゃいけないパターンじゃねぇか。

「私は、第二希望で水雷を選んでたんです。本当は、第一希望の砲術へ行きたかったんですが…」

 田村が最初に答える。

「砲術って、そんなに難しかったっけ?」

「基準に引っかかってね…」

 基準ねぇ…

 各術科学校は、独自の入学基準を設けている。

「源三郎は?」

 田村、そこ振るか?まあ良いけど…

「私は、危なっかしい幼馴染が行くと言い出したので着いてくことにしたんです」

 水雷を選んだのは、士官学校の入試で苦しめられたからですけどね。

 源三郎は、屈託無い笑顔を見せた。静巴の笑顔を濁りのない澄みきった笑顔を思い出したからだ。

「まあ、顔を見たくなったのはこれが原因だがね」

 紙を広げて内容を読み上げる。

「欧州、ドイツガポーランドヘ侵攻セリ。英仏ハマダ静観ス」

 やはり始まったか!

 源三郎は、電文の内容から遂に第二次世界大戦が始まったと悟った。

「ナチスがポーランドへ!?」

 今度こそ、イギリスとフランスが強硬姿勢を見せますよ!

 田村の言う通り、既にポーランドへの要求でイギリスはフランスと共にポーランドとの相互援助条約を結んでいた。

「下手すれば、宣戦布告もあって戦争状態になりますね」

 そうしたら、日本もただじゃ済まないだろうな〜。

「まだイギリスとフランスは宣戦布告をしてない。だが、その可能性は十分にある。心に命じて欲しい」

 木村校長は、また羊羹をかじってお茶を啜る。


 ドイツのポーランド侵攻により、イギリスとフランスはドイツに宣戦布告。戦争状態となった。

 そして、それから一週間後、水雷学校では卒業式が行われた。

「欧州では、ドイツがポーランドへ侵攻してイギリスとフランスはドイツに宣戦布告をした。これの意味することは、これが地域範囲では済まされない可能性があるということである。君達は、この水雷学校を卒業して希望先の配属になるだろうが…世界は広い!広い視野と優れた判断が我が帝國の存亡を左右するものと心得よ。訓示、以上!」

 木村校長がマイクの置いてある演台から一歩下がって大きく息を吸う。

〝諸君!卒業おめでとう!!〟

〝うおおおおおお!〟

 士官学校の卒業式と同様、卒業生が講堂から駆け出す。

 三ヶ月という短い期間でありながら、卒業生は水雷の知識と技能を吸収する為に頑張った。

 源三郎は、子供のように笑いながら皆と一緒に駆け出した。

「田村!お前何処へ希望した?」

「僕は夕張にした!」

 駆け出した後、源三郎と田村は九〇式魚雷の模型の前に座り込んだ。

「そうか。俺は横須賀にある秋雲ってところに希望したよ」

「え!マジか!良いな〜新鋭の駆逐艦は、枠が少なくて軽巡にしたんだけど…」

 田村は、源三郎の配属先を聞いてガッカリする。日本海軍の駆逐艦は魚雷が主兵装となっており、陽炎型を始めとする甲型駆逐艦以降が酸素魚雷を搭載できた。

 その新鋭の駆逐艦かつ酸素魚雷を扱えるというのは、水雷屋としては至極感無量ということだろうか。

「とりあえず、今度会うときは偉くなっていようぜ?」

「佐官クラスか?」

 勿論だ。最低、艦長になってからだな。

 言ったな?じゃあ、なれなかった方が奢るでどうだ?

 おう!その話、乗った!!

 源三郎と田村は大声で笑った。



 1939年9月12日・浦賀船渠

 ここが配属先か。

 源三郎は、大鞄をぶら下げて浦賀ドックへ来ていた。

 大小様々な鉄の箱が立ち並んだ船体。まだ工事の片付けの最中なのか、溶接機器やリベット打ちが残っていた。長めの砲身六本が空を睨みつける様に角度を付けていた。

 ドックと船体の橋渡しの前に警備員を見かける。

「駆逐艦秋雲に着任しました、山塚 源三郎です。艦内を見学したいのですが…」

「了解しました。では、身分証を拝見します」

 よろしく頼みます。

 快く警備員に身分証を提示する。

「…はい、確認できました。見学時間は一時間となっております」

「魚雷発射管と次発装填装置を確認したら戻ります」

 そんなに時間は掛からないでしょう。

 橋渡しを渡って駆逐艦秋雲へと踏み入れる。

「…駆逐艦、秋雲。一番最初の艦、ね」

 とりあえず、魚雷発射管を見なければな。

 駆け足で魚雷発射管に向かい、発射口の前に立つ。

「やっぱ、61cmはでかいな…ん?」

「…そろ~」

 コラ、待ちなさい。

 気配を感じてうごめく物体をガシッと掴んで捕まえた。

「は、離して!」

 うごめいていた物体は、じたばたと抵抗を見せた。だが、子供の様なのでその仕草は可愛かった。

「コラコラ、子供がここにいちゃあダメでしょ」

「こ、子供じゃないよ!」

 いや、誰がどう見てもギリギリ中学一年生です。本当にありがとうございました。

「て!私が見えるの!?」

「いや、見えるもの何もそこに居たんじゃないのか?」

 結構おどおどしていたが…

 見るからに、その少女(?)は源三郎に怯えていた。だが、足が震え過ぎて逃げようにも逃げられないようだ。

 はあ、しかたないな。

 源三郎は、鞄の中をまさぐり始めた。

「えっと~…あ、あった。ほい」

 甘味だ。受け取れよ。

「え…良いの?」

「俺は、何隻かは会っているからな」

 あんたみたいな〝艦魂〟をな…

 少女は、それを聞いた途端震えが止まった。

「私、分かるの?」

「ああ、今度水雷科へ配属になる山塚源三郎だ。今後、よろしくな。〝秋雲〟」

 これが、源三郎と秋雲のファーストコンタクトである。

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