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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
76/88

~選択~

 白刃が陽光を浴びて光り、風を斬ってギルスレイへと襲い掛かった。激しい剣撃音が響き、ウェイドとギルスレイが肉薄する。互いの剣が交差するが、その隙を突いてカークスが糸を放出し、二人を絡めとろうとその手を伸ばした。


 その手が伸びきる前にウェイドとギルスレイは剣を弾きあって距離をとる。そして一気に駆け出すと、カークス目掛けて二人の剣が突き出された。カークスは飛翔してこれをかわすが、ギルスレイが跳び上がって執拗に狙う。だがその足をウェイドが掴んで勢いを弱めると、そのまま地面へと引き摺り下ろした。倒れかけたギルスレイだが、片膝と片手で体を支えて体制を保った。


 ウェイドにを斬り払って足を離させるも、ウェイドは紙一重でその一撃をかわして無傷のまま、ギルスレイも平然と起き上がり、カークスもまた余裕の表情で降り立ってくる。


「全く、なんという戦いでしょう」


「けっ、中々斬れねえな」


「楽しいなあ、くふふふふ」


 三名の背後では死した蝙蝠の群れが踊り、ゴンドルらに襲い掛かっていた。だが動きは緩慢で、なだれ込まれているわけではない。しかし尽きることのない体力と、死ぬことのない体で延々攻め立ててくる相手に、彼らの疲労が蓄積していくのは必定だった。


 コルソンらが奮戦するも、薙ぎ倒せど起き上がる敵にベッツが舌打ちをした。カヤ達が矢を放つが、大した効果は上げていない。レオポールらが怪我人を庇って戦うが、敵は一切減らない。彼らがいくら団結しようとも、圧倒的な数を前にして耐え切れる道理がなかった。


 カークスはそんな傭兵団の面々を眺めると、より楽しげに笑う。ウェイドもその様を戦闘しつつ気にかけ、焦りの色を浮かべた。ギルスレイは歪な鳴き声を上げる魔物達と、怒号を上げて戦う人間を横目にしながら息を吐いた。


「時間がねえな」


「埒が明かないのは困りもの。では埒を明けましょう!」


 ギルスレイの刃をカークスがかわし、なおも攻めるギルスレイは剣を振るいながら唱え始める。カークスはそれを聞いて嫌そうに顔を曇らせた。


「我に隠れしものにして、汝は出でるものである。雄大であり矮小なるものよ、今ここにその身を晒せ! 全てが持つ隠者、『影』よ! このブラントハイム・ギルスレイに付き従え!」


 戦場のあらゆる影が起き上がり、ギルスレイの指揮と共に動き出す。魔物は魔物の影と、人は人と戦い始め、またウェイドもまた自身の影と対峙することになる。カークスは自分の影を見るや初めて苛立つような様子を見せた。


「ギルスレイ! 私は鏡が大嫌いなんだ! それを知って私の影を出すというのか!」


「無論。あなたの命令に従うこともなければ、お願いを聞くわけもない!」


「くふふふふ、面白くないやつめ。ああ、くだらない生き物だよ。お前たち魔族というものは。そんなお前らに失望したから、私は――貴様らを見限ったのだよ!」


「仲間を殺し、勝手に軍勢と魔物を引き連れて人間に戦争を仕掛けたあげく、そのまま行方を眩ました。そんなあなたのことを裏切り者と呼ぶのです!」


 ウェイドは自身の影と斬り合いながら、二人の魔族の会話を聞いていた。ウェイドの影が突っ込んできた瞬間、ウェイドもまた突っ込み、そのまま剣を振らせずにヘッドバッドをかまして怯ませると、力任せに剣で斬り上げ、さらに返す刃で頭部から足の付け根までを叩き斬った。影は霧散し、ウェイドの足元へと戻る。


「裏切りだあ?」


 カークスがギルスレイ、そして二つの影の攻撃を避け続けるが、三対一ではかわしきれず、ついにギルスレイの刃がカークスの肩口を捉えた。斬られた肩から血が流れるのを見て、カークスは目を見開き、そして激昂した。


「流動せよ! 命に触れし生命の水よ! 我が身を守り、我が身を作り、我が身を殺す深紅、魂を繋ぐか細き糸。生けるものに動を、死せるものには静を与えよ。鮮やかなれ『血』よ! このデミオン・ミュラー・カークスのものとなれ!」


 戦場のありあらゆる血液が、重力に逆らい宙へと浮いていく。そして濁流となってカークスのもとへと集まっていくと、カークスはそれを腕の周りに纏わせると、思い切り振り下ろした。鞭のようにしなるそれはギルスレイへと向かうが、ギルスレイはそれをかわす。しかしカークスの影は直撃をうけ、抵抗もなく真っ二つに切れてしまい、そのまま霧散した。


 カークスの周囲にある血の塊がつららのような棘状に変化すると、一斉に地上へと打ち込まれていく。当然のように狙いはギルスレイであり、巻き添えにあったモノアイバットは胸を串刺しにされ、そのままもがいていたが、みるみる内に体を干からびさせていき、骨同然になってしまった。蝙蝠に突き刺さった棘は肥大化し、また血に戻ってカークスの元へと戻る。


 それを見たウェイドは呆気に取られたものの、頭を振って正気を保った。剣を握り締め、再びカークスへと駆け出す。それに気付いたカークスは、血を刃状に変化させて攻撃をしかけた。剣で受け止めたウェイドだったが、一撃で終わらず二撃、三撃と続いて重くなっていく斬撃に耐え切れず、五撃喰らって弾き飛ばされてしまった。その後に続く無数の斬撃を受けて傷だらけになるも、剣を杖代わりに立ち上がった。


「これがカークスの本気かよ? 俺はまだ生きてんぞ!」


「生意気な……。お前も首を落とせば静かになるか?」


 血がギロチンのような刃へと変貌すると、勢いよくウェイドへと降り注いできた。無数の刃を避けつつ、ウェイドはカークスへと接近していく、だがギロチンの刃を足場にしつつ、ギルスレイがウェイドを抜き去ってカークスへと挑みかかった。


 影を自身と重ねたギルスレイは二重に重なって見える。掴みにくい動きを眼で追いつつ、カークスは血を棘上に変えて雨のように降らせた。しかしギルスレイは影を先行させて棘の露払いをさせ、自身は影の背後に隠れて動きを見せなくしたため、カークスはさらに苛立ちを深めたのか、特大の棘を作ってそれを打ち込んだ。影を深々と貫いた棘を引き抜くが、その背後にギルスレイはいない。


 目で追うカークスだったが、突如として地上から黒い斬撃を受けて片羽を斬られて体制を崩し、地面へと落下していく。落ちる寸前で体制を立て直して着地したカークスの前に、地面の影が不自然に動いた。その影の中からギルスレイが現れ、なにが起きたのかをカークスは理解したらしかった。


「影で目くらましとは。騎士と名乗るものが卑怯な!」


「正々堂々戦わぬ相手に、卑怯もなにもない」


「そう、卑怯もクソもあるかって話だよな!」


 ウェイドが距離を詰めて二人を斬り払う形で剣を振りぬく。ギルスレイとカークスは各々跳び退いてかわしたものの、ギルスレイはかわし切れず、片腕に軽い傷を負った。カークスは避けつつも血の刃を伸ばして反撃し、ウェイドは右足の太股を斬られて僅かに呻いた。


 三名共に生存しているものの、差は出始めていた。カークスは肩口と羽、ギルスレイは腕のかすり傷。ウェイドは全身の至る位置に傷があり、たった今付けられた足の傷が最も大きな傷となっていた。強がって立ち上がるも、痛みに負けて表情は硬い。


「くふふふ、痛そうだな。魔術を使えないお前が未だ立っていることには賞賛を送りたいが、もう限界なんじゃないかね?」


「余計なもん送ってんじゃねえ。息のある奴はまだ戦えんだよ、てめえが俺の限界を決めんじゃねえ」


「アイオン君のご友人、中々剛毅なものですね」


「全く、人間とは強がる生き物だ。ところでお前の意地は分かったが、この阿鼻叫喚の中、お前は無事でも他はどうなのだ?」


 ウェイドが視線を蝙蝠の群れの中へと向ける。戦闘こそ続いているが、団員らは傷つき、限界が迫っていた。ただでさえ城で戦い、脱出して体力を消耗したというのに、ここでしぶとい屍の群れを相手どった傭兵団の面々に、これ以上の戦闘続行は不可能といえた。


 それでも持ち堪えているのは、コルソンやゴンドルといった戦士が奮戦して場を引っ張って気力を振り絞らせているからであり、彼らが倒れた時こそ真に終わりといった状態だった。


 イッサ、ラッセントらは疲れも見え始める。カヤも矢が尽き、剣を手にして前線に出ていた。全員が屍を寄せ付けんとするも、蝙蝠の群れは止まらない。魔物の影が現れて同士討ちをしているにしても、影は味方ではなく、実質敵は増えている。


「まずいですな」


「しつこい子は嫌いぃ」


「も、もう疲れたっすよう」


「弱音を吐かないで。男の子なら頑張りなさい」


 互いに叱咤し合い、背を貸しあう。そうした戦闘の中で、ラッセントとゴンドルが背を合わせた。息を切らしながら、ラッセントが混戦になった現状を鼻で笑う。


「もう、陣形もなにもあったもんじゃない」


「どうにか打破せねば、もう持たぬな」


「……そうだねえ、策ではないけど。影と魔物は敵同士。つまり、俺達がいなければこいつらは互いに争うわけだよねえ」


「うむ、恐らくな」


「戦場から離脱すればどう? 魔物は多いけど、動きは遅い。一気に駆け抜ければ、被害を最小に抑えて抜け出せるかも」


「……ウェイドが戦っておるし、怪我人もおる。それは無理じゃろう」


「だからさ、ゴンドル。被害を最小に抑えて、って言ったじゃない」


 ゴンドルが僅かに振り返ってラッセントを見遣る。顔を背けたまま、ラッセントはそれ以上の言葉は投げかけなかった。眉根を顰め、ゴンドルが斧槍を握り締める。


「つまり、お主はウェイドと怪我人を見捨てて脱しようと言うのじゃな?」


「そう。このままだと全員死ぬ。だからさ、ない頭捻ったけど……これしか」


「悪くない案じゃな。すぐに実行せい」


「え――」


「全員、撤退! 怪我人に構わず、撤退せよ!」


 そのゴンドルの一声に、全員が固まった。信じられない、といった顔だ。しかし、カヤはその判断に従い即座に撤退行動へと移った。イッサは躊躇ったものの、師事するゴンドルの命令であり、またカヤの促すような眼差しに押されて走り出す。


 エルはアグネスタに連れられ、コルソンらも迷う素振りを見せたが撤退を開始する。レオポールは残ろうとするものの、生き残る団員らに引っ張られて口惜しそうに後退を決めた。


 ラッセントは呆然としつつ、視線をさ迷わせる。逃げ出す仲間を眺めて、傷つき残された仲間達の悲痛な叫びとその姿を目の当たりにしながら、斧槍を構えて前へ進み始めるゴンドルに視線を戻した。


「良いか、これは盤上のことではない。現実的に考えて、この数と戦い、遮るものなく味方を庇う戦など殲滅される未来しかわしは見えん。お主とて同じ、だからこその撤退を述べた。お主の判断は正しい。少しでも生き残る方へ天秤を傾けること、それは指揮官としてできなくてはならんことじゃ」


「で、でもさ、これって俺が傷ついたみんなを見殺しにしたってことに」


「命の重みを知れ、ラッセント。綺麗ごとだけでまかり通らぬ。わしらは敵を倒しに来た。ならば我らもまた死を覚悟せねばならん。全員が生き残る戦など、盤上にすら存在せぬわ」


 ゴンドルの言葉は重く、ラッセントは身を震わせた。自分の述べた一言で、命が消える。それを今全身で感じたラッセントは、足が震えて怯えたように後ずさる。


「お主もはよう行け。殿はわしがやる」


 細剣を握り締め、ラッセントが駆け出した。何度も振り返りながら、それでも前へと走りぬける。ゴンドルは傷ついた仲間と合流し、魔物と影のはびこる中へ残った。


「ご、ゴンドルさん」

「俺ら、見捨てられたかと……」


「お主らには悪いが、ここは死地、死は覚悟しておけい。非情と思うかも知れぬが、お主らも戦いに生きるものならあやつらの判断を責めるな。あのままでは全員死ぬとの判断、ゆえに撤退したまでのこと。わしらが生き残るには――ウェイドがカークスを破る以外、ない」


 蠢く屍が、濁った眼にゴンドルを映す。死なぬ不死の魔物を前にして、ゴンドルが斧槍を振り回して構える。襲いくる敵を薙ぎ払って、さらに頭部を潰して奮起する。深手を負った傭兵達も立ち上がり、武器を手にしてゴンドルの横へ並んだ。


「どうせ死ぬなら、やってやる!」

「ゴンドルさんには悪いが、付き合ってもらうぜ」

「死にたくねえよ、死んでたまるか!」


「すまんな……。後は頼むぞ、ウェイド。そして、すまぬ団長。もう二度と会えぬやも――」


 言いかけたゴンドルへ襲いかかった魔物だったが、一閃と共に動きを止めると首が落ち、その影から金髪の少女が現れる。それを見たゴンドルが驚愕する。


「もう一度、会いましょう。アイオン団長に! ゴンドルさん!」


「ティラ! なぜ撤退しておらんのじゃ!」


「私は理屈の知らない子供ですから。誰かを見捨ててなんていけません。一緒に生きて帰りましょう!」


「……逃げようにも、退路は塞がっておるな。生きにくい子じゃのう、お主も。ならば付き合ってもらおう! この死出の旅を!」


 あまりの数に押し負け、ブレイブレイドは撤退を開始した。だが死中において燃え上がる命がこの窮地に挑む。最後に立っているのは、魔族か、人間か。

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