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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
67/88

~友は思う~

 魔族と人類の戦いは、時に燃え上がり、時に沈静することを繰り返してきた。百年以上前のこと、後に人食いと恐れられるカークスは強行軍を用いて、魔族としては初めてアルトリアの中枢まで入り込んだ魔族である。


 王都ラインベルクを抜けて側面に回り、そのまま他の魔族と共にアルトリアを挟撃する――と思われたが、カークスが討って出ようと仲間であるはずの魔族は呼応せず、結局カークスは重厚な包囲網を敷かれてそれを突破できなかった。カークスはそのまま北に逃れることができずに南下し、南方の強国ダーラに向って南下を続けた。そして南アルトリア領ミストバウムに辿り着くが、その間に五度の追撃をかけたアルトリア軍の攻勢によってカークスの手勢は壊滅状態であり、ミストバウムも落とせずさらに南下、そのままアルトリア領を彷徨い、丁度百年前の最後の追撃を最後にその行方を眩ました。


 だが、人々の記憶から彼がいなくなることはなかった。行方をくらましたカークスが闇夜に紛れて人里に赴くと、人の子をさらって喰らうと噂が立ち、またあるときは離れた村に現れ村中の人間の首を斬り落として歩いたと、この百年の間に様々彼の逸話が生まれたからだ。実際、ミストバウム周辺の村々では人が突然いなくなったり、ある村は焼かれて首のない死体が積まれていたという。


 そこから彼は数多の名を叫ばれることになる。人食いカークス、ミストバウムの死霊、首切り公爵、不死者カークス、闇を這うもの。旅の詩人が面白がって広めたこと、人の噂が誇張されて伝わったことなど、彼の呼び名が増えた原因は多い。

 

 エルの話だとどこぞの城を乗っ取り、そこを居城としていると話してはいたが、これも真偽が定かではない。手勢もろくにいないカークスが城を落とせるだけの戦力を有しているか怪しいためだ。そもそも追撃をかけられたカークスが攻城戦などする余裕があるはずもないのだが、あくまで噂の一つとして認識されている。


 実はこうした噂が数多に広まったせいでカークスに関係する情報が混乱し、追撃が難しくなっていた。真実すら虚飾に塗れてしまったわけだが、一つの事実が確かにある。恐怖を煽る話だけが伝わっていることだ。カークスは人にとって、恐れの対象でしかない。だからこそ、エルの発言は傭兵と冒険者達を凍りつかせたのだ。


「カ、カークスは百年以上前に現れ、行方が知れないんだろ? 今も生きているわけがない」


 入団希望の一人が、冷静を装ってそう言い切った。だが目線を誰とも合わせず、自信なさげに俯いている。賛同の声はいくつか上がったが、全員自信があるような態度ではなく、そうであって欲しい、というような消極的な主張だ。


「生きていたら、お前はどうする気だ?」


 ウェイドの眼光が鋭く入団希望者へと突き刺さる。彼はしどろもどろと声を発していたが、明確な答えを述べることはなかった。それが腹立たしかったのか、ウェイドは仁王立ちして仲間の吟味を始める。


「テメエら、俺達が魔族と戦ったことを知って入団を希望してきたんだろうが! それがたかだか童話になった程度の魔族の名を聞いて怖気付くようじゃあ話にならねえな!」


 空気を震えさせるほどのウェイドの声に、冒険者たちは肩を震わせた。彼らからしてみれば、憧れて入団を希望したのは紛れもない事実である。だが、いきなり名のある魔族に挑むとは想定していなかったようで、大半はウェイドの一喝で完全に意気消沈していた。


 鼻を鳴らすウェイドを眺めて、ラッセントは安堵したような表情だ。ざわめく冒険者達はその口から弱気な発言が飛び交い、余計に雰囲気を暗くしている。その中で、コルソンがこっそりとエルに近付いた。


「なあ、実際討伐に行くとしてだ、カークスは居場所不明なんだろう? 一体どこに案内するつもりだったんだい」


「いるかもしれないってところの話を聞いたことがあるんです。でも案内以前に、多分こうなるだろうって思ってた。カークスの話はアルトリアからオルナ、ダーラまで知られてるくらい有名なものだし、並の人達じゃまず怖がるでしょ?」


「確かになあ。怖れない奴なんて、余程の命知らずぐらいだろう」


 エルは意地悪げに微笑み、コルソンはそんな才女に対して引きつった笑みで返した。幾許か経ったところで、多くの冒険者はすごすごとその場を去っていく。時には罵倒して去るものもいたが、ウェイドは逆に腰抜けに用はない、と言い返してやった。


 魔族は畏怖すべき怨敵であり、まともに戦おうとするものならば国のために兵となるか、聖騎士団に入団するか、大抵はその二択のどちらかを選ぶものだ。冒険者、傭兵というものはあくまで自由を好むもの、と認知されているが、彼らが国の兵士や騎士団と違うのは、自分で戦う相手を選べるということだ。


 カークスの名を聞いて去った彼らの選択は、自分にとっては正しいことに違いはない。ただ、自分のために戦うべき相手を他者に委ねたことに変わりはなかった。


 多くのものはそうして去ったが、まだ村にやってくるものもいれば、残るものもいる。村に新たにやってくる者たちは、先に去った冒険者に話を聞いてウェイド達と会う前に引き返すものが大半だった。しかし、話を聞いてなおウェイド達のもとへ集う冒険者も、徐々に数を増していた。


 トーリアの外れにある空き家の周辺が、寝床を作る冒険者で賑わう。入団を希望したものは、その日の夜までの間に増減を繰り返し、やっと人の出入りがなくなった頃には三十名が残っていた。


 ラッセントやコルソン、ウェイドは酒盛りを始めた冒険者の中へ混じって遊んでおり、レインは魔物車で爆睡、その近辺にフラッドが佇み、エルとティラ、ゴンドル、イッサの四人が空き家の中にて談議していた。


「予想以上に残ったのう」


 溜め息を吐くゴンドルは、冒険者より差し出された蒸留酒をかっ喰らう。唸りながら皿に盛ったナッツを摘み、どうしたものかと呟きながら口に放った。イッサも一粒ずつ口にし、そうっすねえ、とぼやきながらその手は止まらない。


「駄目なのもいれば意識の高い人もいるわけで――これ美味しい! 村の手伝いにこんな差し入れまでもらっちゃ無下にはできないんじゃないですか、ゴンドルさん?」


「ううむ、エルの言うとおりよな。断りきれぬ我が酒好きの性、情けないものじゃ。ああ美味い」


「で、でもどうしましょう? ブレイブレイドにはお金が……」


「そうっすよ、オイラは金無しで野宿でも空腹でも慣れてるすけど、みんながみんなそんなわけないっす。全員入団はどうしても無理っすよ」


「……わしは全員入れてもいいと考えておる」


 ティラ達が一斉にゴンドルへと向けられる。各々驚いた顔をしており、ゴンドルは酒を一口飲むと、その場の三人を見回し、咳払いをした。


「わしはこう考えた。今のブレイブレイドは確かに金銭的な問題を抱えておる。じゃが、彼らはどうかの? 彼らは今まで生活出来ているだけの金銭は持ち合わせておるはずじゃ。そうではないかな?」


「それは、確かにそうですね。彼らも傭兵として――ああ、そうか、もしかして?」


「さすがはティラ嬢。わしの言わんとしたことが解ったかの?」


「多分、ですけれど。ブレイブレイドを二つに分けるおつもりでは?」


 ゴンドルが大きく頷いた。イッサとエルは未だよく理解していないらしく、二人で首を傾げた。そんな様子を見て、ティラが小さく咳払いをする。


「今、私達が金銭的に考えて、現状を維持するので精一杯だってことは解りますよね? これ以上人が増えればとてもじゃないけれど維持できない。だから、新規入団者を認められない状況だという話です。ゴンドルさんが言わんとしているのは、ブレイブレイドを二つに分ける、つまり第一、第二といった具合に団を拡大しつつも人を分散させようということです。えと、そうですよね?」


 不安そうにゴンドルへ目で訴えるティラに対して、ゴンドルは口角を上げて笑った。そうして髭を撫でながら話を続ける。


「その通りじゃ。一緒に行動しようと思えば金がかかるが、今のわしらを第一団と名付けるなら、わしらはこれまで通りの人数で、これまで通りの費用しかかからんわけだ。そうして第二団に新規入団者をまとめたとすれば、彼らは彼らの持ち金で、ひとまず入団者分の金銭は賄えるじゃろう」


「入る人がお金持ってるなら、まとめて行動してもいいんじゃないっすか?」


「ことは単純のようでそうではない。全員が均等に金を持っているわけではないし、飯は人が増えれば量がいる、宿も人が増えれば額が跳ね上がる。魔物車もこれだけでは足りんし、武具防具の新調も考えればとてもじゃないが回らんよ。共に行動することを考えれば、これだけの人数で動くだけの金はやはり足りん」


「分けて動いても、結局必要な額は変わらないんじゃないっすか?」


「どうかのう。わしらは魔物の餌から車の整備代がかかるが、人数的に考えて飯や宿代は安く済む。かたや向こうは魔物車がない分その金はかからないが、人がいる分、飯や宿代が高くつく。これだけでも変化は生まれるとは思わんか」


「そうまでして人を増やす必要が?」


「ブレイブレイドの名を高めるためには、まず傭兵団そのものを大きくせねばなるまい。今の人数では回れる仕事は一つが限界じゃ。じゃが、二つ部隊を作れるとすれば二つ請けれる。その分わしらの功績が増えることに繋がるじゃろう? 団長が帰還しても恥ずかしくないような団を作り上げること、それが今のわしらの成すべきことじゃ」


 ゴンドルは瞳の奥に火を灯している。空になったジョッキをテーブルに置いた。ゴンドル自身は酔っているが、判断を鈍らせるほどの酩酊ではない。むしろ、酔ったからこそ決断できたことのようだ。


 イッサは困惑していたが、ティラが彼の肩を叩いて頷いてみせた。悩んでいたが、イッサは自分の頬を手で叩き、両手で握りこぶしを作って椅子から立ち上がった。


「悩むのは性に合わないっす! ゴンドルさんがそう言うなら、それでいいんすよね!? オイラ、ウェイドさんに言ってくるっす!」


 勢い良く走り去ったイッサを、その場の三人が目を丸くしてその背を目で追った。そうして笑い出すと、ゴンドルが傍らに置いていた酒瓶を手にしてジョッキに注ぐ。


「性に合わぬか。はっはっは、あの子らしい」


「あはは、ゴンドルさん、イッサ君のお爺ちゃんみたい」


「孫か、悪くはないのう。いや、わしにとってはお主らも孫同然じゃがな」


「まあ嬉しい。では、今度肩でもお揉みしましょうか」


 ティラが冗談めいて笑った。ゴンドルも楽しげに笑い、エルも混じって笑い出した。ゴンドルは酒を片手に、話し込むエルとティラを眺めて安心したように深く息を吐いた。ティラはいつも以上に明るく、久しぶりによく笑っている。そんな姿を見て、よきかな、とゴンドルが呟くのを、二人は気付かずに語り合っていた。


 一方、イッサは勢い良く飛び出して行って、完全に酔っ払ったコルソンとウェイドに絡まれていた。話の通じぬ怪物を二人相手に健闘空しく敗れたイッサは、ゴンドルの下へふらふらになりながら戻る。彼らの意見をウェイドが聞くのは、酔い潰れたウェイドが目覚めた次の日の昼のことだった。

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