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最後の剣  作者: 二口 大点
侵蝕
49/88

~弓引く味方~

 戦闘を止めた後、ウェイド達もアイオンと合流、そしてシュバルト、ルカら聖騎士団とも顔を合わせ、初めてブレイブレイドの面々と聖騎士団が邂逅した瞬間でもあった。イッサがティラを介抱しつつ両陣営が向かい合うように対峙する中、少し離れた位置でシュバルトはゴンドルから事の事情を説明され、一頻り聞き終えるとゴンドルの隣に立っているアイオンを睨んだ。


「混血とは俄かには信じ難いが、実際に魔族の力を使えた上に人の味方をしているところを見れば、我々の敵ではないということは認識できる。ただ、貴殿を信用は出来ない」


「構いません。僕を危険だと思えばこの場で斬っていただいて結構です」


 両者の視線が交差する。風が草を撫で、擦れる音だけが月夜に消えていった。ウェイドらも緊張しているのか、固唾を呑んで中心のアイオンとゴンドルの背を眺めている。


「ねえねえ、お兄ちゃんはお兄ちゃんなの? お姉ちゃんなの?」


 ルカがそんな重苦しい空気などお構いなしにアイオンに訊ねた。アイオンは不意を突かれて呆気に取られたものの、お兄ちゃんだよ、と優しく返した。しかし答えを貰ってなおルカは首を傾げる。


「うーん、でもお兄ちゃん、お姉ちゃんでもあるよね?」


 周囲のほどんどがルカを見ながら何を言ってるんだ、訳が分からない、などと言った様子で呆けている中、ゴンドルとシュバルトはルカの言葉を不可思議に思ったのかアイオンに目を向ける。


「戦っているときに妙なことを口走っておったが、団長、どういうことか説明が欲しいのう」


「俺とルカに隠しても、その邪念は隠しきれんぞ。貴殿はなにを抱えている?」


「僕は――信用ならないものに成り果てた、この場ではそれしか言えません」


「やはり、貴様……」


 シュバルトが察したことを口走ろうとするのを、アイオンは手で制して言葉を止めた。ゴンドルは合点がいったのか、口を堅く閉じ、髭を撫でた。


「仲間には知らせないのか?」


「今言っては、混乱させてしまいます」


「無能ではないらしい」


 シュバルトはアイオンの考えを理解したらしい。アイオンの中に別のものがいる、など説明しても理解に苦しむことであり、なにより余計な不安を与えてしまう。団長が信頼できないとなれば、日常生活であれ、戦闘中であれ、味方に与える変化は大きい。アイオンはその変化がこれから先に悪影響を与えると判断した。それゆえに言葉を濁したのだった。


 ゴンドルは髭を撫でながらなにか思案していたが、やがて思い立ったようにアイオンの腕を掴み、側に引き寄せた。


「団長、よもや、よもやとは思うが、今後どうされるおつもりか。今は目前に敵がおるからこそ言わぬのは分かる。しかしその先はいかにお考えか」


 興奮した様子で迫るゴンドルに対し、アイオンはゆっくりと首を横に振った。ゴンドルはその反応を受け、掴んでいたアイオンの腕を放して愕然としている。アイオンはその先の考えを持っていない、この先をウェイドらと共にしていないと返したのだった。アイオンは一度目を伏せ、深呼吸をするとシュバルトと向き合った。


「話をしましょう。なぜ聖騎士団がここに?」


「魔族侵攻の被害に遭い、補給目的でトーリア村に向っているところだったのだ。しかし念のため、敵がいるか否かを確かめに我々が偵察に赴いたところ、貴殿らに出会っただけのこと。まあ、予想外に良いものに出会えた」


「トーリア村も魔族の侵攻はありましたが、僕達でそれは片がつきました。これからミスアに向おうと思っていたのですが、今はどういった状況に?」


「敵の将軍、マルトールに占拠されている。実際に姿を見たわけではないが、恐らくは敵の主力である魔族にミスア砦が落とされているのは間違いない。よって、ミスアの魔族と戦うということは、攻城戦を行うのと同じことになる」


「兵力が要りようになりますか」


「そうだ。しかし本国からの増援を待つには時間が掛かるため、これは時間的に待てない。進行上をやつらに遮られているから、陸からオルナ帝都に援軍の要請も出すことが出来ない。伝書鳥はいるのだが、紙の文面だけで連中が動くまでいかほどの時が必要になるかも分からん」


「時間的に余裕はないのですね」


「ああ、今オルナ国は危機を迎えつつある。ミスア砦が落ち、あのマルトールが陣取っているのも問題だ。オルナ帝都に侵攻するまでの間、多方面から他の魔族を呼び寄せる可能性は高く、こちらとしてはミスア砦が奴らの完全な拠点になる前に奪取したい。しかしながらこちらの戦力は歩兵が二百程度、騎兵が五十以下という寡兵だ。単純に砦を落とすなど到底不可能に近い。


しかし、陽動か小細工程度ができる数ではある。相手をおびき寄せて引き付け、少数の精鋭が敵の本丸に乗り込むことが出来れば戦況は変わるはずだ。魔物の数は多いが大した敵ではない。加えて頭もないから、こちらが策を用いれば高い効果が望める。問題は魔族だ。奴らは砦の将兵に化けて侵入したのだが、その数は僅かで、砦内にいる魔族自体の数は少ない。つまり、砦に篭る魔族を討ち取ることが出来れば……」


「残りは烏合の衆」


「その通り。そもそも魔族が消えれば魔物も勝手に散らばっていくだろう」


 アイオンは顎を擦ると、ウェイドらに視線を移した。仲間を全員眺めた後、シュバルトと目を合わせる。


「僕らも戦力として加わってもよろしいですか」


「法術使いに魔術の使い手がいる傭兵団。数は少ないが、ゴンドル殿もいることから粒揃いと見た。今の我々には喉から手が出るほど欲しい戦力だ。手を貸してくれるのならばこちらとしてもありがたい」


「喜んで協力します」


「協力を感謝する」


 アイオンはシュバルトと握手を交わした。ウェイドらはなにか話が纏まったと判断したのか、近くに歩み寄ってくる。


「おう、なげえ話は終わったかよ。なんでティラが気絶してんのかも分からんが、なんか説明あってもいいんじゃねえのか」


 ウェイド達は不安げにアイオンの返答を待つものの、アイオンは普段と変わらぬ落ち着いた様子で答えた。


「ティラのことは力が暴走し合った結果、としか言えない」


「それだけかよ?」


「うん。ああ、話が纏まったから伝えるね。聖騎士団と合流し、ミスアの敵を討つ。明朝にミスア砦に出発するから、皆にはそれまでゆっくり休んでほしい」


「それはいいけど、大将。傷の手当したほうがいいんじゃないかなあ。傷だらけじゃないの」


 アイオンの衣服は肩口やわき腹など何箇所も裂けており、そこから赤い傷口が覗いている。痛々しい姿をミーシャが顔を顰めて眺め、レインが懐から傷薬である緑色の粉が詰まった瓶を取り出したものの、アイオンは首を振って傷の治療を拒んだ。


「大したことないから、大丈夫。僕よりもティラの手当てをしてあげて」


 レインがなにか言いたげだったが、フラッドがそれを制してティラの方へと引っ張っていった。ルカも興味があるのかそれに着いていく。


 全体の動きをぼんやりと見つめながら、ゴンドルは皺を深くして腕を組む。堅くなった肩をコルソンが叩くと、片眉だけ上げてゴンドルがそちらに首を回した。


「どうしたんだい、ゴンドル爺さん。恐い顔してると皆びびっちまうぜ?」


「なに、少しばかり考え事をな」


「誰のことをお考えなのかね」


「さあてな。考えることばかり多くて、この禿頭では思考が追いつけんわい」


「はっはっは、ゴンドル爺さんが悩みで余計に禿げちまいそうだ」


「若いうちは言っておれ。今にお主の頭も寂しくなるぞ」


 ゴンドルの顔に笑みが浮かぶ。しかし、相変わらず厳しい顔つきなのは変わらない。コルソンはこれは深刻だ、とぼやくと肩を竦めてみせた。


 一方で、シュバルトは兵の一人をゼフリーの元へ急がせた。アイオン達のことを伝えるためだ。自身はひとまず、騎士団を率いて村へと向う。アイオンらも魔物車に戻り始め、長い一夜がようやく終わりを告げるのだった。


 明朝、シュバルトが送った聖騎士団員がゼフリーの元へと辿り着いた。ゼフリーはあまり寝ていないのか眠たげな眼を向けながら報告を聞き、欠伸をしながら地図を眺めた。


「なるほど、傭兵ですか。ブレイブレイドといえば、バッフルトで魔族を追い払った傭兵団だったような。まあなににせよ貴重な戦力、実にありがたい。しかし、団長さんのことが気になりますね。魔術を使うとはね。ま、味方の内はいいでしょう」


 ゼフリーは味方の内は、と繰り返しながらミスア周辺を確認し、不適に笑った。


「楽しくなってきました。この兵力でミスアを落とすには強引なアプローチが必要です。手駒だけでは不安なところに、縦横無尽なクイーンとルークが手に入るとは、正に天は我に味方せりというやつですかね」


 明け方の空にゼフリーの笑い声が響く。団員達はその姿を見て困惑しているものの、あえて触れずに各々の休息へと時間を割いた。


 アイオンらも事情をトーリアの村長に伝え、魔物車に乗り込みトーリア村を出発する。シュバルトらが先導し、アイオンらがそれに続く。ティラの目は未だ覚めないものの、寝返りをうったり寝息を立てていることから、特に心配することはない、と判断された。


 駆けること数時間、草原の道が森林の中へと続き、木々のざわめきがアイオンらを出迎えた。そのまま奥へと進むと、駐留している聖騎士団本隊と合流する。シュバルトが馬から下り、後ろに着いてきたルカを抱えて下ろした後、アイオン達をさらに奥へと案内した。


 木に寄りかかって休んでいたクロードがシュバルトに気付くと、大声でゼフリーにシュバルトが戻ったことを伝えた。地図を広げて呟いていたゼフリーが顔を上げ、弟の姿と傭兵団を確認すると、胡散臭いほど爽やかな笑みを浮かべて近付いてきた。


「やあやあ、初めまして傭兵団の皆々様。そしてお帰りシュバルト、ルカ。私はこのカストーン聖騎士第一師団の団長を務めております、ゼフリー・D・クレランスと申します」


「ブレイブレイドの団長、アイオンです。よろしくお願いします」


 アイオンが手を出すが、ゼフリーはその手を取ろうとはしなかった。不躾にアイオンに近寄ると、済まないが手が汚れていてね、と残念そうに告げる。


「久しいな、ゼフリー」


「これはゴンドル殿。このような形で再会できるとは思いませんでした。神のお導きに感謝せねばなりませんね」


「相も変わらず饒舌なやつじゃのう。それで?」


 ゴンドルが促すと、ゼフリーは地面に地図を広げてみせた。その周辺にシュバルト、クロード、アイオン、ゴンドルが集まる。


「作戦は簡単です。敵を引き付けることもしません。速攻戦を仕掛けます」


 地図を指差し、森から砦までの道をなぞる。


「森が切れたら砦正面の門ではなく、横にある堀に向います。確か今は亡きラカン将軍閣下が仰っていました。いざとなれば船で堀に出られるといった旨のことをね。橋が封じられたときのことを考えて、砦側から周囲の堀に出るために作られた船の出入り口があるはずです。


いくらミスアの城砦が鉄壁の守りを持っているとしても、水路の門はどうでしょう? あれほど深い堀に飛び込めば屈強な男でも死ぬものを、そこを堅牢にする発想はないのでは? そこを破って侵入、敵の撃破を狙います。魔族以上の体力と身体能力がある法術使いと魔術使いの方々なら、堀を飛び越えて敵の城砦に取り付くことが可能なはずです。なおこの作戦は法術使いと魔術を使える貴方がキーパーソンとなりますから、我々凡人は堀までの敵を破り道を作ることに専念します。なお、被害を抑えるために道を切り開いた後に団を引きますので、砦攻略班は孤立状態になりますから、頭には入れておいてくださいね。これが今回の策ですが、なにかご質問は?」


「失敗したときはどうするつもりじゃ?」


「そのときはオルナという国が地図から消えるだけのことです」


 見捨てる。躊躇うことなく言い放ったゼフリーに、アイオンは恐怖と嫌悪感を顔に表していた。ゼフリーは横目でそんなアイオンを確かめると、気味の悪い笑みを浮かべる。


「さあ、時間がありませんよ! 皆さん、準備をお願いします!」


 ゼフリーが立ち上がると、団員らが甲冑を纏い剣を手にして準備を始める。アイオンらも同様に装備を整えていった。ウェイドらに作戦内容を伝え、ミーシャとラッセントはこの場に待機して未だに眠るティラの介抱を命じた。


「おや、そちらの法術使いのお嬢さんは使用――いえ、戦いに参加は出来ないのですか」


「反動が大きかったみたいでね」


「それは残念」


 ゼフリーは口で笑い、目は笑っていなかった。ミーシャはそれを見て不気味に思ったのか顔を顰める。


「さあ、皆さん。神の加護は我らにあります! 憎き怨敵を討ちましょう!」


 戦火燃ゆる中、アイオンらはその火中に身を投じた。不穏な風が、火を煽るのを気にしながら。

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