表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の剣  作者: 二口 大点
侵蝕
45/88

~剣の先に立つもの~

 アイオンがバグラと対峙する間、ウェイドらは村人を守りつつ突如として出現した魔物の掃討に手を焼いていた。ゴンドル、ラッセント、ティラが村人を誘導しながら退路を守り、ウェイド、コルソン、レインが魔物を引き付ける。


 ひとまず村長の家に村人を集め、そこを守ることとしたウェイド達は奮起する。特に鬱憤の溜まっていたウェイドの暴れっぷりは凄まじく、新たに入手した剣も合わせて二刀を振るい、襲い掛かる魔物を次々に斬り捨てた。コルソンもまた戦鎚を豪快に振り回し、重い一撃で魔物を粉砕して寄せ付けない。二人の殲滅力は半端ではなく、ゴンドルも舌を巻いた。


「ふうむ、力押しが得意な二人が揃うだけでこうも魔物を退けられるとは。しかし、この状況下ではその力が頼りになるのう」


「おかげさまでこっちに来る魔物の量は減ったねえ」


「それでも数は多いです。油断せずにいきましょう!」


 ゴンドルらも村人を庇いながら一層士気を上げていく。一方でレインはその戦闘の最中で、剣を手にするもなにかを考えているのか動きが鈍い。魔物もそれに気付いたのか、レインの方へと殺到した。しかし、レインは冷静に懐から緑色の液体の入った小瓶を取り出して蓋を開け、それを魔物へと投げた。すると、狼型の魔物が慌てたようにその瓶を避け、レインと距離を取る。


 その液体からは異臭が放たれており、魔物はそれを警戒して近付かないようにしているらしかった。レインは魔物の様子を眺めて口角を上げた。


「君らはこの臭いがお好みではないらしいね、まあ私もこの臭いは嫌いなんだがね」


 そういうとレインは革の袋から無数の小瓶を取り出した。その中身は先ほどと同じく緑色の液体が詰まっている。魔物は瓶を見て警戒したのか、後ずさりして距離をあけていく。


「私には武の才能がない。だから他の人よりも剣の腕は劣る。しかして私には君らの知識がある。地味だが、戦わなくとも君らを遠ざける術は持っているのだよ」


 声高らかに言い放ち、瓶を無数地面に向かい投げると、地面に当たって瓶が割れ、周辺一帯に異臭が拡散した。魔物はたまらずその場を離れるが、離れた先に待ち構える影に気付いたとき、魔物の首が宙を舞った。


「おい、なんか臭えんだけど」


「なんの臭いだい、こりゃあ」


 ウェイドとコルソンが逃走した魔物をまとめて退治すると、レインが二人の下へ歩み寄ってきた。


「やあ、助かったよ」


「なに撒いたんだよお前? なんかすげえ臭うんだけど」


「魔物といっても獣さ。嫌な臭いなんかには敏感なんだよ。本能的に危ない、嫌だと感じれば、それ以上近付こうとはしてこない。私は相手のそういった部分を利用しただけだよ」


「それがこの、なんだろうねえ。生ゴミと便所、あとは鉄なんかの特殊な臭いがする全てを絶妙に混ぜ合わせた不快極まる香りの正体かい」


「そうさ。ただの不快な臭いを放つ液体ってだけで、毒性はないんだ。でも、魔物には効果滴面だよ」


 その言葉の通り、魔物は相当な異臭を嫌ってかウェイド達を睨んでいるものの、近付いてこようとはしない。前に出ようとした個体もいたが、臭いに耐えかねてかすぐに引き返し、遠くで恨めしそうな眼差しをウェイドらに向けている。


「しかし、こいつら数だけで対して強くねえな」


「マルトールだかって魔族の部隊にしては、物足りないくらいだなあ」


「本隊ではないのだろうさ。きっと村一つくらいなら彼らで充分だという判断だったんじゃないかな」


 ウェイドはその言に納得したらしく、成る程、と一言残して再び魔物に挑みかかった。コルソンもその後に続く。奮戦の甲斐もあって、魔物は徐々に森に逃亡したり、ウェイドらに討たれて数を減らしていった。これにより、村の被害は最小限に留まる。しかし、奇襲ということもあって村の人にも犠牲は出てしまっていた。


 村の家々にも被害は出ており、外壁には魔物の爪痕が残り、家の内部も荒らされてしまっている。家自体が破壊されたところもあり、瓦礫だけが転がる家だったものすらある状態だ。


 村の魔物を掃討し終えたのは日が傾いた頃で、フラッドらが森から戻った頃には粗方事は済んでいた。村長の家の前にほとんどの村人が集まっており、アイオンを除いた傭兵団員もそこに集合している。村人の警護を最優先にしたため全員でそこに固まっていたが、一人中々戻ってこないアイオンを心配して、ティラが様子を見に教会に行くと進言した。


「いくらなんでも遅くないでしょうか?」


「魔族にやられておれば、その魔族がこちらに来るはずじゃ。つまり、負けたわけではないのだろうがのう」


「あいつの力の副作用が疲労でも、あいつなら這ってでもこっちに来るはずだ。それで戻ってこねえとなると、なんかあったんだろうな。よし、魔物ももう片付いた。アイオンを迎えに行ってやるとするか!」


 これに賛同した傭兵団員の内、ティラにウェイド、フラッドが同行し、残りを村人の警護、また荒らされた村の復興に当て、ティラ達は教会前へと急行する。すると、バグラの亡骸とその場に座り込んだアイオンが教会の前にいた。それを見て、ウェイドとフラッドは顔を見合わせる。


「なにしてんだあいつ?」


「知らん」


 ある程度近くに寄ったところで、アイオンがウェイドらに気が付いた。アイオンはぎこちなく笑い、仲間に礼をする。


「ごめん、ちょっと疲れて」


「情けねえ奴だな全く。もっと体を鍛えてだな」


 ウェイドと談笑する程度の元気を見てか、ティラは安堵した様子だ。フラッドは無言ながらも、バグラの亡骸を一瞥し、万が一を想定していたのか、やや強張っていた肩の力を抜いた。


「ごめん。心配かけた」


「謝りすぎなんだよ。いいっつんだ。そんなことより、村にきた魔物はもう全部片付けたぜ!」


「だが本隊は別にイル。近くにはいないようだが、どうする?」


「ミスア砦に行きたいけど、この村の魔族がやられたことを知ったマルトールがどういう行動を取るかによる。このまま村を放置するのは危険な気がするよ」


 アイオンはティラが会話に入ってこないことに気が付いた。視線をティラに移すと、彼女はアイオンを見て、不思議そうな顔をしている。


「どうしたの? 僕の顔になにか付いてる?」


「い、いえ、その、あの。アイオン団長、なんだか雰囲気が変わったような気がして」


「なに言ってんだよ。このボンクラはいつでも似たような感じだろうが」


 ウェイドが茶化すのを、ティラはボンクラなんて滅相もない、などと諸手を振って否定する。それを眺めながらアイオンは笑っているものの、陰を帯びた笑みであった。フラッドは妙なアイオンの態度に勘付いたようだが、その場ではなにも言わず、一人村長の家へと向かって歩いて行ってしまった。


 ウェイドがアイオンの手を引っ張り、ティラもその後に続いて村長の家へと向う。村長の家の前では傭兵達と村人らが犠牲者を集めており、すすり泣く声や死んだ誰かの名前を叫ぶ人らの声が悲痛なものとしてアイオン達の耳に刺さる。


 そんな沈んだ空気の中、村長がアイオンらを見つけて声を掛けてきた。エルも傍らにおり、二人とも目立った外傷はない。


「おお、団長殿。ご無事で何よりです。村を守っていただいて、本当にありがとうございます」


「でも、村の人全員を守ることは……」


「確かに、できることなら全員無事というのが良かったですがなあ。しかし、こればかりはどうしようも」


 村長は戦いの傷跡が残った村を見回し、くたびれた顔でアイオンらに微笑みかけた。


「いくらなんでも、突然現れるなんて卑怯だよ。団長さん達がいなかったら、もっと酷いことになってたんだ。これだけで済んだのはみんな傭兵さん達のおかげだよ! だから、犠牲が出たからって気に病まないでほしいな」


 前向きにアイオンらを励まそうとするエルであったが、空元気であるのが分かってしまってか、アイオンの表情は曇ったままだ。


 戦いに勝利したものの、そこには悲壮感が漂っていた。疲れ切った雰囲気が重く圧し掛かり、早々にブレイブレイドの面々は休息に入って、各々個々で休みを取った。村人も家が無事なものは家へ、それ以外の者達は村長の家や、教会などを仮宿にすることとした。村の状況が状況のため、村人に寝床を譲るべくアイオンらが借りた宿も家を失った村人に使ってもらうことにしたため、傭兵の面々は魔物車の側で野宿という形を取ることになった。珍しくミーシャもなにも文句は言わず、甘んじてそれを受け入れた。


 アイオンは一人、日が落ちた頃に村はずれの草原に立っていた。夜風がアイオンの金髪を撫でる。遠くを見つめるアイオンの目には、ただ闇が映っているだけだ。


「お前はボクを倒したし、お仲間も魔物を掃討、村はこれで守られた。目的を果たしたのにどうしてそんなに辛そうなんだい?」


 アイオンは闇に振り向いた。誰もいない。ただ確かに斬ったはずのバグラの声が聴こえていた。


「キキキ、お前は死んだ村人や破壊された村のことなど悩んでいない。ボクの言葉を否定できないことを悩んでいるんだ。違うかな?」


「ぼ、僕は皆を信じてる。お前の言葉なんか信じてない」


「嘘。本当は怖いんだろう。そりゃあそうさ。なにせ心なんか読めないもんなあ。混血のお前を人間がどういう目で見ているのか、半分敵の血を受け継いでいる奴を見て、人間であるお仲間がどういう思いを抱いているのか。それらを知りたいんだろう? そして考えたくもないことなんだろう? その葛藤が今お前を苦しめている」


「死んだはずだ。お前は死んだはず。つまり、これは幻聴だ」


「幻聴なもんか。ボクは現実にいる。その証拠に、血塗りの鎧騎士マルトールのことを教えてやろうじゃないか。彼は今、ミスア砦攻略中のはずだよ。『転移』はボクらだけじゃない、マルトールも一緒に移動したのさ。ミスア砦にね。幻聴だというなら、調べなくてもいい。ただ、もう戦闘は開始されているからねえ、このままここで手をこまねいていると、その内死んだミスアの兵士で血の池ができるかもしれないよ? アハハハハ!」


「もう、戦闘が?」


 オルナ国の方角を見るものの、夜がその様子を隠して真偽を確認することはできない。アイオンは拳を握り締め、もどかしさを顔に表した。


「アイオン団長!」


 村の方からティラがアイオンに駆け寄ってくる。アイオンは声に振り向き、平静を装ってティラと対面した。


「どうしたの? なにかあった?」


「いえ、アイオン団長一人、姿が見えなかったので。団長こそ、どうかされたんですか? いえ、確かに村の惨状は気に病むべきことですが、それにも増してなにか別に悩んでおいでのような気がしまして」


 ティラの鋭い洞察にアイオンは動揺した。しかし、それでもアイオンはなんでもないよ、とうろたえずに嘘を吐く。そんな折、また悪魔は囁いた。


「キキキ、なんでもないはずないだろう? 折角の二人きりなんだ。お前の悩みを打ち明けたらどうだい?」


 アイオンは無言を貫いた。返答しない間に、ティラが顔を顰めているのに気が付く。


「今――女性の声がしませんでしたか?」


 周囲を見回すティラは、声の主を女性と言った。バグラの声が聴こえている。そう判断したアイオンは、直ぐに声を発することが出来なかった。


「気のせいじゃないさ。お嬢さん、中々変わった人間のようだねえ。ちょっと魔族に対してどう思っているのか聞かせておくれよ!」


 アイオンの体から、紫色の魔力が放たれる。アイオンはそこではっきりとバグラが自分の中にいると認識した。途端に口から勝手に詠唱が洩れだす。そしてティラは突然感じた魔族の力に、強く敵意を感じたのか頭を抱えてその場に膝を折る。


「束縛されし魂よ! 汝の光を解き放ち、今ここに輝きを見せよ! 我は言葉を紡ぐ者、アイオンの名の下に『覚醒』せよ!」


 アイオンは普段とは違い、青紫の気を纏う。それを感じてかティラは頭を抱えることを止めて力なく立ち上がると、斜に構えながらアイオンを見据え、言葉を紡いだ。


「主よ、私の魂は弱く、浅ましく、悲痛に蝕まれやすい。主よ、私を清らかなままに、そしてどうか未熟な私をお救い下さい。不浄なるものに真なる罰を、彼らの上には恐怖を、彼らの下には死を与えたまえ。主よ、私の魂を強く、美しく、高貴なものとして昇華させたまえ。私に不浄を迫る愚者を滅するため、私の未熟な魂、潔白なる心、無力なる身体に力を与えたまえ。慈悲深き主は私に報復する剣を下さる。主は不浄を払う心を下さる。主は誠実な魂を下さる。――私の敵はお前だ」


 ティラの瞳が金色に輝き、法術の力を解放した。アイオンは右手を抑えながらも震える手で剣を抜き、ティラは躊躇なく長剣を抜いた。


「これは、あの時ティラが見せたものか!? こんな戦いなんか望んでいない。ティラ、正気に戻ってくれ」


「アハハハハ、清清しいほどはっきりした意思表示だ。それに比べて半端物は何を言っているんだ。彼女はお前を魔族と認めたんだ。だからあの力を使っている!」


「お前が使わせたんだろう!」


「お前は、私の――人間の敵だ」


 アイオンはティラの冷たい言葉に身を固めた。その刹那、強烈な斬撃がアイオンに襲い掛かる。紙一重でそれを受け止めるも、アイオンの骨は軋み、苦しげに顔を歪ませる。


「ティラ、やめてくれ」


「何を言う? 敵だと言われているんだ、お前もやらねば殺られるぞ!」


 バグラの『傀儡』の力は生きていた。アイオンは勝手に動く体を抑えられず、ティラの剣を押し返し、そして剣をティラに向かって振り下ろした。ティラも常人離れした動きでそれを受け止め、両者は激しい剣撃を宵闇に響かせる。


 望まぬ争いが起きた。それは止めようもなく、両者の意思とは関係なく行われる。骨折れ肉が断たれても向うティラと、バグラの意思に操られるアイオン、どちらも無事に済むはずはない。


 戦火は広がる。バグラはアイオンの目を通じてミスア砦の方角を見遣った。アイオン達の足がトーリアで止まる間に、ミスア砦ではさらなる戦火が燃え盛ることなど、今この場では彼女以外に知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ