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最後の剣  作者: 二口 大点
侵蝕
48/88

~敵は何処にありや~

 ウェイドらは村外れにて魔物車を宿代わりに、そばで焚き火を焚いて夜を過ごしていた。ラッセント、コルソン、ウェイドにミーシャは地面に布を敷き、その上でカードゲームをして暇を潰している。イッサはゴンドルに武芸について質問しており、レインは横になって既に眠っている。フラッドは火の番をして各々使いたいように時間を使っていた。


「こい、ああ、こねえ」


「悪いね副大将、俺そのカードであがり」


「てめえが持ってたのかよ!」


「あたしもコルソンのカードであがり」


「おおっと、ウェイドの旦那と一騎打ちたぁ、肝が冷えるね」


「ははは、確かに。そういや、大将とティラちゃんどこ行ったんだろね? まさか、二人はそういう仲にまで発展してたのかな?」


「どういう仲だよ? だあ、また違う」


「鈍いねえ、旦那。男と女の仲って言ったら、普通分かるもんだぜ? お、あがり」


「あんたの負けね、カード混ぜといて。ていうか、男ってそういう頭しかないわけ? あの鈍感そうな二人がそんな仲になるんなら、この世はもっと愛に満ちてるわよ」


 カードゲームの合間、そんな会話で盛り上がっているウェイド達。しかしアイオンとティラのことに関しては楽観的に考えているようで、心配はしていない。ゴンドルとイッサはその逆だった。


「ゴンドルさん、さすがにあの二人、遅くないっすか?」


「そうじゃのう。なにかあったのやもしれん。しかし、どこに行ったやら」


「オイラ、捜してくるっす」


「待て、わしも行こう。フラッド、あの暢気者たちのことを頼むぞ」


「……骨の折れることダ」


 真面目な二人は念のために武器を手にし、夜の道を進む。注意深く村の中を捜すも、アイオンとティラはいない。そこで村の外にいるのでは、と二人は草原へ向い歩み出した。


 程なく、ゴンドルがイッサを手で制した。イッサが不思議そうな顔でゴンドルの視線を追うが、なにも見つけられない。ゴンドルは顔の皺を深め、じっとなにかに集中していた。イッサもそれに気付き、真似て周囲に聞き耳を立ててみると、どこからか微かな鉄の打ち合う音が響いてくる。


「聴こえたか?」


「鉄の音が聴こえたっす。これ、もしかして剣を打ち合う音っすかね?」


「団長かもしれん、急ぐぞ!」


 道なりに駆ける二人は、斧槍と槍を構えながら前進した。草原の草を踏みしめながら、ゴンドルが鎧も着てくるべきであったとぼやくも、戻ることはせずに急行する。ぼんやりと聞こえていた音がはっきりとしてくると、月に照らされる暗がりに二つの影が見えてきた。


 イッサとゴンドルは対峙する者達の姿を確認するや、足を止めて目を疑っていた。そこで剣を交えていたのはアイオンとティラであったからだ。イッサは困惑したように争う二人を交互に見つめ、ゴンドルもまた状況を飲み込めずに身動きをせずに立ち尽くした。


「なぜ団長とティラが争っておるのだ!? しかも、あの光……」


「と、止めたほうが」


 二人に駆け寄ろうとするイッサの肩を、ゴンドルが掴んで止める。


「待て、今の二人は常人には止められん」


「どういうことっすか? 確かに魔族倒すくらいだから団長はお強いと思いますけど」


「団長は魔術を使え、ティラは得体のしれぬ力を使う。恐らく、法術なる力であろうがな」


「魔術に法術!? なんすか、どういうことっすか? ますます頭が混乱するっす!」


「説明は後じゃ、お主はウェイドらにこのことを伝えてこい!」


 はい、と振り返り駆け出そうとしたイッサだが、足を止めてゴンドルの方へと向き直った。


「ゴンドルさんはどうするっすか!? まさか――」


「行けと言った! 駆けい!」


「は、はい!」


 イッサは深く訊かず、村へと走った。ただ、その顔は納得している様子ではなく、ゴンドルがどうするつもりかを察しているようだった。


「若者は生きねばならん、されど老いぼれならば死ぬべきというわけでもない。ここで果てるか否か」


 ゴンドルが二人に向かい斧槍を振るって挑みかかった。突然現れたゴンドルに、アイオンとティラは反射的に剣を振る。目を見開き剣を振った相手がゴンドルだと悟ったアイオンは、剣を止めようとかしたが遅かった。二人の一撃を斧槍で受け止めたゴンドルは全身の筋肉を軋ませながら押されて吹き飛ばされ、草原を転げていった。アイオンは自責の念を感じてか、動きを鈍らせる。そこにティラの強烈な剣撃が繰り出された。


 アイオンは隙が出来たにも関わらず、人間離れした反射神経でティラの剣で受けて流すと、両者は再び距離を取る。ゴンドルはその間に立ち上がり、槍を構えなおした。


「ゴンドル、やめるんだ! 僕は今、手加減できない! ティラも同じだ!」


「ウェイドらが来るまでに、全力で戦いあうお主らが死なぬ保証はない。ならばこそ、時間を稼ぐ必要があるじゃろう。その役目をわしが果たすだけのこと、死ぬまでやる気はない」


「邪魔を、するな!」


 ティラがゴンドルを敵と認識した。アイオンを無視してゴンドルに向う。アイオンは助けに行こうとするも、足が動かないのかその場に釘付けとなった。


「キキキ、面白い展開じゃないか?」


「体が動かないのはお前の仕業かバグラ! やめろ!」


「命令するな。黙って見物しなよ。自我のない狂戦士が、仲間を殺しに走る様をさあ!」


 バグラの笑い声が響く。ゴンドルはティラの剣を受け止め、それを捌くべく奮闘するも長くは続かず、ティラの剣を受けるので精一杯といった状況に追い込まれる。アイオンはバグラに抑えられ、その光景を見ているしかなかった。


「ティラ、訳は後に訊く。はよう目を覚ませ」


 冷徹に、平淡に剣を振るティラは止まることがない。ゴンドルの言葉にも反応せず、排除すべく容赦のない攻めを繰り返した。


 振り下ろした剣を槍で受け止めるも、ティラは体を捻って剣を槍の柄上に滑らせて組み合うことを避け、即座に横に薙ぎ払う。ゴンドルも武器の長さを生かし最小の動きでティラの流れるような連撃に対応する。ただの連撃では効果が薄いと判断したのか、ティラは一度距離を空け、ゴンドルの周囲を駆け回った。


 円を書くように周囲を移動し、ゴンドルの隙を窺う。ゴンドルはティラの動きを無理に追わず、冷静に守勢のまま待機した。ティラが駆け回るのをやめてゴンドルの背後から襲い掛かる。しかしゴンドルはそれを読み、老齢さを感じさせない動きでティラの突き出した剣を打ち落とすと、そのまま剣上を滑らせて柄をティラの喉元に打ち当てた。さしものティラもこれが効いたのか、強く咳き込みながら後退し、剣を草原に突き立てて杖代わりにしながらゴンドルを睨みつける。


 息を緩やかに吐いたゴンドルは、斧槍を構えて隙を見せない。アイオンはゴンドルの強さを改めて感じていた。バグラは面白くないのか、アイオンの拘束を解いてゴンドルへと向わせる。


 アイオンがゴンドル目掛けて剣を突き出す。咄嗟に反応できなかったゴンドルは、上体を逸らして致命傷は避けたものの、わき腹に傷を負った。


「団長、なにを!?」


「すまない、ゴンドル。僕の中に魔族がいて、体の自由を奪われてる」


 そこまで言ってからアイオンの口が不自然に閉じられると、アイオンは目を細め、奥歯を噛み締めた。バグラによってそれ以上の会話を拒まれたらしく、怒りからかアイオンは剣を強く握り締める。


 ゴンドルの目の端で、ティラが動いた。彼女の瞳にはゴンドルが映っており、標的は完全に移行しているようだ。アイオンもそれに気付いたが、バグラがアイオンの剣を向けた先にいたのもゴンドルであった。


 いくらゴンドルが歴戦の勇士だといっても、人外の力を発揮する二人相手ではあまりに分がない。現状が最悪の方向に向っていることを察したアイオンは額に汗を浮かべ、必死にバグラに抵抗をみせる。アイオンの動きは固くなり、剣先が震え始めた。ゴンドルはアイオンも戦っているのだと理解したのか、あえてアイオンに背を向けてティラと対峙する。


 バグラはつまらなそうにぼやいた。


「ふん、仲間ってのはお美しいねえ。どうしようもないお前を信じてくれてるみたいだ。反吐が出るよまったく。どうせそんな信頼なんてもの、すぐに壊れるものなのに」


「そんなことを言うのは許さない。僕を信じてくれたゴンドルのためにも」


「キキキ、熱くなるなよ。ただ、お前はいつその信用を裏切ることになるか考えた方がいい」


「どういうことだ?」


「ボクとお前は同化しつつあるのさ。ボクとお前の意識はやがて一つになる。魂もだ」


 同化、という言葉に顔を青ざめ身震いしたアイオンは、力を抜いてしまった。剣が手から落ちそうになる。


「気付いているかい? お前の魔術の限界時間が飛躍的に延びていること、そしてお前がボクと戦ったとき、なぜお前は魔術を使用した後に平然と立っていられたのか? 答えはボクの魔力がお前の欠点だった魔力不足を補ったからだ。


どういうことか分かるだろう? お前の魔力は、既にボクと同じものなんだよ。融合は始まっている。異なるもの同士が拒絶しあわずにいるなんて不可能なんだよ。ならば適応するのが生き物だ。遠くない未来、ボクとお前のどちらが残っているか楽しみだ!」


「そんな、ことが」


「有り得ないと言うのかい? 今、お前の体の所有権はどっちが握っているんだ? お前だって言えるの? 言えないよねえ。変に考えないよう釘を刺すけど、ボクがお前の体を無理矢理操っているんじゃない、ボクがこの体の主導権を奪いつつあるんだよ。お前に会ったときに言ったろう? 寄生虫は最後、宿主の意識もなにもかもを食い尽くすってさあ!」


 否定しようとするアイオンだが、言葉が出ないらしく俯いた。そしてアイオンの放つ青紫の気が、人の影を作り出す。それはアイオンの首を絞めるように腕を首に回した。


「お前はもう、ボクから逃げられない。ならどうする? 受け入れるか、それともボクを蹂躙するかい?」


「受け入れる気はないよ。ただ僕はお前を打ち破るまでの間、耐え続けなければならないんだ。お前がいる限り、僕はみんなとは――いられない」


「ならどうする?」


「お前が僕だというのなら、答えはもう分かっているんだろう!?」


 絞るように吐き出した言葉に、バグラは笑う。笑い声の響く中、アイオンの気が増大した。自らに抱きついた気を払い、ティラ目掛けて走り出す。バグラはその様子をアイオンの目を通して傍観した。ゴンドルは立ち止まったまま横を駆け抜けたアイオンを目で追う。ティラは猪突してくるアイオンを迎え撃った。


 互いの剣が討ち合わさる。剣同士で押し合うも、埒が明かないと判断したアイオンがティラを蹴り飛ばし、無理矢理距離を空けた。しかしティラは蹴られて直ぐに着地し踏み込んで距離を詰めてくる。


 再び剣で打ち合う。アイオンの剣がティラの眉間の上をなぞり、ティラの刃がアイオンの首を掠めた。ティラが上段の構えを取り、左から右へと振り下ろすと、アイオンは受けずに避けた。ティラは振りぬくと見せかけて肘を引き腰を捻ると、鋭い剣先を突き出した。アイオンは刃先を剣の腹でずらすと、素早く横に移動しティラと間合いを空ける。ティラはそれでも距離を詰めようとするが、アイオンは接近しようとはしない。


 やがてティラに追いつかれると、アイオンは積極的に攻めようとはせず、守り主体で剣を捌き続ける。アイオンは襲ってきたティラの剣を止めては流して隙を窺うも、ティラは傷つくのを恐れずに向ってくるため、隙はあれどもそこを狙うとティラと相打ちになると判断したアイオンは、攻勢に出ることができずにいる。


 それでもティラの攻撃を捌き続け、頃合いを見てアイオンはわざと弾かれたように体を逸らして無防備な隙を作った。ティラはすかさず大振りな攻撃を仕掛けるも、アイオンは振り下ろされた一撃を避け、ティラの右肩口に突きを食らわし、そして斬り上げた。ゴンドルが目を見張る。アイオンはすぐさま距離を空けて剣を構えると、ティラの様子を観察した。


 ティラは痛がる様子を見せないものの、それでも利き手側の肩を斬られたことで肩が上げられないのか、剣を左手に持ち替えてアイオンを睨みつける。傷口の傷は深くはないものの、それでも血はとめどなく流れている。


 後は、剣を弾くことができれば。アイオンが呟く。そしてアイオンが踏み込もうとしたとき、暗がりから大男と小柄な少女が飛び出してきた。大男がアイオンに向い大剣を振るい、少女は双剣を持ってティラの前に立ちはだかる。加えて数騎ほどの白い甲冑姿の騎士が現れ、ゴンドルは眉根を寄せる。


「あの白い騎士、それにあの鎧の紋様はカストーン聖騎士団のもの。なぜこんなところに?」


 アイオンは唐突に現れた男の大剣を受け止め、それを弾いて自分から踏み込み斬りつけた。男はそれを剣の柄で受け止める。魔術発動中のアイオンの剣を止めてなお微動だにしない男に、アイオンは驚き一瞬体を強張らせた。刹那の隙を見逃さなかった男は力任せにアイオンの剣を弾き、大剣を構え直して対峙する。


 ティラは目の前の障害物を排除しようと片手で剣を振るうも、少女は機敏な動作で剣を避け、すれ違い際にティラに斬り傷を負わせた。小さな傷ではあるものの、それは無数ティラに刻まれており、少女の双剣の刃先からは赤い雫が流れている。


「お姉ちゃん、ダメだよ。ルカとシュバルトはコワくないよ?」


 ルカは月明かりの中で、晴れやかな笑顔を向ける。ティラは無反応でルカに剣を突きつけたが、突然白目を向くとその場に倒れこんでしまった。法術の活動限界を迎えたらしかった。ルカはあれ、と小首を傾げながらティラを突いて気絶したことを確認する。


「シュバルト大変、お姉ちゃん死んじゃった!」


「気絶しただけだ、安心しろ」


 動揺もせずにアイオンと剣を交えるシュバルト。アイオンは魔力が尽きてきたのか、徐々に動きが鈍くなり始めていた。シュバルトの重撃がアイオンの剣を捉え、まともに受けたアイオンは吹き飛ばされて草原を転げた。


「魔族、滅ぶべし」


 大剣を上段に構えてアイオンに迫ろうとしたシュバルトを見て、その後ろ姿に向けてゴンドルが声を張り上げる。


「待て、待つんじゃシュバルト!」


 シュバルトはゴンドルに呼び止められると、構えを崩さず背を見せたまま返答した。


「お久しぶりです、ゴンドル殿。聖騎士団に共にあった頃は、武芸からなにから世話になりました。私個人としては、貴殿を超える騎士はないと思っております。その誇り高きカストーン聖騎士たる貴殿が、なにゆえ魔族を滅する好機をお止めになるのか!」


「そのお方は魔族にあって魔族にあらず。理由を聞いてはくれんか」


 シュバルトはアイオンに鋭利な眼光を向ける。アイオンは起き上がろうと両腕を地面に着けたままシュバルトを見上げていた。両者は互いに見つめ合うと、シュバルトは目を伏せ剣を降ろし、ゴンドルの方へと振り返った。


「聞きましょう。この者が何者なのか、内になにを抱えたのか、その全てを」


 アイオンがシュバルトの言葉に肩を跳ねさせた。そして辛そうに目を閉じ、顔を伏せる。


 ようやくウェイド達が駆けつけた頃、戦いは終結していた。イッサが戻ってきて違っていたのは戦いの点以外にも、その場に見知らぬ集団が混じっていることだった。シュバルトとゴンドルが向き合う。厳しい顔つきで向かい合う二人であったが、やがて互いに微笑を見せた。


 トーリアとミスア砦、その二つの情報を持った者たちが出会った夜は更けていく。その夜の月は少しばかり欠けていた。しかし、誰もそんなことは気に留めていない。ただ一人、月を見上げたアイオンを除いて。

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