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【ろくしょう】 まおうのこんだて


ことことと鍋が音を立てて、小屋の中にクリームシチューの匂いが充満していく。


「ちょっと塩が効きすぎたかな」


味見をして高良は少しミルクを足してみる。


「魔王様、他にやることありますでしょうか」

「ん、じゃあ皿とスプーン3人分出しといて。あと、サラダのドレッシングは氷室にあるからそれも頼む」

「了解しました」



あれから――名裁判長を自称する男が消え、白の少女が退散した後。



高良は、川辺に座り込んだように倒れる少女に近寄って、そこで改めて彼女の顔を見た。

小顔な割に切れ長な目に、金色の髪をこちらはショートにしているが、白の少女とうり二つだ。

視線は下半身に向く。

腰に巻いたポーチに、鉄板をはめたスカートからのぞく白い太ももと、ニーソックスに頑丈そうなハイブーツ。

その奥にあるもの――先ほど見た一糸まとわぬ白の少女の裸体を思い起こし、高良は顔が赤くなるのを感じた。


(ええい、何を迷う! これは人命救助だ。決して不純なものじゃない! これは人命救助、これは人命救助、これは人命救助、これは人命救助、これは人命救助、これは人命救助、これは人命救助、これは人命救助、これは人命救助)


「ごめん!」


一応断って、少女の身体に触れる。


(冷たい……当然か。早く暖かいところに移さなきゃな)


一瞬迷って、右手を少女の背中に、左手を膝の裏に当て持ち上げた。

いわゆるお姫様抱っこである。

鎧と水を吸った衣服で重いと思ったが、意外に軽々と持ち上げることができた。これも日頃の畑仕事で鍛えられたからか。


「バトラー、彼女は先に連れて帰る。水瓶を運んできてくれ。なるはやで!」

「承知しました。しかし魔王様……半裸でお姫様抱っことは、傍から見れば変態としか言いようが――あ、嘘です嘘! 踵でぐりぐりしないで!」


バトラーを成敗した高良は、先に家へ向かう。

行きとは異なり、坂を登って行かなければならない。人一人を抱えていくには辛い行程だったが、文句も言ってられない。

羽のような少女の重さが唯一救いだった。

何とか家にたどり着いた後、高良は寝床のスペースに少女を寝かせる。


「あれ、電気がつかない……? くそ、こんな時に故障か。とにかく濡れたものは脱がして……脱がす? いや、さすがにまずいだろ! でもそれじゃあ風邪ひくし……」


数分の葛藤の末、水を入れた甕二つを引いてきたバトラーが少女を着替えさせる役目を負った。


「あくまでも私は魔物ですので、そういった概念はございません」


とのことだった。

とにかく体を温めるもの、ということで冬用の布団と暗い室内を照らすランプを引っ張り出し、暖炉に火をくべて家全体を温かくする。

夕食を作る準備が整っていたのも幸いした。

身体の温まるもの、栄養価のあるもので、高良が選んだのはクリームシチュー。

肉がないが、そこらは野菜等で代用できるので、材料に問題はない。



こうして高良は夕食作り。

バトラーは少女の世話の後に、高良の手伝いとして今に至ったのだ。


「よし、できた。彼女、まだ起きなさそうか?」

「そのようです。受けたダメージが大きいのでしょうな。魔力が自己修復に向かっているため、しばらく目を覚まさないかと」

「そっか……じゃあ先にいただいてようか。さすがに腹が減った」

「同感です。クリームシチューにパン。サラダにハムとは素晴らしい。……うむ、このシチュー! なかなかの逸品ですぞ!」

「そりゃよかった。ま、有り合わせで体によさそうなもので、これくらいしかできなかったからな。てかそうだ。なんか暗くない? ランプのお蔭でなんとかなってるけど、やっぱ不便だな。あの明るさに慣れちゃうとどうも」

「魔王様お気づきではない?」

「何が?」


暗い、とは思ったがやることが多すぎて思考が“何故”という方向に向かなかった。

それ故に見落としていた。

この家で、一番大きく、豪華なものに。

バトラーがスプーンを置いて指で上を示す。

それに釣られ、高良は顔を上に上げ――ようやく理解した。


「あ……あれ!? シャンデリアが、なくなってる!? どうした、落ちたのか!?」

「それが、その……抵当として差し押さえられました」

「て、抵当? 差し押さえ? なんで!? たしか蓄えはあと10万くらいあったはずだろ!?」


予想外の事態に、高良ははっきりと狼狽えた。

バトラーはまだ平静らしい。懇切丁寧に説明する。


「魔王様が先ほど使った魔法、ミト先輩の召喚ですが……その手数料で30万を“高値タカネット”に払わなければならないのです。もちそん、そんな金はなく、うちでそれだけの値打ちがあるものとして、シャンデリアが抑えられました」

「え……あのシャンデリア30万もの値打ちしたの? って違う! なんだそれ!? 手数料30万とか、ぼったくりじゃないか! バトラーその本見せろ! 訴えてやる!」

「いえ、これでも安い方ですよ。魔界の悪質な方では、詠唱の1文字でも唱えようものなら即座に手数料100万と、商品以外のものも抱き合わせで搬送されてくるなんてものもありますから。あ、もちろん抱き合わせ分の料金も請求されます」

「何それ、怖い……」

「私から言えるのは、ご利用は計画的に、ということです」

「お前が言うなよ……」


嘆息と共に、この不幸がどっかに飛んでいけばいいのに、と真面目に考えていると、



ガタンっ!



隣の部屋から物音が聞こえた。

扉を開けると、少女が上体だけを少し起こし、辺りをキョロキョロと油断なく見回している。

物音は除湿器替わりに小机に置いておいた桶が、倒れて中のお湯がこぼれた音だった。


「気づいたのか!? 良かった」

「ここは……」

「俺の家だよ。もう大丈夫だ」

「あなたの、家?」


家という言葉に、戸惑いと安堵を混ぜたような顔をする少女は、起き上がろうとして、かけられていた布団がはらりと落ちた。


「あ……」


そして少女の一糸まとわぬ身体がさらされた。

高良は咄嗟に目を背けようとした。

だがそこにある美の前に、意思に反して体は動かない。

まるで金縛りにあったかのようだ。

着やせするタイプなのか、抱き上げた感じよりほっそりとした体に、豊満とは言えないがそこそこのでっぱりが女性を強調する。

少女はその高良の動向とその視線に気づき、


「……っ!」


瞬時に顔を真っ赤にして、布団を首元まで体に巻き付ける。


「なに、これ……なんで裸なのぉ!!」

「えっとそれは――」


この答え方は気を付けなければならない。そう高良の直観は告げていた。

だが、


「あ、濡れていたので全部脱がさせていただきました。念のため体の隅々まで調べさせていただきましたが、後遺症などといったものはないようです。丈夫な体で結構。女性は安産型に限ります。ねぇ、魔王様」

「ばっ! なんで俺に振る!?」


バトラーの遠慮のない直球およびセクハラ発言に、高良はさぁっと血の気が引く思いだった。


「…………」


じぃっとこちらを見つめてくる少女。

そこに映るのは害意そのもの。


「とりあえず、言い訳させてもらってもいいかな?」

「変態、馬鹿、痴漢!! さいっっっってい!」


少女が手近な枕、桶、本棚の本を次々と放ってきた。

剣が飛んでこないのは幸いだったのかもしれない。

少女をなだめ、誤解を解くのに1時間ほど経った後、こぼれた水を処理していた高良に少女が言う。


「とりあえず着替えたいから服、返して」


ふとんにくるまった状態で、左手だけを突き出す少女。


「返してって言われても。バトラー、乾きそうか?」

「Noと言わせていただきましょう。魔界乾燥帯デルタベルトに干してありますが、あと半日はかかるかと。あ、デルタベルトは魔界の公共洗濯物乾燥地帯ですのでご安心を」

「公共洗濯物乾燥地帯ってなんだ……?」

「じゃあどうしろってのよ! このまま裸で男たちの間にいろって言うの!?」

「いえ、私は男ではなく、あえて言えば魔族という分類になります。というのも魔族には雌雄の区別はなく――あ、魔王様っ! なにを」


訳のわからない説明をし出すバトラーの頭を押さえながら、高良はため息を漏らす。


「仕方ない。俺の服なら余ってるから、それ着ろよ」

「そんな男臭いの、着れるわけないでしょ!」

「男臭いってなんだ! ちゃんと洗っとるわ!」

「染み込んでるのよ! 洗っても落ちないくらいに!」

「さっきから聞いてりゃ、急に我がままばっかり……どこのお嬢様だよ。金取るぞ」

「お嬢様じゃない! ……あんな家」


ポツリと漏らした少女の過去。

それ以上立ち入ってはいけない気がして、高良は頭を掻く。

こういったシチュエーションには慣れていない。少なくとも記憶にはない。

押し黙った少女を見つめるわけにもいかず、自然と視線が宙に浮く。

と、居間のテーブルに並ぶ晩餐メニューを見て、まだ食事の最中だったと思い出す。


(そうだ)


思い立ち居間へ。

テーブルに置いてあった鍋からシチューを器に移し替える。

熱いくらいだったのが、時間が過ぎて程よい温さになっている。


「ほれ、腹が減って気が立ってるんだろ。これ食えよ。温まるぞ」

「な、なによ! そんなもんいらないわ――」


が、匂いに感化されたのか、少女のお腹から小さな音が鳴る。


「う……」

「強がっても生きていれば腹が減る。色々文句はあるだろうけど、とりあえず食っとけ」

「…………」


とはいえ、少女にすぐに手を伸ばさない。


(あぁ、受け取ったら布団がずれるから、そりゃ無理だよな)


高良はベット横の小机にシチューの入ったお椀を置く。


「じゃ、俺たちは隣にいるから。なんかあったら呼んでくれ」

「あれ、魔王様。どうしてですか? ここは“あーん”をするチャンス――痛い、痛いです魔王様! 耳はそんなに伸びません!」

「ウルサイ、ダマレ」


バトラーの頭を掴んで、高良は居間に戻る。

実は高良はその案を実行しようと考えていたのだが、初対面だしバトラーの前でということもあり、自重したことをバトラーは知らない。


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