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最後の剣  作者: 二口 大点
侵蝕
53/88

~血塗り~

 アイオンの剣とマルトールの斧槍が交差する。双方の打ち合いが続き、それが終わることがない。両者を囲むように魔物の群れが蠢き、逃げ場はどこにもなくなっていた。しかし、魔力を持つ二人を恐れてか魔物は一定の距離から近付こうとはしない。


 クロードは魔物に襲われそうになるが、傷が癒えぬままに剣と槌を振るって魔物を近寄らせない。どうにかアイオンと合流したいようだが、手負いのクロードに狙いを定めた獣が殺到し、肉壁となって加勢を阻む。


 アイオンが咄嗟に横へと跳んだ。するとアイオンのいた場所が木っ端微塵に吹き飛ぶ。マルトールの『爆発』の力だ。魔術を発動させるときに手をかざす癖があるのか、マルトールはアイオンに向けて手をかざし、詠唱を始める。その動作を見てアイオンがマルトールに向けて駆け出した。


「接近すればあの魔術を封じられる」


「キキキ、範囲的に迫られれば自分を巻き込むからな。ただ、マルトールが自分ごとお前を焼かないとは限らないよ?」


 アイオンはバグラの話を聞いてマルトールへ向う足を別に向けた。マルトールを中心とし、円を描くようにその周囲を駆け回る。アイオンの様子を見てマルトールが手を下げ、斧槍を持って待ち構えた。


 自分から攻めることをしない。マルトールの考えは時間を稼ぎ、アイオンの限界を待つこと。時間を掛ける事で焦ることを狙っている。魔術以外、その場から動こうとしないマルトールからそういった思惑が読み取れた。


 アイオンは焦っていた。魔術の使用限界が近いことを悟っているからだ。しかし、同時に疑問を抱く心も持ち合わせていた。マルトールは無傷ではない。砦から無理矢理落としたとき、アイオンの剣は確かにマルトールの胸部を貫いた。実際、マルトールの胸には剣の入った部分に穴が空いており、鎧に亀裂も入っている。しかし、マルトールは苦しむような素振りもなく健在だ。その点にアイオンは疑念を持っていた。


「首を飛ばすしかないのか?」


 アイオンが軌道を変え、マルトールへ迫る。互いの武器が交わり、激しい鉄の打ち合う音が空に響いた。アイオンの剣がマルトールへ向けられるも、マルトールは槍を上手く扱いそれを捌く。逆にアイオンは返しの刃を受ける程で、完全に武芸ではマルトールのほうが格上であった。


 斧槍と剣で組み合う。力で押され、アイオンが後ずさる。マルトールの兜から赤い眼が覗いた。


「終わりだ小童」


 マルトールに弾き飛ばされると、バランスを崩したアイオンは地を転がった。立ち上がろうとしたアイオンは、手をかざすマルトールの姿に目を見開くも、バグラが『転移』させてその場から瞬時に移動した。直後、アイオンの居た場所が爆散する。


 移動した先はマルトールの後方の離れた位置だ。立ち上がったアイオンだったが、突然体が重くなったのかよろめいた。剣を杖代わりにして立つことを維持できているといった有様で、自分の魔力が尽きたのだと理解し苦渋の表情を浮かべる。


「さっきので魔力切れだ。『転移』はそう魔力を使わないが、お前の魔術は相当魔力を使う。ここまで持てば充分だよ。さ、早いとこ撤退しようじゃないか。魔力切れでここまでしか移動できなかったが、それでも走れば逃げ切れる」


「断る」


「はあ?」


「僕はまだ、戦える。いや、戦うんだ」


「なに言ってんのさ。魔術使って対等以下だったのに、生身で勝てると思うのか?」


 アイオンは無言でマルトールへと向い出す。初めはゆっくりと歩き、徐々に足を速めて最後には駆け出した。バグラがアイオンの中で五月蝿く喚く。


「正気か!? くそっ、魔力が尽きたからボクの言うことを体が聞かない! 体の主導権をこの馬鹿に任せたら死んでしまうだろうが! 勝ち目もなにもないんだぞ、犬死なんて御免だよ」


「僕の体は僕のものだ。僕の意思も、僕のものだ!」


 マルトールがアイオンの剣を受け止める。しかし、先ほどとは違いガントレットで剣を受け止めており、それでいて余裕を見せている。今、アイオンとどれほど力の差があるのかを物語っていた。


「無謀な。魔力の尽きた貴様など、槍を振るうに値せぬ」


 軽くあしらわれ、剣ごと持ち上げられるとそのまま投げ飛ばされてしまう。地面に打ち付けられるも、アイオンは立ち上がってマルトールへと剣を向ける。そしてまた挑みかかった。


 その度にマルトールは腕一本であしらい、アイオンは何度も何度もいなされ倒れた。土にまみれ、擦り傷だらけになりながら、アイオンは諦めずに立ち上がる。


「馬鹿者めが、貴様のようなものをなんと言うか知っているか。負け犬というのだ」


 マルトールが手をかざす。そして詠唱を始めた。アイオンは息を切らし、その様子をじっと眺める。そして足に力を込め、じりじりと姿勢を低くした。マルトールはそんなアイオンの些細な行動に気付いてはいなかった。


 アイオンがマルトールの言葉が途切れる寸前に倒れこむようにして走り出した。低姿勢で駆けるアイオンの背後に赤黒い光が輝くと、爆音が鳴り響く。その爆風に乗ったアイオンが加速する。猛烈な風に乗り、体勢を崩さずに真っ直ぐにマルトールに向うアイオン。瞬間的に『覚醒』状態以上の速度で迫るアイオンに反応できず、マルトールはアイオンの剣を首で受けた。


 赤い兜が宙を舞う。アイオンは剣に手ごたえを感じながら、速度を落としきれずに体勢を崩し、勢いそのままに転んでその身を地面に擦りながら速度を落とした。地面に体中を擦りつけ、痛みに呻きながらもアイオンはマルトールのほうへと目を動かす。


 赤い鎧騎士は首を無くしたものの、その場に立ち尽くしていた。兜が離れた位置に落ちた後もそのままで、アイオンは気を緩めながら起き上がる。


「我の魔術を利用するとはな。諸刃の剣であったようだが」


 首のないマルトールが声を放った。アイオンは離れた位置に転がる首に視線を移すが、声が聞こえたのは確かに体の方からだった。首のない騎士はゆっくりと歩み出し、アイオンへと迫る。


 アイオンは全身の痛みを堪えながら立ち上がった。だが剣を上げることもできず、虫の息だ。


「どうして、生きて」


「キキキ、どういう理屈だろうねえ。ボクもびっくりだよ。ただ、お前に死なれてはボクが困るんだ。ここで終わりなんて許さないよ」


「協力するのか?」


「協力もなにも、お前の体はボクの体だ。お前に死なれちゃあボクも死んでしまうんだよ。それだけは御免だからね」


「勝手に乗り移って、勝手なことを言う」


「キキキ、本当ならさっさとこの体をモノにしたいんだけどね。お前だけ死ぬなら喜んでマルトールに殺されてやるんだが、そんなに都合のいいことはしてくれないだろうし」


「それだけ毒を吐けるなら、まだ頭は回るだろう?」


「……体は動かないけどね。ボクの考えるに、あいつの本体は鎧そのものか、その中にあるもののどちらかだ。どちらにしせよ鎧を剥ぐことができれば状況が変わるんだがねえ」


「魔力は?」


「回復してない。するわけないだろこの短時間に」


「短距離、もしくは瞬間的にだけ使えないか」


 バグラが考えるように言葉を止める。マルトールは斧槍を構えて距離を詰めてきた。魔術を使わない点にアイオンは目を付ける。


「一呼吸する程度が限界だよ。お前のお得意の奴ならね。『転移』ならマルトールの位置まで飛ぶくらいかな」


「わかった。ところで、奴の『爆発』という魔術、連発できないんじゃないか?」


「戦闘中に使う素振りを見せていたけど、使わなかったところを見るに一発の消費が激しいんだろうね。慎重なマルトールなら、余力を残せる程度は残すだろうし、魔力の回復を待って使ってるんだと思うよ。まあ、お前がさっきやった無茶を警戒して今使わないのかもしれないけどねえ」


 マルトールが側まで近付く。アイオンは深呼吸をして剣を持ち上げた。その目の光は力強く輝いている。マルトールはアイオンが未だ諦めていないことに気付いたのか、動きを止めた。


「貴様、なぜ諦めない。なぜ逃げない?」


「なぜ? さあ、どうしてだろう。ただ、僕があなたを討たねばならないと思うから、僕の剣があなたに届くから退かないだけだ」


「愚か者め、そんな理由でこの我に挑むというのか」


「その愚か者に首を刎ねられたのはあなただ」


 バグラが確かに、と笑う。マルトールから怒気を感じたのかアイオンが苦笑した。しかし、マルトールが怒ると同時に、鎧から黒い煙が漏れたのをアイオンは見逃さなかった。


 マルトールが斧槍を振るい、刃が陽光を反射しながらアイオンへと薙がれた。アイオンは剣でそれを受けるも、全身の筋肉と骨を軋ませながら苦悶の顔を浮かべ、そのまま支えきれずに吹き飛ばされた。地面に打ち付けられながらも顔を上げるアイオンだったが、斧槍を振りかぶるマルトールの姿を見て横に転がり、勢いよく振り下ろされた一撃を避ける。


 なんとか立ち上がろうとするが、マルトールの連撃がそれを許さなかった。地面を転がり、這いずりながらアイオンは槍の攻撃をかわし続ける。剣で槍の切っ先をずらして身を守りつつ、アイオンは必殺の好機を窺う。マルトールは圧倒的不利な状況下においてなお絶望しないアイオンの姿を警戒してか一度距離を空けた。


 そして即座に詠唱を開始するも、アイオンはそれを良しとしない。悲鳴を上げる体を引き摺るようにして起こし、マルトールへと駆け出す。足をもつれさせ今にも倒れそうな走り方でマルトールへ迫るアイオンに対し、マルトールは詠唱を止めて槍で応対した。


 互いの武器が白い一閃を走らせる。アイオンは決して組み合おうとせず、徹底してマルトールの一撃を剣で流した。マルトールはといえば、アイオンの剣を受けても平然と押し返し、苛烈に攻め立てている。


「気に入らぬ」


 マルトールがアイオンの剣を斧槍で受け止めた折にそう呟いた。アイオンは組み合わずに後退し、剣を構えて肩で息を切らした。


「貴様はあの男を髣髴とさせる!」


 大きく振りかぶり、強烈な一撃を振るうもアイオンはそれをかわしてマルトールのわき腹に一撃を食らわした。しかし重厚な鉄が震えるだけで、マルトールにはなんの傷もない。


「キキキ、あのマルトールが随分と感情的になったものじゃあないか」


「今の言葉、誰かと僕を重ねているのか?」


 反撃を受けたことに激昂したマルトールが怒涛の攻めを見せる。アイオンは右から薙がれた槍をさばくも、即座に斬り返される刃を剣で受け止め、組み合うまでもなくそのまま力で押し切られて体勢を崩す。そこへ槍の柄による打撃をアイオンへ喰らわせ、苦痛に顔を歪めるアイオンに対してさらに追い討ちをかけるようにして攻撃の手を緩めない。


 アイオンは血反吐を吐きながらもマルトールの動きを見逃さなかった。支えきれない一撃を受けながらも、必死の形相でマルトールの動きを瞳に映し続ける。


 満身創痍の敵に対し、マルトールはそんな相手を討てないことに苛立っているようだった。繊細な動作が徐々に荒くなり、力任せにアイオンの体勢を崩す攻撃を繰り出すことが多くなる。激しい金属音を周囲に響かせながら、アイオンはその一撃を剣で流して回避し続けた。


「まだ、まだ!」


 アイオンの剣が大振りなマルトールの一撃を捌いて反撃する。再び胴に入るも、やはり鎧に刃は通らず、弾かれるだけで終わった。しかしマルトールは呻り声を上げ、その一撃に対して驚き、また憤りを感じている。


「おのれ、人間の分際で!!」


 さらに苛烈な猛攻を加えられ、アイオンは防ぎきれずに体勢を崩してしまう。マルトールはアイオンを突き飛ばし、無理矢理距離を空けると瞬時に手をかざして魔術の詠唱へと入った。アイオンは朦朧とした様子だったが、歯を食いしばり、地面を蹴り上げてマルトールへと向う。だが突然マルトールの姿が消えると、それはアイオンの背後へと現れた。


「終わりだ小童あああ!!」


 それは『転移』だった。完全な奇襲であり、アイオンは背を向けたままで振り向く素振りを見せなかった。大きく斧槍を振りかぶったマルトールは守ることをしようとしていない。確実に勝利を確信した上での一撃を放とうとしている。


 だがマルトールの誤算は、アイオンが一人であれば『転移』に気付かなかったという情報の欠落にあった。今のアイオンの中には、相手の魔術を魔力の流れで判断できる存在がいる。アイオンから聴こえる詠唱の言葉がマルトールの耳に入ると、彼はもう一人の存在――バグラを思い出したのか動きを鈍らせた。


 一秒の中の僅かな時間の中で、アイオンの体が青紫に輝く。人間であれば反応すら出来ない刹那の合間にアイオンは身を翻してマルトールに向き直り、互いに大振りに構えた剣と斧槍が交差した。白刃が弧を描いて光を放ち、そのまま二人の、いや三人を静寂な空気が包んだ。


 アイオンの気が霧散し、アイオン自身はその場に崩れ落ちた。大量の汗を流し、また手足が痙攣している。文字通り全力を使い果たした状態だ。マルトールは斧槍を振り切ったまま固まっている。


「諦めない人間、いや、諦められない人間と言うべきか。愚かと言われようとも、貴様ほど物分りが悪ければ、俺も人間でいられたのだろうな」


 マルトールの鎧に線が入ると、胴から真っ二つに斬れた。すると鎧の中から黒い霧が立ち上り、太陽の光を浴びると灰となって消えていく。


「死は、恐ろしい。人であることを辞めたくなるほどに。貴様は、どう、なる、か……」


 マルトールは苦しげに言葉を吐き連ねて、灰となって完全に消え去り、血塗りの鎧は役目を終えてその場に崩れ落ちた。アイオンは朦朧とした目でその残骸を眺める。


「僕も、わからない。だから、答えを、見つけるんだ」


 魔物が力尽きたアイオンに狙いを定めて群がってきた。しかしその群れを脇から現れた青年が蹴散らした。剣と鉄鎚は血で汚れ、クロード自身も傷だらけになっている。しかしその表情は鬼気迫る迫力があり、一睨みで魔物は飛び退いた。


「遅くなりました。団長さん、今、連れて帰りますからね」


 クロードは咳き込み、口から血を吐き出した。マルトールから受けた一撃は治っておらず、追撃で受けた魔物の牙や爪が体のあちらこちらに突き刺さったままだ。


 鉄鎚を捨ててアイオンを担ぐと、クロードは剣一本で魔物に向かい歩み始める。敵意を剥き出しにする魔物の群れに向い、クロードは気力を振り絞って突撃を開始した。


 砦からその様子を眺めるハルバーティスは、拍手喝采を二人に向けて送っていた。高笑いが通路に響き、シュバルトとルカが傷だらけでその声を不快そうに聴いている。


「いやはや、人間も捨てたものではないな。やはり、面白い存在だ」


 一頻り笑い、なにか納得した表情で踵を返すハルバーティスを追おうとシュバルトが動くが、ハルバーティスはその動きを手で制した。


「落ち着きたまえ。今回は君達に勝利を譲ろう。私は良いアイディアが浮かんで研究に勤しまなくてはならないから、失礼するよ」


「なに?」


「クハハ、あの少年、やはりいいな。欲しい」


 不穏に笑うハルバーティスの姿が歪んで消えると、冷たい通路にはシュバルトとルカだけが残された。砦の奪還が叶ったものの、戦はまだ続いている。無音の砦内とは違い、未だ遠くからは魔物の猛る声が空気を震わせていた。

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