~狂獣達の舞踏会~
無数の死体が転がる異様な光景の中で、輝く星のように佇む美女は確かに述べた。自分こそがカークスであると。ウェイドらが呆気に取られている様を眺めて、カークスは可笑しそうに口元を歪めた。
「おや、こうも反応がないと名乗りがいがない」
「デミオン……。男の名だが、てめえどう見ても女じゃねえか。本当にカークスなのかよ」
「ああ、そうか。確かにこの名は妙かもしれないな。では――ジャクリーヌ、いやレティシア、それともシンディ? どの名が私にふさわしいと思うね?」
手を差し伸べて、挑発するような眼差しを向けるカークスに、ウェイドは怒気を発して躍り掛かった。双刃が交差するも、カークスは重力をなくしたように宙へ舞い、巨大な羽を羽ばたかせてかわした。
巨大な羽は茶を基調としており、地味な色合いであるものの、羽ばたくたびに零れる燐粉は金色に光っており、彼女の周囲は常に光り輝いているような錯覚を覚える。団員の中にはカークスの容姿も相まって、見惚れたような表情を浮かべるものさえいた。
そんな彼らを正気に戻す一喝をウェイドが放つ。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」
「くふふ、ふざけてなどいない。性別など些末なもの、名など大きな意味は持たない。己が己であると分かっていればそれでいい。誰がために証明する必要がある? 私が私だと言えば、それは私なのだよ」
ゴンドルらも突然のことで対応できていなかったが、ウェイドとカークスの問答を聞いて我に返り、武器を構えた。カークスの配下はなく、魔物は死に絶えている。数の上ではウェイド達に分がある。
話に現を抜かすカークスに対し、カヤと数名がカークスに矢を射掛けた。風を切って真っ直ぐに飛んだ矢はカークスの胴体と巨大な羽に命中するが、貫通するには至らず、力なく矢が地面へと落ちていった。カークスの纏う糸のドレスは見た目以上に頑強なようで、ドレスに傷こそ付いているものの、弓矢ではそれ以上の傷は望めない。
それを悟ったのか、ゴンドルやレオポール、コルソンらが前に出る。飛んでいるカークスはさらに高く飛翔し、一斉に襲いくるゴンドルらの攻撃を尽く無力化してしまった。
相性の悪さに苦い顔を見せるラッセント。カークスは相変わらず微笑んでおり、楽しそうに団員達の周囲を飛び回って挑発している。カヤ達も意地になって矢を射掛けるが、効果は見られない。
「戦う気あんのかてめえ!」
「私が諸君らと戦うメリットがどこにある? 傷つくだけ痛いだけだろう」
「あんだとお!?」
「戦う気がないってことは、俺達が退散すればそのまま見逃してくれるってことでいいの?」
ラッセントの質問に、カークスは笑みを消して少し目を細めた。
「そうだね。私は君達に指一本も触れないと約束しよう」
誰もがその言葉を疑った。信じることはできないと、その目で訴えている。カークスも分かっているようで、しかしそれ以上の言葉を述べようとはしなかった。
時が硬直する。誰もが動かず、言葉を放たない状況は重苦しく、ただ互いに睨みあうばかりだ。そんな空気を切り裂いたのは、突然の来訪者だった。
「あ、あの、皆さん」
カークスが片眉を上げて声の主へと視線を向け、ウェイドらはカークスを気にしつつ、自身らの背後から聞こえた声に振り返った。そこには離れた場所に残したはずのエルと団員、そして見知った顔の魔族が一人、佇んでいた。
「おや、これは意外。バッフルトはジグ山で見た顔が数名ばかり……。そして、姿こそ違うものの、そこな魔族はカークス、あなたですね?」
「お主は確か、ブラントハイム・ギルスレイと名乗っておったな。なぜこんなところに? そしてエルを連れておるのはどういうことじゃ」
「くふふふ、久しいな、ギルスレイ。私に会いに来たか? 旧き友よ」
「ええ、懐かしい顔に会いたくて、はるばるやって参った次第。そして老騎士殿、このお嬢さんには道中の話し相手になってもらっただけのこと、ご安心を。武器も持たない少女を手に掛けるほど、私は外道ではありませんゆえ」
ギルスレイはエルの背を軽く押し、仲間の元へ戻るよう促すと、エル達はそれに従った。ウェイドらと合流したエルは、外傷は一切なく、確かに話し相手になっていただけだと告げる。カークスはそんなエルを眺めつつ、ギルスレイへと嘲笑を向けた。
「年端もいかない少女好きとは、お前の性癖も呆れるものだな」
「私にそのような趣向はない。それよりも、カークス。私がここに来た理由はお分かりになりますか?」
「ここにいる人間どもを駆逐しに来たわけではあるまい? 私に会いに――いや私を捜してわざわざこんなところまで来たのかね? 辺鄙なところまでご苦労なことだ」
「危険を冒してでも、成さねば成らないことはある。特にあなたに関しては」
ギルスレイが腰の双剣を抜き放つと、ウェイドらが警戒する。だがギルスレイから発せられる敵意は、ウェイドらには向けられていなかった。明らかにカークスへと向けられた殺気に対して、カークスは嘆息を返す。
地味な色合いだった羽が波打ったかと思うと、羽の真ん中から下が白色となり、黒い複雑な線が模様として入っていく。羽を縁取るようにして模様が変化すると、最後に巨大な赤い目玉のような模様が浮かび上がった。そして髪と一緒になっていた触覚が持ち上がり、カークスの瞳に銀の燐光が入る。先ほどに比べてさらに派手な容姿になったカークスは、初めて敵意を露にした。
「くふふふふ、ふぁっはははははは! この私に牙を剥くとは全く忠実な猟犬よ! まだノヴァに従っているのか? それとも鞍替えでもしたかね? ハルバーティスか? それともアスラデルトか?」
「我が心はノヴァ・グランケただ一人のためにある。他に仕える気はない!」
「ふん、つまらない男だ。まあいい。古き時代に囚われたもの共め、見苦しいのだよ!」
ウェイド達は会話の内容から、この二人の魔族が対立していることを知る。一同が困惑する中で、ウェイドが二人の魔族が睨みあう間に入り込んでいった。
カークスをギルスレイの視線がウェイドへと向けられると、ウェイドは右の剣をカークスへ。左の剣をギルスレイへと向けた。
「がたがた五月蝿いんだよお前ら! てめえらのいざこざなんざ知ったこっちゃねえ! 俺達の目的は魔族を倒すこと、つまりてめえら二人共、俺達の敵だ!」
「あなた方には関係のないこと、命が惜しければ早く去りなさい!」
「喧しいんだよ、ロウソク頭! 後からノコノコ来た分際で偉そうなこと抜かしてんじゃねえ! あいつは俺達の獲物だ! すっこんでろてめえ!」
「くふふふ、全く持ってその通りだ。人の子ながら、天晴れな胆力。面白い、誰が全員の首を落とすか競争といこうか!」
三者が睨みあい、ブレイブレイドの面々も最早逃げられないと悟ったのか武器を構える。レオポールとゴンドルが得るを庇うようにして囲い、布陣を整えた。それを見てカークスが微笑む。
「哀れなる魂よ。奈落の底へ差し伸べる我が手を掴め。闇から抜け出したくば我の与えし光を求めよ。苦しみ、悲しみ、怒り、全ての感情を投げ捨て、今一度手にする生の悦びを思い出せ! 彷徨えるものよ、今再び大地を踏み歩け! さあ『亡者』よ! このカークスの呼び声に応えろ!」
血の大地に倒れ伏した単眼の蝙蝠らは、折れた首を、あるいは足を、翼をもたげながら、ゆっくりと起き上がる。腹の裂けた老蝙蝠が血を垂らしながら立ち上がり、生気を失った瞳を団員らへと向ける。蝙蝠の集団が地を這いながら大群で押し寄せ、飛べるものは翼を広げて飛来した。
屍の群れを操るカークスは高笑いするものの、地上の団員らは悲鳴を上げていた。あの骸骨戦士と同様、斬っても倒れない不死の群れが黒い塊となって押し寄せているからだ。絶望的な眼差しすら向ける彼らだったが、ウェイドが先陣を切って駆け出すと、動きの鈍い老蝙蝠の体を駆け上がり、勢いと共に体を回転させて思い切り剣を振りぬくと、渾身の一撃でその首を刎ね飛ばした。
巨大な蝙蝠の頭が地面へと転がり、老蝙蝠の体はさらに緩慢な動きであらぬ方向へと歩き始める。それを見て、団員の中でもコルソンとその配下ベッツとメデリックが喊声を上げる。
「うおおおお!! ウェイドのオオアニィ!」
「旦那に負けんじゃねえぞお前ら! ビビッてても勝利なんか手に入らねえからな!」
「応!」
三位一体となって屍の群れへと踊りかかると、強烈な一撃を持って頭部を粉砕し、薙ぎ払って燃え立つ闘志を示した。カヤがそれをみて、弓兵をまとめて頭部を徹底して狙った。完全に動きを止めるわけではないが、屍たちは動きが緩慢で、頭部を破壊するとよりその動きが鈍る。それを察しての行動だ。
ゴンドルらは守勢に回って戦えない者たちを庇う。連携して挑む人間たちを見て、カークスは嬉しそうに微笑んでいた。
「いいね。人間はこうも連携できるというのに、なぜ魔族はそれができないのだろうね?」
宙へと跳んだギルスレイの刃がカークスの鼻先を掠める。ウェイドらが屍に気を取られていた隙を突き、ギルスレイは真っ直ぐにカークスただ一人を狙う。
双刃がいくつもの線を空に刻むが、カークスは巨大な羽にすら掠らせずにかわし続ける。ギルスレイが着地すると同時に、カークスが空へと指先を向けた。飛んでいたモノアイバットの一匹が急にカークスの方へと引っ張られると、そのままカークスはモノアイバットをギルスレイへと投げ飛ばす。ギルスレイはこれを切り刻み、何事もなかったかのように剣の血を払った。
再び踏み込もうとするギルスレイだったが、モノアイバットを踏み台にしてカークスへと飛び上がる影を目にして足を止める。
カークスは真横から跳んできたウェイドの刃をかわすと、宙を一回転して地上へと降り立った。ウェイドも着地し、カークス、ギルスレイ、ウェイドの三名がそれぞれ互いを見遣りながら距離を取る。
「やれやれ、またあなた達は私の前に立つのですか?」
「てめえが俺の前にいただけだろ。カークスは俺らの獲物だ。まあ、てめえもついでに斬るけどな」
「くふふふふ、ああ、いいなあ。こういう人間の馬鹿なところは大好きだ。さあて、どっちが私の首を取るかね?」
混戦の中で、対立する三つの鼓動。屍が積もっていく大地の上で、爛々と輝く生命。三名は確信してやまない。最後にこの場に立っているのは己であると。




