~剣なき軍団~
ウェイド達がミスア砦を出発し、ミーシャらが待つトーリア村へと入ったのは、ミーシャ達がアイオンの素性を知った二日後のことであった。村に入ったウェイド一行が村長のもとへ顔を出すと、村長が歓迎しつつも、まずミーシャ、ラッセント、ティラに詰め寄られ、彼らは一斉に同じ質問を投げかける。
「アイオン団長は!?」
「なんだよ、いきなり。ていうか、ティラは目え覚めたんだな」
「その説はご迷惑おかけしました。ええと、おはようございます?」
ウェイドに対して丁寧に頭を下げて柔らかく笑んだティラに対し、ミーシャが彼女の頭を小突いてみせた。
「違うでしょ。話戻すけど、アイオンは?」
「団長はここにはおらん」
ゴンドルがウェイドの脇に出てきて、アイオンが一時的に団を抜けたことを説明すると、その隣にレインが出てきて、アイオンが書いた手紙をミーシャに手渡した。ミーシャはそれを他二人と一緒に読み進める。読み終えるとラッセントは苦笑いし、ミーシャは憤り、ティラは意気消沈する。それぞれが違う様子を見せるため、ウェイドは対応に困ってゴンドルに視線を送り、どうすればいいか意見を求めた。ゴンドルは髭を撫でながら、咳払いして注意を集める。
「各々思うところはあるじゃろうが、納得はせんでいい、ただそうなったということだけを理解だけしてほしい。ところで、お主らのほうでもなにかあったのかの。団長に用があったように見受けられるが?」
「そうなんだよねえ、意外と大事件があったよ。大将に直接聞きたかったんだけど、副大将でもいいや。ねえ、大将の名字ってなにか知ってる?」
「あ? アイオンの名字? 確かイーブルだったと思うぜ。アイオン・イーブル」
ラッセントとティラが村長のほうへと向けば、村長はその名字がなんなのかは分からないと首を傾げてみせた。しかし、アイオンの名字を聞いてミーシャが訝しげに眉を顰めた。
「イーブル? 本当にそれがアイオンの名字なの?」
「ああ、そうだけど?」
「そう、そうなの。じゃあ決まりね。アイオンのお父さんは間違いなくラインベルクの出よ。ダイン王子だったっけ? その人、相当の遊び人だったんじゃないの?」
「ええ、確かにダイン王子は街を散策するのがお好きな方でした。しばしば勝手にいなくなるので、城では大層問題になりましたが」
「待て待て、ダインのおっさんが王子ってなんの話だよ」
ラッセントが村長から聞いた話をウェイドらに説明する。ペンダントだけでの判断だったため確定的ではなかったものの、ウェイドがアイオンの親の名をダインと証言した時点でそれは確定的となった。全員が動揺する中、ずっと同じ村で過ごしていたウェイドもその事実を知らなかったらしく、困惑気味に驚いている。
「おいおい、多分あいつもそんなこと知らねえぞ。ダインのおっさんとアメリアさんしかその事実は知らなかったってことか。上手いこと隠されてたもんだな。ところでミーシャ、お前なんでダインのおっさんがラインベルクの出って分かるんだ? イーブルって名字、ラインベルクだと有名なのか?」
「私はラインベルクにいたものの、そのような名は聞いた覚えはありませんが……」
村長が腕を組みながら考え込んでいる。ミーシャは鼻で笑い、知るはずないわ、と投げやりに呟いた。
「当たり前よ、一般人が知ってる名前じゃないもの。だって鼠みたいな奴らが住んでる貧民街出身者ぐらいじゃないと使わない、いわば名字のない連中が使う名字だからよ。一般人に怪しまれないためにいくつかあるけど、イーブルっていうのはね、自由人って意味なのよ」
「勉強になるね! じゃあアイオン団長殿は自由な人なんだ」
レインが感心したように頷くのを見て、フラッドが勉強しなくていい、とぼやいた。
「ミーシャちゃんの話から考えると、ダイン王子は名字を偽ったってことだね。ということは、これは確定的と見てよさそうだ。いくらなんでも、王子と同名で王族以外に持てるとは思えない天秤の紋様の入ったペンダントを大将に遺している。それで、村長さんの話だと当時助けた女性と駆け落ちしたのではって噂があって、大将のお母さんが魔族なんでしょ? これだけ情報が揃って違いますってことはないと思うんだけど」
「じゃあじゃあ、やっぱりアイオン様は王族のお方ってことですよね!」
エルがうっとりとした様子で頬に手を当てている。村長が咳払いをして注意すると、エルは我に返ったのかすごすごと村長の隣にさがった。
事情が飲み込めたのか、ウェイドは窓の向こうに目をやり、この世界のどこかにいるアイオンを思うように遠くを眺めた。
「王族か。そんで混血、人と魔族の狭間にいる唯一の男。ここまでくると、あいつが特別で羨ましいとは思えなくなってくるな。まだ叩けば出てきそうじゃねえか」
ウェイドが笑い出す。ミーシャ達が何事かと彼に目を向けるも、ウェイドは楽しそうに笑っており、その意図を理解できずに困惑する。
「いいか、お前ら! 俺達はそんな普通じゃない、むしろ異常な男の下に集まったわけだぜ? 凡庸な傭兵団としてやっていっていいわけがねえ。並みのやつらじゃあいつを支えてやれねえってことだ。あいつがいなくても、魔族ぶっ倒せるぐらいの実力と気構えがなきゃいけねえ。そうだろ!
アイオンがいつ帰ってくるのかは分からんし、考える気もない。だがあいつの帰ってくる場所は俺達のところだ。だったら、その場所一つ守っておいてやろうじゃねえか。だが俺達の現状じゃあ、あいつを囲うには家として狭すぎる。あいつが帰ってくるまでに、この傭兵団、もっともっとでかくしようじゃねえか!」
ウェイドが拳を天に向かって突き立て、全員に向って自らの決意を告げた。これにゴンドル、コルソン、イッサ、レインが感じるものがあったらしく、すぐさま賛同の声を上げた。フラッドもレインが賛同したからと頷き、ラッセントも熱いねえと軽口を叩きながら賛成の意を示す。
「私が一緒にいて、良いのでしょうか」
ティラが不安そうに呟いた。法術の暴走を懸念してのことだと悟ったウェイドは、ティラの前に出てきてその肩を叩く。
「俺はあいつがするような、繊細な説得も対応もできねえ。できんのはこうして自分の思うことを吐き出すだけだ。難しいことも悩みも深く考えられねえけどよ、一緒にいたくない奴がお前宛にメッセージ残すかよ。この傭兵団から出て行けなんて書いてたか? 書いてねえだろ。むしろ気遣うようなこと書いてたろ。
それが答えだ。誰もお前に出て行ってくれなんて思っちゃいねえ。またよろしく頼むぜ、ティラ」
ティラは目を潤ませる。はい、と小さく返事をすると、ウェイドは慰めるようにその小さく震える肩を二三度軽く叩き、全員のほうへと向き直った。
「……あたしは一緒に行かない」
一人、声も上げずに全員の動向を窺っていたミーシャが吐き捨てるように言った。視線がミーシャへと集まり、それまでやる気になっていた団員達が静まり返る。ウェイドも予想外だったのか、言葉を失っていた。
「あたしはあたしの人生があるのよ。これ以上危険なことはしたくないの。もっと有能な人材でも集めて頑張ってちょうだい。ま、あんた達の幸せくらいは願っておいてあげるわよ」
「ミ、ミーシャちゃん、本気なのかい?」
「団を抜けるのも、個人の自由でしょ」
「そんな、ミーシャさん本気で?」
「まあ待て、寄って集って言葉責めにしてやるな。これはミーシャの考えたこと、なにも言わずに送り出すのが仲間としての配慮というものじゃ。決意は固いのじゃな?」
「ええ。悪いとは思うけど、自分の人生だもの。自分のしたいようにさせてもらうわ。今日限りで、この傭兵団とはお別れよ」
ミーシャの言葉に全員が言葉を投げかけられなかった。ミーシャは人を掻き分けて村長宅の入り口へと向う。少しだけ扉の前で振り返ると、彼女はそのまま家を出て行った。ウェイドは見送った後、頭を掻いて深く息を吐いた。
「泣き言は言うなよ。とりあえず今は、な。村長さんよ、とりあえず依頼の魔物を倒すまでは村に留まるから、しばらく世話になるぜ」
「う、うむ。それは全く構いません。エル、皆さんの身の回りの世話は任せるぞ」
「は、はい」
重苦しい空気の中、レインは一人、いつもと変わらない様子だ。フラッドが不思議そうに彼女を眺めていると、視線に気付いたレインがフラッドに対して耳打ちする。
「大丈夫、彼女は彼女の考えがあるんだよ」
それだけ言って離れると、レインがお腹が空いたと進言すると、エルと村長が食事をすることを提案し、早速調理するために台所へと移動する。他の団員達も気を紛らわせたいのかテーブルに着いて食事を待つもの、一緒になって調理を手伝いに行くものとに別れ、暗い雰囲気を払いたい様子だ。
フラッドはレインの言葉を理解出来ないのか、一人村長の家を出て魔物車を止めてある離れの空き家へと移動する。丁度手荷物を纏めたミーシャが魔物車から降りてきたところで、フラッドと鉢合わせする形となった。
「あら、見送りにでも来たの?」
「一応、な」
「意外と優しいのね」
「ここを出て、ドコに行く?」
「……西よ。西の小国群、オルナから回って北上してみようと思ってる」
それを聞いて、フラッドはレインの言葉に得心がいったらしく、少しだけ目を大きく開いた。
「成る程、そういうことカ」
ミーシャは照れ臭そうにそっぽを向く。
「なによ?」
「団長を追うのダナ」
「そうよ。悪い?」
「いや、だが意外だ」
「あの猪男は前しかみないし、他のやつらも変に気を回したり臆病になったりで結局アイオンを放置する形になるじゃない。確かに自分から抜けたのはあいつだし、理由があるから離れたわけで、追うのは迷惑掛けるだけじゃないかって思うけどさ、それでもアイオン一人をそのままにするのなんて薄情すぎるわよ。
アイオン一人に苦しませて、あたしらはなにもしてあげられないわけ? それは違うでしょ。頑張れってくらいは言ってあげれる。苦しんでるならその手を握るくらいはしてあげれるでしょ。違う?
あいつは一人にしちゃいけない。今までアイオンと一緒にいれば、どこまでも無茶するやつだってことは嫌でも分かるじゃない。だからさ、せめてあいつの手綱だけ握って、変に飛び出さないようにしてあげる人は必要だと思うの。ま、それをあたしがやってあげようって心遣いよ。王族らしいし、今ここで恩を売っておけば後でガッポリもらえそうだしね」
仕方ない、といった顔で語る彼女だが、フラッドはミーシャが時折真面目な面持ちになるのを見逃さなかった。本気でアイオンを心配している彼女の本心を垣間見て、フラッドは自分でも気付いていないのか、口を半開きにして驚いていた。それに気付いたのかミーシャはじっとりとした目をフラッドに向ける。
「ちょっと、聞いてんの?」
「いい女ダ」
「は!?」
ミーシャが顔を赤くして慌てふためく。フラッドは彼にしては珍しい、柔らかな笑みを浮かべた。
「団長と一緒に、戻ってコイ」
「さあ、保証はしないわ。まあ、絶対にありえないとも言わないけど」
「それは朗報ダナ。俺の予想ダガ、恐らく団長は知己がいるオルナ国、アルトリア国には向かわず、戦争状態になっているセーデ国にもいない。もっと西か、北西の国に行ったかもシレン」
ミーシャはそれだけ聞くと、荷物である紐を通した皮袋を肩にかけ、フラッドに手を振ってトーリアを後にした。
分岐される道を行く。ミーシャはアイオンと合流する道を選び、ウェイドはアイオンを待つ道を行った。きっとその先の道が、また一本の道に繋がると信じて。




