~古参と新参~
ウェイドにゴンドル、ラッセントはそれぞれ街の状況を確認すべく、ミストバウムの街中にて聞き込みを行なっていた。ウェイドやラッセントは途中、街の特産物や武器屋、艶かしい女性に目を奪われてろくな情報を得られなかったが、ゴンドルは踏み込んだところまで話を聞きに動いていた。
街の警護に勤しむ兵士に対して声をかけるゴンドル。呼び止められた兵士はゴンドルに一瞥くれて、用件を問いただしてくる。その様子から、余裕があるようには思えない。苛立っているのが伝わったのか、ゴンドルは簡潔に質問をする。
「随分物々しいが、なにかあったのかの。旅人ゆえ、気になりましてな」
「……魔物の動きが活発化しているのです。特にミストバウム周辺にはこの時期大移動してくる魔物がいてな、モノアイバットという単眼の大蝙蝠が大群でこの街を通過する頃なのですよ」
「ほほう、それは困った話じゃ」
「あくまで通り道だから、この街には大きい被害が出たことはない。しかし、必ずはぐれであったり腹を空かせた個体が街目掛けて襲い掛かってくるので、我らが今から警護に当たっているのです。連中は移動中のせいか、体力を消費することを嫌う。建物を破壊してまでは襲わないはずだから、警鐘が鳴ったらばすぐ建物の中に避難することを勧めますよ。では、失礼します」
ゴンドルは一言礼を述べ、兵士達と別れてコルソンらが待つ方向へと歩き始める。
「ここでも魔物の群れ、か。各地で魔物の動きが活発化しておるのやもしれんな。つまり、魔族が本格的に行動を起こしているということじゃ……アイオンは無事かのう」
紅色の空を眺めて、ゴンドルは嘆息した。途中、女性を口説いていたラッセント、武具を吟味していたウェイドを捕まえて、ゴンドルがコルソンやティラ達が待つ宿屋近くの広場に戻ってきたのは、日が傾いて沈みかけた夕暮れ時のことだ。
多くの団員を引き連れて、宿へと案内する。しかし、大人数のため半数がこの宿一つでは部屋が足りず、この宿で借りられたのは四部屋、一つになんとか三人が寝られるとして、もう一件別の宿屋にも四部屋借り、これで二十四名が寝られる計算だが、もう二人分はどこかの部屋に無理矢理入って一部屋に四名という窮屈な選択を強いられることになった。
「加えて言うが、人数を削ってもこれじゃ。宿を借りるのは得策ではないと良く分かった」
「明日は野宿のほうがいいかもねえ。お金も飛んだし」
話した結果、エルやティラと一緒に新規入団の女性団員がまず四人部屋に、残りはイッサにゴンドル、もう二人という形で四人一組の問題は解決し、各々が部屋に向ったり、宿屋下の酒場で飲み始める。
エルとティラは荷物や鎧を置きに先に部屋へと入る。その中には先に入っていた二人の女性団員がおり、それぞれが二人に挨拶する。特にティラは古参として、尊敬の眼差しを送られて困惑していた。
それは他の面々も同じであり、ミストバウムに来るまでは腰をろくに落ち着けなかったこともあってか、休めると分かった途端に新団員らはウェイドらに様々な話を持ちかけてきていた。特に、どんな戦いがあったのか、ここにはいないアイオンがどんな団長なのかなど、話題は尽きない。
酒の席では特にウェイドやラッセントが饒舌に語っており、それにコルソンが合いの手を入れてさらに場を盛り上げていた。ゴンドルやイッサはその様子を眺めつつ、隅の席で食事と酒を楽しんでいる。無論、彼らに話かけてくる団員らもおり、ゴンドルは快くそれに返答していた。
「いやはや、ウェイド団長は豪快、ラッセント殿は陽気、そしてゴンドル部隊長殿は冷静沈着。実に多様な面々が揃っておりますな」
「はっはっは、確かにのう。個性で言えば、ここの団員達はとても濃い。見ていて飽きんよ」
「それに、イッサ殿やティラ殿と言った若き力も揃っておいでだ。良い傭兵団ですな」
ゴンドルの傍らには、イッサと一人の壮年の男が座っている。男は白髪交じりの長い髪を後ろへ流して人結びにしており、口髭を蓄えている。眉は太く、時折鋭い眼光を覗かせた。肌は浅黒く、体つきもがっしりとしている。漂う雰囲気はゴンドルに近いものがあり、イッサはそれに気圧されてか緊張気味に食事を続けていた。
「ふむ、出自を訊いてもよろしいか? どこぞでは高名な方であったのでは?」
「某など未熟なもの、かつてはオルナ国王に仕えておりました。ミスア砦にて戦死されたラカン将軍とは轡を並べたことがあります。おお、申し遅れました。某はレオポール・エスターと申します」
「レオポール? 確か、セーデ国における魔族との戦いで、援軍として赴いたオルナの将が討たれた際、撤退不可能と言われた包囲された状態で、味方を指揮して敵中を突破し生還した男の名がそんな名前だったような。その後、自らの地位を捨ててオルナを去ったと聞いたが、もしやお主のことかの?」
「……某は一部隊を率いるだけの器であり、大それたことは出来ませんでした。敵の勢いを抑えられず、将軍を守りきれないばかりか、多くの仲間を死なせてしまった。そんな無能者ゆえ、汚名を着るにはふさわしかったのです」
「オルナ国内は内々の争いが激しいとは聞いていたが、そうか。その戦の責を問われてオルナを去ったというのか。足の引っ掛けあいに巻き込まれたとは」
「されど剣は捨てきれず、傭兵として彷徨っておりました。するとなんと、魔族を倒している傭兵団があると言うではありませんか! これぞ天啓と感じ、我が剣を託したくここにやって参った次第です」
老兵が二人並んで語るだけでも、イッサは二人の存在感に圧されて声を出せずにいた。そんな硬くなっているイッサに気付いたのか、ゴンドルが酒を片手にしつつ、もう片手でその背を叩いた。
「しゃんとせい。これはイッサ、わしの――跡継ぎじゃな」
冗談めかして笑いながら言うゴンドルに対して、驚いたような目を向けるイッサ。しかし次第にその顔が喜びに染まってきて、満面の笑みを浮かべる。
「ゴンドルさんの一番弟子、イッサっす! よろしくお願いするっす、レオポールさん!」
「元気なことで、結構ですなあ。お頼みします、イッサ殿」
静かな二人と、元気な少年はこれでようよう打ち解けたのか、互いに談笑し合うようになる。そんな様子など露知らず、騒いでいたウェイドが思い出したように動きを止めて、持っていた酒を一気にかっ喰らう。
「そういや、誰かカークスのこと聞いてきた奴いるかあ?」
各々騒ぎ出すものの、特にこれと言った情報が返ってくるわけではない。しかし、上から聞こえた女性の声に、全員の視線が向けられた。
ティラとエル、それにもう二人の女性組みが立っているわけだが、その内の一人がティラにべったりとくっ付いている。ブロンズヘアで、耳が隠れる程度の長さ、垂れ目で口元に黒子がある。巨乳であり、腰は細くヒップもほど良い。世の男性が放っておかないような体つきであり、露出の多い服装で、肩、腹、太股は完全に出てしまっている。
ティラは抱きつかれながら照れているような、恥ずかしいような微妙な表情で顔を少し赤らめている。そんなティラの頬を指で突く妖艶な女性は不適な笑みを浮かべた。
「あ。ええと、さっきの声お前か?」
一瞬呆気に取られていたウェイドが思い出したように告げると、女が笑う。
「そうよぉん。ウェイドちゃん、あたしぃ、いい情報持ってきてアゲたわよぉん?」
「お、おおう。そうか。どんな情報だ? ええと……」
「あたしぃ、アグネスタって言うのぉ。よろしくねぇん? あぁ、ティラちゃんも好みだけどぉん、ウェイドちゃんもタイプだからねぇん?」
ウィンクするアグネスタに、ウェイドが笑みを引きつらせる。こういったタイプは苦手らしかった。それでもその美貌から一気に団員の人気を獲得したらしく、ラッセントを中心に歓声が上がっている。
ゴンドルは珍妙なものを見るような目でその様を眺めていたが、アグネスタが持ってきた情報は有用なものだった。
「あのねぇん、カークスさんがいる古城なんだけどぉん、どうもある魔物の生息地になってるみたいでぇ、この時期に行くのは辛いみたいよぉん?」
その話に、ゴンドルは兵士が話していた魔物のことを思い出したのか、眼光を鋭くした。
話はこうだ。とある魔物は、ゴンドルが聞いたモノアイバットに間違いなかった。この時期になると南から大移動してきて、ミストバウムを越える、または近隣に留まるのが通年の行動である。主に繁殖のために気温の穏やかなアルトリアに移動するようなのだが、留まる場所は必ず決まっているわけではない。
しかし気に入った場所はあるらしく、毎年場所を変えていたらしいが、近年はカークスのいるという古城を好み根城として留まっていることが増えたという話だった。今年も先駆けて数匹のモノアイバットが確認されており、それらが古城に向ったのを見たと言う人物がいたようで、アグネスタはその人に運良く話を聞けたのだった。
「つまり、カークスのところに行くまでに最悪その蝙蝠軍団と遭遇する可能性があるわけかい?」
「そうみたいよぉん。ここの兵士さんもピリピリしてるみたいだしぃん」
「へっ、蝙蝠野郎なんか相手になりゃしねえよ! やってやろうぜ野郎共!」
ウェイドの声に、新団員らが雄雄しい声を上げた。しかし、問題視しているものも数名いた。主にゴンドル、レオポール、イッサ、ラッセント、上階にいるティラ、エルに、そしてもう一人。
「楽観的ですね」
ぽつりと呟いたのは、アグネスタの後ろに居た女性団員。切れ長の眼差しで小振りな鼻、長い髪を三つ編みにして、左肩側に垂らしている。アグネスタに比べればスレンダーかつ長身であり、上はシャツにベスト、手袋まで付けて一切肌をさらさず、ショートパンツを履いており足以外は顔と首しか肌を出していない。
「あらぁん、カヤちゃん、いいじゃなぁい?」
「そうでしょうか? まあ、全員がそうとは私も思ってませんよ」
ティラ達が下に降り、ゴンドルらのほうへと歩み寄る。それに気付いたラッセントも移動してきて、周辺の席に着いて向かい合った。
「いやあ、麗しい団員が増えて嬉しい限りだねえ。ティラちゃん、エルちゃん、アーちゃんに、君は?」
「カヤです」
「カヤちゃんかあ、その髪型似合ってるね」
「それはどうも」
「口説くのは後にせい。まずは、状況の整理じゃ。酒の席で済まぬがの」
「それじゃ、早速! 司会進行は私エルがお送りします! カークスがいるという古城はミストバウムの東に位置しています。ここからは一日もあれば着く程度の距離ですが、現在問題になっているのは魔物の大群が私達と同じ場所を目的地としているって点ですね。そしてそれがいつかは分からないけれど、近日中なのは間違いない、というところまでが簡潔にまとめた現状です」
「大移動という点を加味すれば、敵は数百から数千の規模。しかし古城を根城にすることを考えれば、数千という規模は考えにくい。数百程度の規模と考えて良いでしょうな」
「それでも、十分多いです。いくら数が増えたとはいえ、魔物が二百体の場合は一人で約十体倒さないといけない計算ですし」
「それにぃ、魔物はお空の上だしねぇん。一筋縄じゃいかないわぁん」
「弓兵はいないのですか?」
カヤの問に、ゴンドルは腕を組んで首を横に振った。それを答えとしてカヤは受け取る。酒をあおりながら、ゴンドルは口を開いた。
「……方向としては、古城には向う。魔物がいつ来るかは判断がつかん。かといって、ここで足踏みをしていると古城に入る機会を失うことになってしまう。ここまで来たのじゃ、駄賃くらいは欲しかろう?」
「それしかないよねえ、諦めろって言って諦める副大将じゃないし」
「大群とは戦った経験あるっすし、なんとかなるんでねっすか?」
カヤとレオポール、アグネスタはその会話に目を瞬かせている。カヤは特に分からないといった顔をしており、それに勘付いたゴンドルは口角を上げて笑った。
「理解できんといった顔じゃな?」
「楽観的すぎやしないかと。だって、数百で済むかも分からないのに、そんな簡単に決めてしまって良いのでしょうか?」
「そうして、俺達は勝ってきたからねえ。ま、ほとんど団長のおかげだったけど」
「わしらとて、最初こそ戸惑ったがの。しかし、成し遂げた。そしてそれは、団長がいなくともわしらが成さねばならんことなのじゃ」
「私達はその魔物の群れよりも強い魔族を討伐しに来たんだから、これでたじろいでたら前に進めない。軽率とでも、愚行とでも言われようと、それでも私達は向かいます。だって、それがこの傭兵団だもの」
ティラ、ラッセント、ゴンドルは一人の男の背を思い描いていた。圧倒的な力を持つ団長、そして彼に守られるだけでなく、対等の存在として彼を向かい入れる場所になりたい。それが目指すべき目標であった。
そのためにはこれは必要なことだと三人は、ウェイドは考えていた。アイオンがいなければ戦えない軍団ではない、彼がいなくとも、彼の代わりを務められる存在にならねばならない。人間の力を見せ付けなければならない。
強い意志があった。覚悟があった。止める声は掻き消えた。ブレイブレイドは挑むこととした。幾百幾千の敵へ、そこに潜む魔族へ。




