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最後の剣  作者: 二口 大点
侵蝕
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~混血という異分子~

 バグラが呼び出した軍勢を相手に、ラッセントらが呼びに行くまでもなく騒ぎに気付いたゴンドル、ウェイドらが奮戦する。しかし村人を守りつつ数で勝る魔物を相手取ることは困難で、村は阿鼻叫喚の惨状となっていた。教会の前でバグラと対峙するアイオンは、状況に呑まれて焦りを顔に滲ませている。


 バグラはその焦りを知ってか、アイオンから離れない。じっとその場でアイオンを凝視し、行動を目で抑止していた。仮面の奥から覗く目がアイオンの指先一つ動かすことを許さない。


 焼け付くような緊張がアイオンを襲う。それでもアイオンは暴走することはない。冷静を保とうと口端を固く閉じ、飛び込みたい衝動を抑えている様子が窺える。


「キキキ、中々どうして馬鹿じゃないみたいだ。ところで君さ、ボクとどこかで会ったかなあ?」


「お前なんて知らない」


「だよね。ボクも君は知らないもの。でも、見覚えがあるんだよなあ」


 バグラが僅かに小首を傾げた直後、アイオンが踏み込み鋭い突きを放った。それはバグラの頭に刺さった――ように見えた。実際にはバグラの仮面を割っただけで避けられており、バグラはアイオンの腹に蹴りを入れて飛ばし、教会の壁に叩きつけた。


 アイオンが痛みで呻き、咳き込む。バグラは仮面が取れ、額に浅い傷を浮かべながらその素顔を明らかにした。黄色の目が不気味に輝き、それでいて彼女は蝋で出来ているような精巧な美しさを持っている。額から流れる血が口元まで垂れてくると、彼女は真っ赤な舌でそれを一舐めした。


「いやはや不意打ちとは危ないじゃないか。ボクが死んだらどう責任取ってくれるんだい?」


「お、女!?」


「性別上はね。でも、そんなものは関係ないよ、少しばかり体の造りが違うだけだもの。それとも、女とは戦わないとか言う糞みたいな矜持でも持ってるのかい? キキキ、アヒャハハハハハハハ!!」


 顔を歪めて大笑いするバグラに、アイオンは身の毛が逆立った。痛みを堪えながらも剣を構え、再びバグラと対峙すると、先ほどまでの焦りの色はなくなっている。その代わりに、体は強張り目の前の敵に対する恐怖が表れていた。バグラはそんなアイオンを眺め、指を鳴らしてからその指先をアイオンに向ける。


「いいね、君。ボクはお前が気に入ったよ。立ち上がろうとする人間、恐怖に打ち勝とうと必死を魅せる人間がボクは大好きさ。そういうものほど、壊したときが面白いんだ」


「……僕はお前に壊されない!」


 バグラに向かい駆け出し剣で薙ぎ払うも、それをひらりとかわし、バグラはにたりと口端を歪めた。舌なめずりをして、獲物を見定めたように目が鈍く輝く。


 踊るような掴みどころのない足取りでアイオンに迫ると、バグラはフェイントを混ぜた動きで蹴りを繰り出した。アイオンはそれを腹に受け、痛みで声を上げた。しかし怯まず剣を振るいバグラの首を狙うが、片足の状態で上体を逸らし、驚異的な柔軟性を持ってその一振りをかわした。これにはアイオンも驚き、動きが一瞬鈍る。


 その隙をバグラは逃さない。体を逸らして両手を地面に着けると、たじろぐアイオンを蹴り上げ怯ませると、さらにその状態のまま流れるような連撃を叩き込む。蹴り技と動きに翻弄されたアイオンは、避けることもできずその攻撃を受け続けた。


 逆立ち状態から戻ると、バグラは苦しげに呻きながらも倒れないアイオンに詰め寄り、顔面を掴み教会の壁に押し付けた。後頭部を強打し一層呻くアイオンは、指の間からまだ戦意の滾る眼差しをバグラに向ける。


「キキキ、対して強くない癖に、一丁前に戦士面とはね。この近距離じゃ剣も触れない。終わりだっていうのに諦めが悪い。でもその強靭な意志を屈服させるのは面白い」


 バグラの手に紫色の気が纏う。


「魂よ! 貴様の主は貴様にあらず、我が意こそが主なり! 運命を我に委ねよ! 存在を我に委ねよ! このバグラの力に屈し、汝我が『傀儡』と化すがいい!」


 紫の光がアイオンを包む。その中で、アイオンは絶叫した。体に傷のような紋様が刻まれていき、力が抜けていくのかアイオンが剣を握る手を緩めていく。自らを蝕むなにかに抵抗しながら、アイオンはバグラに掴まれたまま苦悶の表情で叫び続けた。


 それを眺めるバグラは、艶やかに笑う。うっとりとその様子を眺めており、アイオンの苦痛が大きくなるにつれてその笑みが歪んでいく。


 傷が全身に付けば、バグラの傀儡となった男がアイオンの未来の姿であった。バグラ自身もそうなるであろうことを予想していたのだろう。予想外だったのは、彼の持つ魔力であった。


 紫の輝きに混じり、アイオンの体から青白い輝きが放たれ始めたのだ。バグラにとっては完全に想定外だったのか、掴んでいた手を離して距離を取った。すると、バグラの頬に赤い液体が数滴かかる。バグラがそれを拭おうとするも、彼女は掴んでいた側の自分の腕がないことに気が付いた。


「え?」


 離れたところに、彼女の腕が落ちた。血が斬られた箇所から吹き上がる。激痛に呻くバグラは、苦しそうにアイオンに視線を移した。彼はなにかを呟きながら、振り上げた剣を降ろす。


「束縛されし、魂よ、汝の、光を解き放ち……! 今、ここに! 輝きを見せよ! 我は言葉を紡ぐ者、アイオンの名の下に『覚醒』せよ!」


 魔術の解放。その詠唱。バグラは驚き身構えるも、アイオンは剣を地面に落とし、頭を抱えてその場に膝を着いた。


「従うものか、お前なんかに! いや、僕はあなたのためなら――いや、僕はお前になんて」


 ぶつぶつと呟くアイオンの様子を見て、自分の魔術が効いていることを察したバグラは、痛みからの冷や汗を流しながらも魔術を強めるべくアイオンにさらに魔力を送る。バグラの術が強まり、アイオンが一層強く呻いた。


「キキキ、同族を操ったことはないが、それでもお前のような半端者なら! 思い出したよ、そういえばノヴァ様に人間との子がいると最近噂で聞いたんだ。そしてボクにある既視感、それはお前がノヴァ様に似ているからだ。つまり、お前は魔族と人間の混血! だから魔術も使える、そして人間の味方をしている! どうしようもない、どっちつかずの半端者だということだねえ! アハハハハハ!」


「僕は、僕は……!!」


 バグラがアイオンの側に寄り、耳元で囁く。


「お前は誰の味方なんだ? 人間なのかい? でも果たして人はお前にどういう思いを持つだろうねえ? 味方でいてくれるのかな? 魔族との戦が終わるまで、お前を利用しているのかもしれないよ?」


「そんなはず、ない!」


「言い切れるのかい。だってお前は人じゃないんだ。混血でも、魔族と同じなんだよ。いつの日か、お前が仲間と思うものに剣を向けられるかもれないよ? いいや、背後から刺されるかもしれない!」


「有り得ない」


「騙されているのさ君は! 考えてごらん。魔族を憎む人間が、その血を受け継ぐ君を受け入れてくれるのかい? 君は魔族との混血ということを公表しているのかい? 人として生きているから、普段は魔族である力を隠しているから、誰かに刃を向けられないだけじゃないのかねえ? 仮に混血であることを打ち明けたとして、本当に受け入れてくれる人はいるのかな、君のお仲間とやらは! 心の内まで覗けるわけじゃないだろう?」


「五月蝿い」


「君の目的はなにかな? 魔族の打倒? そのために人として人のために魔族と戦うのかい。人間と志を同じくしていても、君は人じゃないって自覚は本当にあるの? キキキ、ないんだろう? 考えたことがないのか、いや、考えていたとしても考えたくなくて目を背けているんだ!」


「違う、黙れ!」


「快く思う人がいるのかな? 敵であるボクら魔族との混血が! 人の味方をして正義の英雄を気取っているのを見て! 本当に一緒に戦っていたいと! 信じていると心の底から思っている人間が!?

予言しよう。君はきっと裏切られ、孤独になる。君は誰とも違う、人でもない魔族でもない半端者でしかないのだから!」


「黙れええええええ!!!」


 バグラの腹にアイオンの拳が減り込んだ。『覚醒』状態の一撃は重く、骨が折れる音が鮮明に聴こえた。そしてバグラは血を吐き出し、咳き込み苦しげながらも笑う。


「キキキ、操るのは無理だね。でも、ボクはもっと面白いことを思いついた。ねえ、半端者。ボクの言葉を嘘だと思うなら、君の仲間の一人に聞いてごらん。きっとボクが正しいことを知ることが出来るよ」


 アイオンはなにも言わず、這いずりながら剣を掴んだ。そうしてふらつきながらも立ち上がり、バグラを見下ろす。その目は冷たく、凍りつくような目だ。


「ねえ、君が抱く仲間達の信頼がもしも偽りなら――君は一体どうなるのかな? 楽しみだなあ、キキキ、アハハハハハハハハ!!!」


 アイオンは無言で剣を振り下ろし、その気持ち悪いくらいに笑う頭を真っ二つに叩き斬った。アイオンから魔力の輝きが消えると、そのままバグラの亡骸の前に膝を着いた。


「大丈夫、ブレイブレイドの皆なら分かってくれる。僕が混血であっても、受け入れてくれる」


 だって、仲間じゃないか――。そう呟くアイオンの口調は弱弱しく、そしてその目は虚ろに光を失っていた。死んだはずのバグラの声が脳裏に響く。


「お前が信じたものは、お前をたやすく裏切るんだ。そうだろう? だってお前は、この世にたった一人の異分子なのだから」


 アイオンに纏わりつく紫の輝き。バグラの魔力は死んでいない。それはアイオンに憑依したように、彼に気付かれないままその体に取り込まれていった。


「一人じゃない、皆がいる。……皆って? 僕の仲間だろう? どうしてこんなに疑う心を持つ必要があるんだ? あんな奴が言ったことを真に受けるな。変な魔術を受けたせいで、少し混乱しているだけだ、そうに決まってるよ。さあ、まだ村には魔物が残ってるんだ。早く皆を助けに行かないと。


……虚言だ。あんなもの、気にすることじゃない。僕を惑わして、操るための精神的な攻撃さ。でもどうして僕は、それを否定し切れない? 心のどこかで、そういう不安があったってことなのかな……」


 アイオンは空を見上げ、自らの根底にある問題を思案する。普段なら即座に反応する人々の悲鳴すらその耳には遠く聴こえていた。


「僕は……ボクは……?」


 悲痛な叫び、獰猛な呻り声が交錯する中、アイオンは一人、バグラの残していった疑念に翻弄されていた。

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