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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
72/88

~波紋~

 突如として現れた鎧の軍団に、ゴンドルらは戸惑っていた。兎にも角にも、武器を振りかざす相手を眺めているわけにもいかず、ゴンドルは斧槍を突き出して先頭の鎧を押し出した。元々錆び付き朽ちかけていただけあって、それは簡単に貫通できた。


 しかし、鎧の戦士を刺し貫いたゴンドルは、あまりの手ごたえのなさに眉根を寄せる。槍を戻して見ると、鎧の下には誰かが入っているわけではなく、空の鎧が主なく動いていた。イッサはその中身を見て呆然と立ち竦み、他の団員もたじろいでしまう。


 だがゴンドルが檄を飛ばし、カヤが先陣を切って全員の意識を引っ張った。


「ええい! 敵を前に怯える戦士があるものか!」


 前に飛び出したカヤは、勢いよく敵の鎧を蹴り飛ばした。背後の鎧戦士達が抵抗もなく倒れこむ。ゴンドルもまた斧槍を突き出してそれを援護し、果敢な二人を注視していた団員達もその後に続いた。


 一方、城の入り口ホールで待機していたレオポールらは、鎧戦士に遭遇して悲鳴を上げた団員の声を聞いて、何事かと地下の出入り口付近に集まっていた。


「なにかあったんでしょうか?」


「なにかが潜んでいたやも知れませんな。我らも援護に――」


 視線を上げ、全体を見回したレオポールの眼に、あらぬものが映る。瓦礫の中、あるいはどこに潜んでいたのか、死したはずの屍が這い出し、明確な敵意を持ってレオポールらを包囲していた。彼らは錆びた武器を手にしており、遅い足取りでその距離を詰めてくる。


 団員らもそれに気が付いて武器を構えるも、不意を突かれた上に異形のものが多数出現したことで、平静を欠いている者が大半だ。


「な、なんだこいつら!?」

「どこから沸いた?」

「く、来るならきやがれ!」


 慌てた様子の団員たちだったが、レオポールがそれを宥める。


「落ち着けい! ゴンドル殿が戻られるまで、奴らを地下に通してはならぬ! 呼吸を乱すな、隊列を整えよ、剣を向けるべき相手を見定めるのだ!」


 レオポールの言葉に、団員達は慌てて密集する。それぞれ未だ興奮は収まらないようだが、それでも先程よりは落ち着こうとする姿勢を見せた。ティラは瞬時に指示を出すレオポールに感嘆している。


 死人の群れは数こそ多いが、その動きは緩慢で冷静に対処すれば大した脅威にはならない。それを理解したのか、団員達は徐々に呼吸を整え、冷静な面持ちで迎え撃った。


 レオポールもまた剣を抜き、さらに背負っていた盾を手にしてスケルトンを駆逐する。ティラもまた応戦し、長剣を振るって骸骨の首を落とす。しかし、死人は大した強さではないものの、耐久力は並外れており、腕を切り落としても、足を叩き折ってもなお迫り来る。数を増し、倒れぬ屍の群れに対し、団員達は少しずつ押され始めた。


 魔の力を感じたのか、ティラは表情を顰めてふらつくように後退した。片目の色が金に侵されて、色を変えつつある。ティラも自身の異変に気付いたのか、苦しそうに目を細めた。


「やつらを操るものがいるはず。某の目にはそれらしきものはいないが、ティラ殿はいかに?」


 その言葉でティラは目を見開き、彼女の目を侵食していたものは即座に消え失せる。戸惑いながらも、ティラの目が戦場を忙しなく見回し、やがて城の壁に描かれた発光する紫色の紋様を発見する。それは羽を折った蝙蝠のような紋様で、頭部と腹に大きな目玉が付いており、不気味な雰囲気を放っていた。


「あれではないですか!?」


「どこに――あそこか! 魔族の使う紋様だろうか。なんにせよ、あれが大元と見て間違いなさそうですな。あれを消せばこやつらも止まる」


「ではどうにかして敵中を突破しなくてはいけませんね」


「某にお任せを」


 盾を前面に出し、無数のスケルトンを押しのける。さらに剣で敵の腕を切り落とし、敵を寄せ付けずに壁へと迫る。スケルトンの群れはそれはさせじとレオポールの下へと殺到し、進路を塞いできた。敵が薄くなった地下への入り口を数名に防衛させ、ティラともう半数はレオポールの援護へと回った。


 敵を全員で押しのけて、レオポールの道を作り出す。スケルトンは剣を振るって彼の道を塞ごうとするも、盾で押し出されてバランスを崩すと、そのままレオポールの剣が一閃、スケルトンの上下の半身を真っ二つに切り裂いた。


 しかしそのまま這ってレオポールの足にしがみつくと、そのまま登ろうとしてくる。他にも腕だけ、手だけ、果ては頭だけで動き回る死人の群れは、紋様を目指すレオポールだけに執着して襲い掛かっていった。

さしものレオポールでも、自身に殺到する骨に対して顔が引き攣っている。


 ティラはそんな状況を、芳しくないと見ていた。いくら団員たちが力を合わせて撃退しようとも、敵は指一本になろうとも動き回ってこちらに向ってくるのだ。紋様を打ち消そうにも、辿り着くことが難しい。


「だったら」


 骸骨を薙ぎ払って、ティラは少し身をよじる。大股を開いて水平に剣を両手で振りかぶり、そのまま背負い投げるようにして長剣を投げ飛ばした。勢い良く飛んでいく彼女の剣は、紋様のど真ん中に突き刺さり、紋様をしっかりと断ち切っていた。


 紋様が急速に光を失うと同時に、死人達もまた突然力なく崩れ落ち、それはただの骨の塊となった。団員が突いても反応はなく、喧騒があったとは思えないほどの静けさが戻ってくる。レオポールは無数の骨に纏わり付かれたままで、なんとも言い難いような顔でティラを眺めている。


「さすがですな、ティラ殿」


「レオポールさんも、その、凄いですね! 武芸においては私なんて到底及びません」


「いえいえ、そのようなことはありませんよ。ああ、そうだ。ゴンドル殿らは無事でしょうか」


 ティラは自分の剣を紋様から抜いて鞘に納めると、団員らと共に地下への入り口の前に立つ。すると中から足音が聞こえて身構えたが、松明の炎を確認すると各々胸を撫で下ろした。


 最初にカヤが、後にゴンドルらが続き、全員の無事が確認できたうえで合流する。お互いにあった出来事を伝え合うと、動かないはずのものに襲われたこと、奇妙な紋様を消したら何事もなかったように動きを止めたことが共通し、レオポールとゴンドルは魔族による術であろうと結論付けた。


「おかしいですね。あれらが動いていたのならば、もう少し足跡であったり動いた形跡があっても良いと思うのですが」


「単に、暫く動いてなかったんじゃないっすか?」


「イッサ少年と同意見ですな。某が思うに、あれは侵入者がいた場合に発動する罠のようなものだったのでは? ここはただでさえ魔物の巣になっていたり、人食いカークスの話がある曰くつきの場所。入ろうとするものも滅多にいないのではないですかな」


「たまたまわしらが久しぶりの侵入者だったわけか。しかし、はっきりしたのは間違いなく魔族はここを根城にしておるということじゃ。捨てた場所にわざわざあんなものは残さんじゃろう」


「ウェイドさん達、無事でしょうか?」


「あやつらならば心配ないとは思うが、念のため合流しておいた方がよいじゃろうな」


 意見は一致し、ゴンドルらは上階を目指す。


 少し時が遡り、ゴンドルらが地下に入った頃。上階へと到着したウェイドらは、荒れ果てた城の内部を探索していた。部屋という部屋を手当たり次第に漁るものの、もぬけの空であり、なにも目ぼしいものはない。


 コルソンとウェイドは先頭を、アグネスタとラッセントはその後に続いて、残りの団員が彼らの後ろに着いていっている。


「なんもねえなあ。カークスどこだよ」


「猫じゃねえんだから、そう簡単には見つからんだろ。旦那じゃあるまいし」


「あんだと? 俺なら簡単に見つかるってのかよ」


「隠れてたとして、隠れるのか腰抜け! ……とかって言っとけばまず間違いなく出てくるんじゃ?」


「馬鹿にすんじゃねえぞ、そんな単純じゃねえし! でも、まあ腹は立つだろうな」


「はっはっは、出てくる旦那が目に浮かぶねえ」


 談笑しながら進むウェイドらだったが、三階にまで上がると状況に変化があった。城の壁が崩れ、また天上もところどころ崩れて穴が空いており、風の通りもいいのか風の音が耳に障るほどの音を立てて吹き抜けている。


 それに合わせて、なにかの鳴き声が聞こえてきた。明らかに人の声ではない。それも一つや二つではなく、複数のなにかが潜んでいるのが分かった。


 談笑していたウェイドらの表情が曇る。ウェイドは剣に手をかけ、コルソンもまた戦槌を握って身構える。団員達も真剣な面持ちになり、慎重な足取りで先へと進んだ。


 道なりに進み、とある一室の手前でウェイドが全体を静止させる。声はここから聞こえており、ラッセントと目配せしたウェイドは、自分が先行する旨を伝えた。


 息を呑み、一呼吸置いて呼吸を整えると、ウェイドは勢いよく部屋へと踏み込んだ。しかし、部屋には誰もおらず、殺風景で誇りを被った内装だけしか眼前には広がっていない。


「なんかいたと思ったんだがな」


 団員らが恐る恐る部屋へと入るが、なにもないと分かると表情が和らいだ。ラッセントやコルソン、アグネスタも安堵した様子で部屋へと入るが、なにもないため全体が引き返そうと動き始める。そんな折、天上から砂のような細かい破片が落ちてきた。


 ウェイドの目の前に振った粉を見て、ウェイドが天井へと視線を上げた。一見するとなにも変わりない天井だが、よく目を凝らしてみると、なにか材質の違うものが蠢いているのが見て取れた。ウェイドは目を見開き、全体へと叫んだ。


「てめえら、すぐに部屋を出ろ! ここは巣だ!」


 大声で叫んだものの、咄嗟でかつ状況の読めない団員達の動きは鈍く、呆けたように動きを止めてしまう。その瞬間、突如として天井を埋め尽くすほどのなにかが一斉に巨大な眼を団員らへと向けた。気付いたときには、既に手遅れだった。


 天井から伸びる巨大な羽。しかし鳥とは違い指は退化せずに付いており、そしてそれは人をしっかりと握ることができる程度の力はあった。団員が四名ほど捕まり、そのまま蠢くなにかの群れの中へと引き込まれた。その後、そこから掻き消えていく悲鳴と真っ赤な血が滴ったことでなにが起きたか理解出来たらしい。団員らは一斉に悲鳴を上げ、部屋の外へと逃げ始める。


 ウェイドは襲われた団員の血を見て舌打ちし、腰に下げた双剣を抜き放った。伸びる蝙蝠の翼を斬りつけて迎撃し、逃げる団員らの援護へ回る。


 コルソンとアグネスタがウェイドを援護し、天井から襲いくる一匹を仕留めた。それは巨大な一つ目の蝙蝠で、街で聞いたモノアイバットと呼ばれるものだと分かった。蝙蝠の群れはウェイドらに狙いを定めたのか、天井にぶら下がりながら獰猛な鳴き声をあげ続ける。


「旦那、随分とモテモテだねえ」


「これが噂の蝙蝠ちゃん?」


「ふん、蝙蝠なんぞにモテても嬉かねえや。でも、やってくれた分はきっちり返さなきゃな!」


 一斉に響く獣の交響曲。天井から、また上から降りてウェイドらと真っ向から挑む個体もいる。ウェイドらはそれらと適当にあしらうと、部屋の外へと移動する。着いてきた個体は当然、入り口に殺到するも、入り口に突っかかった。そこをウェイドらが狙い、仕留めていく。


 獣とはいえ数匹が入り口で倒されると警戒して殺到しなくなり、唸り声だけを部屋から出すに留めて、一切動きを見せなくなってしまった。ラッセントが安全になったと見てウェイドに声をかける。


「副大将、敵も見つかったことだし、一旦みんなと合流しない?」


「あん? そうだな……」


 その発言に考えるような素振りを見せたウェイドだったが、その視線をラッセントらに向けると、その背後からゴンドルらが急いだ様子でこちらに向っているのが分かった。ウェイドは片手を挙げてここだと教え、何事かとゴンドルへ問うた。


 互いの状況を説明し、この廃城になにがあるのかを理解しあう。そして、一つの結論をウェイドが出した。


「妙な紋様、そして噂通りの蝙蝠。魔族は魔物を操るし、死体やら鎧を動かすのも奴らにしかできない芸当だよな。つまり、カークスは実在する! 後は野郎がどこにいるかだ」


「でも、ここまで来た割に手厚い歓迎だけで本人は出てこないよねえ」


「晩餐の支度でも整えてるんじゃないかしらん?」


「ほほう、それなら上質なワインが飲みたいのう」


「良いですな。ここならさぞ年代物のワインがあることでしょう」


 落ち着きながらも冗談を言い合う余裕を見せて、時折思い出したように部屋から出てくるモノアイバットを倒しつつ、今後の方向性を話し合う。蝙蝠はいるものの、いまだ城内には強い存在を感じない。


 その頃、途中で皆と別れ、キャンプを張って傭兵団の帰りを待つエルは、数人の団員と共にその準備を終えたところだった。額の汗を拭い、腰を下ろして今頃ウェイドらがなにをしているのか、と談笑をしている。


 今自分たちで飲む分のスープを作りつつ、ウェイドらが帰ってきたときのための下準備も始めており、エル達はいたって平和な時間を過ごしていた。


 少し話し込んでいると、エルは空の向こうに黒い塊を見付けて目を細めた。それは徐々に大きくなっており、最初は雲と思ったのか、エルは洗濯物を仕舞わなきゃ、と腰を上げる。しかし、得体の知れない鳴き声が大きくなるにつれて、それがなんなのかを理解し、顔を青くした。


 エルは仲間と一緒に慌てて茂みの中へと身を伏せて、空を注視する。黒い塊は蠢き、不気味な鳴き声を響かせて晴れ空を一瞬で夜へと変えた。真っ黒な集団はモノアイバットの群れであり、その数は数百、あるいは千を超えている。


 その中で、一際大きな個体がいるのをエルは発見していた。中心を飛び、囲うようにして蝙蝠が飛び回っているところを見るに、それが群れのボスであるとエルは理解した。


「た、大変ですよこれは……。最悪のタイミングで蝙蝠の群れが来てしまいました」


 他の団員らも蒼白になりながら頷き、ウェイドらに知らせたほうが良いのでは、と意見が出たが、それをエルは首を横に振って否決した。こちらが向うよりも早く、蝙蝠の群れが城に辿り着くと分かるからだ。行ったところで無駄足になることが目に見えていた。


 慌てるエル達だったが、蝙蝠の群れが去った後、自分たちのキャンプに誰かがいることに気が付いた。その人物はエル達がスープを飲むために用意していた食器を用いてスープを一口飲むと、美味しかったのか満足げに頷いた。


 茂みから顔を出したエルは恐る恐るその人物へと接触を図る。


「あ、あの……? どちら様でございましょうか? その、それ私達のなんですけど」


「おや、これは失礼。あまりに美味しそうな香りに誘われて、つい不躾なことを。お許しください、可愛らしいお嬢さん」


「かかか可愛いだなんて本当のことを! そんなスープでよければいくらでもどうぞ。お兄さんも良く見たらイケメンですしぃ」


 照れるように頬に手を添えて体をくねらせるエル。それに対して男性は微笑み、礼を述べた。


 男は赤い髪で、全て立たせた髪型であるが、うねるような癖があり炎を連想させた。同じく燃えるような瞳、それが映える色白の肌。そして耳は尖っており、身を包む赤紫色のコートを着ている。コートの間から腰に剣を二振り下げているのが分かった。


「あれ、お兄さん耳が尖って……?」


「ええ、人間ではありませんから。警戒する必要はありませんよ。君達と争う気は毛頭ない。今日は旧友に会いに来ただけですから」


「魔、魔族? まさかあなたがカークス!?」


「いいえ、カークスは我が友人です。私の名は――ブラントハイム・ギルスレイと申します」


 エル達が遭遇したその男、ギルスレイ。かつて鉱山の町バッフルトにて、アイオンらと対峙した魔族だった。

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