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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
69/88

~束の間~

 ミストバウムまでの道中で、ウェイドらはいくつかの村や町を経由した。その中で話を訊き込むものの、カークスについては物語でしか伝わっておらず、どこにいるのかは明確に分からなかった。ただエルの聞いたという話を信じて移動していた彼らだが、やがて収穫もなく南アルトリア最大の街、ミストバウムへと到着するのだった。


 南の強国ダーラに近いためか、軍備が整えられたミストバウムは城砦都市といってもよく、周囲は堅牢な壁に覆われている。兵士は鋼鉄の鎧に身を包み、洗練された一矢乱れぬ動きで警護に当たっているようで、これを見たゴンドルは舌を巻いていた。


「大した錬度じゃのう。ここを治めるものは相当に実力あるものだろう」


 一行がミストバウムへと入ると、内部は明るい表情をした街人が往来しており、治安の良さが窺われた。街並はといえば、赤色、青色、橙に黄色と壁の色がカラフルに塗られた家が並んでおり、玩具の家がそのまま大きくなったような家ばかりだ。街の外からは城壁の灰色一色しか見えないため、内部との印象の違いが大きかったのか、ウェイドらは目を忙しなく動かしていた。


 ティラとエルは楽しそうに街並を眺めているが、ゴンドルやコルソンは目が疲れるとぼやく。他の面々は奇異なものでも眺めるようにして、不思議な街の中へと歩を進めていった。


「なんか、凄いところだねえ。それしか感想が浮かばないや」


「目が疲れるわい。女子には面白い街のようじゃがな」


「ま、まずは宿でも探そうぜ。カークスのいるってとこには明日出発だ」


 宿にはウェイド、ゴンドル、ラッセントが向うとして、他メンバーは自由時間となった。手持ち無沙汰になったのは、コルソンにイッサ、ティラとエル、そして着いてきた団員達。


「まあ、なんだ。今日は全員好きに過ごしていい。本番は明日以降だ。ゆっくり体を休めようや」


 コルソンが全員に向かってそう声をかけると、団員達は元気の良い返事をした。あまり元気が良かったもので、周囲の住民らは目を白黒させている。


「日が沈む頃、もっかいここに集まってくれ。団長らには俺が話してくるから、じゃあまた後でな」


 各々了承して散開する。その仲でもイッサは目を輝かせ、楽しそうに笑った。


「いやあ、なんだか賑やかで楽しい街っすね!」


「イッサ君って、こういう街好きなの?」


「田舎は緑と土色くらいだったすから、こういうたくさんの色した家なんか初めて見たっすよ! お伽噺の中にいるみたいで、面白いっす!」


「ああ、私もそう思う」


 ティラとエル、イッサの少年少女組はこのミストバウムが気に入ったらしい。玩具でも眺める子供のような無邪気な笑みを浮かべて街を散策し始める。


「食べ物も、ラインベルクなんかとは違う感じっすね」


「服装も少し違う」


「なんだか踊り出しそうな服装ですねえ。みんなダンサーなのかしら」


 エルが小首を傾げながら、道行く人々に好奇の目を向けた。ミストバウムの住人はひらひらとしたスカートであったり、重ね着をせずに一枚か上になにか羽織る程度の軽装であり、踊り子か軽業師なのかと思うほど薄着である。


 露店で出ている食べ物も果実を中心にしたものや、中には昆虫を使っている料理も見受けられた。これにはティラが苦そうな顔をする。


「ここの人達、あんなの食べるんだ」


「え、食べないんすか?」


「へえ!?」


 ティラが心底驚いたのか、普段聞いたこともないような素っ頓狂な声をあげる。イッサは目を丸くするが、エルも不思議そうな顔をしていた。ティラは二人を交互に見ると、少し顔色を悪くする。


「ま、まさか二人とも、あんなの食べてるの!? 虫だよ!? エビじゃないんだよ!?」


「むしろエビを食ったことないっすよ。昆虫食うのなんて、うちの村じゃあポピュラーなもんだったすけども」


「あれえ? ティラちゃん、トーリアに来たときに見なかったっけ?」


「私、トーリアでは眠っててあんまり印象になかったから……」


「あ、そっか。でも昆虫って、多分そう珍しくない食べ物だよ? お腹減ったらつまむような感じ」


「そうそう、うちの爺が好きだったっすなあ。特に蜂の子なんか絶品で――」


「ひいぃぃぃい!! 言わないでええ! あああ、気持ち悪い!」


 ティラが珍しく取り乱し、肌を何度も擦って鳥肌を抑えようとしているようだ。もはや顔面蒼白といった状態で、頭を振って懸命に今しがた頭に入った情報を振り落とそうとしている。そんなティラを見て面白かったのか、エルはさらにいじって遊び始めた。イッサはほどほどに悪ふざけをやめて、ティラを宥め始める。


「虫、苦手なんすか?」


「昆虫を見たり触ったりくらいなら気持ち悪いなって思うだけだけれど、食べるなんて想像したことなくて……。だってあんな気色悪い生き物なんだよ? その辺にうじゃうじゃいるんだよ? それを口に入れるなんて考えただけで吐きそうだよ」


「うまいんすけどねえ」


 若人は三人、会話を途切れさすことなく談笑を続ける。そんな折、露店を眺めていたエルの目が煌いた。


「見て見て、カークス人形だって!」


 指差す方向には、シルクハットに黒いマントを着こなす人形が売られていた。口はギザギザの歯が並び、目は赤く大きく作られている。


「あはは、可愛くないこれ」


「カークスがこういう人なら、怖くないかも」


「強そうには見えないっすね」


「でも、カークスってどんな姿なんだろう?」


「筋肉モリモリの禿親父だったりするっすかね?」


「超イケメンだったらどうしよう。でも私にはアイオン様がいるし、いやでもなあ!」


「かっこよくても魔族っすよ?」


「障害があるからこそ、恋は燃えるものなの!」


 一人楽しそうなエルをさておき、ティラは存在すらあやふやなカークスに不安感を募らせていた。情報が少なく、その全体像が全く見えてこない。しかし、人形が作られていることや、話の中に出てくる魔族であり、確かに存在している。その事実があるから、余計にティラは恐怖していた。


「誰かが作った想像上の魔族ならいいのに」


 誰に聞かれるわけでもなく、ティラは一言そう述べた。イッサとエルは変わらず恋話を続けていて、その発言には気付いていない。ティラは悩むように顔を顰めたものの、二人を見るや表情を明るくしてみせた。


「もっと、色々見てみようよ」


「あ、いいですね! お供しますよティラ隊長!」


「ティラが隊長なら、副隊長はオイラっすね!」


「なに言ってるのイッサ君。私が副隊長!」


「入団順ならオイラっすよう」


「じゃあ隊長権限で」


「ティラまで!? わかったっすよう」


 若人三人は、揃ってミストバウムを満喫しながら奥へと進んでいく。そんな三人が街の奥へ去っていくのを、宿屋探しから戻ってきたゴンドルとラッセント、ウェイドが眺めていた。


「元気じゃのう。まあ、近頃はトーリアに留まっておったから、刺激の多いこの街が楽しいのじゃろうな」


「夕方までに帰って来ればいいけどねえ。コルソンが集合場所を決めていたとか言ってたけど」


「ま、ティラもいるし問題ねえだろ。しっかし、ラインベルク並に人がいやがるな」


「南アルトリア最大の都市だしねえ。そりゃ人も多いだろうさ」


「流通も多かろう。美味い酒もあるやもしれんな」


 三人が街並を眺めていると、重厚な鎧の兵士達が数名ほど前を通り過ぎていく。それを眼で追うゴンドルは、篭った息を吐き出しながら髭を撫でた。ラッセントは鳥の声に似た口笛を吹いてみせる。ウェイドは二人をそれぞれ見遣ると、少し悩むようにして腕を組んで見せた。ついでに鼻息も慣らしてみせる。


「なんじゃい揃って妙なことを」


「いやあ、なんかしなきゃって思ってつい」


「お前らだけやって俺だけやらないわけにはいかねえだろ」


 呆れたようなゴンドルだったが、咳払いをして弛緩した空気を締める。


「ところで、この街に着いたときから思っておったのだがな。いくら精強なダーラが近いとはいえ、兵の動きが活発だとは思わんか」


「確かにねえ。なんというか、まるで――」


「戦いに行くみてえじゃねえか?」


 三人の考えは同じだった。無言で互いの視線を合わせると、ウェイドはにやりと笑った。そうしてなにごとか話そうとするのを、ラッセントが手で制する。


「待った。副大将、厄介ごとはごめんだよ?」


「厄介ごとじゃねえよ。単になにがあるのか調べようって話だぜ」


「本当かなあ。副大将の顔的に、そのなにかに首突っ込もうとしてない? カークスの前に腕試しだ、みたいなさ」


 ウェイドが目を逸らして無言になるのが答えだった。空いた間の長さから、その通りのことを考えていたらしい。ラッセントは苦笑し、ゴンドルは目を細めた。


「まあ、そうじゃな。何事があるのかを調べることは賛成じゃ。カークスを捜しに行って戻ったらばミストバウムが戦場になっておったなどと、笑えぬことが起きても困るからのう」


 街の情報収集をすることで、一先ずの方向を固めるウェイド一行。慌しい兵士達、姿の見えぬ敵。ウェイド達の辿り着いた街に、なにかが起きようとしていた。

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