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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
73/88

~渦の中~

 ウェイドらが今後の進退について話し合っていたところで、空の異変に気が付いた。日が差していたはずの窓辺には影が落ち、空は黒一色に染まっていた。


 獰猛な鳴き声が幾重にも飛び交い、時々巨大な一つ目がウェイドらへと向けられる。言葉にすることもなく、団員達は身構えた。ミストバウムで聞いたモノアイバットの群れが到着してしまったのだと悟った彼らは、今ここからどう生きて出るかを考えねばならず、先ほどまでの余裕はどこにもなかった。


「まずいことになった」


「蝙蝠だけならなんとでもならあ」


「すっごい数っすよ!? あれだけいると、オイラ一人でええと、十、二十……?」


「千と仮定して、一人で五十以上はやらねばならんな」


 ラッセントが景気の良い口笛を吹いた。だが他の団員らの表情は暗く、誰もが恐怖している様子だ。ウェイドはそんな団員らを励ますように叱咤するものの、大した効果は見られない。


「うーむ、全員の士気が下がるのも無理はないですな。いきなり敵中に孤立してしまったようなもの。ましてやあの数であれば生きて帰れる保証がない」


「とはいえ、奴らは城の中まで入ってきます。ゆっくり考える暇はないのでは?」


「迎撃っていってもねえ……」


 残りの人数を確認する。初めは二十六名おり、地下で鎧兵士に足を斬られた負傷者一名、モノアイバットに奇襲されて命を落とした団員が四名。戦闘が可能な人数は二十一名のみとなっていた。


 それだけの人数で空を覆うほどの大蝙蝠の群れを迎撃するのは、常識的に考えて不可能である。しかし、その不可能を可能にしなければ古城に閉じ込められることになる。


 特にモノアイバットは繁殖のために移動をしてきており、数ヶ月以上はこの場に留まるのは確実だ。どうしようにも戦闘は避けられない。


「群れならぁ、群れのリーダーさんを倒しちゃえばいいんじゃないのぉん?」


「それができれば苦労しません。敵は空の上、私達には攻撃しようがありません」


 城のあちらこちらで振動が起きた。天井から埃や破片が降ったり、どこかが崩れるような音も響いてきたことから、蝙蝠の群れが一斉に城に降りてきているのが分かったのか、団員らは焦りの色を浮かべた。互いに混乱したようにうろたえていると、空から黒い塊が彼らのいる窓辺にも突っ込んでくる。


 石で出来た窓辺が崩れ、大蝙蝠が目を忙しなく動かして団員らを捉えると、耳障りな鳴き声を上げて襲い掛かってきた。ゴンドルが斧槍で頭を一突きして倒すも、蝙蝠は次々と殺到し、手に負えない数へと膨らんでいく。ウェイドとコルソン、力自慢の団員が迎撃に入り、その間にラッセントが団員らを退避させる。


「一階へ! この階はもう駄目だ!」


「……地下! 地下に逃げるのはどうっすか!?」


「外にも逃げれぬ、今はそれしかあるまい!」


 ウェイドらが退路を抑えている間に、団員らは一階へ、さらに地下へと逃れていく。二階ではモノアイバットが壁を崩してまで侵入口を拡大し、その数をますます増やしていった。ウェイド、コルソンと団員三名が通路の狭さを生かして敵を追い払っていたが、潮時と見たコルソンが声を張り上げる。


「旦那ぁ! これ以上は俺達がやばい!」


「よっし! 行くぞ野郎共!」


 戦槌を振り回してモノアイバットを叩き潰しながらコルソンが奮起する。それに続いてウェイドが双剣を振るって敵をなぎ倒し、少しずつ階段へと後退していく。押し迫るモノアイバットの群れがウェイド、コルソンらの猛攻に警戒したのか距離を空けて威嚇するに留める。その隙に逃亡しようと背を向けた途端、団員の一人が突然なにかに弾き飛ばされた。


 階段を勢いよく落ちていく団員を見てウェイドが階段前まで駆け寄るも、下まで落ちた団員は胴体を切り裂かれており、少しもがいた後に絶命する。ウェイドが怒りの眼を魔物に向ければ、モノアイバットの群れの中から現れた一匹を注視した。


 尾が長く、先端が鋭く槍のように尖っているその個体は、明らかに他の個体とは違う。耳は大きく、単眼でもない。両目が確かにあり、真っ赤な瞳がウェイドを睨んでいた。尾から滴る血を払うと、騒がしい他のモノアイバットを一声で黙らせ、その場が一気に静まり返った。


「なんだ、お前が親玉か? このウェイド様が相手してやるぜ!?」


「この数相手に怯まないとは……人間にしては肝が据わっている」


 はっきりと人語を解しているその大蝙蝠に、コルソンや団員らが目を見開いた。


「はっ、喋れるなら話は早いってもんだ。テメェがカークスか?」


「いかにも、私はカークスさ」


「魔族って聞いてたが、蝙蝠野郎だとはな」


「不服そうだな? 人間如きが無礼な」


「うるせえ蝙蝠野郎。蝙蝠風情が対等な口利いてんじゃねえぞ」


 一人と一匹の間に張り詰めた空気が流れる。怒気のぶつかり合いは周囲の仲間を後ずらさせ、互いに一騎打ちの場が自然と整う。ウェイドが剣を握り締め、距離を少し縮める。一歩前に踏み出した途端、大蝙蝠の尾が目にも止まらぬ速さで突っ込んできた。


 ウェイドは出した足を引いて、片足だけで横に飛ぶ。すると先ほどまで足があった位置に槍のような尾が突き出され、石の床を貫いてみせる。ウェイドが身構える時には地面から大蝙蝠の背後まで尾が戻っており、宙で一回ししてから再び繰り出された。ウェイドは剣で軌道を逸らすものの、尾はまた瞬時に戻っていく。その速度は並の人間では追いきれるものではない。


 そう――並の人間であるならば。


 大蝙蝠は尾を引き戻した時、赤い眼を見開いた。人間など容易く貫くはずの、自慢の尻尾の一撃が逸らされた。そして、人の目で追いきれぬ尾の伸縮する動作。一度見ただけでは、人間の瞬発力で対応できないはずの一撃。だが尾を引き戻した直後、ウェイドは大蝙蝠の目の前に踏み込んでいた。


 ウェイドは大蝙蝠の速度に付いていっている。彼は傭兵団に在籍したときだけではなく、故郷の村にいた頃からずっと魔物と戦い続けている。その実績がここで発揮されていた。特に、ウェイドには魔物以上に自身を鍛えてくれた好敵手がいた。


「馬鹿な!?」


 大蝙蝠が咄嗟にかわそうとするが、建物の内部であり飛翔するには狭すぎた。そして多くひしめく仲間が邪魔をして、避けることが敵わない。仰け反るだけの大蝙蝠に対し、ウェイドの双剣が胴体に交差する二つの傷を刻んだ。


 血潮が噴出し、大蝙蝠は悲鳴を上げてそのまま後ろへと倒れこんだ。後ろにいた数匹のモノアイバットが下敷きになり、また単眼を泳がせて怯えるように鳴き喚く。


「はっ、尻尾だけ速い奴に俺が負けるかよ。アイオンはもっと速かったぜ! 仇は討ったぞ、同胞!」


 剣の血を払ってウェイドが鼻を鳴らした。コルソンはさすが、と笑い、他の団員らも歓声を上げる。だがモノアイバットも怒りの雄叫びを上げて襲い掛かってきたため、戦闘は再び始まった。さしものウェイドも数が数だけに階段へと走り、コルソンらと共に一階へと降りる。


 その時、死んだ団員を横目にしながらウェイドは謝罪の言葉をかけて、その隣を駆け抜けた。一階ホールはまだ無事であったものの、モノアイバットの群れもウェイドらを追って殺到してきたため、一気にその場は殺気に包まれる。


 ゴンドルらは地下の前で待機していたが、ウェイドらを確認すると全員で援護に回る。カヤの弓矢がコルソンの頭上を通り抜けてモノアイバットを打ち抜き、他の弓を使える団員らも続いて矢を放った。援護もあってウェイドらがゴンドルらの元へと戻って反転すると、再び蝙蝠の群れと対峙した。


  階段から降りてきた蝙蝠らは百は有に超している。だが黒い塊はまだその背後に蠢いており、その数はまだ増えていく。ゴンドルは地下への退路を確保しつつ、襲いくるモノアイバットを斬り伏せてウェイドの傍らに立った。


「如何にする?」


「帰ってくれって言って帰ると思うか?」


「ウェイド団長! この魔物、城内に入ってきているなら、外の数は減っているはず。今なら城外に逃げられるのでは?」


 ティラの進言に、イッサとアグネスタが同調する。しかしウェイドはそれを拒否した。


「いや、逃げ切れねえ。カークスって名乗ったあの蝙蝠野郎からして、こいつらただの魔物とは違うぜ。頭の良いやつが何体かいる。知能があるのが何体もいるって考えるなら、のこのこ城の外を走って逃げる獲物を逃がすやつはいねえだろ。それに、城内だからこそ奴ら歩行してるが、城外だと翼のある連中のほうが圧倒的に有利だ。ここである程度数を減らすしかねえ」


 団員たちがウェイドの言葉に顔を引き攣らせるも、確かにウェイドの言うことに間違いはなかった。外では空を自由に飛べるモノアイバットが機動力に勝り、馬もないウェイドらは逃げ切れない。なおかつ、空中から襲われては対処の仕様がなかった。地上に降り、かつ狭い城内だからこそ数も機動力も削げる今の内に叩く以外、今のウェイドらに道はない。


「レインがいりゃあ、怪しげな薬でもう少し楽な展開にできたかもしれねえな……。だが、今はやるしかねえ! 飛ぶにも飛べねえ蝙蝠どもをここで叩け! 怪我人は地下へ、戦う奴らもやばいと思ったら地下へ逃げ込め!」


「蝙蝠どもも全てが全て、こちらに来るわけではありますまい。少なくとも、今の魔物達は疲労している。長い時間を移動に使っているはずで、獣とはいえ戦いを避けようとする個体も出てくるはずだ。この波を凌げば、我らも離脱できる! 密集して迎撃しましょうぞ!」


 撃滅するか、殲滅されるか。両者の殺意が交差する。

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