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最後の剣  作者: 二口 大点
闊歩
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~剣は再び振るわれる~

 バグラは黙っていた。アイオンに『治癒』されてなお傷が深いこともあるが、なによりダンカードが側にいるためだ。


 殺されかけた時、ダンカードは突然現れて、知りすぎたとバグラを殺しにかかったが、その秘密らしいことをさらりとアイオンに教えている。


 だからこそ、バグラは黙った。ダンカードが隠したかったことは剣の中身の話ではなく、別にあると察したからだ。アイオンは、少し警戒心を残しながらもダンカードの話を聞いている。


「ギルヴァネアといえば、不死の魔王としてその名を轟かせ、この世界に魔族を引き連れてやってきた侵略者。世界については無知に等しい僕でも知っています。その魔王が封印状態にあって、その魔力の核がこの剣に? いくら師匠の言うことでも、信じがたいというのが本音です」


「だが事実だ。私は奴の封印場所を知っている。だからこそ、ハルバーティスに追われているのだ。先ほどはそこの魔族が剣をいじっているのを見かけたのでな。下手に刺激を加えられて、ギルヴァネアの魔力が漏れることを避けるために刃を向けた。お前は仲間といったが、魔族は信用はおけない。そのままその剣を持ちだされることが、私にとっては脅威だった」


 そう言って、ダンカードはバグラを一瞥する。その視線を遮るように、両者の間にアイオンが割って入る。


「ならば、なぜそんな剣を僕に? それこそ、事情の知らない僕が魔王の魔力を呼び覚ますきっかけを作ってしまうことになったのでは?」


「……お前は知らずの内にその魔力を使っていたはずだ。だから副作用もなく、お前は戦い続けられた。最も、やはり奴の邪気に心は蝕まれていたようだが」


「あの異常な暴力衝動は僕のものではなかったのですか?」


「いや、お前のものだ。ただ、お前が抑えていたものを奴の邪気が増幅させた。あのままであれば、お前は血に飢えた獣と化していたやもしれんな。魔力を扱えるお前にこの剣を持たせたかったのだが、仕方がない。私が持っていく。代わりに以前お前に渡していた私の剣を――」


「いえ、師匠。この剣は僕が持っていきます。理由がどうあれ、その剣は僕が譲り受けたものです」


「なに?」

「ちょっと!?」


 驚くダンカードとミーシャ。しかし、一番驚いたのはこの二人ではなく、まだ癒えたとはいえない体を無理矢理たたき起こしたバグラだった。彼女は重そうな体でダンカードに背を向け、アイオンの前に出てくると、その腹を思い切り蹴飛ばした。


 息も絶え絶えになりながら、青い顔のバグラは怒ったような、苦しそうな顔をしている。アイオンはといえば、突然蹴られたことに困惑した表情を浮かべていた。


「こんの、バァカがぁ!! ボ、ボクがこんな目に遭いながらもその剣を持っていくだってぇ!? 頭沸いてんのか? あれは魔王の核入り、邪気の塊だぞ!? 現にお前完璧に吞まれてたじゃないか! それだってのに、そ、それだって……ゴホッゴホッ」


 咳き込み、傷を抑えてその場にうずくまるバグラ。口を閉ざしても、まだ言い足りないのかアイオンを睨みつけて目で訴えている。アイオンは苦笑いしながらそのお叱りを受ける。


「確かに、師匠に持ってもらった方が僕としても安心できるよ? だけど、なんだろう。僕の勘――いや、確信があるんだ。その剣を持っていた方がいい。きっと僕には必要になるんじゃないかって思うんだ。もちろん、普段は使わないよ。ミーシャと選んだこっちの剣を主に使うけど、もし魔術を使わなきゃいけない相手であれば、その剣を使う」


「確かに、魔力切れもお前の副作用もなくなるだろうけどさあ、危険すぎやしないかい?」


「そうよ! あんた、ただでさえおかしくなってたんだから。無理しない方がいいんじゃない?」


「ありがとう。でも、決めたことだ」


 アイオンは意見を曲げようとしなかった。ダンカードはそんなアイオンを見て、微笑む。


「頑固な奴め。良いだろう、この剣はお前に預ける。では、私はそろそろ行く。騒がせたな」


「……師匠、一つ教えてください。師匠は――」


「そういえば、南で人食いカークスがブレイブレイドという傭兵団に倒されたそうだ」


「え?」


「それと、ラインベルクでもなにか妙なことが起きているようだ。一度王都へ戻ることを、勧める」


 ダンカードはアイオンの言葉に答えず、それだけ言ってその場を立ち去る。アイオンはダンカードの背を見つめた後、自分の目の前に突き刺さる文字通りの魔剣に視線を落とした。そして、その剣を掴んで字面から抜き取ると、僅かに黒い魔力が刃を這い、アイオンの手にまとわりつく。


「もう、平気だ。例え黒い狂気が僕を包んだとして、それも僕なのだから。きっとこれに気付くために、僕はここまできたんだ」


 そのまま剣を鞘に納め、アイオンは決意の炎で瞳を燃やす。


「一人、感傷に浸るのはいいんだけど。あたしとしては気が気でないんだけど?」


 腕を組み、怪訝な面持ちで剣を睨むミーシャが言うと、アイオンは優しく笑んだ。


「ごめんね。これからも、迷惑かけるよ」


「前提ってやめてよね! 後でがっぽりお金で感謝を示しなさいよ! で、どうするの?」


「王都へ戻る。ウェイド達とは合流できるかわからないけど、とりあえず一度戻ろうと思う。師匠が言っていたことが気になるしね」


「キキキ、あのダンカードってやつ、なにか隠している。ボクを斬ろうとした理由も剣をいじった以外にありそうな気がするね。なんなんだい、あの男は?」


「ただの剣士ではないと思っていたけど、師匠は何者なんだろう? でもいずれ、きっとわかる時がくると思うよ。だから、今はまだ答えは知らなくていい。さあ、宿へ戻ろう」


 アイオンがバグラに手を差し伸べる。バグラはその手を見て、少したじろぎながらも手を伸ばした。すると、アイオンがその手を掴んでバグラを立ち上がらせる。はっきりと手を繋いだことを理解したのか、バグラは少し頬を赤く染める。


「お、お前さ、ボクのこと、あの、あれって……」


「え? なに?」


「仲間って、認めていいのかい? ボクは魔族だし、お前を乗っ取ろうと……」


「そうだね。でも、君は一緒にいてくれた。最初は確かに恨んだし、憎らしさもあったけれど、皆と離れて、僕が力に溺れた時もついてきてくれたでしょ? 感謝してるんだ。多分、僕一人だったら今頃もっと荒れていたはずだからね」


「そ、そうか。あれはその、うん。ボクに感謝して賛美しながら生きて行けよ! まったく仕様のない半端者なんだからさあ! ボクみたいにしっかりしたのが付いてってやらないと不安でしょうがない」


 照れ隠しであるのは明白だった。だがバグラはとても嬉しそうで、アイオンと繋いだ手を離そうとしない。ミーシャはそれをじっとりとした目で眺めていたが、アイオンの空いたもう片手と自分の手を繋ぐと、町に向かって歩き出した。アイオンは引っ張られる形でその後に連れられる。


 二人に挟まれながら、アイオンは不思議そうな顔をしていたが、やがて気にしなくなったのか楽しそうに微笑んだ。アイオンを挟んで、ミーシャとバグラの視線が交差すると、二人は眼で戦い、熱い火花を散らす。


 当のアイオン本人は、新たな戦いが目の前で起きていることにまったく気づいていない。それゆえか、その場でヒートアップしていた二人は一気に熱が冷めたらしく、嘆息した。


 アイオンは魔剣ギルヴァネアを腰に下げ、宿へと向かう。準備を整えた後、ラインベルクへと戻ることを決めた彼の道は、再び開けた。

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