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【よんしょう】 まおうとまじょ

「で、名前は?」


何故かサングラスに葉巻(偽物)をぷかっとふかしながらバトラーが狭い部屋をぐるぐる徘徊する。

相手は部屋の中央、テーブルをどかして作った空間にどかりと置かれている少女だ。

未だ網は取れておらず、抵抗するのも諦めたのか胡坐をかいて座ったままじっとしている。

金のロングヘアに、スラリと伸びた鼻立ち。線も細く、どこぞのお嬢様と言われても否定はできないと思う。

最初、また魔物かと思ったが、どこからどう見ても高良と同じ人間――それも日本人だ。


「名前は?」

「…………」


バトラーが再度聞くが、少女は答えない。


「いい加減に答えてもらわないとこっちも困るんだけどね! 名前は? 家はどこ? あそこで何をしていた?」


バンッと端に寄せたテーブルをバトラーが叩く。

だが、少女は知らんぷりで押し黙ったままだ。


「まぁ、バトラー。そこらへんでいいんじゃないか」

「いけません、魔王様! こういった輩はすぐに付け上がりますぞ! この際、徹底的に容赦ない調教を――ぎゃぶぶ!」


高良はバトラーの頭を踏みつけて黙らせると、少女に向かって高良が語りかける。


「あー、その。なんだ。こいつのせいで迷惑かけた。とはいっても、あそこは俺たちの大事な畑なんだ。あそこで何をしてたかだけでも聞いていいか?」

「……」


穏便に聞いたつもりだが、少女はまだくちをへの字に曲げて答えようとしない。


(この子、誰なんだ。街で知らない人はもういないし、余所からやってきた? こんな女の子独りで?)


先のイノシシの件もある。

女性1人で旅できるような安全地帯とは思えない。

とはいえ、少女の格好を見れば山道を歩いてきたとしか思えないほど汚れていた。

元は白いブラウスだったものが、土やらで汚れまだら模様になっている。赤のロングスカートも所々が破れスリットのようになっていて、靴も泥でボロボロになっている。

その姿は、森の中をさ迷い歩き続けた者の姿にしか見えない。


「魔王様、どうしますか?」

「そうだな……」


バトラーの言葉に高良は悩む。

再度、少女に視線を投げると、キッと鋭い目つきで睨み返された。


(参ったな。こういう時にどうすりゃいいのか全く分かんね。まさか罠にかかった女性に対する状況、記憶があるときでもなかっただろうし。そもそも俺って女性関係どうだったんだ? 彼女はいたのか? 女友達は?)


頭をぽりぽりと掻き、考えたが答えはでない。

しょうがない、と高良は一つ置いて、


「とりあえず飯にするか」

「ほ、保留ですか?」

「んにゃ」


小さく頭を振って、高良は少女を囲む網を見やる。

複雑に絡まっているようで、普通にはほどけそうにない。


「動くなよ」


台所に置いてあった包丁で、網目に刃を当てる。相手の肌に当たらないよう、慎重に一つづつ網を切って行った。


「魔王様!? な、何をしているので!?」

「何って、網を切ってるんだけど。それに腹空いてるんだろうから、食べるかなって」

「見逃すどころではなく、食料も渡すと!? 黙っていますが、我々の畑から盗もうとしたのは明らか! 盗人には処罰を与えるべきです!」


息巻くバトラーに、高良は小さくため息を漏らす。


「だから言ってるだろ。俺が何の得にもならないことするかって」

「じゃあ、まさかその少女に莫大な財産が……」

「いや、知らん。俺の勘」


バトラーがずっこけた。

バトラーの言うことも分からないでもないが、高良には確信があった。


(この少女には何かがある)


もちろん、下心のようなものが無かったと言えば嘘になるが。

そもそも、こんなボロボロの女性を闇夜に放り出そうなんて、図太い神経を高良は持ち合わせていない。

少女に傷をつけまいと力んだからか、悪戦苦闘の末、結局網がほどけるのに5分近くかかった。


「これでよしっと。さって、あとは――」

「……なんで?」


それは少女が初めて口にした言葉だった。

開放された少女は逃げるわけでも襲い掛かってくるわけでもなく、ただ茫然と、不可思議なものでも見るように高良に視線を合わせてくる。


「なんで、ってなにが?」

「……」


だが再び少女は黙りこくってしまう。

高良はバトラーに目を向けたが、バトラーも何が何だか、と言った表情だ。


「ま、いいさ。とりあえずバトラー。食事、の前に、その汚れたものどうにかしなきゃな。風呂ってほどのものもないからせめて身体だけ洗って、服も着替えて……。バトラー、タオルとあとこの子が着れるもの見繕って」

「ラジャです!」


命じられたバトラーがバタバタと準備を始める。


「……なんで、そこまで優しくするの!?」


2人きりになって堪えきれなくなったように、少女が叫ぶ。

優しい。

行為からすればその言葉が適切だろう。

ただ、それだけでは割り切れない何かが高良の中にはあった。


「深い理由はない。そうした方が俺の得になると思ったからそうしただけだよ。君が負い目に感じる必要は全くない」

「…………」


少女はまだ納得できないかのように沈黙を返す。

それに対し、高良は少し悩んでこう告げた。


「そうだな。タダで恩恵受けるってのが嫌なら……そこの水がめ持ってきてくれ。働かざる者食うべからず。我が家の家訓をさっそく実行してもらおうか」


納得したのか、それともどうでもいいと思ったのか、少女はゆっくり立ち上がると、ふらふらと水がめに向かう。


「魔王様。とりあえずタオルとコートで間に合わせる感じでいかがでしょう」

「あぁ、いいね。明日は街に買い物に行こうか。色々買わなきゃいけないものもありそうだ」


少女が水がめを持ってきた。


「バトラー、留守と夕飯の準備を頼む」

「ラジャです。行ってらっしゃいませ」


バトラーの声を受けて、高良たちは台車に水がめを乗せると、日が沈む山道を下りだした。

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