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最後の剣  作者: 二口 大点
闊歩
80/88

~遭遇せしは~

 ウェイド、アイオンらと別れた後、レインとフラッドはラインベルクを目指していた。何度も揺られる魔物車の中、レインはトーリア村を離れて七日目にようやくアルトリアの王都、ラインベルクに到達した。日の高い昼下がりに着いたためか騒がしい都の中へと入り、魔物車から降りると彼女は赤い帽子をかぶり、うんと体を伸ばしてから腰に手を当てて嬉しそうな笑みを浮かべる。


「いやはや、長旅だったね! お尻が痛くてたまらないよ」


「……そうカ」


「なんだいフラッド。元気がないね?」


「お嬢さんが元気過ぎるンダ」


 他の団員らを見遣るフラッド。団員らもぐったりとした様子で、長く魔物車に揺られていたことが体に響いているようだった。レインは一人元気ハツラツとしており、不思議そうに団員らを眺めている。


 フラッドも御者としてしばらく手綱を引いていたせいか、さすがに疲れが見える。レインはどうして疲れているのか分からないようだったが、全体の様子を確認して先に宿をとることを選んだ。酒場兼ギルドにはレインが行くという流れになったが、フラッドがレイン一人では不安だとして、二人で向うこととなった。


 道なりに続く商店を眺めてレインが楽しげに、また忙しなく目移りしている様をげんなりとした顔で眺めるフラッドだったが、酒場に着くと通り過ぎて他の店を見に行くところだったレインをひっ捕らえて中へと入った。


 見慣れた店主が二人を見るや、豪快に笑いながらカウンターを叩いて座るように促す。


「ガハハハハ! ようお前さんら! 聞いたぜ、あのマルトールを討ち取ったそうじゃないか!」


「それほどでもないさ!」


「……団長の手柄ダシナ」


「今回の報奨金、オルナ国側から上乗せで結構な額になってるぜ! ついでに、お偉いさんから魔族討伐の

依頼まできてるぞ」


 レインが嬉しそうにフラッドへ向き直るが、フラッドの表情は曇っている。レインはどうしたのかと声を掛けるが、フラッドは溜め息で返事した。


「魔族討伐、結構ダガな、今は団長がいないンダゾ?」


「団長代理は、依頼も請けてくれって言ってたじゃないか? お金は必要だよ」


「それはソウダガ……」


「なあに、心配性だなあ、君は。問題ないさ、私達なら」


「お嬢さんは少し、いやカナリ楽観的すぎる」


「考えてるよ、失敬だなあ。おじさん、その依頼請けるよ! それと伝書鳥を貸して欲しいな。団長代理にも伝えないとね!」


「あいよ。そういやあ、つい最近伝書鳥から持って来られた話なんだがな。西のフェニキアにドラゴンが現れたそうで、討伐隊が編成されたそうなんだが、そのドラゴンが追い払われたそうなんだよ。しかも、ドラゴンを追い払ったのが魔族だってんだが……」


 店主は少し言いづらそうに口を閉じる。そしてフラッドとレインの方へ少し身を乗り出し、声を小さめに落として話し始めた。


「その魔族、金髪に碧眼の美丈夫で、アイオンって名前らしいんだよ。他人の空似にしちゃああの兄ちゃんに似すぎた容貌だよな? まさかとは思う。噂話には尾ひれがつくからな。だが、一応お前さんらには伝えにゃあいかんと思ってな」


「アイオン団長――」


「まったく、とんでもない噂ダ」


 レインの言葉を遮ってフラッドが口を開く。そして早々に報奨金を受け取り、依頼はまた後ほど詳細を聞くとしてその場を後にした。レインはまだ聞きたそうに酒場を何度も振り返ったが、フラッドがレインの手を掴んで無理矢理外へと連れ出した。


 酒場の外に出るとレインは不満げにフラッドを睨むが、フラッドは深刻そうに眉根を寄せてレインへと向き直る。


「お嬢さん、大変なことになっているかもシレン」


「大変って、団長が?」


「魔族と呼ばれたナラバ、人前で魔術を使ったのだロ? それが噂として広がっているということは、相当派手に使用したということダ。団長は無事なのか?」


「そ、そうか。あの怪我だったもんね。団長を捜したほうがいいのかな!?」


「俺達では遠すぎる。ウェイドらに頼むしかあるマイナ。依頼は後ダ。まず団長の居所を突き止めたほうがイイ」


「うん、うん。そうだね。じゃあまず伝書鳥だけでも早く飛ばそう」


 内容を書かねば、とレインが急いで宿屋へと走っていく。フラッドはそんな落ち着きのないレインの背を追おうとするも、その足を止めて背後へと振り向く。賑わう人々が行き交っており、商店が繁盛している。普通に見ればそんな様子にしか見えないが、フラッドは捉えていた。自分を見つめていた何者かが、人混みに紛れて奥へと消えるのを。


 レインの方を気にかけながらも、フラッドはその人物の後を追った。逃げていく人物の足が速まるが、フラッドもまた同じく速める。そうして路地へと逃げ込む影を発見したフラッドは物怖じもせず路地へと入ると、小路を進んで逃げていく何者かへと迫った。


 角を曲がった途端、フラッド目掛けてナイフの切っ先が突き出されたが、フラッドは一歩下がってそれをかわすと、そのまま相手の腕を引っ張って前に引き摺りだし、体勢を崩して地面に伏せると引っ張った腕を背中側へと回して関節の曲がるギリギリのところで掴んだまま維持した。


 痛みにナイフを突き出した男は持っていたナイフを放してしまい、フラッドは空いたもう片手でそのナイフを奪うと男の首に当てる。


「答エロ。何者だ?」


「へ、へえ。あっしはしがない使いっぱしりでして」


「誰に使われている?」


「きゃ、客なら誰にでも使われますぜ。金さえもらえれば、へへへ」


 男は冷や汗を浮かべながら媚びた笑いを浮かべる。フラッドは無表情のまま首に当てたナイフをより強く首に当てた。微かな傷ができると、血が滲み出す。男は痛みを感じてか顔色が青ざめた。


「じ、じじいです。知らねえじじいでした。初めて見る客でしたよ!? 本当ですって!」


「ソウカ」


 大した情報はないと悟ったのか、フラッドはナイフを強く握って首筋に当て、そのまま引こうとしたものの、路地の奥に現れた人物に気が付いてその手を止めた。男は奥にいるローブの人物に気が付くと、怯えたような目を向けている。


「あ、あんたはあのじじいと一緒にいたお人!」


「ほう?」


 怪しい人物はなにも答えず、ただローブの下から剣を抜き放った。片刃でありながら刃は広く、分厚い。大剣と長剣の中間に位置するような剣はだが、その大きさから威力は十分あるものだと察したフラッドは、男を放してその男と対峙する。


 謎の人物は剣を中段に構える。フラッドはナイフを突き出すような構えを取り、腰を落として相手の動きを窺った。どちらも動かないが、かさかさとフラッドを襲った男がフラッドの横を抜けて、離れた位置で二人の動向を確認する。


 謎の人物が踏み込み、剣を勢い良く突き出した。フラッドはナイフでその切っ先を捉えると、少しだけ力を加えてナイフの刃の上を滑らせ、剣の軌道を変える。そしてそのまま膝蹴りから入り、反応が鈍いと見るや背後に回ってナイフで切りつけた。しかし謎の人物は体を逸らしてローブだけ切らせるに留まらせ、フラッドに対して剣で薙ぎ払おうとする。だが狭い路地のためか、剣が壁に当たって勢いが削がれ、途中で剣が止まってしまった。


 謎の人物は剣を戻して構えなおすと、壁を眺めるような動作を見せる。フラッドはそんなローブの人物の奇妙な反応に、怪訝な眼差しを送った。


「貴様、ふざけているのカ?」


 フラッドは目の前の敵が剣士足り得ない動きをしていることに勘付いていた。人が三人も並べばその横を抜けるのもやっとだという程度の路地であり、長い剣など振り回せばどうなるかは考えるまでもないことだ。しかし、謎の人物は自分が使っている剣のリーチも、路地という場所すらも考えていないような戦い方を見せている。


 剣士として未熟。それ以前に剣士なのかすら疑わしく、戦い慣れてもいない。それがフラッドの出した答えだった。


 謎の人物は学習したのか、今度は突きを多く繰り出す。しかしその動きは緩慢で、明らかに剣の重量に筋力が足りていない。フラッドは剣をかわすと、接近してその手を叩き、剣を叩き落とした。重々しい音が路地に響くと、フラッドのナイフがそのまま迫るが、後ろに下がってそれをかわした謎の人物のフードを掠める。


 フードが外れ、素顔が露になるとフラッドは目を見開いた。虚ろな瞳、そして白い肌。中性的な顔立ちで、金の髪は首まで垂れている。体勢を立て直した彼、あるいは彼女はフラッドの目を見つめる。透明感のある紫の瞳だけが違うものの、その姿をフラッドは知っていた。


「あ、アイオン――団長?」


 その名に反応したのか、アイオンと瓜二つの容姿をした人物は微笑んだ。


「なぜ、ここに? いや、それよりもなぜ襲ってクル?」


「なぜ? 命令」


 短い一言だった。しかしその声すらもアイオンと同じであり、容姿も相まってフラッドは少し動揺している。そんな彼の隙を突いてアイオンらしい人物は剣を拾い上げた。そうしてフラッドに背を向けると、隅で様子を窺っていた男に対してその剣を投げつける。


 唐突であり、その投げつける速さは咄嗟にかわせるものではなかった。男は胸を剣で貫かれ、口から血を零すと言葉もなく絶命する。アイオンはフラッドに向き直ると、また笑ってみせた。


「アイオン、アイオン、アイオン。それが僕の名前」


「……貴様、一体なんだ!?」


「僕? 僕はアイオン。それ以外は知らない」


 様子のおかしいアイオンに対し、フラッドは苛立ちを見せる。そうしてナイフを構えなおして踏み出そうとすると、誰かに肩を掴まれた。その人物もローブを纏ってフードを深々とかぶっているものの、長い髭が出ており、老人だと分かる。


「伏せよ、這いつくばれ。汝の身に降りかかるもの、全てを引き寄せその身の無力さを知らせよ。潰せ潰せ、押し潰せ。王よ、神よ、頭を垂れよ! さあ『重力』よ! このハルバーティスの力となれ!」


 フラッドが手を振り払うより早く、魔術が発動し、フラッドは急激に重くなる自身の体を支えきれずに膝を着くが、それでもなお耐え切れずに地に伏せる。しかしそれでもなお続く重力に逆らえず、周囲の地面に皹が入り、フラッドの体自体も軋み始める。


 言葉も発せず、起きる事象を理解出来ないフラッドは、あまりの痛みに気を失い、ピクリとも動かなくなってしまった。ハルバーティスは『重力』を解除し、動かなくなったフラッドを覗き込む。


「クハッ、なんだ、なんだ。もうお終いとは、脆いものだ。だがまあ、あれで潰れないとは頑丈な肉体をしているじゃあないか。死んだかどうかは興味がないが、まあ生きていたら幸運だと思うと良い。さて、勝手に行動するんじゃあない。やはり、模造品は模造品だな。本物には程遠い、が。やはり息子だけあってか、ノヴァに似て美しいものだな。観賞用としては十二分に価値がある。性別も女に変えたほうが見栄えもするかもしれんな」


 一人ぶつぶつと呟くハルバーティスの視線の先には、模造品と呼ばれたアイオンが立っている。アイオンは微笑んだまま、ハルバーティスを眺めた。


「さあて、私の可愛い模造品(レプリカ)よ。行くとしようか」


「はい」


 来た道を戻るハルバーティスの背を追いつつ、レプリカは倒れたフラッドに視線を落とす。


「その身に宿る生命よ。汝の運命を守るため、その身に受けし苦痛を消し去れ。我が言葉に従い、汝の肉体を『治癒』せよ」


 レプリカは小声で呟き、フラッドの傷を癒すとそのままハルバーティスの背を追った。少しの時間が経ってから、フラッドが咳き込み目を開けたとき、そこには誰もいなかった。だが、目を開けた先にある男の死体を見て、フラッドは夢ではないと知った。


「ハルバーティスという名が聞こエタ。確か、魔将軍の一角だったハズダ。どうも、ウチの団長は変に目を付けられているようダナ。しかし、どうして俺は生キテ……?」


 最早影も形もない敵の姿を捜すフラッドだが、理由を知るものは誰もいない。ただ分かるのは、魔族が確実に動いており、そしてアイオンに目を付けていることだけだった。

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