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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
71/88

~主なき残骸~

 翌日の早朝、ウェイドらは古城に向けて出発した。天候は曇り模様で、一雨振りそうな様子だ。


 女性陣は特に髪や身なりを気にしているようで、特にエルやアグネスタは不満を漏らしている。それをティラが宥めなつつ、一団は目標の地を目指し歩き続ける。


「一日がかりになりそうだな」


「まあ、仕方ないよねえ。徒歩だし」


「疲れちゃいそうねぇん。ラっちゃんおんぶぅ」


「もう!?」


 ラッセントとアグネスタは馬が合ったのか冗談を言い合いながら進む。無論、この二人以外も談笑しながら進んでいるのだが、昼に近付くにつれて、徐々に団員の進行速度にバラつきが出てきた。


 エルやコルソンは最後尾側、逆にウェイドやカヤは最前列を突き進んでおり、互いの状況を把握していないようだった。これにゴンドルやレオポールが懸念を抱いたのか、先頭のウェイドに一時休憩を挟むべきだと進言する。ウェイドは渋々ながらもこれを了承、全員でまとまり、草原に腰を下ろして昼食の支度を始めた。


 食事を作っている間、ゴンドルとレオポール、イッサとティラが円を描くようにして座る。ティラは特に自分の重装備を纏っているため、苦しそうに息を吐いた。


「ふうむ、このままではよろしくありませんな」


「そうじゃのう、数が増えれば統制を取ることは難しくなるのは当然じゃが、もう少し全体のことを考えてもらわねばな」


「わ、私は平気ですよ」


「そうには見えんがのう」


「たどり着いたとして、その後が大変なのです。しっかりと体を休めるのも大事ですぞ、お嬢さん」


 ティラはそう言われて、この先に起こりうる戦闘のことを思い出したのか、恥ずかしそうに頷いた。レオポールはそれを微笑ましそうに眺めて笑った。ゴンドルらが腰を下ろす一方で、ウェイドやカヤは早く先に行きたいのか、体を伸ばしたり少しだけ歩いて先を見渡すなど、落ち着きがない。


 その休憩の間に食事を摂り、昼を終えた頃に傭兵団は動き始めた。各々のペースがあるためか、団はばらつきを見せるものの、ゴンドルやレオポールが全体に気を配って纏め直し、一同は夕暮れ時になって古城の見える位置まで進むこととなった。


 遠目に見える古城は廃れ、かつては荘厳だったであろう城壁は風化し、一部は崩れて穴が空いている。深緑の植物に覆われているため、中の様子は入らないと確認できない。しかし、城の周辺をなにかが飛び回っていることは見て取れるため、ウェイド達は離れた辺りにキャンプを張ることとし、そこを拠点として古城の探索を開始すると決めた。


 ここで、ラッセントは団を分けることを提案する。一つは拠点を維持する組、もう一つは古城の探索組である。エルは待機組で確定として、もう四名ほどが残ることとし、他は全て探索へと赴くとした。


「うーん、内部を見てみたかったんですが、仕方ないですね」


「意外と素直だな。てっきり駄々をこねるもんだと思ってたぜ」


「本音を言えば、ものすっごく行きたいですよ! でも、さすがに戦えない私がいては足手まといだってことぐらい分かりますよ。ああ、行ったらぜひぜひお話は聞かせてくださいね。カークスがイケメンだったらより詳細にお願いします!」


 未練たっぷりといった様子で、エルは頭を抱えて大げさに悔しがって見せた。それをウェイドはわかったわかったと笑って答える。各々武具の点検を行い、万全の準備を整えていく。日が傾き、夜の帳が下りる。探索は明朝とし、古城を目前にしてウェイドらはまず腰を下ろした。


 そんな中、イッサは騒ぐ団員たちとは離れて、夜の草原で一人槍を振るっている。突きから薙ぎ払い、さらに斬り上げてから構えなおし、また突いては払い、斬りつける。同じ動きを何度も何度も繰り返した。集中している彼に、誰かの足音が近付いていく。


 その音に気付いたイッサがそちらを見遣れば、カヤが腕を組んでイッサを眺めている。イッサは額の汗を拭い、頬を掻いた。


「どうしたんすか?」


「熱心ね」


「ああ、オイラまだまだ未熟モンっすから、鍛錬はかかさずにやっておかないといけないっすよ」


「動き、硬いわよ」


「へえ?」


 きょとんと目を点にしながら瞬かせるイッサなど構わず、カヤは一連の動作が鈍いことや、足捌き体捌き、腕の引き方や力の込め方など様々指摘し、あれはああするべきだ、等一通り述べていった。イッサは一度に言われて困惑気味に頭を抱える。そんな彼などお構いなしに、カヤはさらに言葉を並べていった。


「――でも筋はいい。精進しなさい。努力する人は好きよ」


「すすす好き!? そ、そう言われると照れるっすよう」


「……あなた、将来幸せになれる気がするわ」


 カヤはどこか呆れたような、感心したような物言いだった。イッサは褒め言葉として受け取ったらしく、先ほどまで困惑していたことなど露知らず、嬉しそうに笑っている。


「カヤさんは弓を使うんすね! 格好いいっす!」


「格好いいだけじゃなく、実用的よ。近付く前に仕留めてしまえば、剣なんて必要ないわ」


「うーん、フラッドさんも弓を使っていたっすけど、どっちが上手いんすかね」


「へえ、誰も使わないとばかり思っていたけれど。そう、いるのね」


 彼女から闘志を感じたのか、イッサは口を抑えた。明らかに彼女は好敵手を見つけたと言わんばかりの、不敵な笑みを浮かべていた。


「……カヤさんって、物静かな冷静沈着な人だと思ってたすけども、意外と好戦的なんすねえ。ウェイドさんとどことなく似ているような」


「伊達に武芸者は名乗っていませんよ。でも、あの団長代理さんと似ているっていうのは心外ね」


 そう言って、カヤは少し微笑んだ。


 二人が語る一方で、身を震わせたウェイドがくしゃみをしていた。目の前にいたラッセントが渋い顔をしつつ、布で顔を拭く。


「あ、わりぃ」


「通り雨が降ったと思うことにするよ。それで、副大将はいると思う? カークス」


「いる。いると思って捜す。そうしたほうが気分的にいいだろ」


「楽観的だねえ。ま、嫌いじゃないかなそういう考え方」


「そういうお前はどうなんだよ」


「うーん、いるにしては静か過ぎない? とも思うけどね。でも、この蝙蝠大量発生ってのと絡んで怪しいなあって思うこともあるんだよねえ」


「怪しい?」


「うん、俺達が相手どった魔族はみんな魔物を大量に引き連れていたじゃない? てことは、それだけの魔物を支配下に置いてから行動を開始していたわけでさ、今回のこの大移動に合わせてなにかしら動きがあってもおかしくないんじゃないかって思うのよ」


「成る程な。まあ、行ってみればどうか分かるだろ。調べねえことにはどうとも言えるし、どうとでも言えねえ。そうだろ?」


 確かに、とラッセントは苦笑する。事実、動きがない相手のことを考えても仕方がなかった。各々の間で交流を、また議論を重ねるうちに、その日は夜を深めていく。


 次の日の朝、探索組が列を成して古城へと向った。一同が古城の前に辿り着くと、かつて城を守っていた門はすっかり寂れて壊れており、守る気もなく開ききったままになっている。そこから内部に入ると、微かな日光が城内に差す以外の明りはなく、空気も大層埃っぽい。崩れた瓦礫が城内のあちらこちらに積もっており、そこは城の中とは思えないほど荒れ果てていた。


 ティラは少し空気を吸って咳き込み、他団員らも口元を抑えている。埃臭さもあるが、何より生臭い嫌な臭いが充満していた。なにかの生物が棲んでいるのは明白で、どこからか唸る声が聞き取れる。ウェイドは周囲を警戒しつつ、全員に内部を調べるよう命令を下した。


「なんとまあ、随分と荒れてるな。ウェイドの旦那、こりゃあ気をつけないと」


「上から石の雨が降ってくるってか? たまったもんじゃねえな」


 城は崩れて元の通路も通れるか怪しく、内部は余計に複雑になっている。ウェイド、コルソン、アグネスタ、ラッセントの組と、ゴンドル、レオポール、イッサ、ティラ、カヤの組の二手に別れて探索すると決め、それぞれ行動を開始した。


 ウェイドらは上階へ、ゴンドルらは地下への入り口を発見したため、そちらへと向った。まず、ゴンドルらは地下へと降りて様子を窺う。静かな通路は光が一切なく、レオポールが荷物の中から火打ち石を取り出すと、一度打って火花を散らした。


 一瞬の光ではあったが、通路が先に伸びており、塞がっていないことは確認できた。一度上階に戻ると、カヤが荷の中から手早く松明を作ってみせる。だがゴンドルは行くことに少々悩んでいるようだった。


「いかがした?」


「見通しが悪い、万が一も有り得る。全員で探索するのは危険じゃろう。半数はこの場で待機、いざというときに動けるようにしたほうが良いと考えるが、どうじゃな」


「異存ありません」


「ではレオポール、ティラ含め六名はこの場で待機、残りは着いてきてもらおう」


 松明を手に、ゴンドル以下七名が地下へと降りていく。燃える火が先を照らし、比較的崩れていない地下が鮮明に把握できる。横幅からして人が三名ほど並べる程度、天井は成人男性であれば問題ない程度の高さだが、槍を振るうには狭い。


 カヤとゴンドルが先頭に立ち、イッサらはその後ろに着いて進んでいく。途中、発見した扉などを開いてみるに、倉庫として使われていたらしい痕跡が残っていた。食料から武具、衣服など、残っているものも少なからずある。だが食べ物は腐り果てて最早残骸と成り果てている。


 衣服は主に兵士に支給されていたものだろうが、ところどころに穴が空き、汚れに塗れてとても着れそうにない。武具としては剣や槍、弓からフルアーマー装備まで並んでいたものの、錆び付いて今にも壊れそうだ。イッサがそれを突き、指に付いた錆を払って落とす。


「さすがに年代物っすねえ」


「誰かが使っていた痕跡も、入った痕もありませんね」


「もう少し先があるが……恐らく牢屋辺りじゃろうな」


「行ってみますか?」


「必要ないとは思うが、一応隅まで調べねばなるまい」


 ゴンドルらはさらに先へと進み、その予想通り牢屋へと辿り着いた。鉄格子は錆付いているものの、やはり他の部屋よりも丈夫に造られているのか、まだその原型はしっかりと残っていた。中には囚われたままの囚人が横たわっている。イッサは渋い顔でそれを見つめ、カヤは臆することなく牢屋の扉を開けようと手をかけた。


 鍵はしっかりとかかっていて開かないが、カヤは少し下がってから思い切り扉を蹴飛ばした。錆びた鍵は耐え切れずに壊れ、勢い良く扉が開く。ゴンドルは無茶を、と髭を撫でながら苦笑する。


 カヤが亡骸を調べるが、特に目ぼしいものはなかったらしい。すぐに戻ってくると、他の牢屋も同様に調べ始める。どこも同じようなもので、牢屋には各一人ずつ亡骸が転がっているばかりで、他にはなにもなかった。カヤはつまらなそうに溜め息を吐く。


「なにもないようですね。戻りましょう」


「カヤさん、度胸あるっすね」


「冒険者たるもの、それぐらいできなくてどうします? ゴンドルさん、行きましょう」


「……おかしい」


 ぼそりとゴンドルが呟く。その言葉に、団員達は戻ろうと返した足を止めた。


「なにか、変なところが?」


「奇妙だとは思わんか。なぜこの牢屋――必ず一人、死体があるのだ?」


「それは、囚われていた罪人が全ての牢屋に入っていたのでは?」


「この古城が朽ち果ててなお、こう綺麗に骨が残るものか? わしには近年に死んだものにしか見えぬ」


「……しかし、牢は錆びています、誰かが手入れをしていたようには見えません」


「だが鍵はかかっておった。一つとして例外なくな」


 沈黙が流れた。ゴンドルの言わんとしているのは、誰かがここに人間を閉じ込めたのではないか、ということだ。その誰かとは、魔物では有り得ない。ならば、該当するのはゴンドルらが捜しているカークスではないか。そういう意味を孕んでいる。


 カヤは牢を睨むと、周囲の床に視線を落とした。くすんでいるものの、石畳の上には微かな血痕が残っている。それは薄汚れた床の上に重なるようにして残っており、一人分のものではなかった。汚れの上に、上書きするようにして滴っていた痕を見て、カヤは無言でゴンドルへと向き直る。


「見落とすところでした」


「というと?」


「倉庫は使っていないようですが、この牢屋は使っていたようです。ただ、それももう大分前ではあるようですが」


「大分前というと、どれくらい前かのう」


「周りの汚れと比較してみて、鮮明に残っている方なので短くて数ヶ月、長くても一年半ばというところでしょうか」


「よ、よくわかるっすね?」


「埃の積もり方、血痕がくすみも少なく綺麗に残っている点からそう推測しただけよ。もちろん、間違っている可能性も十分あるわ」


「つまり、やっぱりカークスがここに?」

「ウェイド団長に知らせましょう!」

「皆にも伝達を!」


 団員たちが一斉に喚き立つ。だが腑に落ちないのかゴンドルはそれを手で制した。


「待て待て、落ち着けい。間違った情報を伝達することほど、団を危険に晒すことはない。みなに報せはするが、内容は対象がいるかもしれない、用心し、抜かりなきよう。それで良い」


「では、自分が先に行って、レオポールさん達に報せてきます」


 団員の一人が駆け出し、先ほどの通路へと戻っていく。ゴンドルらはその後に続くよう、隊列を組みなおしてから動き始めようとした。


「うわあああぁぁぁああああ!?」


 先だって駆けていった団員の悲鳴が響き渡る。ゴンドルが何事かと走り出し、松明の光を暗い通路へとかざした。先ほどの団員は腿を抑えながら、必死の形相でゴンドルらと合流、その場に倒れこんでしまった。


「なんじゃ、どうした!? 魔物か?」


「ちち、違います! あ、あれを!」


 松明をかざした通路の先に、無数の影が蠢いていた。朽ち果て、錆び付いた鎧の群れが、主もなく動き出していた。その手には同じく朽ちかけた武器を手にしており、先頭の一体の剣からは団員の足を切り裂いた時に付着した血液が垂れている。


 言葉はなく、金属が擦れる音だけが迫った。ゴンドルは確信する。ここにカークスが、あるいは別のなにかがいることを。

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