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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
68/88

~団の変化~

 入団希望者が殺到した日の翌日、昼間になって目を覚ましたウェイドは眠たげな目を擦りながら大きく伸びた。空き家の外で多くの冒険者と一緒に雑魚寝しており、すぐ近くにはコルソンがいびきを掻いている。髪を掻きながらウェイドは剣を手に、一人森へと向った。


 静かな森の中では、鳥のさえずりと木の葉の擦れるさざ波の音だけが交差している。ウェイドは剣を抜き、双剣を構えて佇んだ。風が吹くと同時に一歩踏み込んで剣を振り落ろし、即座にもう片手で自身を守るように剣を構え、数歩下がって片手で突き、その手を引いてもう片手で斬り下ろし、引いた手で斬り上げる。さらに体を捻って一回転しながら双刃で薙ぎ払った。動作はやや硬いものの力強く、ウェイドの剣で地に散った木の葉が舞うほどだ。


 ウェイドは剣を握りながらいくつか構えを取ってみせたが、どれも気に入らないのか眉間から皺が取れない。剣を一本鞘に納めると、片手剣を振り始める。俊敏な動作で剣を操り、慣れたように繊細な動きをみせた。舞う木の葉を二度斬りつけ、別に舞う木の葉は斬ることなく剣先に乗せてみせた。


「一本だけなら慣れたもんだが、二本となると扱いがまるで違うな」


 昔から村の自警団の一人として戦ってきたウェイドは、そこらの冒険者よりも剣の腕は上である。魔術使用のアイオンとも何度も稽古してきただけあり、彼が培ってきた反応速度や膂力は常人の比ではない。そんなウェイドだが、双剣の扱いには難儀していた。思うとおりに扱えていないらしく、こうして毎朝、あるいは目を覚まし次第、鍛錬を欠かさず行なっている。


 剣を振り続けるウェイドが村へと戻ったのは、日が少し高くなった頃だった。時間にして一時間程度だが、その間ウェイドは鍛錬に汗を流した。さすがに冒険者一同目を覚ましており、コルソンも不調そうな顔で魔物の世話をしていた。声を掛けようとしたウェイドのところに、イッサが駆け寄ってくる。


「ウェイド団長! ちょっといいっすか?」


「おう、どうした?」


「実は、ゴンドルさんがですね」


 イッサからゴンドルの案を聞き、ウェイドが直ぐ様ゴンドルのいる空き家へと入った。中で茶を啜っていたゴンドルの前に駆け寄り、テーブル越しとはいえ前のめりになってことの詳細をゴンドルへ説明するようウェイドが求め、ゴンドルは自分の考えを伝えた。


 最初はイッサと同様に首を傾げたウェイドだったが、部隊を分けることで資金面の問題が一時的に解決すること、依頼をより請けれること、ひいてはブレイブレイドの拡大という目的を遂行できることを理解した。


「なんだ、そんな簡単なことでよかったなら、先にいなくなった連中も入れればよかったな!」


「いや、あれらは去ってよかったのじゃ。エルの言ったことが結果として良い方向へ向けてくれた」


「なんでだよ? 多いに越したことはねえんじゃねえ?」


「ふるいにかけるのも大切じゃよ。ここにいるのは理不尽でもやる気のあるもの、去ったのは無理と知れば意気消沈する腑抜け共、仲間にするにも選別は必要じゃ。わしらは魔族と戦う傭兵なのだから、無理でも着いてくる意思がないものを連れて行くわけにはいくまいよ」


「成る程な。誰彼構わず着いて来いって考えじゃ上手くいかねえのか。でもよ、分けるとしてどう分けんだ? まさか新規組と古株組で分けるつもりじゃねえよな?」


「まさかまさか。こうしようと思っておる。わしらブレイブレイドには階級なんてものがない。よって団長、副団長の二人が今まで団のまとめ役じゃった。しかし、こう増えたのならばその下に別の位を用意しても良いのではなかろうか。

例えば第一部隊隊長、および副長兼参謀。そのような者が居ったほうが統率も執りやすかろう。それらを設けて部隊を二つないし三つに分け、主にこの隊長格にわしら古株組の誰か、参謀にもう一人、さらに補助としてもう数人といった具合にして、新規の仲間をまとめる形をとってはいかがかのう」


 ゴンドルの考えている組織構造は至って単純なものだった。団長を筆頭に、副団長、その下に各部隊長、副部隊長といった統率者を増やすことだ。主に先立ってアイオンの考えを理解している者たちがこの座に着くこととし、第一部隊長――つまり団長率いる部隊は各部隊長の筆頭に当て、実質的に第一部隊が本隊という構造である。


 初めこそ二つといいう案だったが、現在ブレイブレイドへの希望者は三十名。これに今現在この場にいる在籍のメンバーも入れると三十八名になる。二部隊で十九名ずつになるが、今までウェイドらが行動していた人数である十名前後が動きやすいのではないか、と話がまとまり、三部隊にすることとした。二部隊は十三名、一部隊は十二名の集団と考え、これで一部隊はラインベルクへ、他はこのまま別行動を取ることで効率を上げることが出来る。


 金銭面が苦しくなるのは目に見えるものの、仲間は欲しい。それがゴンドルの正直な意見だった。部隊を分けて別行動させ、元々新規団員が持つ金とブレイブレイドが持つ金を合わせることで一部隊当りの必要経費を軽くさせることを考えての部隊編成であるが、緊急措置のようなもので、部隊を合流させて行動するためにはまとまった金銭が早急に必要であるため、妙案とは言い難い。


 仲間を受け入れる体制を作るための少数部隊化であるが、ウェイドは喜んでその案を受け入れた。楽観的にものを考えている様子のウェイドに対し、ゴンドルが釘を刺す。


「問題は、皆が納得するかじゃな」


「へっ、そんなん悩むことじゃねえよ。あいつらだって納得して一緒にいるんだ」


「それは――そうじゃがな」


「カッコいいじゃねえかよ、ブレイブレイドが三部隊だぜ!? あいつが帰ってきたら驚くぜこりゃあ」


 ウェイドが無邪気に笑うのを眺めて、ゴンドルは髭を触る。口を尖らせてはいたが、やがて言っても無駄だと察したのか腰を上げた。


「皆への説明は、団長代理、お頼み申す」


「任しとけ! 第二部隊長殿!」


「なに、わしか?」


「あんたを除いてその任をこなせる奴ぁいねえよ。頼んだぜ」


 肩を叩かれゴンドルは頬を掻いた。しかし頭を軽く下げ、ウェイドからの旨を良しとする。ウェイドとゴンドルが空き家を出て、入団希望者、そしてブレイブレイドの面々を集めて新しい仕組みを伝えた上、集まった希望者達を正式に向かい入れた。


 歓声が上がり、入団者は揃ってウェイドを賛美する。一気に増えた仲間にイッサが目を白黒させていたが、やがて一緒になって騒ぎ始めた。


 ここで、ウェイドが部隊長の発表を行なう。第一部隊長はウェイド、副長にラッセント、第二部隊長にはゴンドル、副長にはティラを挙げた。そして第三部隊筆頭をレイン、副長にフラッドを述べ、イッサはゴンドルの部隊へ、コルソンはウェイドの部隊に配属となった。


 ただし、第一部隊はアイオンの帰還次第で筆頭をアイオン、副団長にウェイドとずれ込むため、その場合ラッセントはその下になるとして、副長の任を解かれる。ミーシャは戻り次第、諜報員の足りないレインの部隊へ回すとしたが、これは本人の希望に任せるとウェイドは発言する。


 入団者からは不満はなかった。しかし古株組からはちらほらと聞こえるものがあり、ティラは自分が副長になるとは思わなかったらしく、動揺を見せて混乱気味になっている。またフラッドはレインが部隊長に選ばれたのが不服らしい。


「なぜお嬢さんガ?」


「レインは頭切れるし、人当たりもいいしな。上手いことまとめてくれそうな気がしてよ。腕っ節だけならお前なんだけど、お前隊長にはなりたがらねえだろ」


「お嬢さんは人をまとめられる器ではないと思うガナ。そしてお前の言うトオリ、俺は隊長など絶対にごめんダ」


 物言いは刺々しいものの、フラッドは言い返すことも特になかったのかそのまま口を閉ざしてしまった。レインは一人ではしゃいでおり、目を煌かせている。フラッドはまとわりつかれながらも無反応を貫いた。


「よし、これでいい感じだな。んで、一つどっかの部隊には魔物車貸すからそのままラインベルクへ行ってトーリアでの報酬もらって来てくれ。残りの二部隊は、噂の真偽を確かめに、南下してカークスを討ちに行くぞ!」


「全員で行ったほうがいいのでは?」


「いや、人数が増えたから物資が欲しいんだよねえ。トーリアの報酬を得て、そのままラインベルクで色々調達してきてくれないかな。ついでに依頼も請けてきてくれれば一石二鳥かな。今の人数なら、一部隊がそのまま依頼に向えるしね。魔物を飛ばせば数日、往復で一週間近くかかるかもしれないけど、それまではまあ狩りと野宿でもろもろ凌ぐからさ」


 ラッセントがウェイドの脇に進み出て代弁すると、ウェイドが目を丸くした。驚いた様子のウェイドを眺めつつ、ラッセントは副長だからねえ、とウィンクしてみせる。


 話し合った結果、レインの第三部隊が調達へ走ることなり、他二部隊がカークス討伐を担うこととなった。早々にレイン達は準備を整え、ウェイドらに見送られながら魔物車に乗り込みトーリアを後にする。そしてラインベルクへと進路を向けた。


 フラッドは魔物の手綱を握って退屈そうに馬車に揺られており、魔物車の中には新人らとレインが楽しげに話しこんでいる。聞き耳を立てているフラッドであったが、レインと新人達は自己紹介やらお国自慢に花を咲かせており、それが余計に彼の気を削いだようで、フラッドは大欠伸をしながら、長閑な道を進んだ。


 そんな道行きの最中、レインがフラッドの側に近寄ってきて、その背に声をかける。フラッドは僅かばかりに首を捻り、耳だけを傾けた。レインは器用だなあとぼやく。


「戦いたかったかい?」


「……御者になる気はナカッタ」


「似合っていると思うけれど。まあ、落ち込むことはないよ」


「矢の的にナリタイのか」


「あっはっは、それも面白いかもしれないね。ところで、私の勘なんだけどね」


 一呼吸置いて、レインが赤い帽子のつばを掴んで自身の顔を隠すと、普段笑みを浮かべているレインの表情は一変して堅いものになっていた。


「あまり良くないことが起きる、いや起きているかもしれない。私達は物資の調達ということで動いているけれど、気を緩めてはいけないよ。ラインベルクは情報が集まる都だ。情報は徹底的に拾ってから戻ることにするから、それでいいね?」


「俺はあんたに従う。だがお嬢さん、なにを感じてイル?」


「なんだろうね、なにか悪いことが起きていそうな気がするんだ。ああ、これが女の勘ってやつかな!?」


「……それはまた、信憑性のナイ」


 溜め息混じりにフラッドが首を振る。レインは高笑いしながら、再び新人らとの会話へと戻った。だがこの時、レインの勘は確かに的中していた。遥かに西の方で起こるアイオンの異変。そしてもう一つの悪いことは、彼らが向ったラインベルクに迫っていた。それはもう少し、先の話。


 一方で、レイン達を見送ったウェイド達は着々と準備を進めていた。鎧を纏い、剣を研ぎ、荷を纏めて背負って万全の用意を整えた。地図を開いてカークスがいるかもしれないと云われている古城の位置を確認すると、まずは南下して南アルトリア領最大の都市であるミストバウムへ向かうこととした。


 古城はミストバウムから東へ向うことになるため、拠点としてミストバウムは申し分ない。ウェイドらはトーリア村村長へ事情を説明すると、一礼され村で採れた作物を分けてもらい、食料に関してはある程度の余裕が生まれた。ウェイドらは礼を述べると、村を出て南のミストバウムへと歩を進める――つもりだった。


「ちょ、ちょっと待ってよウェイドさん!」


 村長の家から出てきたのは、荷物を両手に抱えたエルだった。村長はもちろんのこと、ウェイドも目を瞬かせ、状況が見えていない。ゴンドルがそんな状況を察したのか、口を開いた。


「エル、いったいなんじゃその大荷物は?」


「なにって、古城の位置正確に分からないでしょ? 案内が必要なのでは?」


「あ、案内って、着いてくる気っすか!?」


「エル、そんなことわしは許さんぞ!」


「これだけ助けてもらって、お金と食べ物渡してはいおしまい、なんて礼儀に欠けるのでは? 王国に仕えたものの孫娘として、そんな誇りに傷が付くようなことはできません!」


「え、エル……なんと、なんと立派になって……!! その通りだ、礼儀に欠けている。わしとしたことが、なんと恥知らずなことをしたものか。エル、しかとお仕えするのだぞ!」


「お爺様! ありがとうございます!」


「いや、いいのかよ! ていうかこれ感動するところか!?」


「旦那、知ってますかい。手玉に取るってのはこういうことを言うんですぜ」


 エルと村長ははらはらと涙を流して抱き合うが、エルは涙を流しながらも舌を出して笑っており、意図を察したゴンドルとラッセントは肩を竦めた。ティラとイッサは雰囲気に呑まれていい話に感じているらしく良いものでも眺めているような表情で、ウェイドとコルソンは呆れた目で眺めている。


 感動という名の茶番を繰り広げ、エルがウェイドらと合流する。彼女は戦闘向きな服装ではないものの、軽装であり身軽そうだ。くるりと回って見せてお辞儀すると、微笑むエルが嬉しそうに言った。


「一悶着ありましたけど、改めてエルです。よろしくお願いしますね!」


「お、お前着いてくるのかよ? ピクニックに行くんじゃねえんだからな?」


「分かってる。戦闘じゃ役に立てないと思いますけど、お金の管理から給仕、身の回りのお世話まで、内々のことであればお手伝いできますよ! 多分、皆様そちらには疎いのでは?」


 これには言葉を返せるものがいなかった。何度断ろうとも食い下がるエルの頑なな態度に、意地でも着いて来ると判断したウェイドはついに折れて同行を認めた。


 エルの話だと、ミストバウムまでは徒歩で二日程度かかる。ついでに傭兵ギルドもあるそうで、ウェイド達はミストバウムに向って依頼を請けて金を稼ぎつつ、付近に潜むと噂されるカークスを捜索することとした。


 トーリア村に別れを告げ、ウェイド達はミストバウムを目指して歩を進める。二十を超える人数にも関わらず、その足取りは誰もが軽い。その日の空は彼らの気分と同じくらい、晴れやかだった。

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