~始まりの序曲~
ダンカードが硬い岩を踏みしめて前に出た。ドラゴンの口から火が漏れると、灼熱の炎がダンカードを包む。しかしダンカードは炎に巻かれながらもそのまま直進し、ドラゴンの足に剣を食い込ませた。
ドラゴンの叫びが洞窟に響き渡る。そしてドラゴンがダンカードに斬られた腕で薙ぐと、ダンカードはそれを剣で受けながら吹き飛ぶ。しかし上手く岩の上に立ち体の平行を保つと、再び剣を構えてドラゴンに向けた。ドラゴンは唸りながらダンカードを見据える。
たった数秒の出来事に、アイオンは圧倒されていた。しかしこれがまだ互いの力の探り合いであることを、アイオンは察知する。張り詰めた空気が、より圧迫感を増したからだ。
ダンカードはマントの焦げを見遣る。サラマンダーの体液を染み込ませたこのマントは、炎には抜群の耐性を持っている。しかし、ドラゴンの炎はそのマントが持つ耐性を上回っていた。
ドラゴンの吐いた炎の残り火が洞窟内を煌々と照らし、その熱を絶え間なく放出する。ウェイドが汗をかきながら、アイオンに近付いてきた。
「大丈夫か?」
「うん、僕は何ともないよ」
ウェイドは消え入りそうな声で、不安そうにアイオンを見つめる。アイオンはそれに、笑顔で平気だと返した。
「どうして師匠がここに?」
「わかんねぇ。入口の火が弱まったかと思ったら、突然おっさんが出てきたんだ」
アイオンがダンカードに視線を移す。ダンカードは険しい顔でドラゴンを睨み付け、ドラゴンも同じくダンカードに尖った目を向けている。
緊迫した状況を、アイオンとウェイドは固唾を飲んで見ているしかなかった。
洞窟の天井から、小石が落下した。それが落ちた時の音が洞窟に木霊すると、ドラゴンが動いた。
巨体を揺らして、前足をダンカードに突きだし、洞窟の壁を削り取る。岩が勢いよく崩れたが、埋まったのはドラゴンの腕だけだった。ダンカードはそれをかわしており、一気にドラゴンの腹下に潜り込むと、その腹に剣を突き立てた。しかし刃は切っ先しか入らず、ダンカードはやむ無くその場から移動する。
腹下から出たダンカードに対し、間髪入れずにドラゴンの尾が襲い掛かる。ダンカードはかわしきれずにそれに薙ぎ払われ、凹凸の激しい岩肌に叩き付けられた。
ダンカードが僅かに咳き込む。苦しげな顔をしつつもその場を即座に離れると、ダンカードの居た位置にドラゴンの火球が直撃して岩を溶解する。
溶かされる音が周囲に響く。ダンカードは体勢を立て直して、再びドラゴンに挑んだ。
ドラゴンが前足の爪でダンカードを的確に狙い、大振りな攻撃を控えた。俊敏な連撃に、ダンカードは攻めこむのをやめて防戦する。何度かダンカードの剣にドラゴンの鋭利な爪がかすり、鉄が打たれるような音が耳に残る。
避けることを主としていたダンカードは突然動きを止めた。ドラゴンはすかさず強烈な一撃を叩き込むが、ダンカードはその攻撃を紙一重でかわし、一直線に伸びたドラゴンの腕をかけ上がる。
ドラゴンは振り払おうとしたが、岩にめり込んだ腕は簡単には抜けず、ダンカードに対して凶悪な牙を剥いて食らいつこうとした。しかし、ダンカードはそれを待っていたと言わんばかりに後ろに飛ぶと、ドラゴンが噛み付こうと口を開閉した瞬間、再び前に駆けて飛び、ドラゴンの頭に乗った。
ドラゴンは激しく頭を振るが、ダンカードはドラゴンの角にしがみつき離れない。剣を片手で握り、ドラゴンの頭に刺そうとするがその硬さに刃が通らず、ダンカードは舌打ちをする。そして角から手を離すと、両手で剣を握りしめ渾身の力を込めて、ドラゴンの頭目掛けて剣を振った。しかしドラゴンが頭を振り、ダンカードの体の向きがずれて、ドラゴンの頭からずり落ちそうになる。
だがダンカードは強い力の込めた目をドラゴンの角に向け、頭から振り払われながらも剣を振り抜いてドラゴンの片角を斬り落とした。
ドラゴンの悲鳴が、アイオン達の耳をつんざく。その悲鳴が終わらぬ内に、人間一人を串刺しに出来る程の角が地面に落下した。ダンカードは背中から地面に落ち、呻く。苦痛に顔を歪めながらもふらつく足で立ち上がると、ドラゴンに再び剣を向けた。
ドラゴンは怒りからか、一層強い力で洞窟内部を蹂躙してダンカードと距離を取る。だがドラゴンが移動した際に、ドラゴンの目がアイオンとウェイドを発見する。
低い唸り声をあげながら、ドラゴンの口に赤い輝きが灯る。アイオンとウェイドは、それを見て瞬時に危険を感じた。ダンカードも二人を守りに行くには距離があり、間に合わないことを察する。
「う、うわぁぁぁあ!?」
ウェイドが身を丸めて、両手で頭を抱える。アイオンは目を見開いて、ドラゴンを見つめ続ける。ドラゴンの口から火が漏れ出した時だった。
「守らなきゃ……」
アイオンがウェイドの前に出て、その小さな体を目一杯広げて庇う。
「友達は、ウェイドは僕が守る!」
凛とした目が、ドラゴンに向けられる。ドラゴンはその瞬間、少し躊躇する様子を見せたが、怒りに任せて口に溜まる炎を勢いよく放った。アイオンの視界が、赤色に染まる。
その瞬間、アイオンの耳に言葉が入り込んだ。
ダンカードはその時、アイオンの体が淡い青色に輝くのを見た。
アイオンは、全ての時が止まったように見えていた。そして突然頭に響いた言葉を呟く。
「束縛されし魂よ、汝の光を解き放ち、今ここに輝きを見せよ! 我は言葉を紡ぐ者、アイオンの名の下に『覚醒』せよ!」
全てを眩く照らす光が、ドラゴンの炎をかき消す。そして、アイオンは青色のオーラを纏い立っていた。だがその目は虚ろで、光が徐々に弱まると同時に、アイオンはその場に崩れ落ちた。ウェイドはなにが起こったのか判らない様だったが、倒れたアイオンに近寄り、揺する。
「おい、アイオン、アイオン!」
ダンカードとドラゴンは、そのアイオンの使った力に驚き動きを止めていた。ドラゴンは眠るアイオンを見つめた後、上を見上げて翼を広げ、洞窟の天井に空いている穴から外へと飛び立っていった。
「行ったか。まさか、アイオンに助けられるとは……。しかしあの力は、どう考えても……」
ダンカードは、アイオンを見つめる。そして首を横に振った。
「あの力は、魔術に違いない」
夕焼けの日が、激しい戦闘の跡を照らし出す。その輝きを受けるダンカードの表情は、険しく複雑に照らされていた。