~黒のジェノサイド~
喊声を上げて奮起する団員達。蝙蝠が殺到するが、地上での彼らは翼も使った四足歩行であり、その速度は大したことがない。攻撃も単調なもので、戦い慣れた戦士であれば脅威ではなかった。
カヤは弓矢を使う自身と四名の団員を後列として全体の援護へ回り、イッサ、ラッセント、レオポールと二名の盾を扱う団員が中列の壁となって敵を防ぐ。ティラ、アグネスタ、ウェイド、ゴンドル、コルソンと残る団員らが前列として、敵を倒す役目を担った。
コルソンと力自慢の団員二名が息を合わせて連携し、目覚ましい活躍を見せる。コルソンが前に踊り出ると、モノアイバットの頭に戦槌を力強く打ち付けて粉砕し、そのまま横へ薙ぐと数匹のモノアイバットをまとめて薙ぎ倒した。戦槌を振り抜いたコルソンの隙を狙った魔物に対し、一人の団員が長剣を振り下ろしてその頭から股下までを叩き斬る。さらにもう一名が戦斧を振るって周囲の敵を一掃し、蝙蝠の屍が城の石畳へ積もっていった。
「おいベッツ、コルソンのアニィに敵を近づけんな!」
「へっへっへ、お熱いねえ、メデリック」
「おう、お前らもやるじゃあないの。旦那方に敵回すんじゃねえぞ」
「了解!」
突進を主とするこの三名の脇で、アグネスタとゴンドルが並んで敵を掃討する。アグネスタは片手斧を両手に持つ双斧の使い手であり、腕前も一級品だ。モノアイバットを切り刻み、流麗な動きで次の敵前へと移動するとこれも流れるように仕留めてしまう。背後から襲われたときはそちらを見ることなく身を屈め、そのまま斧を水平に持つと、踊るように立ち上がりながら回転斬りを繰り出してモノアイバットを足から頭の先まで斬り裂いた。斧に付いた血が彼女の周りに花びらの代わりに舞い、その美しさにラッセントが後方で口笛を吹いて賞賛する。
「ありがとぉん、ラッちゃん」
ラッセントへウインクするアグネスタへ、魔物が牙を剥く。それをゴンドルが貫き、アグネスタは何事もなかったようにして振り返る。その落ち着き振りから、ゴンドルは自分が彼女を助けることを察していたのだと理解した。
「よく人の動きを見ておるのう」
「戦場では相手の動きを観察してないとぉ、それが敵でも味方でもねぇん」
「お主、戦いなれておるようだし、ただの冒険者ではなさそうじゃの」
「うふふ、あたしはダーラの出身なのよぉん。女部族の一族なのぉん。単純な村でぇ、強いものが族長っていう女戦士の一族なのよぉん。だからぁ、これぐらいは出来なくちゃねぇん」
敵の攻撃を避けつつ、唇に指を当てて艶かしく腰をくねらせるアグネスタを、訝しそうに眺めるゴンドル。嘘か本当か、それは彼女の胸の内にしか答えはない。だが、強さは確かとゴンドルは気を取り直して斧槍を振るう。
全体で五十以上を仕留めた辺りで、再び双眸を光らせる大蝙蝠が現れる。酷く憤慨した様子で、叫ぶような怒声は一瞬で他のモノアイバットを黙らせた。
「俺の兄弟を斬った愚か者はどいつだあああ!?」
先ほどと同様、長い尾を振り回し、周囲のモノアイバットを薙ぎ払いながら前進してくる。その大蝙蝠の前に、ウェイドが再び歩み出た。
「俺だよ、蝙蝠野郎。一つ訊くぜ、てめえがカークスか?」
「そうだ、俺がカークスだ! 愚か者め、覚悟せよ!」
ウェイドは剣を構えるも、眉間に皺を寄せ、なにか考えている様子だ。団員らもカークスという名を聞いて同様を見せている。そんな中、コルソンと二名の団員も各々武器を肩に担いでその一騎打ちを見守る。
「ち、ちくしょう! あいつをヤりやがった蝙蝠野郎じゃねえか! まだいたのかよ。あれ? コルソンのアニィ、さっきのでかいのもカークスって名乗りましたよね?」
「ああ、言ってた。カークスが複数いるってことかねえ。だが旦那が強いとはいえ、あんなあっさりやられたあの蝙蝠が、あれだけの魔族として有名になれるもんか……?」
「兄貴の仰るとおりで。妙です」
「……全部本物ってな話だったら、お前らどうだ?」
「コルソンのアニィ、さすがにそんな話はねえでしょう」
「へへへ、賭けるか? 兄貴が正しいか、お前が正しいか」
「あー? 面白れぇ、コルソンのアニィにゃ悪いが、この賭けは俺の勝ちだぜ?」
「言ったな? へっへっへ、やったぜ兄貴、今日の酒はこいつの奢りになる」
コルソンは意地悪げに口角を上げて笑い、満足げに頷いた。視線の先にはウェイドと大蝙蝠、魔物の群れもそちらを眺めており、場は静まり返っていた。
尾がウェイドへと伸びた瞬間、ウェイドは半歩下がってそれをかわして剣を振りぬき、大蝙蝠の尾を切断した。大蝙蝠は尾を引き戻してから斬られたことに気付くと、絶叫して痛みに悶えた。血を零しながら体を震わせ、ウェイドを睨みつける。
「ぎぃいぃいぃい!? 俺の、俺の尻尾おおおお!」
「単調な奴らだぜ。そんなもん、二度も三度も見りゃあ十分かわせるってんだよ! 兄弟揃って能のねえ!」
「に、人間に見切れるわけがねえ」
「見切ってんだろ。まぐれで斬られたかったか?」
単眼の蝙蝠らはそんな様子を恐々と眺めていたが、突然右往左往へ不自然に目を動かし始めた。苦しげに呻いた蝙蝠の群れだったが、一斉にその目が大蝙蝠に向けられると、蝙蝠の群れが大蝙蝠に殺到する。
「な、なんだ!? やめろお前ら、やめ……」
大蝙蝠に殺到したモノアイバットの群れは、その体を引き裂き、肉を喰らい血を啜り始める。共食いをする魔物を見て、団員らの顔は青ざめた。ウェイドは急に殺気だった蝙蝠の群れを見て、周囲を警戒する。
すると、階段から大蝙蝠よりもさらに巨大な蝙蝠が姿を現した。有に人の三倍はあろうかという巨体であり、他の個体に比べて老いているのか、顔の周りの毛だけが白い。
「親玉登場ってか?」
「我が子らを手に掛けた愚か者は貴様か?」
「よう、この質問も訊き飽きたんだが、てめえもカークスか?」
「わしは、わしらはカークス、カークス、カークスだ」
老蝙蝠も双眸を光らせるものの、その目はウェイドを見ていない。あらぬ方向へと眼球が向き、口から涎を垂らし、明らかに常軌を逸している。不自然な老蝙蝠の動きに、ラッセントは表情を曇らせた。
「わしらはカークス? 変な感じだ。それに、怯えていたはずの単眼の蝙蝠達の挙動が変化したこと、そして魔術を使うようには見えない老蝙蝠。これって……」
老蝙蝠が狂ったような大声を上げて暴れ始めるが、その対象は無差別であり味方を押しつぶし、時折団員らへと襲い掛かる。騒ぎを聞きつけた他の大蝙蝠が駆けつけると、老蝙蝠を宥めようとする。しかし言葉を受け付けない老蝙蝠は暴れることを止めない。
状況が飲み込めない一同は防戦一方になるが、モノアイバットの群れもまた狂ったように暴れ始め、狭い中を飛翔して互いにぶつかり合ったり、味方通しで食い合ったりと混沌が場を支配する。
そんな中、ラッセントは思考する。読めない状況を読まんとする彼は、悩み抜いた末に一つの結論を導いた。
「副大将! 敵はここにいないよ!」
「ああ? 暴れてんじゃねえか目の前でよ!」
「こいつらはただの魔物だよ。本命はここじゃない!」
「どういうことかさっぱり分からん! つまり!?」
「カークスは蝙蝠を従えてるんじゃない、操っているってことさ! 自分の都合のいいように出来るただの駒に過ぎないんだよ! 本物のカークスは、なんらかの手法でこいつらを操っているんだ、自分に被害のない安全圏で! だから例えば――そう、城の外とかさ!」
「とにかく外か!? よし、外に出るぞお前ら! こいつらは勝手に暴れさせとけ!」
「でも外で襲われたら……」
「いや、この状況では城内にもいられん!」
「城もこう激しく暴れられては持ちますまい! 全員、脱出を!」
「逃げるぞお前ら!」
団員らが門へと殺到し、魔物の暴れまわる城の中から脱出する。日の光が彼らを包むが、外もまた荒れ狂う魔物の群れが互いを食い合い、空から鮮血の雨を降らせていた。
死体が空から落ちてきて、地面へと激突する。ウェイドらへも数匹ほど襲い掛かってくるが、その狙いは不確かであり、ウェイドの横を通り抜けたモノアイバットは急降下した勢いそのままに大地へと牙を立て、乾いた音と共に首の骨を折って絶命した。
魔物とはいえ異常な攻撃性を有して無差別に襲い、命を投げ捨てて死んでいく光景に、ティラやイッサ、レオポールといった団員の大多数が恐怖を覚えた。死が蔓延する古城周辺から脱したウェイドらは、やがて蝙蝠らの喧騒が収まったことに気が付く。
振り返ると、多くのモノアイバットの死体が草原と城を埋め尽くし、大地は赤く染まっている。地獄の光景を目の当たりにし、ティラが口を押さえて団員らから離れ、胃の中身を吐き出した。カヤが気付いてその背を撫でる。
あまりの惨状に言葉を失っていると、城から老蝙蝠が飛び出し、巨大な翼を広げてウェイドらへと突っ込んできた。だがその途中で大きく軌道が逸れ、ウェイドらから見て右側の地面へと落下した。うめきながら立ち上がった老蝙蝠だったが、その体は傷だらけで、片翼は折れて曲がり、相変わらず正気ではない。
その痛々しい体を引き摺るようにしてウェイドの前に立ち上がると、突然血を吐いてもがき苦しみ始めた。体の中でなにかが蠢き、不規則に腹や背が膨らむと、老蝙蝠の腹が裂かれて中からなにかが転がり落ちた。それは灰色の巨大な蛹であり、それが出たと同時に老蝙蝠は絶命して倒れた。
「考えてたより、もっと最悪かも」
ラッセントが呟くと同時に、蛹の背が開く。中からは薄緑の長髪に、尖った耳の女性が出てきた。その背からは巨大な蛾の羽が生えており、触覚が髪に混じって生えている。指先から糸を放つとそれに身を包み、ドレスのような衣服として纏うと、蛹の上からウェイドらへと視線を送る。
「私が外から操っていると思案したそこの者、良い推察だったぞ。しかし、外れたな?」
くつくつと笑う女に、ウェイドを含め団員達全員が言いえぬ恐怖を感じ取っていた。蝙蝠の腹から出てきた上に、容姿こそ人に近いが明らかに人間ではない。魔物でもない容姿から、魔族であることは疑いようがなかったが、その異常性は極めて高い。
「なんだ、てめえ!?」
「先ほども訊ねたであろうに。私がデミオン・ミュラー・カークスである」
妖艶に微笑む女、カークス。僅かな言葉しか重ねていないものの、ウェイドは直感する。これこそ本物の魔族、人食いカークスであると。




