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最後の剣  作者: 二口 大点
再臨
64/88

~魔人~

 勢いよく飛び込んだ傭兵達は、初めこそ討伐による報奨金や名誉に目が眩んで突撃を繰り返していた。しかし、生ける伝説の魔物はその名に劣ることなく、圧倒的な強者であった。


 数に押されて一時は拮抗していた力関係は、アイオンらが小競り合いを起こしていた僅かな間に変容する。ドラゴンの一撃で戦士の鎧は砕けてその骨をへし折り、灼熱の炎はその魂すら焦がして眼前の敵を払った。ただの尾の一振りで数十人が吹き飛び絶命していく様は、傭兵達の戦意を削ぐのに十分なほど恐怖を植えつける。


 蛮勇を奮って突撃するものは爪牙にかかって尽く息絶え、逃げるものの背を炎が焼き、命が軽く消え失せる。勝つ見込みがないと察した者たちは、未だ群れる人の中を掻き分け、我先にと逃亡を開始していた。


「オヤジ、どうしやす!?」


「入り口には近寄るんじゃねえ! 出入り口が一つしか開いていないんだぜ。そこに俺達が殺到するってこたあ」


 バンジョーは廃墟を盾にしながら、自身の仲間を伏せさせてその命を繋いでいた。そしてドラゴンの知能が高いことを見越して、あえて退却を遅らせ出入り口には近付かない。その死を嗅ぎ付ける嗅覚に間違いはなかった。


 一つの出入り口に群がる傭兵達を見るや、ドラゴンは大きく息を吸い込み、出入り口に向って特大の炎を吐き出すと、阿鼻叫喚の悲鳴と共に数多の命を焼きつくした。異臭が立ち込める中、バンジョーは生唾を飲み込む。


「ちくしょうめ。これじゃあ逃げることもままならねえぜ。他の出入り口っても、他の門まで逃げ切れるか?」


 距離を確かめるも、遠く見えるパンデノンの門はしっかりとその口を閉じている。バンジョーは舌打ちをして、戦斧を力強く握り締めた。


「辿り着けても、門を開くまでにこっちがもたねえか。ガハハハ、楽しくなってきやがったぜこいつぁ」


 燃え盛る唯一の逃げ道を横目に、バンジョーは再びドラゴンの前に躍り出ようと足を出した。しかし、炎の向う、ドラゴンの足元に現れた人影を見つけてその動きを止めた。


「オウ? あいつぁ、兄ちゃんじゃねえか! 生きてやがったのか!」


 アイオンは死屍累々の惨状を眺めながらも、無表情のままドラゴンの側に立った。ドラゴンもまた、鋭い視線をアイオンへと向け、両者は睨みあう。アイオンは剣を輝かせ、ドラゴンは口から火球を吐き出す。両者の攻撃は同時だった。ドラゴンの火球をまともに受けたアイオンを、バンジョーは目撃する。驚き絶句するも、バンジョーはさらに驚くこととなった。


 アイオンは健在であったためだ。火球を苦もなく切り裂き、ドラゴンへそのまま襲いかかる。先ほどの対峙とは格段に身体能力が向上しており、その変化にドラゴンは対応できなかった。ドラゴンの前足に数撃斬りつけると、先ほどは鱗に阻まれた剣がその肉を抉る。痛みに叫ぶドラゴンだったが、飛び上がってその剣から逃れると、空中から長い尾を使って反撃を仕掛けた。


 剣で受け止めるも、アイオンは大きく吹き飛ばされた。廃墟の壁にその身を強く打ちつけ、力なく地に落ちる。しかしよろめきながらも立ち上がる彼の表情は明るい。狂気すら感じるその笑みを見て、ドラゴンは目を細めて警戒を強めた。


 飛び上がって様子を見ているドラゴンに対し、アイオンは全身の痛みに苛まれながらも思案していた。


「『覚醒』を使って互角以下。今までも魔族と戦って、互角かそれ以下だった。人のなんと脆弱なことか。僕が奴に勝つにはどうする? どうすればいい? 策を練る。違う。戦い方を変える? 違う。さらに強い力でねじ伏せる。今の僕ならそれができるはずだ」


 アイオンが前に駆け出すのを認めてドラゴンもまた動いた、低空で滑空しながら突進し、アイオンはその腹下へと潜り込みすれ違い様に一撃を加えてみせた。風圧でアイオンは体勢を崩すも、すぐに立て直して剣を構えた。ドラゴンは低く唸ってまた飛び上がり、再び急降下してアイオンへと襲いかかる。


 今度は火を吹きながら滑空してくるドラゴンを見て、先ほどの手段を取れぬと見るや、アイオンは無理せずにその攻撃をかわそうとするが、翼を大きく広げて減速し、急停止したドラゴンはその勢いをもって生んだ風圧でアイオンの体勢を崩すと、身を翻し長い尾でアイオンを薙ぎ払った。さらに首を捻り、アイオンに向って火球を吐き出して追撃をかける。しかし、アイオンは間一髪といったところでその姿を『転移』させ、ドラゴンの頭上に現れるとその頭に剣を突き立てようとする。


 だが気配に気付いたドラゴンが頭を動かしたため、アイオンの剣が僅かに軌道がずらした。ドラゴンの目の下に斬り傷をつけるが大した出血もなく、アイオンはそれ以上の追撃を諦めてドラゴンの首を蹴ると、そのまま瓦礫の山の上へと着地した。


「その身に宿る生命よ。汝の運命を守るため、その身に受けし苦痛を消し去れ。我が言葉に従い、汝の肉体を『治癒』せよ」


 淡い光と共にアイオンの傷が癒える。ドラゴンは未だ疲労の色を見せず、持っている体力の差を感じさせた。アイオンは剣を向けながら、忌々しげに歯噛みした。


「決定打がない。こいつを滅ぼす力が足りない」


 アイオンから怒気が発せられる。それに合わせてドラゴンの殺気が強まった。異様な両者の睨みあいを前に、身を隠していたバンジョーや生き残っていた傭兵達は動くことすら出来ず、息を呑むばかりであった。それは、後方から様子を窺っていたバグラ達も同じだ。


「寒気がする」


「ついでに、ぞわぞわ感も」


「私は気を失いそうだよ……」


「何だ? この感じは。半端ものめ、なにかをしようとしてるな」


「なにかって?」


「少なくとも、喜ばしくないことだ」


 ドラゴンの一歩が大地を揺るがした。アイオンは瓦礫の山から下りると、剣を下げてドラゴンへ向けて手をかざした。


「『火』よ、その力の一片を我に貸し与えよ! 身を焼き骨砕き骸を灰と化せ! 残すは焦土、大地を抉れ、願わくば我が眼前の全てを黒く染め上げ、灰の雨を降らせよ! 『火』よ集まれ『爆発』せよ!」


 ドラゴンの体に赤い光が集まったかと思えば、轟音と共に爆発を引き起こした。しかし火を司るドラゴンは、音に反して平然としており、鱗には焦げ目すらついていない。だが、驚いた様子で距離を取り直す。ただ、なによりその攻撃に驚いていたのは、戦っているものではない。バグラだった。


「あれは、今の魔術はマルトールの!?」


 アイオンは舌打ちし、ならば、とドラゴンへと距離を詰めていく。


「我に隠れしものにして、汝は出でるものである。雄大であり矮小なるものよ、今ここにその身を晒せ! 全てが持つ隠者、『影』よ! 我に付き従え!」


 アイオンの影が起き上がり、二つの剣が交差する。ドラゴンは二対一の状況でも悠然と立ち向かう。爪を突き出し火炎を撒き散らし、しなる尾は的確にアイオンを狙って打ち付ける。アイオンは初めこそ対抗して見せたが、徐々に影の動きが鈍くなると、最後はドラゴンの足に潰されて消えてしまう。


「扱いが難しいな。やっぱり、付け焼刃じゃ使いこなせないか」


 バグラはアイオンが今まで受けた魔術を使っているのだと察した。その結論を持ってして、一層混乱した心を冷静にできないようだ。


「確かに使えないわけじゃない。使えないわけじゃないが、すぐに使えるものか! 他者の魔術を覚えるのに、通常どれだけ時間がかかるものだと思ってるんだ。これが血筋とでも? 半端ものが天才だとでもいうのか? 信じられん!」


「落ち着きなさいよ、バグラ」


 ヴィンタスが宥めるも、バグラは興奮したまま視線をアイオンから外せないようだ。当のアイオンは、大した傷を負わせられない現実に苛立ちを隠せない。ドラゴンはといえば、次々手札の変わるアイオンに対してより警戒し、距離をとって力を見極めんとしている。


「足りない。足りない足りない足りない!」


 アイオンの魔力が膨れ上がった。赤黒い魔力は怒りによって立ち上り、業火の如く燃え上がる。理性によって押さえつけていたアイオンの心が爆発した瞬間でもあった。


「紡げばいい。葬るための魔術を生み出すために。僕の敵は全て――その存在すら許さない!」


 威圧感が増したアイオンを注視するのは、ドラゴンだけではない。その場にいるその全てが恐怖の体現者をその瞳に映していた。ヴィンタスは冷や汗を流し、バグラは思わず感嘆の声を漏らす。


「あれが本当に半端ものなのか? あいつの心に眠っていたというのか、あの狂気が」


「そんな、予言から大きく捻じ曲がってしまう。このままでは、破滅の使者に……」


 ヴィンタスの口から漏れた言葉に、バグラが耳聡く反応する。


「予言だって? お前、なにを知ってる?」


「呪われし王子、この数百年ずっと待った存在だというのに。我々の読みが甘かったというのか? バグラ、俺の正体など問題ではない。予言の子を止めねば、世界が滅びるぞ!」


 鬼気迫るヴィンタスの言葉に反して、アイオンは確実におぞましき力を開花させていく。


「理の中にある者たちよ! 万物に宿りし真なる己、魂を持つ全ての生命よ! 我は真なる姿を否定する! 魂を『覚醒』せし力を持って、虚偽に過ぎぬ世界を侵食せよ! 我は全なるものを『冒涜』する!」


 アイオンは黒い魔力をその身に纏う。最早かつての彼はどこにもいない。魔に食われた彼を見て、生き残ったものは口を開き、呟いた。


「ま、魔人……!」


 おぞましき力を纏った彼を恐れぬものは、この場に存在しない。その日、カストーン暦395年ネルディヌススの月60日のことだった。天地を汚すもの、【魔人】アイオンが産声を上げた。

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