【はじまり】 まおうしす
「オメガ・ブラスト! オメガ・ブラスト! オメガ・ブラスト! オメガ・ブラスト! オメガ・ブラスト!」
大気を震わせ、小規模の爆発が幾重にも重なり閃光を生させる。
荒野の砂を舞い上がらせ、辺りの視界は一気にゼロになった。
(ありったけの魔力をつぎ込んだ……これならいくら奴らでも)
爆発を引き起こした主は、祈るように砂煙が晴れるのを待つ。
荒野を薙ぐ一陣の風が砂煙を裂くようにして通り過ぎる。
ごくり、と彼の喉が鳴る。
次第に晴れる砂煙に、荒野にはない色を浮かび上がらせた。
それは青色。
元は抜けるような青空の色をしていたそれ――西洋風の鎧のブーツ部分だ――は、今や爆発と砂塵、これまでの長い闘いの果てに傷つき、くすんだ色をしていた。
砂煙が晴れ、仰向けに倒れ微塵も動かない男の肢体が露わになる。
青色の鎧兜は所々が砕け、露わになった肌は爆発の影響で焼きただれている。
誰がどう見ても、その男は完全に息の根が絶えていた。
その姿を見て、彼は緊張の張り付いた顔を一気に弛緩させた。
「た、倒した! 倒したぞ……僕が、僕が奴を! 見たか、僕が最強の――っ!?」
歓喜に震える声、それが一瞬のうちに冷めていく。
倒れた青い鎧を着る男の周囲に光が満ち、一瞬後には指を、腕を、足を、体を、頭を、心臓を動かした男がゆっくりと起き上がる。
「そ、蘇生魔法……」
彼は愕然と呟く。
眼前で展開される現象、知識としてそれはあった。
だが彼の想定では詠唱の開始に1秒、詠唱に5秒、始動から対象への力の遷移にゼロコンマ7秒、対象の蘇生に2秒、合わせて約9秒の余裕がある、そう計算していた。
はずなのに。
現実は彼の想定に反し、ゼロコンマ5秒で全てが終わっていた。
砂煙が完全に晴れ、青の鎧を着た男の背後に、4人の男女が姿を現す。
1人は銀の鎧に大振りの戦斧を担ぐ大男。
1人は短髪で動きやすそうな布の服を纏う、少年の面影をのぞかせる小柄な少女。
1人は先のとんがった黒い帽子をかぶり、黒衣の衣装に怪しげな杖を持った少女。
1人は真っ白な服装の杖を眼前にかざす持つ金髪の青年。
その金髪の青年の頬に一筋の汗。
蘇生魔法を瞬時に唱え、男を救ったのはその青年だ。
予想を超えた力量を持った青年に、彼は忌々しげに吐き捨てる。
「僧侶……! HPも防御力も低いお荷物がぁ!」
彼は右手に力を込め、前に突き出す。
力が具現化し、黒い弾となって突き進んだ。
目指すは金髪の青年。
当たれば彼の言うとおり、低いHPと防御力が災いして即死は逃れない。
だが――
「任せろ!」
大男が青年の前に割り込んだ。そして担いだ戦斧を抱くようにして、黒い弾に備える。
直撃。
大きな爆風が大気を揺らすが、護られた青年らはもちろん、大男にわずかに傷を負わせたにすぎない。
その背後から突然雷が飛んできた。
光ったと感じたのも一瞬、彼の身体を衝撃が包み込む。
「ギガサンダー、ブレイク!」
黒衣の少女だ。
杖を上に掲げて雨雲を呼び、雷を召喚したようだ。
全身をむしばむ電撃に、体細胞が跳ね回るように暴れ肉体を傷つける。
「うっさいんだよ!」
彼はそれを体内の魔力を爆発させることで打ち払った。
魔力、というものの原理は今も分からないが、使い方はこれまで何度も練習してきたので使い勝手は分かっている。
その魔力をさらに燃やし、反撃に出ようとする。
だが、それが致命的な隙となった。
次の瞬間、目の前に飛び込んできたのは、布の服を纏う小柄な少女と先ほどの大男。
小柄な少女は宙を飛び、器用に体をひねって連脚を放ってくる。
大男の方は地を走り、手にした戦斧を下から振り上げてくる。
天と地、大と小。
見事な連携技に、彼は一瞬恐怖し、それに勝る怒りが彼の魔力を爆発させた。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」
爆発した力が、少女と大男を吹き飛ばす。
再び砂塵が舞う中、彼は狂ったように嘲笑する。
「はは、はははははは! そうさ、そんな力で僕に逆らうからさ。戦士も、武道家も、魔法使いも僧侶も……皆、僕に傷一つつけられない。無駄死にだ。僕は無敵だ。最強だ!」
「違う!」
砂塵を切り裂いて、声が、そして青が、質量が来た。
青の鎧を着た男だ。
男は右半身で頭から突っ込むように彼に向かい、そして大きく体を回転させた。
銀色が空を薙ぐ。
彼の身に、焼け付くような痛みが走った。
斬られた、と思った時には手が反射的に動いていた。
左手から放たれた魔力が爆発を生み、男を吹き飛ばす。
だが手ごたえがない。
それ以上に身を焼く痛みに、彼は涙を流し、うずくまってしまった。
「それが痛みだ。お前が人を苦しめ、奪って行った命の……」
男の声が彼を打つ。
(それこそ違う! 僕はそんなことしてない! そんなもの、奴らが決めたそういう“設定”だろう! くそ、痛い、痛いよぉ!)
だが彼はそれを声にすることはできなかった。
言おうにも、何かプロテクトがかかったかのように、声に出せないのだ。
顔を上げ、男を睨む。
「く、来るな!」
本能的に恐怖を覚えた彼は、再び手をかざし魔力を飛ばす。
それは男に直撃し、確かに傷を負わせている。
だが次の瞬間、男の背後から白い光が飛び、男を包んだ。
爆炎が晴れたそこには、鎧こそボロボロだが、肉体には傷1つない完全な男が立っている。
金髪の青年の仕業だ。
彼が回復魔法を瞬時に唱え、与えた傷をプラスマイナスゼロにしてしまったのだ。
ならばそちらから先に倒せば、と思うがその周りには、他の連中が青年を守っている。
「その命たちが、そして仲間たちが俺を支えてくれた。だから、誰も無駄死にじゃない。生きて、俺につなげてくれた……!」
男が一歩一歩、彼に近づいてくる。
対して彼は手傷を負って動けない。
彼に回復をしてくれる仲間はいない。それは彼の人望によるものではなく、そういう存在だから。
「く、くそおおお!!」
だから攻撃する。
少しずつ近づく敵意に対し、ありったけの力を注ぎ攻撃する。
それらは全て男にヒットしている。
だがそのたびに白い光が攻撃をなかったことにする。
それだけではない。
男の後ろから火の玉やブーメランのように飛ぶ戦斧、風を裂く衝撃波が彼に襲い掛かる。
「こんな……」
いくら攻撃しても全て無効にされてしまう敵。
「こんな……こんな!」
小しずつだがじわじわと、確実に傷を負わされていく自分。
これほど圧倒的な勝負はない。
「こんなの卑怯だ!」
彼も昔、同じようなことを自分もしていたことを忘れ叫んだ。
叫んで状況が変わるべくもないが、叫ばずにはいられなかった。
圧倒的な不条理。
壊滅的な現実。
「ここまでだ、魔王……」
その不条理に対する怒りを、冷たい言葉で切り捨てたのは男の声だ。
男が白銀の剣を天にかざす。
見下ろす視線は敵意と殺意に満ち、とてもではないが言い訳の通じる空気ではない。
(違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!)
追い詰められた心が吹き出し、最後の力を吐き出す。
両手に宿った確かな魔力を、目の前の男に叩き付ける。
回復されるなら一遍の肉片も残さず消滅させてしまえばいい。足りなかったのは殺意だ。
目の前の、人の形をした物体を殺すことが無意識のうちのブレーキになっていたのだろう。
それが今や消えた。
明確な殺意をもって敵を襲う。
そこで彼は初めて、敵の名前を呼んだ。
「勇者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
だがそれは届かない。
一閃。
視線が左右でずれていくのを知覚し、それぞれが横に倒れていくのを見た彼は、己の死を悟った。
眼は開いているはずなのに、視界が次第に黒に塗りつぶされていく。
自分という一個が消えていく。
(嫌だよ、僕は死にたくない。死にたくないから、戦ったのに……会いたいよ、ママ……)
彼の意識は、そこで消えた。