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【ごしょう】 まおうとゆうしゃ

家から下ること5分余。

そこに山から流れる川があった。

広いところでは幅10メートル以上、深さは2メートルを超すほどのもので、洗物や飲料水など生活水はここで賄っている。

風呂も、ここの水を沸かしてドラム缶風呂ならぬ板張りの風呂を使っていた。

3か月も過ごせば、勝手知ったる場所となるとはいえ、日が沈めば辺りは真実闇と化す。

魔王が闇を恐れる、というのは何とも不思議な話だが、事実人間である高良には変えようのない事実だった。


「さって、仕事も終えたところで――」


水を汲むのは数分で事足りた。

少女が黙々と手伝ってくれたことが大きい。

とはいえこの少女、外に出てから一言も喋っていない。

何度か高良から関係のない話題を振ったものの、帰って来るのは沈黙のみ。

声を失ったのでは、と思うほどの沈黙だった。


(いきなり知らない男と一緒じゃ、そうもなるか)


それでも従順に手伝ってくれたのは嬉しかった。

何より水汲みという大仕事がさくっと終わって、1日の垢を落とす至福の時が早々に手に入れられたのが、何よりのものだ。

高良は早速、マントと靴をはぎ取ると、他は着衣のままジャブジャブと川に入り込んでいった。


「んじゃ、少し水浴びしてくるから。そうだな。10分くらいしたら戻ってくる。そこにタオルと着替えがあるから勝手にやってってよ」


少女は言葉では答えなかったが、小さく頷いたような気がした。

それを見て、高良は勢いよく水に頭から飛び込んだ。

そのまま川の流れに乗って下流へ。


「ぷはっ!」


水から顔をだした場所は、川原から20メートルは離れた場所だった。

ここまでくれば、少女の姿は小人以下だ。

逆に言えば向こうからも見えないはず。

高良は着ていたずぶ濡れの服を器用に脱ぐと、近くにあった岩の上に放った。

ほぼ毎日泳ぎに来る高良からすれば、勝手知ったる川だ。この岩を目印にしばらく泳ぐことにする。


「気ん持ち、いぃ!!」


いくら畑仕事で鍛えられたとはいえ、汗は無視できない。

食事の前に汗を流すのは悪いことではなかった。

裸で泳ぐことに最初は抵抗を受けたが、誰もいないこと、ましてやこの快感に負けて今や高良の数少ない楽しみとなっていた。


「ぷぅ……」


濡れた顔を拭い、冷えた身体を外気にさらす高良の耳に、かすかな水の音が聞こえた。


「……なんだ?」


そう思いながらも高良は警戒心を露わにする。

少女か、と思ったが音は下流から。

単音ではなく、ある程度の連続性を持つらしい。


(動物か?)


この川には、清らかな水場ということで、動物や魔物が姿を現すこともある。

実際にここで鹿を狩ったことのある高良は、舌なめずりを隠そうとしなかった。


「肉……久しぶりの、肉」


いくら畑があるにせよ、タンパク質で肉に及ぶものはない。


「Credit&Transport、5百レン、十得ナイフ」


高良が唱えると、手に小さなナイフが握られた。

ただのナイフや包丁にしないのは、後で他にも使えるという貧乏根性だったが、それはまた別の話。

ナイフを握ったまま、下流に身を流す。

水の中では機敏な動きは望むべくもないものだが、水中を移動すれば接近の気配は消せる。


「待ってろよぉぉ」


気合十分。

流れること数秒。

大きな岩に隠れるように辺りを見渡す――と、かすかな波紋を見つけた。音も近い。


「…………」


パシャパシャと確かに生物の動く音がする。

あと3メートル。

相手は移動している。

ならば相手は水の中にいることになる。それは高良にとって都合だった。

あと2メートル。

パシャ! 岩を挟んで反対側に音が弾けた。

あと1メートル。そこで――


「とったぁ!」


岩陰から身を乗り出し、岩の上に登ると、そのまま目標に向かってナイフを振りかぶる。


「あ?」


――が、目の前にいたその獲物に、高良の身体は静止してしまった。

体毛という体毛はなく、頭頂部から短く刈りそろえられた髪が金色に輝いている。

何より白い。白くてすべすべの肌は、まるで赤子のよう。

全裸で金髪の少女が、そこにいた。

お互い視線を交し合い、沈黙。

何より高良は目を奪われていた。

痩せすぎも太りすぎてもいない見事な身体。健康的な白い肌。小さくまとまった顔。金色に輝く短い髪。

今までみたことのない完璧な身体だった。

水に濡れたその体は、これまで高良が見てきた黄金より光輝いて見えた。


(女の子。つやつや肌。濡れた髪。身体。裸、裸、はだか、おっぱおっぱおっぱ――)


それ故、この状況が何を示すのか、何を起こすのか判断が遅れる。


「きゃ――」


少女は咄嗟に自分の手で胸と下を隠す。そして、


「きゃあああああああああああああああああああああ!! へ、変態ぃ!」


耳をつんざくような大音声に、高良は驚いてバランスを失った。


「へ、変態って……あ、わわわわ! うわぁあぁ!」


バランスを崩し、そのまま川に転落した。

上下がさかさまになる感覚。それもすぐに終わり、水面から顔を出す。

近くにあった岩にもたれ、口と鼻に入った水を吐き出した。


「ぷはっ! かはっ……はっ、はっ……あ?」


と、そこに信じられぬ光景が広がっていた。

目の前に少女がいた。

それだけならばまだいい。距離的にはそう離れていなかったのだから。

だが問題はその姿。

先ほどまでの一糸まとわぬ姿ではなく、白銀のアーマープレートに鎖帷子、ブーツという出で立ちの少女が立っていた。

ほんの数秒前まで裸で濡れていたにも関わらず、今は乾いて鎧を着こんでいる。


(天使……? いや、どっかで見たような――)


現象を高良が理解するより早く、少女が動いていた。


「殺す!」


物騒な一言を吐き捨て跳躍。少女は腰の鞘に手を伸ばし、引き抜いた。

諸刃の西洋剣。

それを構えるのもつかの間、一気に抜き打ちをかけてきた。


「あぶっ!」


大上段からの斬撃。

高良はもたれていた岩を突き飛ばすことで回避する。

カチン、と岩を打つ鉄の音にホッとしたのもつかの間、次の瞬間、岩が爆発した。

さらに驚くべき現象が起きる。

剣を中心に、炎が水面を走ったのだ。


「ひ、火!? 熱っ!」


油を水面に敷き、火を放つと水面が燃える現象がある。

それと似たような状況をまさか自分が受けるとは思ってもみなかった高良は、水の中で火から逃れるために上ではなく下へ逃れるしかなかった。


「うっ……はっはっ……なんだ、あれ。あんなのってありか――よ?」


慌てて潜ったからか、水面から顔を出した途端にせき込む高良。と、その首筋に水温より冷たいヒヤリとした感触が。


「あなた、魔王ね」


背後に人の気配。

先の少女だ。

動けない。

首に当てられた銀色の物が、あの諸刃の剣と気づくと、恐怖でタマが縮こまる思いだった。


「な、なんのことやら。僕はただ水汲みに来ただけで。なんか音がしたから動物かなぁと思ってみただけで……」


(嘘は言ってない。嘘は。だから頼むから見逃して――)


「そんなの、どうでもいいわ。あたしの裸を見たやつは――殺す!」

「ですよねー!!」


首に当てられた感触が離れた。

1秒後か5秒後か。遅いか速いかにせよ、刺されるか斬られるかにせよ、高良の命は露と消えることは間違いない。

脳裏に浮かぶのは、勇者に殺された魔王のVTR。


(俺もああやって放送される。最悪だ。裸だぞ。裸なんだぞ。こんな最期を公開されるなんて……)


「嫌だあぁああぁぁああ!!」


魂からの叫び。

それに答えるかのように、第三者の声が響いた。


玲美れいみ!!」


それから何が起こったのか、背を向けていた高良には分からない。

振り向くまでの数秒。

鉄と鉄が打ち合う音、そして人の激しい息遣いが聞こえてくる。

どちらにせよ、自分の身の危険が去ったことを確認した高良は、恐る恐る振り向いた。

そこで見たものは、これまでの人生で一番奇異で、一番美しかった。


1枚の写し鏡の絵が、そこにあった。

2人の少女。2つの鎧に2つの剣が激突し、つばぜり合いのまま止まっていた。

向かって右は高良を襲った白い鎧の少女。

対する左には黒の鎧を着こんだ少女。

その顔を見て、高良は驚きのあまり声を失った。

白の鎧の少女。これは今しがた高良を殺そうとした短髪の少女。

黒の鎧の少女。こちらは先ほど助けた長髪の少女。

2人の姿は、鏡に映したかのように全く同じだった。

生き写しといってもよい。僅かな違いは、短くそろえた髪と鎧や剣の色か。


「お姉……生きてたんだ」


白い少女が歯噛みしながら言う。


「死んだわよ、あの時。けど玲美もここに来てるなんて。姉妹揃って、ついてないね」


(姉妹……?)


そう言われ納得する。

そうでなければここまで似ないだろう。高良はそう感じた。


「はっ、姉妹? ふざけないで! あの時、あたしを見捨てたくせにぃぃ!!」


玲美と呼ばれた白い少女が激昂しながら叫ぶ。

同時に黒い少女に蹴りを入れてつばぜり合いから引き離す。


「くっ、やめなさい、玲美!」

「やめないわよ! あたしはあんたらに復讐するためにここまで来たんだからぁ!!」


大上段からの踏み込み、それを黒の少女はなんとか剣で受け止める。


「その色、その姿。お姉は魔王なんでしょ? ううん、女だからさしずめ魔女。冗談じゃないわよ。あたしと同じ力を宿すなんて……冗談じゃないわ、魔女――ジャンヌダルク!!」


よろめいた黒の少女を追って、白の少女が追い打ちをかける。


「きゃっ!!」


それを黒の少女は必死に受ける。


(この2人……)


どういった事情で姉妹が争っているのか、高良には分からない。

ただの勇者サイド、魔王サイドだからという枠組みを超えて、過去に何かあったとしか思えない。


(それにジャンヌ・ダルクって確か)


高良は過去の知識を必死に呼び起こそうとした。

中世のフランスで活躍し、聖女としてフランス解放の立役者となったが、のちに魔女として火あぶりにされた女性だ。

高校卒業の知識だが、的は外れていないはず。


「魔王様!」


その時だ。背後の草むらからバトラーが姿を現したのは。


「おお、魔王様。なんというお姿を……しかし、これは……」

「バトラー、説教は後だ。その布、くれないか。あと1つ頼まれるか」

「はっ、しかし私のコートをいかがするつもりで……?」


バトラーの来ていたコートらしき布。それを下半身に巻き付けた。


「ま、まままま魔王様! それは我が家に伝わる由緒正しきコートで!!」

「魔王の非常事態だ、勘弁しろ」


パワハラと言われようが、今は緊急時だ。

押し問答やつまらないことで時間を潰したくなかった。


(後できちんと謝ろう。慰謝料とか言われても困るからな)


「うぅぅ……それで、もう1つの頼みごととはなんでしょうか、魔王様」

「あの2人を止めたい。どうにかならないか?」

「ど、どうにかとは……」

「戦いを止めるんだ。何としてでも! “もう”肉親で争うのを見るのは、嫌なんだ!」


高良のこれまでにない必死な様子に、バトラーは訝しげな顔をしたが、


「分かりました。どのような方法であれ、戦いを止めればよいのですね」


頷いて脇に抱えた本を取り出した。

先ほど、パソコンと並んで置いてあった、人を撲殺できるくらいの厚さの本だ。


「その本、何?」

「よくぞ聞いてくれました。これこそ魔界のための必須道具“あの有名魔族通販番組、“高値タカネット”ダガダーが教えるこれさえあれば大丈V! ボリューム5”です!」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫も何も、これまでの魔王様の魔法やら全てこれに載っていたものですからね」


バトラーに任せていたことが、急に不安になってきた。


「ありました。では魔王様、私に続いてこう唱えてください」


自分に本を渡してもらった方が早いのでは、と思ったが、ちらと見たページに書かれていた文字は、日本語でもアルファベットでもない。


『我、汝に命ず。我が求るは狂いなき調和。我が望るは乱れ無き静謐。今ここに成る愚かな諍いを沈めるため、我が呼びかけに答え、出でよ――魔界裁判協会、第一級魔界裁判長“ゴエモン・ミト”!!』


バトラーの言葉を繰り返すのに必死で内容にまで頭が回らなかった高良だが、唱え終わって改めて内容を吟味して、


「なんだ魔界裁判長って!!」


高良が騒ぐ内にも、2人の少女の戦いは熾烈を極めていた。

剣での勝負では互角。

2人とも水に足を取られて思うように動けていない。

白の少女が攻めを中断し、距離を取る。

そして剣を真上に掲げると、一気に水面に突き刺す。


『ライトニング・ウェーブ!!』


突き刺さった剣先から光の波が黒の少女に走り寄る。


「あぁあぁああああ!!」


黒の少女が、全身を雷に打たれたように痙攣し、そしてその場に力なく崩れ落ちた。

勝利を確信した白の少女が黒の少女へと歩み始める。


「まずいぞ、止めを刺そうとしてる!」


高良がいよいよ身を挺して2人を止めようと足を進めたその時、


「静かに! 裁判長が入廷されますぞ!」

「にゅ、入廷って……」


突如として、急に辺りが暗くなった。

まだ日没には早い。

にも関わらず、真夜中のような暗さに高良だけでなく、白の少女も怪訝そうに辺りを見回す。


「な、なに……これ?」

『裁きを待つのはそこな2人か』

「っ!!」


上空から声がした。

聞く者を圧倒するような、年老いた威厳ある声だ。


「だ、誰?」


白の少女が声を放つ。

今や目の前の黒の少女を忘れ、起きた異常に対して不安を抱いている。


『誰だとは、呼び出しておいて不躾な。よかろう、そこまで言うならば姿を現そう』


フッと、何か空気が変わった。

同時、どこからか和笛の音が聞こえてきた。

そして、


『おうおうおうおう、この紋所が目に入らぬか!! 魔界に轟く葵吹雪、必殺岡っ引き奉行“ゴエモン・ミト”たぁ俺のことよ!! ええい、頭が高い! 面を上げぃ!!』


立派な白髭を蓄えた、禿頭の巨大な――上裸の男がいた。

そこそこ引き締まった浅黒い体躯で宙に浮いたまま、肩を突き出す形で見得を切っている。

肩から背中にかけて、立派な花吹雪(少なくとも桜ではない)の入れ墨が。


(これって……まさかあれか? なんか台詞も色々混じってるけど)


どこかの時代劇でありそうなものを全部混ぜ合わせた人物(?)だった。


「おぉ、ミト先輩。わざわざ来ていただき光栄ですぞ」

『む、その声はバトラーか? ほぅ、相変わらずバトラってるのぅ』

「いえいえ、まだ私のバトラっぷりはナンバーワンバトラーには程遠いです。ミト先輩こそ相変わらずの歌舞伎っぷりで」


(先輩って、知り合いかよ! なんだよバトラるって! てか裁判長が傾いちゃダメだろ!)


高良は心中で色々突っ込みながら、肩を落としていた。

駄目かもしれない、と。


『して、今日は何用ぞ? まさか魔界芸能養成所西地区第1億9千78期の同窓会でも開かられる口か?』

「はっは、それはおいおい考えましょう。その時はどうぞ、先輩の見得で乾杯などとできれば――」

「おい、バトラー。昔話に花咲かせてるとこ悪いけど。どうするんだ、これ」


魔界芸能養成所についてすごく気になったが、ここは後でじっくり聞くべきだった。


「っと、そうでした。というわけで先輩。そこの2人のケンカを仲裁していただきたいのです」

『ほぅ』


片手で自慢の髭をもしゃもしゃしながら、眺めるように2人の少女を見やる。

白の少女の敵意は、黒の少女から宙の男へと移っていた。


「な、何なの、こいつ!! 邪魔を――」


白の少女が剣を構え、宙の男へと向けようとしたが、


『静まれぃ、小娘。ここは法廷ぞ』


その一言で、場の空気が重くなった。いや、実際に重力が増したような気がする。

言葉だけで殺される、そう思わせるほどの威圧感。いや、魔力か。

高良は冷や汗が出たのを感じた。


『よかろう』


髭に当てていた手を放し、両腕を組む格好で男は見下ろしながら言った。


『では、審議を始める。姉妹仲良きことは善なるかな。それを破り姉妹で喧嘩とは笑止千万。そもそもの発端がどちらにあるか、これは今となってはもう考慮に値せず。仕掛けた側にも罪があり、仕掛けられた側にも罪があろう。……よかろう、判決を下す!』


長々とした口上が終わり、男は組んでいた腕を解いた。

ごくっ、と高良は喉を鳴らして、自分が緊張していることに気づいた。

先ほど感じた魔力。

それを開放されれば、ここら一体など消し飛ぶんじゃないか。

そう思ったからこそ、男の一挙手一投足に注目せざるを得ない。

すると男は大きく左足を挙げ、それを下に突き出す。さらに両手を開き、左手のひらを突き出すようにして、


『おうおうおう、この葵吹雪が目に入らんか!!』


再び見得を切って制止。

1秒、2秒、3秒……ただ時間だけが空しく過ぎていく。

皆唖然、というよりどうリアクションを取っていいのかと困っている様子だ。

むしろこの続きがあるのでは、と考え動けない高良だった。

その中、バトラーだけが「へへぇ!」と大げさに土下座して見せている。


『おい……? ここはへへぇ、と皆が土下座して終わるのが通例じゃないのか?』

「……えっと、たぶん色々間違ってますよ。ポーズも若干変だし」

『な、なんと!? あんなにジャポネのテレビで研究したのに!? このポーズさえ取れば皆、罪を認めると!』


(やっぱりパクリだった!)


高良は自分でも驚くくらい撫で肩になっているのに気づく。


「この……馬鹿にするなぁ!!」


白の少女が激昂した。

邪魔された挙句、そのオチがこれじゃあ誰でも怒りたくなるのは当然だ。


「ジル・ド・レ!!」


白の少女が剣を振るうと、光の粒子が宙に舞う。その粒子は宙に漂い、やがて1つの人型となっていく。


『Oui! Ma Victoire(喜んで、我が勝利の女神)!!』


現れたのは白く輝く1人の兵士だ。

ジルドレ。

ジャンヌダルクに忠誠を誓った勇猛な騎士。ジャンヌの死後、狂気に陥り多くの少年を殺害。青髭のモデルとなったのは有名だ。

その光の騎士を従え、白の少女は叫ぶ。


「屠れ!」

『Oui!』


主の命を受け、光の騎士は宙の男目がけ突進する。

その速度は光速と疑うほど早く、そして斬撃が繰り出され、


『五月蠅い』


男が光りの騎士の一撃を、二本の指で挟んで止める。

それだけに終わらない。

空いた逆の手で、光の騎士の腹に拳を当てると、


『散れ』


白い騎士が爆散した。

露と消えた白い騎士が、風に乗って霧散する様を愕然と見るのは白の少女だ。


「そ……ん、な」


それは絶対の自信を打ち砕かれた少女の姿だった。


『はぁ……バトラー、わしはもう帰るぞ。まさか300万年も続けてきたわしの裁きが間違っていたとは……恥ずかしくて目から地表壊滅的極炎ビームが出そうだぞ』

「は、はい! ミト先輩、お疲れ様でした!」


こちらも違った理由で自信を打ち砕かれ、すごすごと帰宅しようとする男の姿があった。


『あぁ、仲裁料の100万レンは、後で請求書送っておくからの』

「ひゃ、100万レン!?」

『これでも友情価格ぞ? まぁ、何かあったらまた呼べい。次は貴君も満足するわしの名裁きをお目にかけることを約束しよう』

「いえ、結構です」


二度とかかわりたくないタイプの人(?)種だった。


『ではの』


男の言葉と同時、フッと明るくなった。

周囲を囲んでいた闇は消えている。


「……なんだったんだ」


悪い夢でも見たような、変な疲れが高良の肩に乗っていた。

とはいえ結果から見れば、仲裁はうまく行っていた。

黒の少女は気絶したように倒れているが、白の少女も戦う意欲というものを喪失させている。


「よくもジルを……」


呟く白の少女は、半ば涙ぐんだような、仇でも見る刺すような視線を高良に投げてきた。


「お、俺!?」


今にも噛みついてきそうな白の少女に、何と言い訳すればいいかと困っていたが、


「……覚えてなさい!」


捨て台詞を残して白の少女は踵を返すと、森の中へと消えていった。


「あっ! 逃げます!」

「放っておけよ。追うより先にすべきことがある」


川の水に半身を浸からせて、気を失っているらしい黒の少女。

白の少女とうり二つの少女の寝顔に、内心複雑な気持ちを抱きながら、さてどうしたものか、と考えずにはいられなかった。



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