表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

【いっしょう】 まおうたんじょう


暗い部屋だ。

横幅30メートルはあるだろう大きさ。

窓ひとつないその部屋は、さながら上映中の映画館を思わせる。

部屋の中央には壁一面に広げられたスクリーンモニターが映像を映しているのも、その印象に拍車をかけていた。

スクリーンの手前は、映画館のように椅子が並んでいるわけでもなく、10メートル四方ほどの空間ができていた。

その左右、そしてスクリーンの反対にあるポイントには、オペラ座の2階席のように張り出した個人スペースが合わせて50近く並んでいた。

そこには人の気配があり、その視線は目の前にある大スクリーンに向けられている。


スクリーンに映されているのは、うつぶせに倒れた男の死体。

彼を討った男たちの姿はすでにおらず、ただただ死体を映し出すだけのモニター。

その画面下からまるで映画のエンドロールのように白文字のテロップが流れてくる。


『かくして魔王2047855は勇者12975246の手によって倒され、世界に平和が戻った。しかし、それがつかの間の平和であることを、誰もが認識している。この世に悪の芽がある限り、第二第三の魔王が現れ、人々に脅威をもたらすであろう。人と魔物、二つの異なる種族がある限り、この世に真の平和はない。魔王たちよ、同胞の死に恐れることなく勇者に挑み、世界を手中にするのだ……』


その後にテロップが続く。


勇者――。

戦士――。

魔法使い――。

格闘家――。

僧侶――。

魔王2047855――相崎隼人。

企画運営――『まおうげえむ』制作委員会。


ゆっくりと、一人ひとりの役者の名前を時間をかけて流れたテロップが流れ終わると、真っ暗な画面が残るだけになった。

画面中央から、ゆっくりと“GAMEOVER”の赤い文字が浮かび上がって、そして消えた。

完全に闇に覆われた部屋に、誰もが息を呑んで口を閉ざしている。

と、乾いた音が響いた。

肉と肉を打つ音。拍手だ。

それに声が続く。


「あぁ、これは悲劇にして不幸。まことに残念にして無念。かくして魔王は勇者に討ち取られてしまわれたようです」


部屋の中央にスポットライトの明かりが落ち、1人の人物が照らし出された。

真っ白に塗りたくられた顔に、赤と白のまだら模様の服を着る人物――道化師クラウンだった。

伸長は180くらい、見た目の性別は不明だが声から男だと推測できる。


「この世界では、このような理不尽が許されています。なぜそれが許されているのか。なぜなら彼らは“勇者”だから。そして、貴方がたが“魔王”であるから」


クラウンの言葉に、列席者がざわつく。


「皆様も21世紀に生きた者であれば、このような世界はご存じでしょう。勧善懲悪の魔王と勇者の世界。皆様はその“魔王”となって、“勇者”を倒し、世界を支配していただきます」


ざわめきが大きくなる。

それも当然だ。

いきなり戦えと言われても、彼らには理解できない。


しかも「勇者となって世界を救え」ではなく「魔王となって世界征服をしろ」と言うのだから、その混乱も当然。

だがクラウンは彼らの反応を予測していたのか、淡々と説明を進行させる。


「分からないことがありましたら、お手持ちの資料をご覧なさるか、後程“おつき”を派遣させますので、そちらにお聞きなさるがよろしいでしょう。我々“運営”の者たちは、基本的には魔王様がたの戦いに関与することはあり得ませんので。他には――」


「あー、つまんねーの。一銭の価値にもならなそうな話だな」


と、クラウンとは別の男の声が響いた。

スクリーンから見て左手、その3階部分の席。

そこに1人の男が頭で手を組み、退屈そうに腰を沈めていた。

年は20になるかならないか。

少し乱れた髪に、病的なまでに白い肌。

やる気の感じられない目じりだが、瞳の奥には獰猛な輝きを見せている。

男は場の空気など関係ないと言わんばかりに、盛大にあくびをした。


「これはこれは。魔王番号3百15万7284番の愛川あいかわ高良たから様。わたくしの話に何か問題がありますでしょうか」


クラウンが慇懃無礼に謝るが、高良と呼ばれた男は相も変わらずつまらなそうに答える。


「んー、なんつーかね。インチキ臭いっつーか。金の匂いがしないんだよ。あんたの話からは。だからつまらないってこと」


平然と言い放つ高良に、列席の魔王たちがざわつく。


「なんだぁ、あいつ」「いや、あいつの言うとおりだ。つまんねぇ話だぜこれは」「待った、愛川高良ってあの“愛川金融”のか?」「あの平成の商王と呼ばれた、あの……」「ワ、ワタシモシッテマース! ソコクデモユウメイデシタ!!」「本物かよ!?」


ざわめきは次第に大きくなり、収まりきらないほどになっていく。

だがそれは、一つの笑声によって封じ込められた。


「んっふふふふ。あはははは!! ひゃあははははははははははははは!!」


突如として高笑いを始めたクラウンに、誰もが絶句して声を失った。

これまでの様子とは違う。

真っ赤な唇を割けんばかりに開き、目の焦点も合わないどこか悪魔じみたその笑いに、場の空気が凍りついた。

クラウンはひとしきり笑った後、大きくわざとらしい咳払いをしてこう述べた。


「これは、失礼いたしました。魔王様がたを前に取り乱すとは。進行役失格ですなぁ」


それでもまだおかしいのか、手を当てた口からは小さく笑みがこぼれていた。

高良は最初は呆気にとられていたが、次第に笑われた怒りが込み上げてくる。


「何が言いたいんだよ、この道化師。俺の何がおかしい?」

「なにも高良様のことを笑ったのではありません。説明不足による誤解を生じさせてしまった、愚かなクラウンを笑ったのでございます」


とは言うもののその口ぶりから、高良の浅慮を笑っているのは分かった。

高良は不満げに鼻息を漏らす。


「しかし高良様。金の匂いがしないのも当然。至極当たり前のことでございます。何せ皆様にはお金よりもかけがえのないもの天秤に乗せなければならないのですから」


そこでクラウンは少し言葉を切り、はっきりと言った。


「そう、命を」


ザワッと座が荒れる。

高良もクラウンの迫力に押され、押し黙ってしまう。


「今ご覧になられたでしょう。勇者に敗れた魔王様の姿を。あれこそこの世界の原理。魔王と勇者は倒すか倒されるかの相克関係。ここに集まられた皆様には、是非ともかような悲劇を身にして受けることがなきよう、お祈りいたします」

「はっ、勇者と闘えだ? さっきのあんな一方的なものを見て、やる気が起きると思ってるのか? 生憎俺は勇者世代なんでね。魔王は勇者に倒されるもの。なんでわざわざ負ける戦いをしなきゃならない?」


高良の弁舌に勢いを得たのか、諸所から「そうだそうだ!」なんて声も聞こえてくる。


「残念ながらそれは叶わぬ願い。叶わぬ夢でございます」

「何故だ?」

「何故? Why,Why,Whyとおっしゃられましたか!? そう問われたのならば答えねばなりません。哀れなクラウンは質問を断ることはできないのです。おお、神よ。魔の神よ。どうして貴方はかくも厳しき試練を私に与えるのでしょう!?」


クラウンはわざとらしくおどけてみせた。

高良は怒りを露わに、思い切り席を立つ。が、


「何故、という問いに対する答えは1つしかありません。すなわち権利の獲得。見事、勇者を討ち取った魔王様には――もれなく“この世界からの脱出”の権利を差し上げましょう」

「な……に?」

「それが魔王様に対する代価でございます」

「ふ、ざけるな! そんなことがまかり通るものか! 皆もそう思うだろ!?」


高良は馬鹿にされたのを笑うように、周囲に向かって同調を促す。

そうすることで己の正当性を誇示しようとするように。

これまでの聴衆の反応からして、高良に乗ってくるのは少なからずいる。そう思った。

だが、


「な、に?」


高良に追従しようとする者は誰一人としていなかった。

誰も何も言わない。

何かを悟ったかのように、何かを諦めたかのように、ただ沈黙を守っている。

逆に憐れみともあざけりとも取れる目線を、高良に送る者さえいた。


高良はそれが理解できない。

理解できないが故に、高良はこの空間において孤立していた。

圧倒的なまでに孤独だった。

そんな高良を見て、満足そうに唇をゆがめたクラウンは魔王たちに告げる。


「皆様、他に質問はよろしいでしょうか」


もちろん質問など出るはずがない。

その空気を悟ってピエロは「よろしい」と小さくうなずく。

そして右手を胸の前に、左手を腰に回して紳士的な礼をして、こう締めくくった。


「それでは魔王様。良い旅を」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ