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【じゅうよんしょう】 ゆうしゃかくせい

突如として響いた声は、イヤホンからではない。

杏菜や玲美も不思議そうに、涙でぬれた顔を上げている。

だが高い天井に反響して、発生源を完全に不明にしていた。


「誰だ!?」

『誰だ、と言われましても、私は私でしかなく、それ以外に私を形容する言葉は見当たりませんな、くくく……』

「この笑い声……まさか」


この声を聴いたことがある。

高良も、そして杏菜も。

2人の背後。そこにあった空間が捻じ曲げられた。

昏く、深い混沌を表すような闇。

そこに赤と白の道化師が姿を現す。


「クラウン……」

「エグザクトリィ。いかにも、でございます」


クラウンは優雅に一礼して見せるが、どこか人を小馬鹿にしたような態度だった。


「何しに来た? あんたら“運営”は手を出さないんじゃなかったのか?」

「イエス、私ども“運営”は貴方がた魔王と勇者の戦いに、直接関与することはございません。それは最初に宣言した通りでございます」

「なら、なぜ。一件落着には早いってどういうことだ!?」

「いえ、私どもにとって貴方がたの結末がどうなろうとゲームの進行には全く問題ないのですが。しかし、このまま終わってしまうには彼らが納得するかどうか」

「彼ら? 納得?」


クラウンの言葉の意味が高良には分からない。


「もちろん、全ての魔王、勇者さまの方々ですよ」


パチンと指を鳴らす音。

同時、周囲に変化が起きた。

高良たちのいる玉座の間。そこの空中に、千を超える数の瞳が浮いていた。


「な……んだ、これ」


高良の疑問に答えたのはバトラーだ。


『あ、あれはミフネ社製の遠視アイ眼ツール・SENRI迷彩型。魔王タイプだけでなく勇者タイプも……まさか、こんな多くの魔王と勇者に見られていたとは』


振り替えると、扉から顔だけ突き出したバトラーがいた。


「どういうことだ?」

『あれは偵察衛星。魔王様の行動は、他の魔王たちに視られてたということになります』


視られていた、という言葉にゾクリとする。


「俺たちの行動が視られてた? ……なぜだ、なぜそんなことを?」

『魔王の戦いは、何も勇者との戦いだけではありません。領地を広げるため、魔王同士で戦うこともありうるのです。その時に必要となるのが魔王の情報。魔王が使う力の秘密、それを知ることができれば対策を打つことは可能ですから』

「戦い方、弱点を知るってことか。でも何でだ? 魔王同士で戦って、領地を増やして何になるんだ?」

「高良、忘れたの? このゲーム、勝ち抜ける椅子がいくつなのか」


高良の言葉の流れで事態を理解したのだろう。

杏菜に指摘され、高良はようやく得心した。

つまりはライバルが減れば減るほど、自分の芽が出てくる。そう考える奴がいないとは限らない。


「それだけではありません」


クラウンが会話に割り込んで来た。


「何せここに集まったのは、ジャンヌ・ダルク、ジル・ドレ、そして知る人ぞ知る富豪魔王サイモン=デル=ヴァッテンシュタインという、そうそうたるメンツ。このバトルを見逃そうなんて無粋な輩は、この世界にはおりますまい」


そう言って、クラウンはサッと両手を大きく広げる。


「さぁさ、ご観覧の皆様お待ちかね! サイモン=デル=ヴァッテンシュタインとジル・ドレの戦い、いかがでしたでしょうか。幸か不幸か戦う事になってしまった魔王同士。その軍配はサイモン=デル=ヴァッテンシュタインに上がりましたが、さて次なる勝負は勇者が相手! かの有名なジャンヌ・ダルクにどう立ち向かうのか!」


何を言ってるんだ、と高良は叫びたかった。

だが、声が出ない。

熱を帯び、焚き付けるように述べるクラウンの声に圧倒されていた。

同時に思い出す。

確か高良がここに初めて来た時、あの勇者チームによる圧倒的な魔王討伐の動画を見せられた時。

始まる前の論調が、まさしくこのようなものだったからだ。


「んん? 聞こえてますよ、瞳の向こう側の声が。はい、そう。その通りでございます。ここには再起不能のジル・ドレを含めれば3人の魔王が存在します。これでは勇者ジャンヌ・ダルクは圧倒的不利。勝負の決まった戦いなど見ていて何も面白くないでしょう」


よくもぬけぬけと。

高良は心中で舌打ちした。


「そこで、勇者ジャンヌ様には、我々“運営”からの心優しい気配りを差し上げたい」


クラウンが再び指を鳴らす。

すると杏菜、いや玲美の前の空間がゆがみ、その中から一振りの剣が落ち、床に突き刺さった。


「それは契約の剣。抜けば魔王数人を相手にする力を手にすることができましょう。その代償もありますが、心身共に強靭な勇者様のこと。きっと乗り越えられましょう」


誘うようなクラウンの言い方に、ぎりっと歯を噛む音が聞こえる。


「ふ……ざけないでっ!」


玲美が吼えた。


「こんなものに、あたしはもう必要ない!」


そして剣の柄を横殴りして弾き飛ばした。

重い金属音を響かせ、剣が床に転がる。


「あたしは、生きるの!! この人たちと一緒に!!」


その瞳には、今までの憎しみや嘆きといったマイナスの色は微塵もない。

全てを受け入れて前へ進もうとする、希望の光が満ちている。

だが、その顔が不審、そして驚愕に変わった。


「分かりました。それでは“剣を受け入れた”勇者ジャンヌには神のご加護を」

「え……?」


クラウンの言葉に高良たちは騒然とした。

玲美の右手。そこには先ほど否定したはずの、弾き飛ばしたはずの剣がしっかりと握られていた。

それはどんな魔法か。まるで悪い夢でも見せられたような気分。


「ち、違う……あたしは、こんな……」


玲美が剣を手放そうとする。

だが、しかと握られた手は、桜華の意に反して開こうとしなかった。


『では、ごゆるりと』


右手を前に、紳士のようなお辞儀をするクラウンの周りがゆがむ。


「待ちなさい! 玲美に何をしたの!」


一拍遅れて玲美から離れた杏菜が飛び出す。

だが遅かった。

抜き打ちの一閃は、クラウンの身体ではなく、何もない空を斬るだけに終わった。


「ぐ、う……」


苦しげに呻き出した玲美に、高良は駆け寄る。


「だ、大丈夫か!? うわっ!」


だが、玲美は手にした剣を振り回し、接近を拒む。


「違う。あたしじゃ、ない。誰なの……? え? ジャンヌ……ダルク?」


声に反応するかのように、剣が輝きを増す。

そしてその光が玲美を包んでいく。


「なに……あたし、嫌ぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁああぁぁあ!!」


絶叫、そして発光。

思わず瞼を閉じるが、光の棘は容赦なく高良たちの眼を焼こうとする。


「ぐっ……」


高良たちの網膜を焼かんと発する光は、突如として消えた。

いや、“それ”を視覚に納めさせるために、その力を弱めたというべきか。


「天使……」


杏菜がそう呟くのも頷けるものだった。

宙に浮いた玲美。

白のローブを身にまとい、背中から左右に分かれた純白の美しい羽が、伝説上の存在との類似に拍車をかける。

ただ、伝説上の存在とは異なったものが彼女を異質なものにしていた。

1つが右手の抜き身の剣。先ほどクラウンより渡されたものだ。

もう1つ――いや33つが彼女の周りにずらりと並ぶ抜き身の剣。宙に浮いたそれらは、それらは玲美の光にこそ及ばないが、全身を金色に光らせていた。

高良自身も、その姿の神々しさに心を奪われていた。

川辺で見た彼女のありのままの姿。それすらも凌駕する美しさがそこにあるのだ。

だが同時に恐怖も感じていた。

玲美自身の姿。

死人のように冷たく無表情で、あのコロコロと色を変える瞳には、何の色も映っていなかった。


「バトラー、見えるか。“あれ”は何だ?」

『も、申し訳ありません。私にも何がなんだか……』


こっそり見ているはずのバトラーも、あの存在が分からないと言う。


「玲美……玲美!? 返事してよ!」


杏菜が必死に呼びかけるが、それに反応するのは無機質な瞳。

玲美の首がくいと杏菜に向いたと思うと、その唇だけが無造作に動く。


『魔王を特定。ただちに排除行為へ移行します』


機械の合成音声のような声。

玲美が右手の剣を高々と上げる。

それに呼応して、桜華の周囲にあった33本の金色の剣。それらがぐるぐると玲美の周囲を回り始めた。


『聖女ジャンヌ・ダルクが解放した33の都市を模した剣。エペ・ドゥ・トロントワ』


玲美の右手が剣を勢いよく振り下ろす。

高速回転する金色の剣が、次々に高良たち目指して飛んだ。


「杏菜!」


咄嗟に杏菜に向かって飛んだ。

軽い衝撃と共に、杏菜と共に床を転がる。

背後ではザクザク、と剣が床に刺さる音。

ホッとしたのもつかの間、まだ宙にある剣が狙いを修正し飛んでくる。


「走れ!」


杏菜を急かして、高良は回避行動をとる。

長椅子に銅像、円柱と、幸いにも身を隠すところに不足はしない。

手近な円柱の陰に杏菜を押し込むと、ようやく人心地つく。


「怪我、ないか?」

「え、ええ……」


そう杏菜は応えるが、心ここにあらず、といった感じだ。

妹が豹変し、本気で剣を向けてきたのだ。無理もない。

周囲を伺おうと円柱から顔を出そうとしたが、鼻先を金色の剣が横切った。


「っと!」


鼻に触れると、指が赤くなっていた。


「くそ、なんなんだ。玲美はどうしちまったんだ」


円柱を軽く小突きながら、高良は吐き捨てるように言う。

それに対し杏菜は力な下げにつぶやく。


「違う、あんなの玲美じゃない」

「それ以前に人間味が全くないな。なんていうのか、操られてるみたいな」

「桜華を操ってる? あのピエロ……!」


それは高良も同感だと思っている。

奴にすれば“直接は関与しない”とのことだが、あの状態でクラウンの所為でないと言うのはさすがに人が良すぎる。

そうなれば――


『ま、魔王様!』


バトラーが呼んでいる。

そのひっ迫した声にただ事ではないと感じた高良は、己のうかつさを知る。

視界に入っていたのに、そうとは気づかなかったらしい。


『目標、捕捉』


真横に玲美がいた。

無表情な玲美の前に、黄金の剣が浮かんでいる。


「う、うわぁあああ!!」


宙に浮いた金色の剣が、高良の首を薙ぐ起動で高速に動く。

ぐいっと引っ張られ、体勢を崩した高良は尻もちをつく高良。そのすぐ頭上を死の旋風が通り過ぎた。


「あ、杏菜!」

「後ろに下がってて!」

「何する気――だっ!?」


言い切る前に、高良を後ろに引っ張る反動として、杏菜が前に出る。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」


抜き身の剣で切りかかる。

剣の軌跡に黒い炎が燃え上がり、杏菜の金色の剣が次々と炎に包まれていく。


「私に、妹を殺させないでよ!!」


その叫びは杏菜の心の奥底から生まれたものだ。

玲美は一度距離を取るべく、すうっと空中を平行に移動する。

彼女の周りにある金色の剣は、その数を7本にまで減らしていたが、その顔に焦りや戸惑いといったものはない。


『敵、魔王による抵抗を確認。戦闘態勢第2フェーズへ移行』


あくまでの無表情で事務的に告げるその声は、杏菜の感情を逆なでるだけだった。


「ふざけないで……!」

「杏菜、迂闊だ!」


何の策もなく真正面から行っても、まだ相手には7本の剣がある。


『魔王を滅せよ、我が忠実なるしもべよ』


玲美が左手で宙をなでるようにする。

その次の瞬間、空間に光が満ちてそれが人の形を取る。

中世ヨーロッパにありがちな、無骨なフォルムの鎧に身を包んだ騎士。

それを、高良たちは知っている。


『Oui! Ma Victoire(喜んで、我が勝利の女神)!!』

「ジル・ドレ!?」


川原で見たのと同じ、光りの騎士が顕現すると振りかぶった西洋剣を大上段から斬り下ろした。


「邪魔しないで!」


杏菜が叫び、下段からの振り上げでジル・ドレの攻撃を弾く。

剣同士がぶつかりあい、衝撃波が走る。

それだけに終わらずに、2撃、3撃と繰り出されるジル・ドレの攻撃を杏菜は防ぐ。

だが次第に押され気味となるのは当然の帰結だ。

振り下ろしと振り上げ、男と女。次第に受けを崩されることは間違いない。

2人のぶつかり合い。それをただ見ているだけの立場に、高良は我慢できなかった。


(何か武器は……これだ!)


取り出した手帳に目を走らせると、すぐに目当ての物が飛び込んできた。


「Credit&Transport! 3万レン、エレメントリボルバー銀の弾丸12発セット!」


唱えた次の瞬間、高良の手の中にリボルバーと銀色に光る弾丸が現れた。

知識の見よう見まねで装填をすると、そのまま引き金に指を当てて前に突き出し、これもまた見よう見まねで構える。

狙いはジル・ドレの胸。


「杏菜、伏せろ!」


杏菜は一瞬こちらを見て悟ったらしい。

振り向きざまにジル・ドレの一撃を弾いて身をかがめた。


(上手い!)


自身が伏せると同時、ジル・ドレの体勢を崩したのだ。

高良はその瞬間を逃さず引き金を引いた。


バンッ!!


鼓膜を叩くような破裂音と目をくらます光が発せられた。

反動に暴れる銃身を押さえつけながら、続けて2度、3度と連続で引く。


「あっぶないわね!」


杏菜の怒声を浴びながらも、高良は次々に弾丸を発射し、6発全てを撃ち終わった。

そのたびにジル・ドレの上体がのけぞり、射撃が命中していることを高良に実感させた。


「やったか……」


空の薬きょうを捨てながら高良はつぶやく。

確かにジル・ドレはうなだれたまま、動かない。

――が、


『WOOOOOOOO!!』


身じろぎから両手を大きく振り上げ、再び襲い掛かってくる。


「全然効いてないじゃない!」

「頑丈だな!」


高良は舌打ちしながら残り6発の弾を込め、即座に撃った。

だが6発撃ちこんでも全く効果が見られない。


『魔王様、いけません! 銀の弾丸は破魔の効果を持つ光属性。同じ光属性の相手には効きませんぞ!』

「なっ……」


属性、という言葉は聞いたことがあった。

だが今までそれを気にしたことはなかったし、ここまで効力を発揮するものだとは思ってもみなかった。


「あ、あんた属性も考えずに攻撃してんの!? 馬鹿じゃない!?」

「んなもん知るか! くそ、3万損した!」


悔しそうに銃を地面に叩き付ける高良。


『魔王様!!』


バトラーの声に高良はハッと顔を上げる。

ジル・ドレは自らの剣を逆手に握ると、大きく振りかぶる。同時、ジル・ドレの剣が変化した。

西洋剣の形から細長い一本の棒へ。その先にはひし形の穂先が形成されている。


『敵の心の臓を貫くジルドレの忠義の剣』


玲美が言った言葉が思い出される。

その格好、その武器、その後に導き出される攻撃方法は――


「う、おおおおおお!!」


高良が身をよじるのと、ジル・ドレが槍を投げるのが同時。

偶然か必然か、投擲された槍は振り回した銃に当たり共に爆ぜた。


「熱っ!」


手元で爆散した銃を放り出す高良。


「こんのぉ!!」


その間に、杏菜がジル・ドレに向かって跳んだ。

黒い炎が舞い、光の騎士を両断せんと迫る刃に、ジル・ドレは冷静にかつ素早く反撃に出た。

腰の回転から、甲冑に覆われた太い左手が伸びる。それだけで杏菜の胴回りはあろうかというほどだ。

杏菜の眼が、その行動に、速さに見開かれる。


「ぐっ……」

「杏菜!!」


ジル・ドレの光の腕が杏菜の喉に食い込み、押し上げる。

この剛腕の剣士は、あろうことか、小柄とはいえ人1人を宙吊りにしてみせたのだ。


『ジル、魔女にとどめをさしなさい』


感情を交えず実の姉を殺すよう命令した玲美に、ジル・ドレが行動で答える。

右腕の光が強まり、一瞬後にはそこに西洋剣が握られている。


「よせっ!」


叫ぶ、がジル・ドレはそもそも高良の命令を聞く立場にはない。

だからこそ、杏菜の命は風前の灯と思えた次の瞬間――


「僕の義姉に、何をする!!」


黒い波動が走った。

杏菜を吊り上げるジル・ドレの左腕に波動が直撃し、肘から肩口にかけてを吹き飛ばした。


『GAAAAAAA!!』


杏菜を締め上げていた、ジル・ドレの左肘から手首にかけてが粉々に霧散した。


「きゃ!」


開放された杏菜はその場に落下すると、たたらを踏んで堪える。


「今の……」


高良と杏菜は、黒い波動が放たれた方向を振り向く。

そこにはやはりと言うべきか、当然と言うべきか、葛葉の姿があった。


「秋彦……」

「どうなっている? なんだ、あの光の塊は?」


葛葉は眉をひそめて問いかけてきた。

そこには先ほどまでのような病的な眼差しではない。


(なんだ……さっきまでとは様子が。憑き物が落ちたというか)


それを桃華も同様に感じたらしい。


「説明は後。まずは玲美を何とかしないと」

「玲美?」


葛葉が視線を走らせ、カッと目を見開いた。


「なんだ、これは……」

「さあな。ただ、何かに操られるのは確かだ」

「操られている、だと。そんなこと……」


信じたくない気持ちは高良には十分理解できた。

だが、この世界は魔法がある世界なのだ。


『新たな魔王を発見。対多数迎撃モードに移行します』


玲美の周りにある光の剣が、突如として剣の形を崩した。

煌々ときらめく白い火の玉だ。

それが細胞分裂のように1個が2個、2個が4個と乗算で増えていく。

僅か3秒もしない内に、50個近い火の玉が桜華の周りに浮いていることになる。


「ウソでしょ……」

「来るぞ!」


高良は咄嗟に合金で作られた魔法剣(5万レン)を呼び寄せると、横に跳んだ。

火の玉が急加速して次々と地面にぶつかって炎を上げていく。


「くっ……」


転がるように火の玉を避けた先、長椅子の陰に身を隠し一息つく。


「貴様っ、僕の玲美に何をした!」


葛葉が叫び、黒の波動による反撃が行われる。

それは確かに火の玉を消滅させはした。だが、圧倒的物量が違った。

さらに変質した玲美の身体は、羽を広げるとそのまま宙に浮く。


「と、飛んだ!?」

「そりゃ天使だ、飛ぶだろ!」


葛葉のもっともともいえる突っ込みが、高良の勘に触った。


「天使だから飛ぶとか、安直なこと言ってんなよ。羽生えてたら全部天使かよ」

「なんだと!? 玲美は天使だろうが!」

「あんたたち、言い争ってる場合!?」


杏菜に言われ、ハッとなる2人。

玲美の手がスッと上がり、高良たちを指差す。

火の玉が次々と襲いかかり、着弾して爆ぜる。


「ぐぁ!!」


直撃と爆風を各々が武器で守るが、僅かながらにも傷つき、さらに体力を消耗させていく。

さらに間の悪いことに、


『WOOOOOOOOOOOO!!』

「くそ、ジル・ドレか!」


光りで出来た片腕の剣士が、火弾の弾幕を縫って突っ込んでくる。


「くそっ!」


高良はジル・ドレの一撃を剣で受け止める。

幸いに片腕のせいか、剣士の力は前より弱い。

だが、


「なにっ!?」


高良の眼が驚愕で見開かれた。

葛葉により吹き飛んでいたはずの左腕が、肘の辺りから光が伸びたと思った瞬間、元通りの腕になったからだ。


「バカな!」

「高良!」


杏菜が横から殴りつけるように、ジル・ドレの頭を吹き飛ばした。


「おお!」


力が緩んだことを幸いに、高良がジル・ドレの右腕を一閃する。

たたらを踏むジル・ドレだが、この光の騎士は不死身らしい。

踏みとどまったかと思いきや、首と右肩から新たな光が現れ、すぐに五体満足の姿に戻ってしまう。


「何で倒せないの!?」

「こいつ、光でできてるみたいだ。だから斬っても再生するってことじゃないか」

「そんな……待って! なんか少し暗くなってない?」


杏菜に言われ気づく。

光り輝くジル・ドレの身体。それが最初の時とは明らかにその明度が違っている。


(吹き飛ばした体は霧散していた。それが再生するには、元あるものから供給してるってことか。100がマックスだとして、腕の再生に20使うと残り80。小学生レベルの引き算ってことは)


「このまま削り取れる!」


威勢よく剣を構える高良と杏菜。

そこに桜華の無機質な声が響いた。


『光騎士の残光エネルギー残り僅か。補給を実行します』


玲美の身体が光ったと思いきや、少し暗くなった光の騎士の周りが陽光のように明るく光る。

眩んだ目が元に戻った時、目の前には登場した時と同じ明るさの光の騎士がいた。


「んなん、ありかよ!」

「に、逃げましょう!」


逃げる、とは聞こえが悪いが、いわば一時撤退。

あまりに分が悪すぎるこの勝負。一度体勢を立て直すということだろう。

それが理解できたから、高良はすぐに了承した。


「分かった。おい、葛葉、一度退くぞ!」


だが、それは叶わなかった。

走り出そうとした目の前、退路となるはずの空間に赤い光が走る。

壁から壁へ一直線に伸びた赤い光の線は、一瞬後に火山のように吹き上がり、高良たちの行く手に炎の壁を出現させた。


『勇者からは逃げられない』

「ふつう逆だろ!」


合成音声に突っ込んでも仕方のないことだったが、事態はそんな悪態をつきたくなるほど最悪だ。


(こんな不条理、ありかよ。くそ、あの初日に見た魔王に同情するぜ。こんな奴らを相手にしたってことだからな)


前は不死身の光の騎士、後ろは炎の壁。


「おい」


と、それまで黙りこくっていた葛葉が、立ち尽くしている高良より一歩前に出る。

丁度、光の騎士と対峙するように。


「この顔もないのっぺりとした冴えないアイコンもどきが、僕と同じジル・ドレだって?」


葛葉はふらりと、光の騎士にさらに一歩詰め寄る。


「おい、危険だぞ。そのジル・ドレは――」


高良の言葉に、葛葉がぐるりと首を回した。

その顔には狂気とも取れる憤怒の形相が宿っている。

高良と戦った時の狂気じみた様を思い出し、高良は一瞬萎縮した。


「秋彦、後ろ!」


桃華が叫ぶ。

その言葉通り、葛葉の後ろでは光の騎士が剣を振り上げ脳天を叩き割ろうとしている。

それを葛葉は首を回しただけで、ついに剣は振り下ろされた

間に合わない。

思わず目を瞑りそうになった高良の目に飛び込んできたのは、左手一本で剣を受け止めた葛葉の姿。

否、受け止めたのではないことは一瞬後に分かった。

左手から黒の波動が吹き出し、光の騎士の剣を消滅させる。

それだけにとどまらない。

葛葉が繰り出す波動が、光りの騎士の右腕を吹き飛ばした。


『GOOOOAAAAAAAAAAA!!』


悲鳴をあげながらも、すぐに両腕を再生し葛葉に掴みかかろうとする光りの騎士。

だが腕の方向を少し変えるだけの葛葉には、到底間に合わない。


「はっ、ふざけるなよアイコン風情が! 桜華ジャンヌジル・にいてドレいは、僕のだけだぁ!!!」


両手、両足と再生する間もなく光の騎士の身体を削っていく。

圧倒的な力の差で相手を蹂躙する葛葉に、高良たちは思わず唖然と立ち尽くしていた。


「でも。な、なんで急に……?」


光の騎士が葛葉に良いようにやられているのに、疑念を抱いた高良に、杏菜がその答えをはじき出した。


「そうか、属性相性! 秋彦の属性は闇。玲美やあのジル・ドレら光とは対を成すのよ」

「ま、魔王って言うんだから全員闇属性じゃないのか?」

「基本的には闇なんだけど、度合って言うのかな。私のは闇の中でも炎属性寄りだし」

「となるとあいつは……」

「闇の中の闇。光属性の中でもやっぱり炎属性寄りになる玲美が生み出した光の騎士なんて、敵う訳がない」


葛葉の両手から出る黒の波動は、光りの騎士の身体をむしばみ、ついには頭部を残すだけとなり、


「消えちゃえよ」


完全に消滅させた。

光の粒が舞う中、葛葉は汚い物でも打ち払うように両手を振るう。


「さぁ、玲美……邪魔はいなくなった――なっ!?」


葛葉の眼が驚愕に見開かれる。それは高良も同様だ。

周囲に10以上の光の塊が出現し、それが人型――光の騎士の形を形成し始めていた。


「まだこんな……」


杏菜が絶句するのも無理はない。自分たちでは1体すら倒せていないのだ。

だが、今は葛葉がいる。


「援護する」


高良は葛葉の隣に立ち、言い放つ。


「……ふん、いらないんだよ。あんな奴ら、僕一人で倒して、玲美を助け出す」

「1人より2人の方が成功率は高いだろ」

「お前、僕が君らに何をしたか忘れたのか?」

「金にならないことは忘れる性質たちでね。せっかくわだかまりが消えたんだ。さっさとくっついてハッピーエンドになりやがれってんだ」

「なんだ、こいつ?」

「素直じゃないのよ。どうせ無駄な出費がー、とか言うんでしょ」

「う、うるさい、杏菜」


何で分かる、と高良が思うと同時、杏菜が自分のことを分かってくれているようで、どこかこそばゆい感じだった。


「それはそうと秋彦」


急に神妙な顔つきになった杏菜が、葛葉に向き直る。


「……なんだ?」

「誤解があったのは認める。色々酷いことを言ったと思う。けれど、貴方のやったことは許されることじゃない。やっぱりけじめは必要だと思うの」

「……そうだな」

「ごめんね」


パンっと乾いた音が響いた。

言うが早いが、杏菜が葛葉にビンタしたのだ。


(うわ、あれは痛い……)


葛葉はそれを黙って受け止めた。

受け止めた上で、小さく頭を下げたのだ。


「僕も悪かった。さっきのパンチと一緒に、罰として受け取るよ」


ちらっと葛葉に見られ、高良は決まりの悪そうな笑みを浮かべた。


「うん……あの子をよろしく」

「あぁ。約束する」


葛葉は力強く頷く。

それを見て杏菜は大きく頷くと、やる気漲る様子で剣をブンブン振り回す。


「よしっ、2人とも。あれが来るわよ!」


光りの騎士が生成され、ゆっくりと進軍してくるのを見て高良は言った。


「葛葉、まずは数を減らしたい。足を狙って相手の動きを封じてくれ。その隙に突破して、俺と杏菜で玲美を助ける」

「あ? なんでお前の言うことを聞かなきゃならない」

「秋彦、今回は彼に任せましょう。これまでも、それで何とかなってきたんだから」

「……仕方ない、今回だけだぞ」

「サンキュ、杏菜」


フォローしてくれたお礼を杏菜に言うと、彼女は少しはにかんで、


「信じてるから」

「え……?」


言われた途端、頭にノイズが走った。


(『信じてるから』……どこかで聞いたような。昔? 思い出せない過去に、何かがあったのか?)


「高良?」


急に放心した様子の高良に、杏菜が不審そうに覗き込んでくる。


「あ、あぁ。なんでもない。いや、なんでもなくないな。信じられておく」

「ふふっ、変なの」


杏菜が笑う。


(今は、気にするな。集中、集中しろ)


高良は頬を張る代わりに、剣の柄をぎゅっと握りしめる。


「行くぞ!」



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