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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
79/88

~知るもの、知らぬもの~

 作っておいた野営地にて、団員達が酒盛りを始めている。打ち倒した敵は圧倒的であり、数は大群だった。しかし、勝利したのはブレイブレイド。奇跡的な勝利をしたことで全員が勝利の美酒に酔っていた。


 夜でも関係なく続く喧騒。そんな騒ぎを聞いて、目を閉じていたティラが目を覚ました。その目が周りを見回していると、動き出したティラに気が付いたエルとイッサが不安そうな顔で覗きこんでくる。


「ティラちゃん、大丈夫?」


「目、覚ましたっすね! よかったあ。またずっと眠ってんじゃないかと……」


「ここは……? 戦いはどうなったの?」


「なにいってんすか。見ての通りっすよ!」


 イッサが後ろを指差すと、団員らが肩を組み、楽しげに酒をかっくらっている。ウェイドは傷を擦りながらも酒を飲み、怪我をした団員らも笑いながら宴に参加しているのを見て、ティラはほうっと一息吐いた。


「全員ってわけじゃないけど、重傷者も含めて助かったっす。ティラのおかげっすよ」


「うんうん、そうだよ! あ、なにか飲む? 水持ってくるよ」


「ご飯、くれない?」


「え?」


 二人の声が重なるのと同じくして、ティラのお腹が鳴る。イッサとエルは目を丸くしたが、笑ってその頼みを了承した。ティラはむくりとその体を起こすと、それを見つけたウェイドが大声を上げる。


「おお、起きたかティラ! 俺達ぁ勝ったぞ!」


 全員が起きたことを喜び、宴はさらに盛り上がりを見せた。ゴンドルが酒を片手にティラの側に腰掛けると、イッサとエルが大量に食べ物を抱えて持ってくる。パンに肉にサラダ、チーズに水と適当にかき集めてきたらしかった。ゴンドルが持ってきたチーズを摘み、酒を飲む。


 ティラは食事を見るや、起き上がって口に頬張る。普段のティラとは違い、次から次へと口に入れては美味しいと食べ勧める姿を二人は固まって眺めており、ゴンドルも酒を飲もうとした手を止めてティラの様子を注視している。


「お、おいティラそんなに一気に食べると――」


 ゴンドルが心配そうに声をかけると、ティラはゴンドルの手から酒を奪って喉を鳴らして三口飲むと、それを返した。


「お構いなく!」


 余程腹が空いているらしく、形振り構わず食べる彼女の姿はとても新鮮だったのか、ゴンドルが思わず笑ってしまい、エルとティラもつられて笑った。


「酒まで飲むとは、普段のお主らしくも無い。じゃがまあ、今日だけは良いじゃろう」


「無事でよかったですよ、本当に」


「ご迷惑おかけしました」


 ティラが食べる手を止め、三人に深々と頭を下げる。いやいや、とゴンドルは首を横に振った。


「なにを言うか。お主が居らなんだらわしらは死んでおった。礼こそ言うとて、迷惑などと思うものはおらんよ」


「いえ、結局こうして、みんなに心配をかけてしまいましたから」


「はっはっは、心配か。確かに心配はかけたが、よう見ろ、ここには怪我人ばかり。心配をかけているのはお前さんだけではないわ。まったくどいつもこいつも重傷の怪我人ばかりの癖に、酒だけは手放さん。誰が最初にぶっ倒れるのか、気が気でないわい」


 ゴンドルが笑いながら言うと、ティラは目を丸くしたものの、微笑んでそうですね、と一言返した。イッサとエルも明るく笑って、さらに食べ物を持ってくると言ってその場を離れた。


 コルソンがレオポールと酒を酌み交わし、カヤは端の方で一人佇んでいる。アグネスタはラッセントに絡んでおり、ウェイドは団員らと楽しげに騒いでいた。先ほどまでの鮮烈な戦いなど忘れたように、夜は深く、宴はさらなる盛り上がりを見せていく。ティラはそんな宴の中に、気付けば笑って参加していた。


 火が時間と共に勢いをなくすように、その宴も徐々に収まりを見せてきた頃、月が傾き夜空は漆黒に塗り潰されていた。収まりを見せたといっても、まだ酒を呑んでいる酒豪の姿もあれば、落ち着いて話し込む団員の姿もある。


「いやあ、ティラさん、惚れました!」

「あの勇姿といったら!」

「生きてて良かったですよ、本当に……」


 ゴンドル、ティラと共に生き残った怪我をした団員らは、各々怪我の手当てをしており、大分落ち着いた様子だ。ティラは詰め掛けられた三名に褒め称えられ、少し頬を赤らめている。


「これこれ、ティラも無理をしたんじゃ。あまりむさ苦しいお主らが寄って集っては気分が悪うなるじゃろう」


「あ、ゴンドルさん酷いなあ」


「いや、でもゴンドルさんにも感謝してます。あの時残ってもらえなかったら俺ら死んでましたよ」


「足やられてよく生き残れたよなあ」


「皆さんがお強かったんですよ。私は補佐しただけで」


「なに言ってんですか。ティラさんが抑えてくれたからこそですよ!」


「そうそう、俺ら三人で話したんですけど、俺らはティラさんとゴンドルさんの下で頑張りますよ!」


「命救われたし、あんたらのためなら命張れます。死にたかないから、死なない程度に命張ります」


「そんな、大げさな……」


 この三人、ロイグとバラン、マルダと名乗り、ゴンドルとティラの下につくことを誓った。お調子者の三名は言うだけ言うと自分達の寝床へと移動していき、その場にはティラとゴンドルが残される。二人は顔を見合わせ、困ったように笑いあった。


「やれやれ、一日で随分と色々あったのう。さすがに疲れたわい」


「私も、へとへとです」


「……のうティラよ。お主は自分の法術について、気が付いておるのか?」


「自分が時折、奇妙な力を使っているのは分かっていました。団長と戦った時も、今回だって」


「じゃが、今回はしっかりと自我を保っておったように見えたが?」


「ええ、今回は制御しましたから。最後の方は、記憶が曖昧ですけれど」


「ほほう、では徐々にではあるが自分の力として使えつつあるということかの?」


「ええ――そうですね、そうです」


 変に間のある答えに、ゴンドルが不審そうに眉を顰めた。ティラは哀しそうに微笑みながら静かに右目を擦ると、徐々にゴンドルの表情が強張っていった。


「戦闘中、右目から血が流れておったな? ティラ、右目をよう見せてみよ!」


 ティラがゆっくりと右目から手を離すと、その目を開いた。一見すると変化がないように見えるが、瞳孔は不自然な収縮を繰り返しており、焦点が定まらない。その瞳を覗いてゴンドルは悔しげに目を瞑り、唸る。


「なんという、なんということじゃ……! なぜはよう言わんかった?」


「余計な混乱は避けたかったんです」


 目を伏せ、ティラが静かに右手を擦る。ゴンドルは髭を撫で、意を決したように重い口を開いた。


「右目が――見えておらんのじゃな? 剣を振っていた右手は? なにかあるのじゃろう?」


「目は見えてません。右手は動くけれど、麻痺してるみたいに感覚が鈍いです」


「法術の副作用、というやつか」


「でも大丈夫、まだ戦えますから」


「今はな。じゃが、いつかは戦えなくなる。それどころか、まともな人生を送れなくなるぞ」


「そうですね。でも、私は途中で降りる気はありませんよ」


 ティラの目には爛々と闘志が燃えていた。それは復讐の炎も混じっており、歪ながらも巨大な炎だった。親の仇を討つまでは。なにも言わずとも、ティラの決意をゴンドルは受け取ったのか、止めるような言葉はそれ以上言うことはなかった。


 次の日の朝が来る頃、ウェイドらは行動を開始する。目的を果たし、帰路に着いたのだった。知るものと知らぬもの、傭兵団は小さな綻びを作りつつ、次なる行動へと移り始める。




 薄暗い森の中、一匹のモノアイバットが呻きを上げる。体を痙攣させ、その体が裂けると灰色の蛹が腐葉土の上へと転がった。僅かな静寂と共に蛹の背が割れると、そこから少年が飛び出てきた。粘液が纏わりついた体で腐葉土へと這い出ると、ゆっくりと起き上がる。


「くふふふふ、くふぁははははははは! やってくれたな人間共ぉ……! だが私は死なない! あちこちに配置した私の種、全てを排除しない限りはなあ……! ウェイド! 憶えたからなその名前!」


 這い出てきた少年の正体は死んだはずのカークスだった。モノアイバットに仕込んだ自分の分身へと魂を移す術を持つ彼は、こうして何百年と生きてきていた。しかし、人間に一つの肉体が滅ぼされたのは初めてであり、そのことに対して酷く憤慨している。


 彼が恨み言を呟いていると、森の中から巨大な影が現れた。カークスがそちらへ視線を移すと、目を見開いて驚いたようにその影の主を見上げた。


「き、貴様は……!?」


 影の主は明るみにまで出てくると、三本の角、黒の鬣、筋骨隆々の巨体を有しており、人というよりは魔物に近い容姿だ。黒曜石のような肌であり、眼光は紅に輝く。カークスを見下ろすその目は、他を威圧する殺気を孕んでいた。


「カークス、百年ぶりだな」


「く、くふふふふ、なんだ。まだ生きていたのかね?」


「こちらの台詞だ。この俺がここにいる理由、理解できるか?」


「さあて、なんだろうか? アスラデルト将軍閣下殿?」


「己を消すためよ」


 アスラデルトは背に携えた大剣を抜くと、カークスを叩き斬る。胴体が分断されたカークスは血を吐き出すものの、口元には笑みを浮かべている。アスラデルトはそのカークスを面白くなさげに見下ろしている。


「誰に負けた?」


「く、くふふ、人間!」


「人間……? 落ちぶれたな、カークス」


「そういう、お前も、いつか敗北するだろう。油断、驕りこそが我らを滅ぼすのだ」


「憶えておこう。明日には記憶の欠片にすらなることのない、矮小なる戯言であれ、な」


 大剣がカークスの頭を叩き斬る。アスラデルトは天を見上げ、高らかに咆哮を上げた。三将屈指の猛将は、未だ見ぬ敵の影を知った。彼は気付いていない。その内に宿る血の滾りを。ウェイドらは知らない。魔族屈指の怪傑が、自分達の存在を知ったことを。

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