~ある秘密~
アイオンは剣を購入したところだった。普通の剣よりも幅広で、分厚く重い剣だ。だがその分丈夫であることを確認した上での選択であった。ミーシャが剣の値段を値切ったおかげで幾分か安く買え、店主は泣いたがアイオンは笑みを見せる。
店の外に出たとき、アイオンは僅かな魔力を感知していた。ミーシャは気が付いていないようだったが、アイオンは音の方角へと目を向けて立ち止る。
「どうしたの?」
「いや、なにか……?」
二人の目が町の外に向いた後、魔力の発生源であるバグラは、左腕に斬撃をうけて血を流していた。
ダンカードの容赦のない剣撃が幾度もバグラを襲うが、それを紙一重でバグラはかわしていく。同時に剣を振りぬいた隙を狙って反撃をするものの、鎧に阻まれて有効打が与えられない。
バグラが蹴りを繰り出すものの、ダンカードはそれをかわして剣を振り下ろす。バグラは片足で跳んで蹴りの勢いのまま避けると、踊るように身を返して視線を決してダンカードから外さない。ダンカードはさらに突きから薙ぎ払い、斬り上げと攻撃を派生させて連撃を繰り出すが、バグラは横に避けしゃがみ来み片腕で後ろに跳ぶなど軽業を魅せる。
だが、片腕を初撃で負傷したバグラは避けることで精一杯であった。そして避けてはいるものの、ダンカードの鋭い剣技をかわすのに集中してか、僅かな戦闘の間にバグラは息を荒くしていた。
「よく避けるものだ」
「キキキ、そう簡単にはくたばってやらないよ。あんた、一体何者だい? あんな剣をどうやって入手したのさ」
ダンカードは大きく踏み込み、強烈な突きを繰り出す。横に跳ぶも、咄嗟だったためか体勢を崩したバグラは、そのまま地面に手を突いた。瞬きするほどの時間だった。体を翻そうとバグラが顔を上げた時、ダンカードの剣は既にバグラの頭上にあった。
微かに頭を動かせたものの、バグラは肩口から腹に至るまで斬られ、血しぶきと共にその場へ倒れ込む。咳き込み、血反吐を吐くバグラをダンカードが見下ろす。
「丈夫なものだ。苦しむ時間が長引くぞ」
ヒュー、ヒューという、呼吸というよりも口から息が漏れ出す音でバグラは答えた。喋ることすら叶わない彼女へ、ダンカードは剣を向ける。
光を失いつつあるバグラの瞳に、銀の光が瞬いた。ダンカードが天に剣を掲げて、彼女の生を断とうとする光だった。だが、そこへ別の光が輝いた。
鉄同士が激しく打ち合う。ダンカードは少し眉根をひそめ、対峙した相手を睨んだ。バグラはゆっくりと瞳を上げると、彼女を庇い、師の剣を受け止めるアイオンの姿があった。
「アイオン、なぜ止める? その女は魔族だぞ」
「師匠、彼女は違うんです。確かに魔族だけど、殺してはいけない!」
「……お前は人であることを辞めるのか? 母の方へ付くつもりか?」
「違います! 魔族に味方するわけではありません。その身に宿る生命よ。汝の運命を守るため、その身に受けし苦痛を消し去れ。我が言葉に従い、汝の肉体を『治癒』せよ!」
会話の最中、アイオンはバグラの傷を癒す。すると、アイオンは辛そうに顔を顰めた。ダンカードはそれを見て、ため息を吐いた。
「言っていることとやっていることが違う。そして、お前の行動理念が見えんな。アイオン、お前はなんのために剣を振る? 魔族の味方をしないというなら、なぜその女を庇う?」
「……ずっとそれを探すつもりでした。でも、分かってきたことがあるんです。僕は人であり、魔族であること、それを悩んできました。いっそのことその垣根を越えて強くなれば、僕個人として認めてもらえるんじゃないかって思いもしました。だから力を求めた。強くなった自分を誇りたかった。
だけど違うんです。人は僕を認めてはくれなかった。むしろ、化け物だと恐れました。魔族ですらも、怯えた顔を見せていました。力を得た先に居場所はなかったんです。あったのは孤独だけ。
でも、ミーシャが来てくれて、バグラもついてきてくれて、少し目が覚めた気がしました。なにをやってるんだろうって思ったんです。力は心を渇かせる。僕が求めたものはそこにはなかった。そして、僕が悩む問いの答えは――見つけるものではないのでしょう。きっと少しずつ手に入るものなんです。
ただ一つ、僕が持つべき覚悟は、たった今見つけました。人とは違う、魔族とも違う。どちらともいれない僕だからこそ、どちらも愛し、どちらにも剣を向けなければならない。例えそれが、誰であっても。
だから、今僕が手に入れた答えは、信じぬくこと! 僕を信じて支えてくれる仲間のために剣を振るうということ! バグラを庇う理由は、彼女も僕の大事な仲間だからです! 師匠! どうか剣を収めてください! 納めてくれないというのなら、僕はあなたと戦います」
ミーシャは離れた位置でその成り行きを見守る。バグラは仲間と聞いて、目を見開いた。ダンカードは、剣を向けた手を下さない。アイオンは剣を構え直し、両者は距離を取る。
一陣の風が二人の髪を撫でた。同時に、アイオンが踏み込む。上段斬りをダンカードが受け止め、力任せにはじき返すと、今度はダンカードが連撃を加える。右、上、右からの左薙ぎ払いと、線が空に刻まれる。アイオンはそれらをいなし、薙ぎ払いだけを受け流して反撃に出る。
突きから体を大きく回転させて斬りつける強撃を繰り出すと、ダンカードは力に押されて何歩か押し出される。だがさらに踏み込もうとするアイオンに対し、体勢を崩した振りをしてから斬り上げる一撃を魅せると、アイオンは踏みとどまれずに首元に剣を当てられる。だが、ダンカードはそこで剣を止め、首を刎ねるとまではしなかった。
首の薄皮が切れて、血が垂れる。アイオンは首に剣を突き付けられたまま、ダンカードを注視し続ける。負けたと思わせない強い眼をしたアイオンを見て、ダンカードは無言で剣を引き、鞘に納めた。
「迷い続けているほうが、まだ聞き分けがあった。決意は固いようだな、強情なる弟子よ」
「……師匠?」
「いいだろう、その魔族の命はお前に預ける。そして、教えよう。お前に与えたあの剣の秘密を」
ダンカードがアイオンに与えた剣を拾い、それをアイオンの前に突き立てた。
「知りすぎることは、時に余計な弊害を生む。よく覚えておくことだ。この剣に竜の角を使っていることは事実だが、実際にはこの剣の魔力を抑える緩衝材のような役割を担っている。この剣の中枢には、ある特別な素材を使っていて、その魔力が日常的に漏れ出さないようにするために強固な素材が必要だったのだ」
「特別な、素材?」
「ああ、恐らくは、全ての魔族が恐れおののくものだ。この剣には魔核と呼ばれる、魔力の塊が入っている。魔族の魔力の発生源といえばわかりやすいだろう。これは魔族の体内に生成されるもので、死ねば普通は消滅するものだ」
「そんなものが使われていたんですか?」
「ああ。だから恐らく、お前はその魔力の恩恵を受けたはずだ。魔術による副作用は、なくなっていたろう?」
「そういえば、いつからか……? でも、マルトールという魔族との戦闘では魔力が途中で尽きました」
「……マルトール、か。その時はまだ核は眠っていた、というだけだろう。お前にはっきりと影響を与え始めた頃に目覚め始めたはずだ」
「ドラゴン戦の前後でしょうか? ところで、気になっていたんですが、師匠。魔核というものは、死んだら消滅するのでしょう? どうしてこの剣の魔核は消滅しないのですか?」
「私がハルバーティスらに追われている理由がそこにある。とある秘密を知っているからだ。その秘密がその魔核。その核は、奴らが王と呼ぶものそのものなのだ」
「王って……!?」
「あの剣に使われているのは、魔王ギルヴァネアの魔核。不死の魔王の力の源が使われている。不死の王は死ぬことなく、未だ生き続けている。その体を失っているとしても、魂とその魔力は生き続けている。
つまり、私が知る秘密とは、魔王ギルヴァネアが封印状態にあるということ。奴らの王は、既に死んでいるに等しいという秘密だ」
魔王は玉座になく、魔族は誰にも従わずに生きている。その事実にアイオンは驚愕する。そして、ダンカードの秘密を知るも、彼は語っていない。彼自身の目的がなんであるかを。アイオンは気付かない。師の秘密が他にもあることに。




