【じゅうさんしょう】 まおうたいまおう
子どものアドバイス通りに進んだ先、重厚な扉が高良たちの行く手を遮った。
「ここ、か?」
「そのようです。あの扉の上、『魔王ジル・ド・レエ』という飾りが入っています」
扉の上に目を凝らすが、崩れた字体だからか、それとも全く知らない文字だからか、高良には読めなかった。
「さて、どうするか……」
ここまで来て悩むのは無計画と思ったが、ほとんど偶発的にここまで来ることになったのだ。
準備も何もあったものではない。
「あのー、魔王様」
「ん、なんだ。バトラー?」
バトラーがおずおずと高良にすり寄ってくる。
「あのですね。このバトラー、執事として魔王様に仕えておりますが。その、もちろん魔王様の安全が第一ではございますが、その、取得魔法も攻撃よりは補助に特化しておりまして」
珍しく歯切れの悪いバトラーに、高良は彼が何を言おうとしているのか分からない。
「要は役に立たないから、置いてけってことじゃない?」
「さ、さすがアンナ様。言いにくいことをズバッと言ってのけます」
そう言ってバトラーは泣き笑いのような表情をした。
「というわけですので、できればここでお2人のお帰りをお待ちしておきたいな、と」
「そういうことか」
言われ納得する。
確かにバトラー自身に戦闘能力があるとは思えない。
そもそもここまで良くついてきてくれたと、褒めるべきところだ。
だがそのおかげで、1つの方策が思いついた。
「バトラー、補助魔法ってのに、ワープみたいのあるか?」
「ワープ転送陣ですか? はい。準備に3分ほどかかりますが、100メートルほどの跳躍は可能かと」
「よし、それをここで作って待っててくれ。4人で飛ぶぞ」
「は、はい!! それならば容易いこと。えっと、4人ですか?」
「俺と杏菜とお前、それから玲美の4人だ。いいか、これは時間の勝負だ。まず俺と杏菜が突入する。そこで俺と葛葉が戦っているところで、杏菜は玲美を助けてやってくれ。玲美を助けた後は、葛葉を足止めしながら部屋から出る。バトラーはそれまでに転送陣とやらを完成させて、それでこっから脱出だ」
「なるほど。あくまでこれは玲美の奪還が一番。あいつをぶん殴れないのは残念だけど、目的を見失うわけにはいかないわね」
「承知しました」
杏菜とバトラーが納得したところで、さっそく高良は突入の準備に入る。
「あ、魔王様。こちらを」
そこへ、バトラーがどこからか取り出した1個のイヤホン型の機械を渡してきた。
それを高良の耳につけろと言う。
「これさえあれば、50メートルばかり離れても交信ができます。タイミングの問題もあると思いますので」
「バトラー」
高良は細やかな心配りに感動していた。
だからバトラーの頭に手を置いて撫でてやる。
「お前は有能なやつだ」
「ま、魔王様……ありがたき」
バトラーは感激して涙を流し始めた。
「お2人さん、準備はOK?」
杏菜が剣を構えて、扉の前に。
「派手に爆発して壊してくれ。煙に紛れて杏菜は奪還に」
「りょーかい!」
言うが早いが、剣を振りおろす桃華。
爆音が響き、重厚な扉に大きな穴が空いた。
「行くぞ!」
高良は走りだし、魔王のいる部屋に乗り込む。
「なっ……」
反響する声に、高良は思わず天井を見上げた。
塔の先端までが吹き抜けになっているためだ。
扉から玉座に向かって一直線に赤いじゅうたんが伸び、その左右に木製の長椅子が左右に10列ほど並んでいた。
魔王の間というよりは、教会と呼んだ方がしっくりする光景だった。
玉座には、葛葉が黒いコートのまま肘をついて収まっている。
玲美は葛葉の横にいた。
2メートルほどの大きな白い十字架。そこに張り付けにされている。
「まったく、野蛮な輩だ。ノックというものを知らないのかね?」
「誘拐犯相手に常識は必要ないだろ」
「さっきから誘拐誘拐と言っているけど、彼女は望んできた」
「なら何でそんな扱いをする? 十字架にかけるなんて、普通することじゃない!」
ゆっくりと、赤いじゅうたんを進む。
なるべく相手の視線を、高良1人だけに向けさせるように。
「やれやれ。君には分からないんだね。それで、彼女はどこだい? 僕の義姉になる杏菜は?」
「答える必要はない」
「なら君は何をしに来た? 君は僕らに関係ない人間だ」
「それも答える必要はない」
葛葉はやれやれ、と肩をすくめてみせる。
「ノックも知らなければ、礼儀も知らないらしい。こんな男とどうして杏菜は――」
「葛葉、秋彦だったか。1つ聞きたい。あの子供たちは何だ?」
「何を聞いても答えない君に僕が答えるとでも? ふむ、まぁいい。あの子たちに会ったのか。ふふふ、いい子供たちだろう」
「……それは否定しない」
問答に付き合ってくれた葛葉に、高良は感謝した。
そう、だからこそ。
これを聞かなければ、始まらない。
「子供はいい。彼らは実直で素直だ。どこかの大人のように卑屈で陰湿でなことにはならない。素敵だとは思わないか?」
「そうやって、殺すのか。あの時と同じように」
その言葉は、男の急所を突いたらしい。
葛葉は目を見開き、
「なぜ、それを……」
その反応に高良は確信した。
おぼろげだった疑念が、はっきりとしたヴィジョンとなって高良に告げる。
「葛葉秋彦。連続児童誘拐殺人事件の犯人として逮捕、のち死刑となる。平成のジルドレと呼ばれた男、それがお前だ」
『え!?』
耳にバトラーの驚愕が響いた。
高良は、今では完全に思い出していた。
全国区のニュースとなり、新聞でも騒がれたことを。
ただあの葛葉がここにいる葛葉だとは、信じられなかった。
新聞に出ていた50過ぎの男と、今ここにいる20代青年とでは雰囲気が全く違うからだ。
「そ、それが。どうした? だから何だと言うんだ?」
「別に。ただあの子供たちはどうするんだ、と思ってね。過去の犯罪を繰り返すのか、それともその罪滅ぼしなのか」
「ち、違う……僕は、そんなことを……」
「なら言ってみろよ。お前がどうしてこの世界に来たのか。その直前の記憶をな!」
断罪するように、高良は断言する。
「僕は、あれは、そう、違う……」
頭を抱え、呻きだした葛葉を見て、高良は心が痛む。
葛葉に同情しているわけではない。
たった今、高良が断言した言葉。それがそのまま自分自身に帰ってきているのだ。
(あれほどの大事件を起こした奴が魔王としてここにいる。じゃあ俺は何だ? 俺は何をしたんだ? どんな悪さをして死んで、ここに来たんだ)
その疑問は、高良に絶望的なほど暗澹たる思いを抱かせる。
自分はその手で人を殺したのか。
それとも、他人を不幸に蹴落として幸福の蜜を吸っていたのか。
それが思い出せないということは、反省も、後悔も何もできない。
前に進めない。
自分自身が信用できない。
(それでも――俺はここにいる)
そう、それでも。
高良は自分で自分を励ます。
杏菜がいて、玲美が捕まっている。
(この状況に自分が関わってるのなら、自分の成すべきことを、成すだけだ)
たとえ自分の罪状を棚に上げて相手を非難することになっても。
「分かったか? お前の罪が、お前の死が、お前自身の生きていた理由が!」
「うる――さい!」
頭を押さえた指の間から見える、血走った目が高良を射抜く。
「あーあ、大丈夫かよ。カウンセラーでも呼んでやろうか? もちろん紹介料はいただくが」
「お前に、何が分かる!」
ドンっと爆発音が聞こえた。
葛葉が椅子の肘掛を粉砕した音だ。
その右手から、黒い瘴気のようなものが噴き出ている。
「あーあ、もったいね。後で捨てるならもらってやる。廃品回収からリサイクルしてやるよ」
「お前、なんだお前。不愉快な奴だ……こ、殺す」
ゆらり、と葛葉が玉座から立ち上がる。
「招かれざる客、大事な式の前、潰す」
葛葉が両手を広げる。
その手のひらからは黒い瘴気が漏れ出している。
「かっくいいね、どうも」
皮肉を言ってみたが、もはや何が変わるわけでもない。
黒々と溢れる瘴気は、離れて見ても尋常のものとは思えなかった。
(あの黒い瘴気。広場でジンたちを消したあれだ。あれに触れたらアウトっぽいな)
「粉々に、砕け散れ」
葛葉が両手を前に差し出す。
そこから襲い掛かる波動を高良は知覚できたわけではない。
それでも回避できたのは、葛葉の動きが緩慢で、見てから避けることが出来たからに過ぎない。
高良が長椅子の間に身を隠した直後、玉座から入口の扉まで一直線に黒の波動が飛ぶ。
『オオオアオオオウグガガガガガガガガ』
音に声を当てたらそう聞こえるのだろう。
波動が空を切る音は、人の悲鳴のように聞こえた。
だがそれよりも驚愕すべきものが、その波動の起こした破壊の結果。
波動が通った後は文字通り全てが破壊しつくされていた。
絨毯は波動が通った部分が完全に消え去り、長椅子の通路側は砕けた木片と化している。
重厚な扉も、桃華がこしらえた穴よりはるかに巨大な空洞ができてしまっている。
「黒の波動は物質を分解し、砕く。鉄だろうとダイヤだろうと――人だろうと」
「なんつー魔法だよ」
高良の魔法に比べたらパチンコ玉と核兵器くらいの差がある。
不公平だ、と高良は心中罵った。
「だから隠れても無駄」
長椅子の陰から様子を伺っていた高良はギクリとした。
葛葉が向き直り、両手がまさに高良に向けられようとしている。
「くっそ!」
高良がその場を移動するのと、波動が出るのが同時。
瞬時にして長椅子を木片に変えた波動が、次々と高良に襲い掛かる。
それをことごとく回避して見せるが、高良の内心は疑念で渦巻いていた。
(運がいいのか。それとも精度が悪い? 遊ばれてる? ……試してみるか!)
意を決して足を止め、葛葉に向き直る。
「Credit! 1レン。銀貨、シュート!!」
高良の手から放たれた銀色の欠片――銀貨が葛葉向けて飛ぶ。
「ん?」
葛葉はそれを左手でガードしようとする。
瘴気を纏った左手だ。
(駄目か……)
そう思った高良だったが、次の瞬間思いもよらないものを見た。
「痛っ!」
銀貨が葛葉の左手に当たり、そのまま床に落ちたのだ。
「え……?」
高良は理解できなかった。
それもそのはず。
あの黒い瘴気は全てを砕く。
だからこそ瘴気に触れた銀貨は跡形もなく消滅する。そう思っていたのに。
(なんだ、今の)
銀貨は消滅せずに床に落ちた。
この矛盾に対する回答は少ない。
あの銀貨が特別なのか、前提が間違っているか。
(あるいは、これが突破口――弱点なのか)
「うざいっ」
「っと!」
迷っている暇はなかった。
葛葉は再び高良に両手を向けると、黒の波動を発射した。
ギリギリのところで避けたが、マントの裾を持って行かれた。
「Credit! 100レン。銀貨、シュート!!」
再び銀貨を射出した。
ただ今回は数が多い。1レン銀貨を百枚だ。
とはいえ、硬貨は硬貨。
それで倒せるわけでもなければ決定打になりはしない。
「ちまちまとぉ!!」
葛葉が両手を前にかざし、手のひらから黒の波動がほとばしった。
空中に舞う1レン銀貨は次々に粉々になって消えた。
その間に高良は次の物陰、銅像の陰に隠れる。
(分かったぞ。あの瘴気の能力。色々と制限があるみたいだ)
瘴気を飛ばすには両手を使わなければならない。
これは葛葉が攻撃する際には必ず両手を使っていたからだ。
そしてあの手にまとう瘴気だけでは物質を消滅させられない。
両手をかざして波動として放ってからが威力を発揮すると、高良は当たりをつけた。
(そうでなけりゃ、首を掴んだ時に消滅しないわけがないからな)
「Credit&Transport! “インスタント・マジック詰め合わせ 10個入り”!!」
高良はジンに所詮はインスタントと切り捨てられた、魔法入りのカプセルを呼び出した。
(撃ちだす形の消滅魔法。その弱点はずばり当たらなければ問題はない。つまり――)
カプセルを手当たり次第に投げて爆発させる。
「目くらましか」
爆炎やら水しぶきやらが飛び交う中、白い靄がどんどんと広がっていく。
「ふざけた真似を!!」
完全に靄に飲みこまれた葛葉だが声は聞こえる。
さらに靄を撃ちぬく黒い波動がいたるところに跳び、靄を穴だらけにする。
「どこいった!!」
靄を払い、葛葉が叫ぶ。
そして手当たり次第に黒の波動を撃ちだし、床を、椅子を穴だらけにしていく。
「どこだ、出て来い! この卑怯者!!」
「ここだよ」
葛葉が振り向くと同時、その頬を高良の拳が打ち抜いた。
絶叫をあげ、葛葉の身体が吹っ飛ぶ。
瞬間的に射出された黒い波動が高良の頬を切り裂き、背後の壁を爆発させた。
「杏菜の代わりの一発だ」
高良はカプセルを投げると同時、煙幕に紛れて椅子を迂回していた。
怒りで我を失っている状態ならば、どさくさに紛れて近づけると思ったからだ。
果たしてその予測は当たった。
吹っ飛んだ葛葉は、長椅子に突っ込み、派手な音を立ててぶつかった。
「はぁはぁ……間一髪だったが……どうだ!」
長椅子を背に倒れたままの葛葉に、高良は警戒を解かない。
葛葉の魔法は、一発が命取りだ。
油断したところを襲われのは避けたい。
「高良!! 行けるわ!」
その時だ。
背後から杏菜の声がした。
振り向くと、十字架から降ろされた玲美を杏菜が介抱している。
『さすがアンナ様。こちらも準備はOKです!』
バトラーから通信が入った。
手筈通りの展開に、高良は小さくガッツポーズをした。
「よし、杏菜。バトラーのところに行けるな!」
「ええ。玲美、立てるわね。逃げるわよ」
「姉……さん? ……なんで?」
「なんでも何もないでしょ。姉妹なんだから」
「……」
杏菜が玲美に肩を貸し、ゆっくりと歩くのを見て、高良は胸をなで下ろす。
救出がうまく行くかという問題と同時、あの姉妹が問題にならないか心配だったからだ。
それがとりあえずは上手く行って、ホッと一安心といったところだ。
ガタンっ
椅子の倒れる音が響く。
「……っ、野郎!」
葛葉がゆらりと、体を起こしていた。
まだやる気のようだ。
だから高良は杏菜たちを庇うようにして、杏菜には迂回するよう指で合図を出す。
「なんで――」
「え?」
上体をかがめ、ふらふらと立つ葛葉から聞こえた疑問の言葉。
何故。
それを高良は一体何人の人間から聞いたことだろう。
そして、これからも聞き続けるだろう。
「なんで、僕らの邪魔をするんだよぅ」
泣いていた。
身体を起こした葛葉は、左頬に腫れを残したまま、さめざめと涙を流していた。
(ちっ……自分勝手に暴走して、自分の思い通りにならなくなったら泣く。めんどくさい典型だな)
高良は内心で舌打ちしながら、頭を掻きながらも答えることにした。
すでに相手に戦意はなさそうだ。
「なんでって。そりゃなんでも思い通りに行くわけないだろ。嫌がってる相手を無理矢理どうこうできるって考える方が、なんでって感じだよ。金でもどうこうできない、世の中なのに」
「違う。僕らは愛し合ってるはずだ……あの炎の思い出が、僕らを結ぶ絆のはずなんだ」
「ガタガタ言ってんじゃねぇよ! お前は玲美を山火事の中に置き去りにして逃げた。違うのかよ!?」
「それこそ違う! 僕は確かに玲美を助けに行った!! けど間に合わなかったんだ。本当だ! 僕が玲美を置いてきぼりにするわけがないじゃないか!!」
「ならどうしてあそこでこの姉妹は死んで、お前は児童連続殺人なんてできたんだよ!!」
高良は杏菜を見る。
だが杏菜も戸惑いの顔を浮かべるだけで、答えはない。
「僕は……確かに。玲美を助けようと……」
視線を床に落とし、悔し涙を浮かべる葛葉。
その様子が真に迫っていて、高良には判断がつかない。
とりあえず、ここは玲美を救い出す方を優先して切り上げようとしたが、
「待って!」
玲美が待ったをかけた。
眠らされていたからか、少し辛そうだが、しっかりと高良の方を、いや正確には葛葉を見ている。
「少しずつ思い出してきた。あの時、あの場所。2人きりになれたのが嬉しくて。あたしがもっと奥に行こうって、はりきっちゃって。そこでたき火の不始末を見つけて……」
一つひとつ、思い出すように語る玲美を、高良たちは黙って見守る。
「それが燃え上がって、あたし、驚いちゃって。足くじいちゃって。アキ、あの時背負ってくれるって言った。けど、あたしは断った。それより先に、皆に伝える方が先だって。火を消すのが、山を綺麗にしようっていう、青年団の使命だって。あたしは、足をくじいただけだし、火の回りも遅かったし、逃げられると思った。けど、そうじゃなかった」
急に火が、ガソリンでもまかれたかのように、燃え広がったのだと言う。
「じゃあ、秋彦は逃げたってわけじゃないってこと!? 玲美を助けようと、本気で……」
杏菜の問いに玲美は静かにうなずく。
「アキは必ず戻るって言ってくれた。だから熱さなんて感じなかった。すぐに、アキが来るって……信じてたから」
「ごめん、玲美……間に合わなくて」
「ホント、馬鹿よ……あたしなんかを気にして、そのあとの人生ふいにしちゃって……」
高良の先の会話、玲美には聞こえていたらしい。
愛した人を救えなかった苦悩。救えたかもしれない葛藤。
それが、その後の葛葉の一生を左右してしまったのだろう。
「姉さんも姉さんよ。一緒に死んじゃうなんて、馬鹿みたい。せっかくあたしがいなくなって、アキと一緒になれたかもしれないのに……」
(その姉への思いが、記憶を失ったことにより憎しみに転換され、杏菜を襲うことになったのか)
「馬鹿よ。みんな。あたしなんか捨てて、ちゃんと生きてれば……こんなことにはならなかったのに……。あたしは聖女なんかじゃない。皆を不幸にした、最悪の魔女よ」
はき出すように、玲美は言う。
蘇った記憶に、これまでしてきたこと。
それらが全て、奔流となって玲美の衝動を突き動かす。
「だから、あたしなんて助ける価値もない――」
だが、その言葉は止まった。
杏菜が玲美を包み込むように、ギュッと抱きしめたからだ。
「それだけは言わないで。お願いだから。自分に価値がないとか、そんなことはないから」
「姉……さん」
「もう、いいじゃない。昔のことは。みんなはき出して、すっきりして、分かりあって。それで十分じゃない。もういいのよ。だってこうして――」
杏菜はちらと高良を見た。
そして再び玲美に視線を戻す。
「死んでからやり直せたんだから」
その言葉を受け、玲美の瞳から涙が溢れ、ついには決壊した。
わんわんと泣き出した玲美に、杏菜はそれを受け止め、さめざめと涙する。
葛葉は膝をつき、悔しそうに2人を見つめている。
高良は1人、傍観者の立場にいた。
「はぁ……やれやれ、人騒がせな」
『魔王様。そういうことは、言わぬが花、というやつです』
「バトラー。聞いてたのか」
『ええ、そちらの声もこちらには届いてますので。それで、結果は良好そうですか?』
「良好と言えば良好。金にならない結果だけどな」
『おお、さすが魔王……ザッ……いつも考えて……ザザッ……すれば』
「おいおい。電波悪いぞ。安物買ったんじゃないのか?」
『え……魔王……なんで…………』
「ま、とにかくこれで一件落着だろ。早く帰ろうぜ」
『…………』
「おい、バトラー? 聞こえてるのか?」
そうバトラーに投げかけた言葉は、まったく違う声色で帰ってきた。
『残念ながら、一件落着にはまだ早いと存じます』




