~時の巡りは残酷に~
ドラゴンがもたらした恐慌から、時は流れた。
ダンカードが村を訪れてから、今日で十年という月日が流れようとしていた。ジリハマ村のには自警団が生まれ、並大抵の魔物ならば村人達で対処出来るようになるほど、村の戦力が整っていた。
ダンカードはその間、村を離れたり、また訪れたりと旅を繰り返していたが、時間が経つに連れて徐々に旅の期間が長くなるようになる。
自分は最早、この村には必用ないーー。それがダンカードの下した結論だった。彼は次の来訪が最後だと村長や村人に告げて、再び世界を巡るために村を去った。
一方で、アイオンは自分の正体を両親から聞いた。戸惑いを隠せないようだったが、自暴自棄にはならなかった。ダンカードやウェイドの支えもあったことが大きい。
アイオンは真面目に自分の力と向き合った。母アメリアに指導を仰ぎ、力を制御、使用する方法を学んだ。
無論、魔術だけではなく剣の腕も磨き、アイオンの実力はダンカードを除けば村一番と呼べるほどになった。
修練を重ねたアイオンは、十六歳になった。
誠実で優しく、また悠然とした態度。鍛えたことによる逞しい体躯に加えて、アメリア譲りの顔立ちに、首にかかるくらいの金髪と、容姿も優れている。
どこかしら、ジリハマ村民とは違う風体を持っていることから、村の中でもアイオンは目立つ存在感を放っていた。そのせいか、よく特別なものでも見るかのような目で見られるようになった。
子供の時と変わらない目で見てくれたのは、ウェイドぐらいなものだった。だからこそ、アイオンは好んでウェイドと共にいる時間が多い。
ウェイドは赤みがかった髪で、少し癖があるのか毛先の方向が一定ではない。目付きは悪く、身長はアイオンより低い。体格は着痩せするものの意外と筋肉質である。
ウェイドは二つほどアイオンよりも年上であるが、二人はそんなことは気にしていなかった。
対等に接する二人は、お互いの腕を磨きあうこともよくしている。今日もまた、アイオンの魔術練習にウェイドは付き合っていた。
かつてドラゴンが現れた洞窟内に、二人の少年は剣を腰に、距離を空けて睨み合う。
「よし、いくよ!」
「おう! 今度こそお前の魔術をぶち破ってやるぜ!」
「束縛されし魂よ! 汝の光を解き放ち、今ここに輝きを見せよ! 我は言葉を紡ぐ者、アイオンの名の下に『覚醒』せよ!」
アイオンの体から、淡い青色の光がほとばしる。
ウェイドがきた、というと剣を構えて、にやりと笑った。それを見てから、アイオンもまた腰のベルトに繋いでいる鞘から剣を引き抜いて構えた。
アイオンの体が二重にぶれる。それと同時に、離れた位置に立っていたウェイドの剣に激しい衝撃が走った。ウェイドは顔を歪めてその衝撃を堪えるが、鈍い銀の輝きはまたすぐに瞬く。
アイオンの剣が幾重もの斬撃を放ち、ウェイドはそれを何とか受け止める。しかし人を超越しているアイオンの動きと力に、ついにウェイドの剣は弾かれて、地面に軽い音を立てて落ちた。
アイオンの剣がウェイドの首に向けられる。すると、ウェイドは両手を挙げた。
「だー、もう! また瞬殺された。何度やっても勝てやしねぇ」
「いや、受け止められるだけ、ウェイドは凄いよ」
アイオンの体から、青色の輝きが失せた。そして、アイオンは大量の汗を顔から吹き出して、その場にへたりこむ。
「ああっ、腕と脚が痛くて堪らないよ。やっぱり、この魔術は反動が大きいな」
「それを克服するための修行だろ。さ、もう一度やるぞ!」
「無理だよウェイド。これ、単発式なんだから。一度使うと、また発動できるまで時間がかかるの知ってるだろう?」
ウェイドは意地悪く笑った。アイオンは、汗を拭いながら苦笑する。
「おう、もちろん知ってるぜ。だからこそ、もう一度だ。あれ使うと、お前は酷く弱るからな。俺がお前を叩きのめす絶好の機会だぜ」
「ちょっ、ちょっと、ウェイド、待ってーー」
「問答無用! さっきやられた分倍返しじゃあ!」
ウェイドが素手で襲いかかり、アイオンは抵抗する間もなくウェイドに馬乗りされた。そして、ウェイドはアイオンの脇や横腹をくすぐりはじめ、アイオンは笑いながらのたうち回る。
「ははっ、ひひひぃっ!? や、やめて……」
「どうだアイオン! 俺の苦しみをその身で味わえ!」
それがしばらく続き、アイオンはよりくたびれてその場に倒れていた。ウェイドはどんな形であれ手にした勝利を、満足げに誇ってアイオンの前に仁王立ちしている。